【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども 作:ようぐそうとほうとふ
ジニー、日記。
たった2つの単語が書かれた教科書の切れ端を握りしめ、サキはグリフィンドール寮の前でジニーを待った。
早く起きた生徒は不審な目で見てきたがそんなこと気にしてられない。
「君、スリザリンの生徒じゃないか!ってああ、シンガーか」
いつも通り監督生バッジを見せつけるみたいな歩き方でやってきたパーシーに咎められた。
「おはようございます。ジニーを待ってるんだけど」
「すぐ来るだろうけど…ジニーに何の用だ?」
「野暮だねお兄様。女の子同士秘密の話ですよ」
パーシーは眉をひそめる。
「なんにせよ寮の真ん前で待つのはやめてくれないか?寝起きにびっくりするだろう」
「急ぎなんです!」
珍しく切羽詰まったサキの様子に驚いたのか、パーシーが折れた。
「わかった…ちょっとまっててくれ」
太った婦人に合言葉を言うと、寮へ続く扉が開く。数分後、パーシーとその後ろにジニーが出てきた。
「サキ…さん。私に用ってなんですか?」
ジニーはくたびれた顔をしていた。あまり寝てないんだろうか?くまがひどい。きれいな赤毛も傷んでるような気がする。
「ちょっとね。行こう」
「あまり変なところには行くんじゃないぞ!」
パーシーがすかさず注意してくる。面倒くさいと思いながらサキは笑顔を返してジニーの手を引っ張っていく。
「ねえ…ジニー」
ハグリッドの小屋へ続く獣道の途中にある岩場で二人は立ち止まった。
朝の冷たい空気はちょうどいい目覚ましだ。陽光が二人を照らし、下草に降りた霜がきらきらと反射する。
サキの頭にまたいろんなことが浮かんでくる。
やあいい天気だね。初めての試験はどう?ハリーとは仲良くなれた?
「単刀直入に言うね。日記は君が持ってるんでしょう?」
ジニーの肩がびくんとはねた。ただでさえ血の気の引いた顔が蒼白になる。
「ジャスティンと首無しニックが石になった日、君が茫然自失で廊下に立ってたんだよ。その時持ってた日記だよ」
「どうして…」
「勝手に預かってたのはごめんね…でもあの日記のせいで私も困ってるんだよ」
「あれを返してきたのは、あなただわ」
「返す?私が?」
ジニーは恐怖で後ずさった。
「私、私それを何度か捨てようとしたの。いつの間にかなくなって、ようやく捨てれたって思って。でもあの日、あなたが持っているのを見たから、私…私…どうしてって問い詰めた。そしたら貴方が渡したんじゃない!」
「そ、そんなことしてない!」
サキはそう言いながらもあの日記を手にしたジニーがどういう状態だったかを思い出して、自然と理解した。
つまり私もジニーと同じように行動を操られたんだ。
そしてゾッとする。
濁流のように襲う意識をそらすためのいろんな考えを塗りつぶすように恐怖が頭の中を支配した。
すでに私たちはトムの手中にあるわけだ。
「ジニー、日記、今持ってる?」
「あるわ」
「貸して。今この場で焼き捨てる」
ジニーがカバンから出したヨレヨレの黒い日記帳。
サキはそれを引ったくるように掴み、地面に叩きつけた。
「インセンディオ」
日記が発火し、ページの隙間から青い炎が吹き出る。しかし紙自体は燃えていない。
「インセンディオ…インセンディオ。インセンディオ。燃えろ。燃えろ。燃えろ…ああ、もう!」
いくら呪文を唱えても日記は燃え尽きない。
下草だけが焼け焦げていく。
ジニーはそれを見て泣いている。
「どうしよう、サキ!やっぱりそれって良くないものだったんだわ」
「わかってるよ!」
あんなに火にくべたのに元通りの日記を怒りに任せて踏みつけた。
「もう先生たちに引き渡すしか…」
「やめて!」
サキの提案を遮るようにジニーが悲鳴を上げた。
「私、全然覚えてないの。でも…でも、いつも決まって覚えてない時間のあとなんだわ。ひ、ひ、秘密の部屋の犠牲者が出るのは…」
まるで言葉にした途端それが事実になってしまうのを恐れていたみたいだ。言い終わるとジニーは泣き崩れてしまう。
サキはジニーの背中をさすってやった。
「だったら尚更だよジニー。それに大丈夫、マグルの法律にも善意無過失ってやつがあるらしいし…」
サキの見当外れな慰めはまるで聞こえてないようで、ジニーは肩を震わせ泣き続けた。
悪事の片棒を無理矢理担がせ、沈黙するしかなくなる。そして深みへハマっていく。
まるで詐欺じゃないか。
「もしこれが秘密の部屋に関連したものならこれ以上犠牲者を増やす訳にはいかない。わかってよジニー」
サキは日記を拾い上げて土を払った。トム・リドル。狡猾な悪魔だ。
「…わかったわ。でも、先生たちに届ける前に一つ試したいことがあるの」
「なに?」
「来て」
ジニーはフラフラと歩きだす。
隣で支えたくなるくらい頼りない足取りで廊下を進む。気づけばもう一時間目が始まる時間だ。生徒たちの影は一つもない。
遠くでチャイムが聞こえた。
薄暗い廊下を曲がると、そこは嘆きのマートルのトイレだった。
中央にある鏡台。なんか最近見た気がするな。夢だっけ。
鏡はまだ苦手だった。
サキは鏡から目を伏せて床を見つめた。
「ジニー、こんなところで何をするの?」
「サキ」
名前を呼ばれてジニーを見た。目の前には彼女の杖先が突きつけられていた。
「なにー」
続きを言うことなく、サキの視界は暗転した。
そして
「ジニー…?」
その日の午後、嘆きのマートルのトイレの前でうつぶせに倒れて石になっているジニーが発見された。
サキ・シンガーの失踪とジニー・ウィーズリーの石化はすぐに全校に知れ渡った。
哀れな犠牲者として噂するものもいれば、ついに継承者が本格的にマグル生まれを虐殺するための準備に入ったんだというものも現れた。いずれにせよ久々の犠牲者と新たな失踪者によりホグワーツは蜂の巣をつっついたような騒ぎになった。
「由々しき事態です。一刻も早くサキの行方を…」
校長室にはセブルス・スネイプとダンブルドアがいた。スネイプの申告に対し、ダンブルドアは顎髭を梳きながらじっくりと考えを巡らせている。
「校長、彼女の出自をお忘れですか?秘密の部屋を開いたのがあの人の手引だとしたら、彼女は…」
「取り乱すなセブルス」
ダンブルドアは険しい声で遮る。
「まずは聞き取りじゃ。彼女と最後にあった生徒から話を聞こう」
「わかりました。その次は…」
スネイプは落ち着きなく校長室を歩き回る。
「生徒たちには申し訳ないがしばらくは大広間で寝てもらうことになりそうじゃな」
「ジニー・ウィーズリーが、なにか…」
「最近の様子を聞くに、何か知ってるやもしれん、が…こうなっては」
「クィレルのような内通者がいる可能性は」
「あり得ん。去年と違うのはギルデロイだけじゃ」
「まさかあの人本人が?」
「なおさらあり得んことじゃ。少なくとも本人は。去年のサキとの接触で何かしらを仕掛けて消えたと言うならわかるが、あらゆる呪文で調べても呪われた形跡はなかった。そもそも彼女に対して一年近く継続する呪いをかけるのは困難じゃろう。下準備や彼女の特殊な体質を考えても」
スネイプは一度立ち止まった。不死鳥のフォークスが首をもたげる。
「彼女は何かに考え事を邪魔される、と言っていました。その何かがもしかしてあの人の残した呪物なのかもしれません」
「継続的に、持ち主に影響を与える何か…か。セブルス。不思議と心当たりがあるのは儂だけかの?」
「…分霊箱?」
スネイプの言葉にダンブルドアは頷く。
「引き裂かれた魂とはいえ、ヴォルデモートなら何かしらの手段で秘密の部屋を開けるのは容易いじゃろうな。さて…頭の中を覗けるような事ができる奴じゃ。次に何をすると思う?」
「……ハリー・ポッターか校長、あなたを狙うでしょう」
「じゃろうな」
ダンブルドアはため息をついた。メガネを外し、紫色のローブのはしで拭う。
「おそらく儂はすぐに理事会から退職を迫られるじゃろう。こうなってしまった以上騒ぐのは目に見えておる。わしが消えたら次はハリーじゃ」
「ハリーを秘密の部屋の怪物に…バジリスクに殺させると?」
「いや、魂は少なくともハリーに倒される前に引き裂かれたものじゃ。今の彼のようにすぐに殺そうとは思わんじゃろう。むしろ興味を持ち、接触しようとするはずじゃ」
「校長、まさかポッターを餌に?」
「秘密の部屋を見つけなければサキの生存は絶望的じゃ。」
ダンブルドアはきっぱりと告げた。
ロンはジニーが寝かされたベッドの前で頭を抱え、ハリーとハーマイオニーは医務室の前でぼんやりと立っていた。
肉親じゃない二人は面会を許されなかった。
「サキが消えたっていうのは、攫われたってことだよね」
「そういうことになるわ」
「なんでサキが…スリザリンなのに」
「わからない。わからないけど…」
ハーマイオニーは目を閉じて、何事か思案する。
「今回の犠牲者は、継承者にとってイレギュラーだったと思うわ。サキはスリザリンでジニーは純血だし。サキが継承者なら失踪はある意味自然だけどそれはありえないもの」
「うん」
ハーマイオニーは額に手を当て、ぐるぐるとその場で歩き出した。
「ジニーはマートルのトイレの前で倒れてた。水浸しの…。フィルチの猫もそうだった。ハリーの聞いた不気味な声。…」
ブツブツとつぶやく姿はまるでドラマに出てくる探偵だった。そして突然ピタリと止まって叫んだ。
「私ー図書館に行かなきゃ!」
「は、ハーマイオニー?おかしくなっちゃったの?」
「違うわ!思いついたことがあるの。調べてくる」
そう言うやいなやハーマイオニーは図書館へ向かって走っていってしまった。
ハリーは一人ぼっちになってしまい、仕方なく医務室から近い中庭のベンチに座った。
もしサキが死んじゃってたらどうしよう。
継承者なんて本当にいるんだろうか。
秘密の部屋はどこにあるんだ?
サキが継承者なんてありえない。でも、もしそうだったら?
じっとしてればしてるほど不安や杞憂が頭の中に充満していく。
傾いた日が作る長い長い影法師。そこに誰かの影がかぶさった。
顔を上げると、マルフォイが立っていた。
「黄昏れてるのか?ポッター」
「こんなところで何してるんだよ、マルフォイ」
「お前こそ」
マルフォイはオールバックにしたプラチナブロンドを撫でる。撫でたはしからすぐ毛が垂れる。お疲れのようだ。そりゃそうだろう。
「ウィーズリーの妹、あいつが何か知ってるんだろう」
「わからないよ。ジニーは石になっちゃったんだから…」
「全く!とんだ校長だよ!ろくに対策もしないからこのザマだ!」
「ダンブルドアは…」
ハリーは反論しようとしたが、言葉が出てこなかった。確かにあのダンブルドアでさえいまだ秘密の部屋を見つけられていないし、犠牲者は増え続けている。ダンブルドアでさえ無理なら一体誰がサキを救えるんだろう。
ハリーは泣きそうになるのをこらえた。
「マルフォイ、君は本当に秘密の部屋について何も知らないんだね?」
「ああ。そういうお前はどうなんだ?」
「僕も、みんなと同じくらいしか知らないさ」
「…一度整理しよう。お前の言うみんなが信用できない」
余計な一言だなと思ったが、改めてマルフォイの知ってることを聞くいい機会だ。ハリーは渋々同意する。
「ここじゃ先生たちに捕まるな…」
「とりあえず、図書館にハーマイオニーがいるんだ。そっちへ向かいながら話そう」
二人は小道を抜け、廊下をほとんど走るようにして図書館へ向かった。