【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども   作:ようぐそうとほうとふ

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06.野宿のお供は犬と車

「セブルス。ちょっといいですか?」

職員会議後、マクゴナガル教頭がいつも通りの厳しい顔で話しかけてきた。会議後に個別で話しかけてくる用件なんてだいたい厄介事だ。そして残念ながら、心当たりがある。

「最近授業でシンガーの姿を見かけないのですが」

「シンガーは…家出中です」

寮監同士なのでそこまで立場に差があるわけでもないのだが、マクゴナガルを前にするとどうも学生だったときの記憶が思い出されて緊張してしまう。勿論態度には出さないようにしてるが…。

「家出中?」

「本人からしばらく家出するから心配するなと伝言が」

「何馬鹿なことを言っているんですか!」

当然の反応だろう。ぐうの音も出ない。

ドラコが魔法生物飼育学で負傷した後、夕食もろくに食わずに退席したサキは突然地下牢にやってきてそう宣言して以来帰ってきてない。

 

「先生…私、しばらく家出します」

「今は忙しい。冗談なら後にしたまえ」

「じゃあ心配しないでくださいね?」

 

今思えばちゃんと捕まえて説教すればよかったのに、あのときは冗談で流してしまった。

「セブルス、貴方は寮監でもあり、あの子の後見人でもあるんですよ?そんな事でどうするんですか」

「おっしゃるとおり」

ぐうの音も出ない。でもまさか2日も姿を見せないとは。一体どこに隠れているのだか。既にスリザリン寮つきのゴースト、血みどろ男爵には捜索願を出しているが未だ見つからないらしい。なにか良からぬことを考えてなければいいが。

マクゴナガルは何も反論せずに説教を受け、渋い顔をしているスネイプに少し同情したらしい。労るような口調で話しかけてくる。

「あの子に特別な事情があるのは重々承知ですし、あの年頃の女の子の扱いはただでさえ難しいものです。けれどもあの子が頼れる大人は貴方だけなのですよ」

マクゴナガルはサキの母親について知っているし、あの血筋の魔法についても知っている。ただサキの父親について知ってるのはスネイプとダンブルドア校長のみだ。

今回のサキの『反抗期』は去年起きた秘密の部屋事件に端を発しているのは明らかだ。サキの相談相手になれるのはスネイプしかいないというのはわかってはいるが…。

「ゴーストにも探させてる最中です。もう少々時間を頂ければ、恐らく見つかるかと」

「週末までに見つからないようなら会議にかけますからね」

ホグワーツでは度々行方不明者が出るとはいえ、吸魂鬼がいる今万が一があったら困る。しかも禁じられた森を平気で散歩しようとするサキじゃ事故が起きないほうがおかしい。

とにかく見つけ出したら説教と罰則だ。

 

「セブルス」

 

突然、リーマス・ルーピンが話しかけてきた。普段こちらが意図的に避けてるのを察してあまり近づいて来ないというのに一体何の用だ?

「その、ミス・シンガーの事だが…」

「我輩の寮の問題に嘴を突っ込んで欲しくはない」

冷たく言ってすぐ立ち去ろうとするがルーピンはしつこくついてきた。

「いや、違うんだ。その…彼女の居場所にちょっと心当たりが」

「なに?」

足を止めてルーピンを見る。相変わらず老け込んでるが、嘘をついてる様子じゃない。

「彼女が…家出、家出をした日、たまたま森のそばで見かけたんだ。その時居た場所に後日行ったら車のタイヤの跡があったんだよ」

「車…?」

車、マグルの乗り物がなぜ校内に…?

そこではっと思い浮かんだ。そう、去年ウィーズリーとポッターが暴れ柳に突っ込んだあの車。確か未だに捕獲されておらず森の中にいるはずだった。

「あのバカ娘…」

ルーピンに思わず漏らした苦々しいつぶやきを聞かれてしまったらしい。ちょっと笑ってるように見えたので睨んでおく。もう会話したくもなかったのでおざなりに礼を伝え、すぐさま森の方へ向かった。

 

月明かりに照らされて木々の影が地面に濃く落ちている。まるで質量を持ってるかのように重たく立ち込める闇と、胸の奥から凍るような冷たい空気。

夜の森は不気味だ。得体の知れないなにかが巣食っている。とはいえ、子どもだったときよりその恐怖は幾らか小さくなっている。

ルーピンの言っていた場所まで来ると、落葉の下に確かにタイヤの跡がある。

何度かここに停車したのか、周辺を探ると複数のタイヤ痕が重なっている。

しもべ妖精達にはすでに食料調達に来たら捕まえておけと命じているが引っかからない。しかし何らかの手段で物資調達してるはずだ。現に校舎のそばまで来ているわけだし、いくら野宿の常習犯とは言え、禁じられた森で自給自足なんてできっこない。

またここに現れる確率は高いわけだ。

スネイプは杖を取り出し侵入者探知呪文、追跡呪文などを周辺にかけていく。森の境界に薄い被膜のような呪文の層ができた。これでもう一度ここに来たらすぐ捕まえられる。

 

スネイプは深く深呼吸した。

さっき思わず口から溢れたバカ娘という言葉を思い出して苦笑する。自分がこんな父親みたいな気持ちになるなんて似合わないにも程がある。

 

サキの父親はヴォルデモートだという決定的証拠はない。それは前彼女に説明したとおりだ。だが父親が誰であろうと彼女は何れヴォルデモートに狙われるだろう。それは確かだ。

秘密の部屋から救出されて彼女が取り乱したのはあとにも先にも病室の一回のみで、てっきり普段通りに戻ったと思っていた。

 

「…あの年頃の女の子の扱いはただでさえ難しい事です…」

 

マクゴナガルの言葉通りだ。

女で、しかも子ども。自分とかけ離れすぎてて難しい。

それでもやはり自分には彼女を守らなければいけない義理がある。いや、ある意味贖罪とも言える。

 

 

 

「…へっぶしょい!」

サキがくしゃみをしたけど、残念ながらロンは鼻紙なんてもちあわせてなかったのでしかたなくハンカチでふく。

「野宿、体に良くないんじゃない…?」

「うーん。薄々感じてる…」

くしゃみ一つでさっきまでのシリアスな雰囲気が一気に吹っ飛んてしまった。

「そういえばなんで地下牢によったの?」

「え?」

「みたんだ、これで…」

怪訝そうな顔をしていたサキだがロンが忍びの地図を見せると納得したらしい。ちょっと言いにくそうに視線をそらす。

「まあ実はそろそろ帰ろーかなー…と。一瞬思っちゃってさ」

「なんだよ!じゃあ帰りなって!」

「でもここで折れたら意味なくない?」

「変な所で意地張るなぁ…」

「帰ろうなんて気の迷いだよ。それに…」

サキはとたんに憂鬱そうな顔に戻ってぽつりと言い足した。

「先生はわかってくれないもん」

「まあ、スネイプなんかにはオンナノコノキモチの理解は無理だろうな。絶対」

その表情の意味を理解しないままロンは冗談めかして返事する。サキはその気楽さにむしろ救われた気分になって微笑んだ。

「捕まえられるまでは続けるよ。それに最近いいもの見つけたんだ」

「いいもの?」

「そ。ロンに縁のある品だよ。見る?」

ロンはちょっと心惹かれた。けれど時計を見るともう消灯時間だ。ロンまで消えた日にはハーマイオニーあたりが大騒ぎするかもしれないので断り、また明日、同じ時間に会うことを約束した。

 

 

 

そしてサキは一人、夜の森へ戻ろうとランプを持って歩きだした。まだ雑木林とも言える森の辺りを目的地目指して歩いていく。一見わかりにくいがきちんと目印がある。ホタルグサの果実を潰して作った蛍光塗料を木の根本に塗りながら来たからだ。ヘンゼルとグレーテルみたいだけどこれなら小鳥に食べられない。

フォード・アングリアは停めた場所より少し離れたところにいた。勝手にどっかいってたんだろうか?

この野生の魔法の車は人格らしきものがあるようで、ハンドルを握ってもたまに言う事聞かずに変なところまで連れて行かれる。

ただ初めてこの車を見つけたとき、あんまりに汚いので洗車してやったせいかやけに懐いてる(気がする)。車内のクッションはふわふわだし、空調も完璧。それでも無茶な体勢で眠りが浅いせいか体がだるい。

「ただいまクルマちゃん」

声をかけるとライトがチカチカ光ってドアが開く。なかなか愛くるしいじゃないか。

そういうわけで食料袋の中のサンドイッチを食べながら、ロンと話した事をじっくり考えて夜を過ごすとしよう。

 

 

 

 

風だ。

夜の風。

下草が顔に当たる。

邪魔だ。

どけ!殺されたいのか?

今はただやつを、

やつを殺さねばならない。

そのために

そうだ。森を抜けて中へ…

違う。逃げてるのか。

そうだ、まずは柳へ…

今日は見て回るだけだ。

枝が折れる。

下で眠ってたネズミが這い出してくる

ヤツか?

いや、違う

けれども追え

腹がすいた

わたしは地を這うネズミを必死で追いかけるほどに墜ちたのか?

いや違う

腹が減ったから食う

犬ならばあたりまえ

生き物なら当然

わたしは生きている

生きている限り、やつを…

 

 

 

ロンが言ってた。どうしたいかはもうわかっている…という言葉。

私がどうしたいかって、そりゃ前みたいにハリーと話したい。遊びたい。当たり前じゃないか。

でももし私がヴォルデモートの手に落ちてハリーを追い詰めてしまったら…そう考えたら今まで通りでいられない。

私は臆病者なんだろうか。

バジリスクを前にしたってこんな風におじけづいたりしなかったのに。喪うものがハリーかもしれないと思うと途端に、手足をもがれたような気持ちになる。

 

サンドイッチの包みをぐしゃっと丸めた。さすがにポイ捨ては良くないので紙袋はまとめて薪用にとっておいている。

結構溜まったし、せっかくだから焼いてしまおう。

サキは車から降りて近場の落ち葉を払い枯れ枝も拾って紙くずを囲った。中心に呪文を放つとぼわっと火がついて辺りを優しく照らす。

 

考え事にはうってつけの長い夜になりそうだね。

 

木が爆ぜる音と闇に登って消えていく火の粉。虫と獣の鳴き声。ここに暖かなスープがあればもっと完璧なのに。

食料袋を漁ると都合よく缶詰めのスープが入っていた。早速火にくべようとする。

このまま火にかけていいんだろうか?とほんのちょっと迷い、魔法で浮かせて煮えるのを待つことにした。

封を切って火の上に浮かばせておくうちにあたりにいい匂いがたちこめる。凶暴な獣がうっかり来たら、フォード・アングリアは助けてくれるだろうか?

「パンも食べちゃおうかな」

袋の中からスライスされたフランスパンを取り出していると、すぐ近くで草を掻き分ける音がした。

ハッと振り返ると影と見間違うほど大きな黒い犬がいた。

人間くらい大きいんじゃないだろうか?耳をピンと立ててこっちを見てる。薪の音に混じって呼吸音が聞こえる。

サキは思わず車の中に入って急いでドアを閉めた。

黒い犬はサキのことなんて見向きもせず火のそばにおいたスープ缶へかけていき無我夢中でそれを舐め始めた。よっぽどお腹が空いているらしく、中身が飛び散るのも気にせずガブガブベロベロ飲んでいる。

サキは拍子抜けした。そっとドアを開けて車から出ても犬はまだスープ缶に夢中でこっちのことは無視だ。そこまでお腹が空いているなら、と先程食べようとしたパンを放った。

犬はやっとサキの事を認知したらしい。犬のつぶらな瞳とサキの視線が交差する。しばしの間があった。犬はくぅんと鳴くとパンをむしゃむしゃ食べだした。

「相当お腹減ってたんだね?」

ハムも差し出してやると犬は嬉しそうに尻尾を振ってむしゃむしゃ食べた。食べ終わるとゴロンと腹を見せたので撫でる。

サキは動物が好きなので遠慮なく撫でた。もふもふした毛を一通り楽しんで本能の赴くままに撫でた。一心不乱に撫でた。

 

薪が燃え尽きる頃になると犬もサキもすっかり満足した。

「君、ここに住んでるの?」

サキの問いかけに犬はワンと吠えて答える。なかなか人に慣れてるみたいだ。

「君の名前は?」

犬はワンワンと答える。こんな会話に意味はないけど話しかけて返事が貰えるだけでもいい。

「そっかあ。じゃあまた会うかもね。私いま家出中だから話し相手が欲しかったんだよ」

くうん。犬はまるで『どうして?』と言ってるように器用に鳴いた。もしかして言ってることがわかるんだろうか?

馬鹿みたいなこと考えてるうちにだんだん眠くなってきてしまい、サキは車の中で寝袋に包まりなから自分の悩みについてポツポツと話した。

「友達が友達と喧嘩しちゃってさ…色々煮詰まっちゃって」

犬は消えかかった薪のそばで足に顎を乗っけながらサキの方を見ていた。

「私ってどうするのが正解なのかな」

どうするかじゃなくて、どうしたいかじゃないのかな。

「よくわかんなくなっちゃった…」

 

落ちていく瞼。その向こうで黒い犬が立ち上がって何処かに消えてくのを見た。

 

 

そして目を覚ますと辺りはすっかり朝になってて白む景色に陽光が差していた。まだ朝の六時くらいだろうか。犬はいなかった。代わりに薪のそばにいたのは…

 

「おはようサキ」

「す…スネイプ先生……」

 

今までに見たことないくらい不機嫌そうな顔のスネイプ先生だった。

 

 

 


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