【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども   作:ようぐそうとほうとふ

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05.ロン・ウィーズリーの憂鬱

嫌いなものはたくさんある。

窓ガラスをひっかく音とか、ふんぞり返ってガミガミいう時のパーシーとか、乾燥して服にこびりついたガムとか、そういうの。

 

ついこの間、嫌いなものが一つ増えた。

マルフォイだ。

 

ハグリッドの授業をあそこまで完璧に台無しにするなんて。

バックビークの鉤爪がマルフォイの腕を切り裂き、場は騒然となった。サキが泣きそうな目で大騒ぎするドラコと慌てふためくハグリッド。興奮するバックビークを遠巻きに見ていた。

マルフォイと口論でもしたんだろうか?いつもなら真っ先に「緊急救命24時!」とかふざけながら駆け寄ってるはずなのに。(サキが血を見て泣くなんてありえない。念のため)

その日からマルフォイはいつでも真っ白い包帯を見せびらかして、皆にハグリッドの授業がいかに恐ろしいかを語ってる。

それを見かけるたびにマルフォイにムカついて、そしていつもなら止めに入るはずのサキの姿がない事を疑問に感じていた。

「この頃サキを見ないよな?」

ハリーにそう話を振ると、ハリーはいっつも気まずそうにうん、とだけ言って会話が続かなくなる。

前々からサキとハリーの様子が変だとハーマイオニーが言ってたし、ジニーまでもがあの二人何かあった?と尋ねる始末。しかしロンには何がなんだかさっぱりわからなかった。

ロンには「自分はハリーの親友だ」という自負がある。

けどサキの親友かと言われればそれは少し、わからない。正確には分からなくなった。

 

確かにサキはいいやつだ。明るいし面白いし、何より気取ってないし。けど何かとつけてマルフォイの肩を持つサキの事を良く思ったことは、正直ない。

最近は持ち前の明るさもどこか空回り気味で、まるで意味なく回り続けるネズミの滑車を思わせる。(スキャバーズが気まぐれに回してるアレだ)

 

 

合同授業の魔法薬学、サキは欠席だった。途中でやってきたマルフォイを見て、ハーマイオニーがロンにこっそり話しかける。

「ねえ…聞いた?」

「なにを?」

「サキ、あれ以来行方不明らしいの」

「えぇ?!」

思わず大きな声を出してしまい、スネイプに睨まれた。しかもマルフォイが腕を使えないからって補助役に指名された。ハーマイオニーを恨みがましく睨んでから渋々マルフォイの隣に行く。

 

「本当はもう治ってるんだろ」

「お前の目は相変わらず節穴だな、ウィーズリー。早くやれよ」

嫌味を言うと、嫌味の応酬。なんでこういう時にサキがいないんだ。

「…サキはなんでいないんだ?」

「お前に関係ないだろ」

「あるね」

ナイフで雛菊の根を刻んでく。じわっと汁が出てきて手につく。魔法薬学の何が嫌かって材料を用意するところなんだよな。

「ついに振られたのか?」

「大間抜けのウィーズリー。いいから早く刻めよ。それこそお前になんの関係もない」

だん、だん、とだんだん雛菊の根の大きさが不揃いになってく。いらいらが形になったみたいだ。

「なんだよ、関係ない関係ないって。サキは行方不明なんだろ?お前のせいだ」

「あいつは…あいつは今日も、多分…」

マルフォイが何か言いかけたとき、ぬっと黒い影が見えた。お約束のお邪魔虫、スネイプだ。

「ウィーズリー、何だその切り方は」

気づくとマルフォイの根は滅多切りになっていて、汁がそこら中に飛び散ってた。まるで殺人現場だ。

「君のと取り替え給え」

「そんな!」

悲鳴を上げてもお構いなし。スネイプはささっとマルフォイとロンの根を取り替えてしまう。マルフォイの意地悪な笑みが視界に入って頭に血が上りそうになった。しかし役目は終えたので深呼吸しながらもとの席に戻る。

 

「大丈夫だった?」

「そう見える?」

「ごめん、見えない」

ハーマイオニーが申し訳なさそうな顔をした。さっきので取り敢えず騒動は終わりと思いきや、次手伝いに指名されたのはハリーだった。危険極まりないご指名にヒヤヒヤしながらなんとか授業を乗り切った。

しかしハリーはおかんむりで、授業後から夕食までぷんぷんしながら過ごしてた。

何があったかなんて聞けない。どうせサキ絡みさ。

 

……そう、僕がサキを親友って心から思えないのは、ハリーとサキの関係のせいなのかもしれない。

僕が思うに、ハリーはサキの事が好きだった。…と思う。少なくとも去年までは。

けれども秘密の部屋事件以降はハーマイオニーいわく「変」らしいし、やっぱり何かあったんだ。

あの部屋のことはちゃんと聞いている。ちゃんと聞いているけど、ハーマイオニーはどうも納得できないところがあると言っていた。

 

「例のあの人の残した日記がハリーを選ぶのはわかるわ。でもどうしてサキが?」

 

僕にはさっぱりだ。まあでも、一年の頃もなんでかサキが狙われてたし…そういう事なんだろう。例のあの人絡みで仲違いしたなら、サキはあの人側って事になるのかな。

だったらそれは…かなり、嫌だな。

 

そんなことを考えながら珍しく一人で歩いてると、なぜかコソコソしてる双子の兄、フレッドとジョージを見つけた。

「なにやってんの?」

「おっと、兄弟…やなタイミングだな」

「受け取れよ、賄賂だ」

そう言って両手いっぱいに抱えた袋の中からお菓子の包を投げ渡してくる。一体何なんだ?

「何?お菓子泥棒?」

「いーや、どっちかというと…」

「密輸入?輸出?」

「まあとにかく、この食べ物の行き先については詮索しないでくれよ」

「はあ?」

またいつもの悪巧みか。と思ったがどうもおかしい。ただの食べ物の密輸入なんかを二人がコソコソやったりするわけない。(中身が食べ物じゃない可能性もあるけど)

「賄賂なんていいよ。別に誰にも言わない…」

「いいからいいから」

さらにもう一箱押し付けられて、ロンは黙らざるを得なかった。渋々食い下がり、シャワーでも浴びに行くかと考えてからピンときた。

 

あの食べ物、もしかしてサキに…?

 

中身が知られたくないんじゃないなら、宛先を知られたくないんだ。

行方不明中のサキはもちろん食事にも姿を現してないはずだ。そして行方を掴まれずに食べ物を入手するならしもべ妖精なんかには頼まない。彼らは喜んで食べ物を渡すけど、先生たちから命令されたらそっちに従うはずだから。

 

蛇の道は蛇とはよく言ったものだ。

フレッド、ジョージがサキの失踪の協力者だ。

そうとなっちゃ問い詰めない訳にはいかない。

ロンは談話室で二人を待ち構えることにした。ハーマイオニーやハリーに話したい気持ちをぐっと抑えて待っていると二人は手ぶらで戻ってきた。

「フレッド、ジョージ」

「なんだよロン」

「あのさ…さっきの包みだけど」

「その件ならもう終わったことだろ?しつこい男はもてないぜ」

その話はやめ、のハンドサインをして男子寮への階段へ向かおうとするジョージの袖をつかんだ。

「次、僕に運ばせてくれない?」

驚いた顔してフレッドが尋ねる。

「…宛先知ってんのか?」

「場所は知らないけど…サキだろ?」

「名探偵がいたもんだ」

感心したようにジョージが笑った。

「そ、俺達がマネージャーってわけ。で、なんでお前も共犯になろうなんて思ったんだ?」

双子はソファーにどかっと座ってロンのために間を空けた。真ん中に座れと言う事らしい。ことをうまく運びたいので黙って座る。

 

「あー、なんていうか…」

 

なんとか言葉を見つけようと、ロンは正面にある暖炉の光をみつめた。あ、ちょっと目が痛い。

 

サキと話したい理由…。フレッドとジョージに加担してまで。

たしかに僕はサキに対して…うーん。あんまりいい印象を持ってないかもしれない。けど、今のままじゃいけない気がする。

でもなんで今のままじゃいけないんだろう。

僕とサキは…

 

「ともだち…だから?」

 

ロンが捻り出した答えに双子は満足したらしい。ニヤッと笑って大きな、古ぼけた羊皮紙を渡した。

「『忍びの地図』だ。特別貸してやるよ」

 

 

 

「我、ここに誓う。我、よからぬことをたくらむものなり…」

教えられた通りに唱えて羊皮紙を叩くと、インクが滲むように学校の地図と人名が浮かび上がる。

まずロンはしもべ妖精達がひしめくキッチンから食べ物がパンパンに詰まったバッグを受け取った。彼らは理由なんて全然聞かずに喜びながらロンへもたくさん美味しいお菓子や果物を差し出してくるのでちょっといい気分になった。

そして人気のないところでこうして地図をじっくり見ている。

それにしても凄い地図だ。これを見れば学校全部丸わかりな上に、誰がどこにいるかわかる。

「ええっと…サキ、サキ・シンガー」

何枚も折り重なってる羊皮紙をめくってサキの名前を探した。

驚いたことにフィルチの飼い猫のミセス・ノリスの居所まで載ってる。道理でフレッドとジョージが捕まらないわけだ。これさえ見れば怒り狂ったフィルチも忍び寄るミセス・ノリスもかわせる。

「あったぞ…ん?」

サキの名前は地下の、それも魔法薬学の教室にあった。

スネイプに捕まったんだろうか?

いや、すぐ動き出した。早足で地上に向かってる。ロンは地図を見ながら慌てて歩き出す。

多分天文塔に向かってる。あの長い螺旋階段の入り口に入られる前に捕まえられたらいいな。あれを登るのはごめんだ。

サキの名前は天文塔の前から動かなかった。

 

日はすっかり沈んで、特に授業や星座観察のない天文塔は静まり返っている。灯りは階段に点々とある松明だけで、遠くからでは何も見えない。杖先に明かりをともし、地図を見た。

あそこにいるはずなんだけどな…

遠くから目を凝らしても無駄だと悟り、ロンは階段まで歩いていく。

すると踊り場のあたりで小さな声がした。

「あれ…ロン?」

久々に見るサキだった。

体育座りでいつになくしょぼくれているサキ。行方不明、というかプチ失踪をしている割には小綺麗だ。

「なんだよ。フレッドとジョージ、話が違うな…」

サキははー、と溜め息をついて気だるげに立ち上がった。なんというか…疲れてる?やさぐれてる?

「久しぶり。君、行方不明らしいよ」

「たった2〜3日いないだけで行方不明か。大袈裟だな」

「君は前科がたくさんあるから、皆あんまり心配してないけどね」

「そりゃ気が楽だね。野宿は楽しいよ。廊下は寝心地悪いし、夜のガラスは冬の朝みたいに冷たいし、ハグリッドの小屋も葬式みたいでハッピーさ」

ちょっと見ない間にだいぶ僻みっぽくなったみたいだ。とりあえず重たい食べ物のバッグを渡す。

「なんで帰らないの?」

「…ドラコがあんな事しでかしてさ、普通の顔でオハヨーとかできる?その前に色々喧嘩もしちゃったし、もっと前から悩んでることが雪だるま式におっきくなってて…」

サキは言葉を続けることなく口を噤んだ。そしてどこか遠くを見るように目を細めた。よく見ると目の周りが赤い。

「その悩みって、ハリーには教えた?」

「あー、うん。実を言うとそれでギクシャクしてたんだよね」

「ふうん…それって僕らには言えないこと?」

きっとハーマイオニーも言ってるんだろうな。と思いつつ尋ねた。

「そうだね…うん。知られたくないかも」

「知られたくない事をハリーには言ったんだ」

ロンは思わずそう言ってしまった。嫌味みたいに聞こえたかもしれない。サキの顔が不機嫌そうに曇ってしまう。

でも、知られたくない事をハリーに話すって、それって…

 

「よっぽどハリーのこと好きなんだね」

 

「え?いや、そういうわけじゃ…」

サキはちょっと困ったように伏し目になる。よく見ると意外とまつ毛が長い。

「んん…と…ハリーに危害が及ぶかもしれないから…そう。そうだよ」

「危害が及ぶからって自分の秘密、そう簡単に言えないな。僕なら黙ってるかも」

「例えばどういう秘密?人に話せない秘密って…」

「えっ?うーん。弱点とか?」

「…ロンの弱点は?」

「だから、秘密だよ!」

サキの顔にちょっと笑顔が戻った。ちょっと安心してロンも笑う。

「でも安心したよ」

「安心?」

普通なら行方不明で失踪継続中の未成年を見て安心しないだろう。

「僕、君がハリーを嫌いになったのかと思った。でもそうじゃなくてハリーを心配するあまり、から回ってただけなんだね」

「から回る?」

サキが動揺してるのがわかった。

「だってそうじゃない?ハリーが大切だから秘密を話して気まずくなったんだろ?」

「う、うん」

「それで避けちゃってたんだよね?」

「そういう事になるね」

「人付き合い下手なんだな、サキって」

サキは怒ればいいのか困ればいいのかわからないようで言葉に詰まった。的外れだったろうか?

いや、間違ってないだろう。

「下手…かなあ…」

ようやく出した返事はなんだか意気消沈してて、サキ自身も肩を落として座り込んでしまった。

「君の悩みのことはよくわかんないけど、今の変な関係のままのほうがよっぽどハリーの為にならないと思うけど」

ロンもすぐ下の段に座ってサキを見上げる。

「マルフォイの事も…あいつ最低だけど、サキがブレーキしてればまだマシなやつだったし」

「ドラコとも喧嘩しちゃったんだもん…」

サキはぐすぐすと鼻を啜りながら顔を埋めてしまった。そのままくぐもった湿っぽい声で続ける。

 

「悩みについては自分の中で整理がつかないんだ…私一人でどうにかなるものじゃないんだもん。でも、今のままも嫌だ。どうしたら良いかわからないんだ…」

 

「どうしたいかはわかってるじゃん。なんでそうしないの?」

 


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