【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども   作:ようぐそうとほうとふ

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アズカバンの囚人
01.セブルス・スネイプの回想①


まず庭で取れた唐辛子を切る。

あ、切る前に洗う。

それで…どうするんだっけ?

サキは必死にはるか昔に食べたペペロンチーノの具を思い出そうとした。赤い切れ端があったことしか思い出せない。

しょうがない。とりあえず唐辛子を切ってお湯を沸かした。パスタを適量…適量ってどれくらいなんだろう?一人前100gくらい?測りなんてないし目分量でいいだろう。

ろくに袋に書いてある文字をみず、適当に掴んで沸騰した鍋の中に入れた。

蒸気が立ち昇りサキは呼吸困難になり慌ててコンロの前から逃げ出した。

そして塩コショウを用意し、パスタが茹で上がるのを待つ。

茹で上がったらボウルに入れて塩コショウ、唐辛子と混ぜて…完成だ。

 

「味…いや、それ以前の問題だ」

 

初めて調理器具を3つ以上使った料理に挑戦した結果は酷評だった。

スネイプは茹でたパスタに唐辛子を載せただけの物体を回収し、すぐににんにくを刻んでフライパンで炒め、麺を絡めて皿にもってだしてきた。

「お、おいしい!魔法みたい!」

「なぜレシピどころか材料も見ないで作ろうと思った?」

「いやー、食べたことあるから作れると思ったんですけどね」

スネイプは典型的料理できない人間の発言に絶句した。

「魔法薬を作るときと同じで、材料と手順さえあやまらなければ人並にできるはずだが…」

「いやぁ」

なぜかサキは照れている。スネイプは本気で呆れているのに。夏休み恒例となった週に一度の訪問で、相変わらず鍋に適当に何かを放り込んだだけのものを食べ続けるサキにいい加減何か覚えたらどうかと小言を言った結果がこれだ。

魔法薬学の授業ではちゃんと作れているのに…

サキは「これなら得意ですから」とデザートのりんごを器用に剥いている。手元でりんごをくるくる回すとボールの中に連なった皮がしゅるしゅると落ちていく。

 

秘密の部屋事件の後、サキは一ヶ月に渡り様々な検査を受けた。呪文後遺症や呪物残留魔力検査や毒物検査。内臓の状態に至るまで隅々調べられてシロとでた。

しかしスネイプは彼女の精神面に不安を感じたままだ。

病室で怒りを顕にしたあの時の彼女が強く印象に残っている。今でこそ元通りおちゃらけているが、あの時見せた壊れそうなサキがまだどこかにいる気がしてならない。

「どーぞ」

手渡されたりんごは皮でうさぎの耳がつくられていた。ご丁寧に目の部分に穴が開いている。

「どうも…」

食べ終わると自由時間で、サキはだいたい自室へ戻るのだが今日は何故か椅子に座ったままだ。

「先生、明日早いですか?」

「特に予定はない」

「ああ、じゃあちょっとお願いが…」

サキに連れて行かれたのは埃っぽい書斎だった。本でほとんど埋まっているせいで二人はいるだけでもう身動きが取れない。

「魔法でこれをどかしてほしいんです」

「これは…酷いな」

「でしょ?このスペースも私がどれだけ苦労して作ったか…」

「わかった、明日やろう」

「やあ、助かります」

スネイプはマクリール邸に泊まるときは使用人室と思しきベッドと机があるだけのちいさな部屋を使う。

広い部屋は落ち着かないし、この部屋なら使い慣れているからだ。

もう15年以上前になる。リヴェン・マクリールの監視任務のときに使っていた部屋だった。あの時となんにも変わらないままだった。

スネイプはそれよりもっと昔、11歳の頃の自分を思い出した。

 

 

彼女と出会ったのはある雪の日だった。

一年生のとき、セブルス・スネイプはどん底だった。入学前から親しかったリリーと寮が離れた上、いつもボロボロの着古したセーターを着ているセブルスを同級生達は見下し気まぐれにいじめの対象にしていた。

セブルスはすっかり腐っていて、いつも人気の少ない図書館のすみや中庭のベンチで本を読んだりぼーっとしたりしていた。

雪の日の図書館は最悪だ。どこへ行っても席が埋まっているし人の息遣いとか体温でむわっとしている。そんな空気を吸うたびにセブルスは自分が歓迎されてないような気がして一人傷つくのだ。

なので、悴む手を揉みながら外のベンチで魔法史の教科書を読むことにした。

中庭では何人かが雪遊びをしていたが、ベンチからは離れていたので気にしないように教科書に没頭した。

中世の魔女狩りの項を読んでいると、ふいに頭に衝撃が走った。冷たい雪が頭からぼとりと落ちて教科書を汚す。顔を上げると、スリザリンの一年生がクスクスと笑いながらこっちを見ている。

 

いつものか…

 

セブルスはうんざりして教科書の水滴を袖口で拭き取り、読書を再開した。

こういうたぐいの悪ふざけはもう慣れたものだった。いつも決まって無視を貫き通すことにしているが止む気配はない。

バシッ

次はセブルスの座ったベンチのすぐ横に雪玉が当たる。割れた雪玉から小石が覗いてるのを見てギョッとした。自身の動揺を悟られまいと、セブルスはベンチからどこうとしなかった。

バシッ

第三投はどこに当たったかわからなかった。

上からぼとりと雪にまみれた小石が落ちてきた。その雪はなぜか赤く染まっている。

はっとして上を見ると、黒いコートを着た女子生徒が額を押さえて立っていた。

たまたま通りかかったところに雪玉が当たったらしい。

一年生たちは蜘蛛の子を散らすように逃げている。

その女子生徒はスリザリンのマフラーを巻いていた。黒くて艷やかな髪が中途半端にマフラーに巻き込まれている。黒い手袋越しに真っ白な額とじわりと滲んだ赤黒い血が見える。

「大丈夫ですか…?」

セブルスが恐る恐る声をかけると、初めて人がいることに気付いたという具合に眉をピクッと動かした。

「やり返さないの?」

薄めの、やけに赤い唇からちょっと低めの声が聞こえた。

「え…」

「なるほど、いい的ね」

唇が半月型に歪み、彼女は笑った。

いたずらっぽい無邪気な笑みだった。

それがサキの母親、リヴェン・マクリールとの出会いだった。

 

その次の日、昨日セブルスに雪玉をぶつけた生徒が謝りにきた。誠心誠意謝っているわけではなく、どこか怯えた様が見え隠れする。

昨日の人が何かしたんだ…。

セブルスはそう思って彼女を探した。

なんてことはない。夕食時にスリザリンの席に座っていた。

「あの…」

セブルスが話しかけると彼女は隣をあけた。席がないと勘違いされたらしい。

セブルスはどうしようか少し迷って結局座った。

「よ、余計な事しないでください」

精一杯勇気を出してそう言うと、彼女はまるで分からないと言いたげに首を傾げた。

「誰?」

「セブルス・スネイプです。昨日、雪玉をぶつけられた…」

「ああ」

わかった。という顔をして彼女はすぐに手元の古代ルーン語の教科書に視線を戻してしまう。

「昨日のやつらに、何かしたんですか」

「別に。興味ないわ」

セブルスは拍子抜けした。突然の無礼を詫て席をたとうとするとセブルスを挟み込むように上級生が座った。その顔はセブルスもよく知っていた。首席候補と名高い監督生のルシウス・マルフォイだった。

「リヴェン。せっかく後輩が話しかけてきてるのにそう素っ気無くしてちゃかわいそうだろう」

リヴェンと呼ばれた彼女はムッとした顔をして教科書を閉じて、初めてセブルスの顔をちゃんと見つめた。

「私に先輩風吹かせる前にいじめられっ子を助けたら?ルシウス」

「いじめ?」

「ちょ…」

セブルスは顔を真っ赤にして、必死に言い訳しようとした。しかしルシウスはセブルスをじっと見ていたわしげな表情をした。そういう目で見られるのが一番の屈辱だった。

そういう状況を作り出したリヴェンは澄まし顔でそっぽを向いている。

「君は…そうだ、セブルス・スネイプだったね。何か困ってるのかい?」

「いえ…」

セブルスは逃げ出したい気分でいっぱいになって椅子の上で縮こまる。セブルスが押し黙るとリヴェンが唐突に口を開いた。

「昨日、雪玉をぶつけられてたの。流れ弾に当たったわ」

「ああ、それで怪我を?」

「そう」

「そりゃ…災難だったね」

そこでなぜかルシウスがクスクスと笑った。

「何故笑うんですか」

セブルスは自分が馬鹿にされたような気がしてルシウスをきっと睨みつけた。ルシウスは笑いをこらえながら謝って咳払いをする。

「君を笑ったわけじゃない。その、雪玉をぶつけたっていう一年生がかわいそうでね…」

「かわいそう?」

「彼女、スリザリンの中で一番怖い人だからね」

「それ、やめてって言ってるでしょう」

「どういう事ですか?」

「リヴェンは一年生の頃に上級生を天文塔から吊るしたんだよ。それで怖がられてるのさ」

思わずセブルスはリヴェンの顔を見る。リヴェンは苦い顔をしてまたそっぽを向いた。

「だから、その子達が可哀想でね。怖かったろうな」

「自業自得でしょう」

タイミングよく、テーブルに料理が現れた。

その日からなんとなくルシウスとも交流が生まれ同級生からも一目置かれるようになった。

リヴェンはルシウス繋がりでよく喋った。ルシウスは彼女をかっているらしく、よく監督生や純血の中でも特に力のあるグループの集団につまらなさそうな顔して紛れ込んでいた。

当時の世相も相まって、彼女はそのうち死喰い人にスカウトされるだろうと誰もが思っていたし、闇の魔法使いに憧れていたセブルスはゆくゆくは偉大な魔女になるであろう彼女を尊敬し徐々に交流を深めていた。

しかし、彼女は神秘部へ入省をきめた。

「あなたみたいに優秀な人が、神秘部なんて…」

「いいところよ。静かで」

「ルシウスから誘われなかったんですか?その…」

「しつこく誘われたけど断ったわ。どうでもいいもの、ヴォルデモート卿なんて」

今や誰も口にしたがらない名前を平然と言う。セブルスは彼女のマイペースさにはいつも肝を冷やしていた。

「私には家業もあるから、心底うっとおしいわ。そういうの」

「そうですか…」

自由気ままな浮草のような彼女だけれども芯はしっかりしている。きっと何かやらなきゃいけない事があるんだろうがやはり落胆を隠しきれなかった。

 

「もう二度と会うことはないだろうけど…」

卒業式の日、キングスクロス駅から去る彼女は清々したと言いたげにネクタイを解いてポケットにしまった。

「リリーと喧嘩しちゃだめよ。そのうちきっと許してくれなくなっちゃうから」

四年間彼女と付き合って初めて親身な言葉をかけられた。気恥ずかしさもあって、セブルスは怒りながらおざなりに挨拶を済ませてしまった。

そして本当にもう会うことはなかった。

例のあの人の配下となり、ある任務を仰せつかるまでは。

 

 

 

 

 


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