【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども 作:ようぐそうとほうとふ
まただ。また夢を見ている。
だっていま鏡に映ってる私は髪が長いし、背もとっても高い。生まれてから一度も日に当たった事がなさそうな肌の色は生気にかけていて、まるで紙みたいだ。
マダム・タッソーの蝋人形みたいにとっても人に近い何か。
鏡に写った自分そっくりの女。
未来の私?それともこれが母なんだろうか。
「夢だからね」
トムが鏡の向こうから言う。
「なんでもありさ」
「…トム。貴方なの?私の頭の中をぐちゃぐちゃにしてるのは」
「そうだよ。余計なことを喋ってほしくないからね」
「日記はもうここにないのに、どうして夢に出てくるの?」
「幽霊みたいなものさ」
幽霊という言葉で、目の前にある鏡の向こうの景色が変わった。
トイレだ。
そういえば嘆きのマートルはトイレにいるんだっけ。
「除霊できないの?いい加減迷惑だよ」
頭の中に勝手に入られるくらいなら幽霊だろうとなんだろうとぶん殴ってやりたかった。けれども夢の中でなんでもありなのに、鏡の向こうにしかいない彼には手が出せない。
「そんなに嫌かい?じゃあ今度からは得体の知れない日記になんでも書かないほうがいい」
「…ぐうの音も出ない」
トムは笑って、トイレ中央の鏡のまわりをぐるぐる回った。
「不思議な縁があるわけだし、どうだろう?夢の中だけでもまた仲良くしようじゃないか。嘘じゃない君の話が聞きたいのだけれども」
「でもトムは私に本当のこと教えてくれないんでしょう?」
「その通り。まだ無理だ」
ハリーは大きなため息を吐き出した。
クリスマス以降、なんとなくサキの様子がおかしい。というか避けられてるような気がする。
ハーマイオニーにこっそり相談したら、彼女は(猫になっているので判別しにくかったが)渋い顔をして言った。
「サキ、ちょっと拗ねてるのよ。やめろって言われてたのにマルフォイ達に探りを入れたでしょ?サキの言うとおりなんでもなかったじゃない」
「でもポリジュース薬作るのには協力してたじゃないか。どうして拗ねるんだ?」
「やっぱり何もなかったよ、ごめんねって言うべきだったのよ。私達」
「めんどくさいなあ、女子っていうのは」
ぼそっと漏らしたロンにハーマイオニーはまるでわかってないんだからと言いたげに尻尾をふらっと動かした。
ロンは医務室から出たあと
「サキも尻尾、普段からつけておいてくれないかな。機嫌がわかりやすくていい」
と呟いて二人はくすくす笑った。
そろそろバレンタインデーだ。
恋人たちのお祭り…ということでパーシーは双子から随分からかわれているらしくピリピリしていた。さらにロックハートはエンジンがかかってきて誰かれ構わず捕まえて自分の武勇伝を聞かせまくっている。
これにはファンガール以外の生徒、教師全員が辟易としており、フリットウィック先生すらロックハートの長いビロードのローブを見た途端踵を返して逃げていた。
クリスマスの夜、クラッブとゴイルになった二人はマルフォイとお菓子を食べる羽目になった。
いつも喧嘩しかしないマルフォイだが仲間に対しては優しいんじゃないかと思っていたがそんなことはなく、むしろいつも見てるより10倍くらい横柄だった。
「あーあ。せっかくクリスマスに残ったのにこう何もないんじゃ損した気分だ」
「継承者について、本当は何か知ってるんだろう?」
ゴイル(ハリー)がそう聞くとマルフォイはうんざりした様子で否定した。
「いい加減にしてくれよ。何回同じ答えを言えば覚えるんだこのウスノロ」
不思議と罵倒されてもあまり心は痛まなかった。
「他の寮生はサキかポッターじゃないかとか言ってるらしいけど、有り得ない。そうだろ?」
「ああ、ありえないね…絶対」
クラッブ(ロン)の相槌にゴイル(ハリー)もウンウンと首を縦に振った。
「だいたいマグル生まれと仲良くしてるやつが継承者なわけがないんだ。前回秘密の部屋が開かれたときは…50年前だけど、マグル生まれが一人死んでる。本当の継承者は純血でこそふさわしい、そうだろ?きっと直にマグル生まれが死ぬね」
「前に部屋を開けたのは誰なんだろう」
「さあ…お父様はなぜか全くこのことは話してくださらない。けどきっとまだアズカバンにいるだろうさ」
「アズカバン?」
「そんな事も知らずに生きてきたのか?監獄だよ、魔法使いの」
マルフォイはやれやれと頭を抱えた。
ハリーは内心ゴイルに変身して正解だったなと安心した。どれだけ頓珍漢なことを聞いてもこれなら誤魔化せそうだ。
「本当に、君は誰が裏で糸を引いているか知らないんだね?」
「だから、なんども言わせるなよ…」
確かにあのあとハーマイオニーが猫になったりで、サキにきちんと説明できなかったな。
今度ちゃんと説明して謝らないと。そうすればきっとどことなくギクシャクした感じも抜けるだろう。サキはそこらへんはさっぱりしているから…。
「孤児院はいつも陰鬱な雰囲気が漂っていた。院長も職員も悪い人ではなかったけれどもいい人でもなかった。いつも、テレビの音がした。通販番組の司会者のまくし立てるような声。底抜けに明るいのに空っぽな笑い声とか、ビートルズの曲が」
そこは見慣れぬ部屋だった。
古くて狭い、すぐそばに人の気配を感じる狭い部屋。パーソナルスペースといえばクローゼットくらいで、二段ベッドはカーテンで遮られてるだけ。
「ラジオはいつでも政見放送。どこかの港が空襲にあったとか、今日掘り進められた塹壕の距離だとか無責任な噂が流れてた。雨の日、僕らは惨めだった。建てつけが悪いせいか、足元が凍てつくように寒いんだ。帰りたくなかったよ」
曇った窓ガラス越しに外が見える。濃霧なんだろうか。何も見えない。
どうしてこんなところにいるんだっけ。
横目でトムを見た。二段ベッドの柵に、狭そうに腰掛けている。全然釣り合っていない。
枯れ草が足にまとわりついていた。
ボロボロのあばら家が目の前に建っている。饐えた匂いが肺いっぱいに広がる。悲しい景色だ。あばら家の向こうには豪邸が見える。きれいに刈り揃えられた庭木と、ヤブガラシに覆われた荒涼としたあばら家の庭は、両者の違いを明確に表していた。
「ここはどこなの?」
「さあね」
トムは真面目に答える気はないようだ。
夢だからどうせ忘れてしまうと思ってるんだろうか。
「どうせならもっと楽しい場所にいきたいよ」
「僕の時計は50年前に止まってるって言ったろ」
「じゃあここに来たことが?」
「…さあね」
サキは目を覚ました。そしてすぐに寝ぼけ眼でペンを取り、メモ帳がわりのトロールとのとろい旅の余白に今見た夢の内容を書く。
明かりをつけたらパンジーがうるさいので、まだ暗いなかぐちゃぐちゃの文字で書きなぐる。
せめてもの抵抗…そのつもりだった。
「トム…」
日記を取り戻そう。そして何とかしてあの日記を破り捨てて(もしくは焼き捨てて)しまおう。
いい加減我慢の限界だ。
サキは立ち上がって制服に着替える。
そして今日がバレンタインデーだったことに気付いた。
ああ、結局賭けるにも金が作れなかったな…必勝法教えてもらったのに。
あの時あわてて日記にメモを取らなければこんなことには…。フレッドとジョージを恨むのは筋違いだが。
「あ…」
サキはそこで重要なことに気がついた。
なぜこんなに重要なことをわすれることができたのだろう?
麻酔みたいだ。歯茎にぶすっとするやつ。
大切な部分だけ鈍感になって、知らない間に致命傷。
必勝法をメモしたあのとき、日記の正当な持ち主がそこにいたじゃないか。
「ジニーだ」
ジニー・ウィーズリー
彼女が持ってるに違いない。