【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども 作:ようぐそうとほうとふ
秘密の部屋の怪物が死んだ日。
マクゴナガル、スネイプ、フリットウィックの三人は秘密の部屋をすみからすみまで検分した。
バジリスクの毒牙は数本回収し屍骸はそのままに。落盤のあった箇所を完全に塞いでしまうということに落ち着いた。
負傷者2名はただちに医務室へ連れて行かれた。ハリーの怪我はともかくとして、サキの衰弱はマダム・ポンフリーの手に余るので聖マンゴに搬送された。
そしてサキが目を覚ましたのは救出されてから一週間もたってからだった。
病室で目覚めたサキは癒者から説明を聞くまで自分がなぜここにいるのかよくわからなかったが、順を追って説明されてようやくすべてが鮮明に思い出された。
あの時はぼんやりしてて感情が追いついてなかったが、今反芻するとたまらなく最悪な気分になる。
トム・リドル…ヴォルデモート卿。
彼は確かに自分は父親だと言った。
信じたくない。というかありえないだろう。
去年出会った、死にかけの呪われた闇の魔法使い。それが父親?
生理的に無理だ。
というか去年出会ったヴォルデモートはそれに気付いていたんだろうか?気づいててあんなに殴ってたと言うなら尚更最低じゃないか。
病室で一人になってからずっとサキは頭を抱えて悩んだ。
ハリーの親の仇。いや、もっと言えば魔法界の敵そのもののヴォルデモート。そいつの血が流れているんだ。
なんて忌まわしい血。
サキが毛布にくるまり唸っていると、扉がノックされた。
返事もなしに扉が開いて誰か入ってくる。
サキは恐る恐る布団から出る。そこには花を抱えたスネイプがいた。花とスネイプという似合わない組み合わせにちょっと笑いそうになるが苦虫を噛み潰したような顔をみると誰かから持たされたんだろう。
「サキ。しばらく」
「先生…」
スネイプは見舞いの品をテーブルにおいてベッドの脇の椅子に座った。
「癒者から大体の事は聞いただろうが…」
「あ、はい。ご迷惑をおかけしました」
「君は悪くない。今まで何人もの魔法使いや魔女があの人に誑かされているのだから。…今日はジニー・ウィーズリーについて確認しなければいけない事がある」
サキはハロウィンの夜、ジニーの様子がおかしかった時からゆっくり、思い出すように語った。ジニーの持ってた日記を奪い、自身も虜になったこと。人前で使ったせいで日記に逃げられたこと。トムと話したこと。
そして…
「あの………先生、私って似てますか?…トム・リドルに」
「何を突然」
「私、蛇語が話せるみたいなんです」
スネイプは押し黙る。まともに顔が見れないから表情はわからない。
「あの人、いったんですよね。私が…彼の…」
それ以上言葉が出なかった。口にしたら本当になってしまうような気がして言えなかった。しかしスネイプは全てを察したようだ。
「先生は、母をご存知なんですよね?じゃあ…私の父親って誰なんですか?」
「それは…わからない」
「誤魔化さないでください!後見人のくせに知らないんですか?」
「本当にわからないのだ。サキ」
スネイプは立ち上がってポットから紅茶を注いでサキの前に置く。サキはスネイプの曖昧な態度にイライラしながら紅茶を見なかったことにした。
「君の母、リヴェンが妊娠していたことさえ知らなかった。あの人が倒された日に屋敷に行ったら君が寝室にいた」
「…ヴォルデモートと母は、どういう関係だったんですか?」
「それは……」
スネイプが言葉に詰まった。サキははっきりしないスネイプに対して怒りを爆発させた。熱い紅茶が白いシーツに飛び散って、陶器の破片が床に散らばった。
「はっきりいってくださいよ!わからない今が一番気持ち悪い!」
「…君の母親は、あの人に監禁されていた」
「監禁…それは…」
サキは言葉選びに迷う。
「君の家系の特殊な魔法が必要だったからだ。我輩は彼女と親しかったこともあって監視役を仰せつかったが、あの人とリヴェン、二人の間に特別な何かがあったとは思えん」
「そりゃ、わからないじゃないですか。だって現に私はパーセルタングだし…」
「蛇語使いは一つの家系しかないわけではない。マクリールの家系に蛇語使いがいた可能性もある。何と言っても古来から続く家系だ」
スネイプは破片を拾い集め、こぼれた紅茶を拭いた。サキは両手で顔を覆って大きく息を吐き出す。
「ずるいよ。そんなの悪魔の証明だ」
怒りはしゅるしゅると萎んで、やるせなさで涙が出てくる。恥ずかしいのに止められなくてサキは顔を上げられなかった。
「サキ」
「うるさい」
スネイプは口をつぐんだ。静かな部屋にサキが鼻をすする音だけがした。
「怖い」
サキは思わず口から本音をこぼした。ヴォルデモートに関わって二度とも大怪我をして死にかけている。そのうえ二度とも体を乗っ取られかけた。
しかもこの体には得体の知れない魔法の血と、もしかしたらヴォルデモートの血が流れてるかもしれない。
「サキ…」
背中に体温を感じた。スネイプが背中にそっと手を当てている。思ってたより大きな手だった。
「これからどうなるかはわからない。けれどもいずれ闇の帝王は復活する。必ずだ。そしておそらく君は必ずあの人に狙われる。あの人の目指すところはきっと君の家系の魔法にヒントがあるからだ」
君が君である限り例のあの人からは逃れられない。
「そして…おそらくあの人も気付くだろう。君がもしかしたら血の繋がった娘かもしれないと」
誤魔化してもごまかしきれない。限りなく黒に近い灰色。
「君の事は必ず守る。君の母親との約束だ」
「信用できないですね。去年も今年も死にかけたし」
「面目ない」
「…ぶっちゃけスネイプ先生って母のこと好きだったんですか?」
サキは鼻をおっきく啜って布団で涙を拭いて顔を上げた。スネイプが珍しく困った表情をしていた。
「いや…尊敬していたしよく話していたが…恋愛感情は……」
「そんなマジに答えないでくださいよ」
スネイプはムッとした顔に戻って黙ってしまった。しかしサキがちょっと微笑んでるのをみて安心したようだ。
「あーあ…なんかなー。こうなると来年も絶対何かありますね」
「対策が後手に回っているのが現状だ」
「ハリーも狙われてるし、私も多分狙われるし、先生たちも大変ですね」
見舞いの菓子を開けて二人で食べた。ホグワーツではお祝いムードが漂っていること。試験は通常通り行われること。サキと秘密の部屋事件の被害者は試験を免除されること。など学校の現状を伝え聞いた。
「マンドレイク薬もそろそろできる。君は石になってることになってるのでそれに合わせて帰ってきてもらう」
「はあい。…あ、手紙って書かせてもらえますか?ドラコとかハリーに無事って知らせなきゃ」
「構わない。あとで送ろう」
「ありがとう」
クッキーの缶を空ける頃には日が暮れてしまった。スネイプが帰っていくのを見届けたあと定期検診でやってきた癒者と二言三言話し、サキは床につく。
必ず守る、か。
その言葉は嬉しかったが、結局自分が何とかするしかない。
私は呪われた子。
ずっと昔から続く忌まわしい血を継ぐもの。
最悪にはなれてる。
ちょっと規模が大きすぎるけれども、すべての苦しみは慣れが肝心だ。
生き残りの罪悪感も、鏡に映る影も、不気味な夢も。
そういえば秘密の部屋で、何か夢を見た気がする。
とってもいい夢だったような、悲しい夢だったような…。
いくら思い出そうとしても思い出せない。
何かいい夢だった気がするんだけど。
まあいいや。
夢なんてまた見ればいい。
おやすみなさい。