【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども   作:ようぐそうとほうとふ

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13.秘密の部屋③

突然そんなことを言われたって…。

サキは何を言っていいかわからなかった。

トムがヴォルデモートで、私の家族?

トム・リドルがヴォルデモートだというのは薄々察していた。しかし…

「状況証拠だけでそんな事、言わないで」

「そんな事?僕が父親なのがそんなに嫌?」

「嫌に決まってる!風評被害だよ」

トムは冷たく甲高い声で笑った。サキは全身に力が入らないながらも立ち上がり彼のそばへ行く。

「蛇語喋れるだけでそんなこと言われるなら、ハリーはなんなのさ。生き別れの兄弟とでも?」

「ハリー・ポッターについてはひとつ仮説がある、残念ながら兄弟ではないよ」

あと少しで殴りかかれる距離まで来てへたり込む。トムの冷たい視線が上から降ってくる。空腹が限界だった。

「仮に、私が娘だったとして、それでも殺すの?」

「ああ。殺すというか、その体を使わせてもらおうかと思っててね」

サキは去年のクィレルを思い出した。頭に寄生した死にかけのヴォルデモート。あんな風になってしまうのか?

ぞっとして思わず後ずさる。

「君の意識はちゃんと消え去るから安心しなよ」

バカじゃないのかと思ったが毒づく気力も無くなった。サキは床に崩れ落ち、トムの足元しか見ることができない。

 

「僕が君の魂を削りきるまで、せめていい夢を」

 

 

 

 

 

朝起きて二段ベッドの下の段を見ると、ジュリエッタはまだグースカ寝ていてイビキまでかいていた。

私は彼女の頬をひっぱたいて起こす。

孤児院の食事は味が薄いのでみんな大抵ケチャップやソースをかけるが、今日に限ってケチャップが切れてしまった。

買いだめもないというので私がおつかいを頼まれた。

いつもより遠いスーパーのものを買って来て、と言われて私はピンと来た。

わかっちゃった。

今日は私の誕生日だから、きっとみんなでパーティーの準備をするんだ。

お見通しなんだから。

でも問い詰めるような野暮なことはしない。

ケチャップを買った。

そして孤児院に戻る。

みんな揃ってテーブルについて、ろうそくに火をつけた。

バースデーソングを歌って、火を吹き消して、みんなでケーキを食べた。

満腹とまではいかないけど満足したお腹をかかえてみんながベッドに潜る。

こうやってちょっとの幸せを拾い続けながら、不幸な毎日が未来永劫続いて行く。

そして学校に行き、働いて、誰かと恋に落ちて、家族を作る。決まったレールの上を歩いて行く。

幼い私の夢だった。

涙が溢れた。

ジュリエッタが変なのと言って笑う。

なんで当たり前のことで泣くんだろう。

なんだか体が熱い。背中が酷く痛む。

涙じゃない何かが頬に落ちた気がした。

上を向くと、そこは真っ暗な広いホールのような場所だった。

「…れ?……」

サキのうなり声に誰かが答える。

耳がよく聞こえない。目も霞んでる。

高熱の日だってこんなに悪くはならないだろう。

次第に意識がはっきりして来た。しかし体が思うように動かない。首をちょっと動かしたいだけなのに鉛のように重たい。

誰かと誰かが怒鳴りあっている。

指先に何かがあたっている。ざらりとした感触。孤児院で配られた寄付された古着そっくりだ。

掴んでみる。そしてゆっくりと体を起こそうとしてみる。

重力ってこんなに重かったっけ?というかここはどこだっけ?

やっとの思いで起き上がれたと思ったら突如爆音が轟き、重たい何かが落ちてくる音と、罵声が響いた。

『あいつを殺せ!』

「サキ!そいつを見ちゃだめだ!!」

秘密の部屋に、大蛇がいる。そしてトムとハリーがそれぞれ部屋の反対側にいる。

「ハリー、助けに来てくれたの…?」

「伏せろ!そいつはバジリスクだ!目を見たら…」

ハリーが怒鳴り終わる前にバジリスクがシューっと威嚇音を出し、石が砕ける音がした。蛇が尻尾で壁をたたき壊したらしい。

夢から醒めていきなりついていけない。サキは夢の続きなのかと疑ったがとにかく伏せた。そもそももう起き上がっていられなかった。

そうだ、トムにはめられて秘密の部屋に閉じ込められてたんだっけ?

それで…なんで組み分け帽子が?

綺麗な鳥までいる。

やっぱり夢じゃないか。

 

ハリーはバジリスクの目を見ないように必死に柱を縫うように逃げた。重たい肉が何かにぶつかったり、叩きつけたりするような音が聞こえる。

「邪魔な鳥だ」

トムが吐き捨てるように言う。不死鳥フォークスはバジリスクの目を狙うように飛び、バジリスクの頭が届かない位置の鱗を鋭い鉤爪で剥いでいた。

トムとハリーが戦っている。

かなりの不利の中で。

サキは無意識に帽子の中を弄った。ピリッと指先に痛みが走り、じんわりと熱くなる。まるで刃物で切ったように血が流れていた。

細かいことは考えられなかった。

サキはその刀身を肉が切れるのも厭わず掴んだ。

 

この世のものとは思えない鳴き声が秘密の部屋にこだました。フォークスの爪がついにバジリスクの目を潰したのだ。

『匂いだ!匂いをたどれ!小僧はすぐそこにいる』

バジリスクの武器は目だけではない。その毒牙にかかればあらゆる生物は死ぬ。

バジリスクはヤケクソのように牙を剥き出しにしてハリーに噛みつきにかかった。

『そうだ、やれ!』

トムはそっちに気を取られてサキの行動に気付けなかった。

サキは組み分け帽子の中から引きずり出した血塗れの剣をトムの脳天に叩き落とした。剣はトムの右肩から心臓にかけて埋まっている。

「は……」

トムはいま幻とも実体とも言えない存在だ。触れることはできるがだからと言って血と肉でできているわけではない。ただ剣で叩き切られた勢いで体を崩して倒れ込んだ。

サキは剣を振り抜くと、そのまま剣をハリーの方へぶん投げた。

ハリーは咄嗟に避けようとして足を滑らせた。剣はバジリスクの首筋に当たってはねる。

そしてすぐに起き上がったトムによりサキは蹴り倒されてしまう。

「いったいどんな躾を受けて来たんだ?」

「この、死に損ない…」

トムの隙を逃すものか。ハリーは飛びつくように剣を掴んだ。音に反応してバジリスクが襲いかかる。

避けられない。

そう思った時ハリーは無意識に腕を差し出した。そしてバジリスクの口蓋にその剣を突き立てた。

肘から上に痛みが走り、そしてぼんやりあったかくなる。

剣の突き刺さったバジリスクは力をなくして地面に落ちる。

「なんてことだ。たかが子供一人殺すのに秘密の部屋の怪物一匹…割りに合わないな」

ハリーは突き刺さったままの牙を抜いた。猛毒は身体中に回ってしまったのだろうけど。よく戦ったと思った。

すぐに先生たちが来る。そしたらせめてサキだけは…

トムの足元でピクリとも動かないサキを見た。

フォークスが羽音を立てながらハリーの元に寄り添う。

「フォークス…ありがとう、君は素晴らしかった」

フォークスの涙が傷口におちた。するとあれだけ熱を持っていた体がすうっと冷えていくように感じた。

「ハリー・ポッター。君の臨終をしっかり見届けてあげよう。サキに取り付くのはそれからでいいさ。早く穢らわしいマグルの母親の元に行くといい」

トムが捨て台詞を吐いた時、扉の向こうでなにかが爆発するような音がした。きっとロンたちだ。助けに来てくれたんだ。

ハリーは急に元気になったような気がした。傷口を見る。すると先ほどまでバジリスクの牙が穿った穴の部分はまるで怪我なんてしてなかったみたいに綺麗な肌色をしている。

「そうか、不死鳥の涙…!」

ハリーのつぶやきにリドルの余裕が崩れた。

「なんだと?」

さらにフォークスはもう一つ土産をよこした。

黒い革の古ぼけた日記だ。

「ハリー…それを、壊して」

サキが絞りだすような声で言った。

トムの顔色が変わり、駆け寄ろうとする。

ハリーは先ほど引き抜いたバジリスクの牙を日記帳に突き立てた。

 

トム・リドルの日記から血のようにインクが溢れ出る。リドルの悲鳴はまるで空気を切り裂くようだった。

彼は身悶え、うずくまり、そして消えた。

 

後に残ったのは静寂と、扉を破ろうとしてるんだろうか?破裂音のみだった。

ハリーはよろよろとサキに近寄った。

「終わった?」

「うん、終わった」

「また助けられちゃったね」

「僕の方こそ」

どん、どん、と扉の向こうから体当たりする音が聞こえる。

「開けてあげないとかわいそう」

「うん…そうだね」

 

 

 


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