【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども   作:ようぐそうとほうとふ

3 / 107
03.蛇の巣の中

ボートから見るホグワーツは幻想的で、まさに魔法のお城だった。

ランタンの明かりが揺らめく湖面を滑り、石造りの廊下を渡り、大勢が集う大広間に通された。

全部がまるで夢の中に居るようにふわふわとしていて、期待と不安といろいろな感情が湧いてきて思わず吐き気がするほどだった。

サキは深く息を吐いて前を見た。

たった今ハリーの組み分けが終わり、グリフィンドール生の歓声が響いてる。

並んでる間、組み分けについて話していた。ウィーズリー家はみんなグリフィンドール。スリザリンは悪の魔法使いを多く出した。自分がスリザリンになったらハリーはがっかりするだろうか。

ちら、と組み分け帽子の向こうの職員席を見る。

 

…いた……。

 

不機嫌そうで陰気そうな、黒髪の男。スリザリンの寮監であるセブルス・スネイプが。

サキは初めて自分の生家に来た時のことを思い出した。

 

あの日…。火事が起きて、何が何だかわからないうちにダンブルドアに連れられ、埃まみれの屋敷に行った。

外観はいかにも幽霊屋敷で、庭は荒廃し森と一体化していた。周りには何もなく、ただ暗い森と湿地が広がっているさみしい土地だった。

門をくぐり、屋敷の中に入ると中は思ったよりも綺麗だった。

外と違って時間の蓄積による汚れや痛みは見つからず、まるで時間が止まってしまったかのように見えた。

暗く伸びる廊下。一部屋だけ明かりが灯っていた。

導かれるようにそこに入ると、ソファの上に黒い男が座っていた。脂でべっとりした髪に、土気色の肌。

煤けた自分といい勝負の辛気臭さを纏っている。

「セブルス、ご苦労じゃった」

「…校長。彼女が?」

「そうじゃ。サキ・シンガー。サキ、こちらはセブルス・スネイプ。君の後見人じゃ」

「後見人…?」

サキは思わず聞きかえす。後見人なんて初めて聞いたし、もし本当にそうならなぜ今こうして名乗り出たのか、と。

「君がー…」

疑うような声を出し、怯えるサキにスネイプがゆっくりと話す。

「君が11才になったら名乗り出て引き取るようにと、約束させられていた」

「約束…って、誰に?」

「君の母親だ」

「母…親?」

サキは驚愕と戸惑いで思わずスネイプを凝視した。不機嫌そうな顔をしているが、優しい瞳を持っている。その瞳を見て驚愕は収まったが戸惑いは消えない。

「なんで11歳なの…?母…はどこにいるんですか?なんで後見人なんですか?」

「ホグワーツからの手紙を見ただろう。君が魔法使いとして生きていけるようになったらということだと思う。君の母親はおそらく死んだだろう」

「……魔法使い…」

サキは渦巻く様々な感情を抑えながら、ぐっと強く拳を握った。

「母も、魔法使いだったんですか?」

「そうだ。我輩は君の母親の友達だった」

「……そう、ですか」

「ここは君の母親の家で、これから君が自由に使っていい財産だ。金も…僅かだがある」

「……」

サキは口を噤んでしまう。

突然わかった自分の出自。これまでの生活が全てなくなった後にでてきた、これからの生活。

頭がガンガンする。

「セブルス、そう急に言ってもわからんじゃろう。サキ、今日は休みなさい。」

「しかし…」

「また明日改めて話してやりなさい。ついでに魔法界のことも教えてやらんとのお。」

「それは、私が…?」

「そうじゃ。後見人じゃろう」

「……わかりました」

スネイプはなんだか困ったような顔をして渋々頷く。

ダンブルドアにそっと背中を押され、サキはすぐそばにある寝室に通された。

ベッドは少しかび臭かったが疲れが勝り、サキはすぐに寝てしまった。

 

…スネイプ先生、悪い人じゃないからな。

 

あの後3日ほどスネイプ先生は屋敷に残り、魔法界のことやルール、ちょっとした魔法について教えてくれた。教科書だって買ってくれたし、料理もうまかった。

なにより後見人という、この世界で唯一の後ろ盾が寮監というのは悪くないなあと、ちょっと打算的に考えた。

「シンガー・サキ」

名前が呼ばれ、心臓が飛び出しそうなくらい脈打った。

ハリーとロンがこっちを見てるのがわかる。

帽子を持ってるマクゴナガル先生に促され、着席する。古めかしい帽子が頭の上に被さった。

「…おや?また会ったね?」

「えっ」

突然聞こえた低い声に驚き声の方へ視線を向けると、帽子のつばが見えた。

帽子が喋ってる。

「おや違ったか!今度はずいぶん難しい子だ。今年は難しい子が2人もいる…ふむふむ。問題は運命や因果を君が信じるかだ」

「運命…ってほんとにあるの?」

「あるかないかではなく、信じているかだよシンガー」

「…信じてるよ」

「そうか、それならば君はそうなる運命だったのだ。スリザリン!」

低い轟のあと、拍手がパチパチとさざ波のように聞こえてきた。帽子をしてた時は一切雑音が聞こえなかったのに、突然周りに音が戻ってきて夢から覚めたみたいな気持ちになる。

ハリーが残念そうにこちらを見ていた。

サキはちょっと微笑み返すと手招きしているスリザリン生の方へ向かった。

最後の一人、ザビニを迎え入れると机の上にごちそうが並び、たくさんの人が一斉にお祭り気分で騒ぎ始めた。

わんわんと音が頭の中で反響して、人々の温もりを肌で感じる。孤児院に戻ったみたいでちょっと安心した。

隣近所の上級生たちや新入生とこれからの学校のことを教えてもらい、魔法界の出来事や先生の噂話などを聞いていると時間はあっという間に過ぎていった。

「ハロー」

チュロスにかぶりついていると突然話しかけられた。声のする方を見ると、気の強そうな女の子がいつの間にか隣に座っていて気取った笑顔を浮かべていた。

サキは慌てて口の中のものを飲み込み、砂糖をナプキンでふく。

「やあ。よろしくね。私はサキ・シンガー」

「あたし、パンジー。パンジー・パーキンソンよ。ねえあなた、ご両親はどこにお勤め?」

挨拶の二言目がそれかよ。とサキは一瞬呆れたが努めて普通の調子で答えた。

「いないよ。死んだみたい」

「あら…ごめんなさい。じゃあ親戚の方と暮らしてるの?」

「親戚もいないよ。私孤児院育ちだし」

「孤児院?」

パンジーは露骨に眉をひそめた。その反応には慣れていたが、ハリーたちが温かく受け止めてくれたのに彼女は違うらしく、ちょっとやな気持ちになった。

「じゃああなた、穢れた血かもしれないのね?」

「なんだって?穢れた血?」

差別的な物言いに思わず棘のある聞き返しをした。パンジーがちょっと怯み、何事か言おうとすると急にデザートが消えてダンブルドアが立ち上がった。

全員が黙ったせいでパンジーも言い返すことはなかった。

注意事項を聞いてる間、校歌を口パクで聞いてる間"穢れた血"という言葉の意味を考えていた。

なんだか嫌な感じだ。一気にワクワクが消え去り不安が渦巻いてきた。

とびきり遅い葬送行進曲調の校歌が終わると、各寮の監督生たちが新入生を呼び集めていた。これから寮に向かうらしい。

グリフィンドールの方を見るが、ハリーたちの姿は見えなかった。ちょっと寂しく思いながらしゅんとして前にいる生徒の背中を追う。

見覚えのある髪型だ。プラチナブロンドで自分よりちょっと小さい背丈。その両隣にいるガタイのいい2人。

「ドラゴンくんだっけ」

「違う!ドラコだ!」

間髪入れずに前からツッコミが入った。いい反応速度だ。そういえばそんな名前だった気がする。

「あ、ごめん。同じ寮だね。汽車でのことは忘れて仲良くしようよ」

「………ああ、そうだな」

「私、サキ・シンガー」

「ドラコ、ドラコ・マルフォイ。…君、孤児院育ちなのか?」

「聞いてたの?」

さっきのパンジーとの会話を、と含ませて聞くとちょっと気まずそうに目をそらす。盗み聞きはマナー違反だという意識があるぶんマシだろうか。

「ああ、それと列車でも言ってただろう?」

「ああ…。うん、まあ。最近火事で燃えちゃって今は一人だけどね」

火事で燃えたという言葉でちょっと哀れに思われたかもしれない。哀れみなんて真っ平だが哀れまないでというのも変だ。だからサキは慌てて付け足した。

「でも、まあ後見人もいるし、母親も誰かわかったから…平気」

「そうなんだ。大変だったな。じゃあ今は母親の家で?」

「そーだよ」

「ふうん」

監督生は階段を降りてどんどん地下へ向かっている。

寮が地下だったら階段上るのがしんどいなあと内心うんざりした。

会話が途切れたので話を振ってみた。

「ねえ、穢れた血ってなに?」

「魔法使いの血が入ってない、マグル出身の魔法使いのことさ」

「マグル…?普通の人ってこと?」

「普通じゃないさ、マグルは劣ってるんだ」

「そうなの?全然変わんないと思うけど」

サキの言葉にドラコは眉をひそめる。

「じきにわかるさ。…ここではあんまりそういうこと言わないほうがいいぞ。」

サキは肩をすくめる。魔法が使えるからといって優れてるなんて言っていいんだろうか?

しかしパンジーとドラコの会話でいくつかわかった。どうやら、スリザリンの生徒は出身だとか血統だとか親の地位だとかに関心が強いらしい。

どうやら自分にはとことん厳しい環境のようだ。

自分のバックグランドなんて、ここで通用するのは母親は魔法使いだったらしいって事ぐらいじゃないか。

頭を抱えたくなった。

ここでうまくやってけるんだろうか。

「私、ここの寮向いてないみたい。母親は魔女だったみたいだけど大した血筋じゃないだろうし」

「シンガーっていうのは母親の苗字?」

「ううん。孤児院の名前。母親は確か…リヴェン…だったかなあ。姓はマクリール。」

「マクリール、ね。僕の父さんは魔法省に顔がきくんだ。いろんなところに人脈があるし、君の母親について何か知ってないか聞いてやるよ」

ドラコはちょっと自慢げに言った。

「いいの?」

「いいよ、これくらいなんてことない。サキだって知りたいだろ」

「うん!君実はいいやつだね」

「実は?」

話してるうちに薄暗い石壁がぱっかりと開き、談話室へぞろぞろと人が入っていった。

緑の明かりの灯る大理石の地下牢。深緑のランプシェード、カーテン、絨毯など調度品は黒と緑が基調となった落ち着いた談話室だ。窓ガラスからは揺蕩う水中が見える。どうやらボートで渡ったあの湖に面しているらしい。

冬場は寒そうだと思いながらもその荘厳な雰囲気は気に入った。

「じゃあまた明日」

「おやすみ」

ドラコと別れ、女子寮の入口へ入った。ふかふかのベッドが並び、荷物がそばに積みあがってる。

ぽつんと寂しく置かれた一つのトランク。そこがサキの場所らしい。

悲しいことに女子は誰も話しかけてこなかった。パンジーとのやりとりが聞かれてしまったんだろう。

まあ…いいさ。

ため息をついてベッドに潜り込んだ。ふかふかのベッドが体温で温まってくると、自然とまぶたが下りた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。