【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども   作:ようぐそうとほうとふ

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07.ユビキリ

 

 

月曜日の朝っていうのは大体みんな憂鬱だ。ハリーも本来なら隣にいるロン同様浮かない顔してスクランブルエッグを口に詰め込んでるところだが、今週からクィディッチの練習が始まるためむしろウキウキしている。

もう10月。新学期から一ヶ月で色々あった。

まず、ハグリッドの授業が限りなくつまらないものになってしまったこと。ルーピン先生の愉快な授業。そしてサキの失踪と捕縛。

サキはマルフォイが魔法生物飼育学の授業でやらかしてから家出し、週末の日曜の朝御用となった。

それ以来ずっとスネイプの罰則を受け続けている。

夕食後即罰則。書き取り罰掃除罰等々を一月に渡りこなさなければいけないらしく話しかける暇もなかった。

そして気まずいまま、一ヶ月が過ぎた。

ハリーは自分がサキとどうしたいのかたまに考えた。答えはずっと同じだ。

 

「ねえ、ハリー?」

 

スリザリンの席をぼーっとみていたらハーマイオニーが話しかけてるのに気づかなかった。え?と間の抜けた声で返事するとハーマイオニーは露骨に顔をしかめて

「卵、溢れてるわよ」

と襟の部分を指差した。

慌てて紙ナプキンで拭き取って視線を強引に引き剥がし、パンプキンスープを一気に飲んだ。

サキが捕まってからロンがこっそり教えてくれた。ロンはお節介かもしれないけど…と前置きしてから食料を受け渡したときに話した事と、サキがとても悩んでいることを断片的に話した。

「僕、絶対サキは仲直りしたがってると思うんだけどね」

ロンは女の子ってわからないなと言いたげにそう締めくくった。

そろそろサキの罰則も終わる。そしたら話さないと。

 

 

 

 

「せんせぇ…」

「終わるまで無駄口をきくな」

「うえー」

サキは授業以外のほとんど全部の時間をスネイプの罰則で潰されていた。今日の授業後も魔法薬学で使った大釜やフラスコなどの掃除をさせられている。

今日は二年生用の解け薬の後片付けだ。解け薬を使うと何もかも解けてしまって大変便利。ただし必要のないことまで解こうとしてしまうので取扱には注意が必要。

 

「あーあ」

 

まさか駐車場所に魔法をかけられてたなんて思いもしなかった。いつ誰が見たんだろう?

先生は全然喋らないでなんだかよくわからない薬を黙々と作っている。とても嫌な匂いがするけど文句なんて言えない。

ブラシで大釜を洗い終えて、フラスコを拭く。

 

あの日は結局スネイプ先生に捕まり、地下牢で説教を食らってる途中熱で倒れて医務室へ送られた。

目を覚ましてすぐ目に入ったのはむっつり不機嫌そうに新聞を読むスネイプ先生だった。元気になる薬を飲まされたらしく、気絶してたのはほんの数十分だったようだ。まだまだ午前中で、サイドテーブルに置かれたコーヒーカップからは朝にふさわしい文明的な香りがする。

「先生…」

「大馬鹿者。20点減点と罰則だ」

「起きてそうそうそれですか…」

「当たり前だ」

スネイプは医務室いっぱいに聞こえるほど大きなため息をついた。新聞を置いて何か言いたげにこっちを睨んでくる。けれどもサキは叱られてる手前何も言えない。

「…何故家出しようと思った。よりにもよって、学内で」

「え?…えっと…学校のほうが野宿慣れしてるもので」

「そういう意味ではない」

スネイプの言いたいことはわかる。けれど自分の悩みを赤裸々に語れるような雰囲気でもないしサキは笑ってごまかそうとした。

「笑って誤魔化すな」

そんなのはお見通しだった。

「…ごめんなさい」

ただ謝ることしかできず、また重苦しい沈黙がおりてくる。

何か言いたげで、お互い何を言いたいかわかってる。でも言い出せない。そんなもどかしい空気がちょっとつめたくなってきた9月の石造りの部屋に充満していく。これがラブストーリーならば盛り上がるところだが生憎愛憎入り交じる家庭事情のせいで酷く沈んで重苦しい。

 

「君の…」

 

まずスネイプが口を開いた。

「君の頼れる大人は、我輩だけだ。と、マクゴナガル教授に言われた」

言葉を吟味するような間をおいて続ける。

「その通りだ。だから…信じて欲しい」

「…なにを?」

「君を守るという言葉を。君が何に怯えているかはわかっている。そして恐れている事も」

言葉が途切れてしまった。それとともにまた沈黙。サキは返事ができなかった。スネイプ先生を信じていないわけじゃない。

 

むしろ信じられないのは自分自身なのだ。

この肉体と、流れる血と、いま自分がここに在る意味が。

舞台装置に立ってるみたいだった。いずれ歯車が合わさって動き始める惨劇のために用意されたパーツのような。そんな不気味な予感がずっとずっとつきまとってる。

スネイプの言葉一つで吹き飛ばせるほど軽いものじゃない。

 

「……君の両親が何者であろうと、サキ。そんな事はまるで無意味だ。それは君に付随する情報に過ぎない。君がすべきはその情報を何度も意味なくかき混ぜる事ではなくて、それを知って何をするかではないかね?」

 

私が何をしたいか。

 

全く事情を知らないロンにも言われた。まさかスネイプ先生とロンが同じ事を言うなんて、ちょっと笑える。

「…先生を信じてないわけじゃないですよ?でもハリーと仲良くしてたら、いずれそれを利用される。だってヴォルデモートはまた戻ってくるんでしょ?私だったら絶対そうする」

「その前に守る、と言っているのだ。だいたい去年にしたってあの日記を早く我輩に届けていれば…」

「あーごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」

小言がまた始まりそうになったので慌てて止める。『危険物はただちに持って来い』の説教はもうすでに100回は聞いているのでもう耳にタコができそうだった。もう何度も痛い目を見てるので次からは多分そうする。きっとそうすると神に誓っている。

 

「…先生のこと、信じていいんですか?」

「ああ」

「じゃあ約束してください」

スネイプの目の前に小指を突き出した。スネイプはキョトンとしている。

「ユビキリっていう誓いの儀式です。シンガー孤児院の伝統。破ったら一ヶ月、夕食のおかずを盗られるんです」

「わかった」

スネイプは渋々小指を差し出した。小指と小指を絡めて、離す。何の魔法もかかってない子ども騙しの口約束だ。

けれども今はそれを信じよう。

今までスネイプはサキの身を案じることはあっても悩みや感情にはあまり踏み込んで来なかった。けど今日はそこを踏み越えて言葉をかけてくれた。

 

「…ついでに罰則なしになったりは」

「それはない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「洗い物終わりました」

「ご苦労」

あれからはや一ヶ月、サキは罰則をこなしつつ、野宿もやめて気まずい寮生活にも耐えていた。その努力を認められてか、最近は罰則後に紅茶が一杯支給されるようになった。

ちなみにドラコとはどうなったかというと、なんの進展もなく気まずいままだった。

というのも罰則は消灯間近まで(監視の意味も込めて)続くし、夜は女子寮でチクチクされるし食事時や授業時はパンジーがここぞとばかりにドラコの介護をしてて、仲直りしたくても近付けないからである。

「今週いっぱいで罰則は終わるが…もう馬鹿なことを考えるな。シリウス・ブラックが近場で目撃されて以来、吸魂鬼が活発になっている。禁じられた森に紛れ込んでもおかしくない」

「そんなに怖いんですか。ちゃんと見たことないのでわからないんですけど…」

「とびきりボケてるロングボトムでさえ近付かんだろう」

「はあ」

カップに茶葉がプカプカ浮いてた。スネイプの茶葉はだいたい湿気てる。そもそも地下室で、常に釜からぐつぐつ蒸気が出てて蒸し暑い場所は食べ物の保管にむかない。お茶の味なんてあんまり気にならないけど、茶菓子が湿気てるのは嫌だ。

「まあ大人しくしますよ。しばらくは…」

睨まれた。

空になったカップをちゃんと洗えば罰則終了だ。

スネイプも暗い廊下に出てすぐそばの寮にサキがまっすぐ歩いていけるか見張ってる。もう慣れたもんだけど全く信用されてないのがわかる。

 

寮に戻ると談話室にはまだちらほら人がいた。課題をこなす上級生がおおい。

「おや、シンガー。今日もちゃんと帰れたみたいだな」

意地悪そうな笑みを浮かべて監督生が話しかけてきた。こいつはスネイプ先生に頼まれて私の帰宅を見張る係。

自分を信じてほしいとか言っておいて私の脱寮に関しては密告制度まで作るとはなかなかの二枚舌じゃないか。

「おかげさまで」

素っ気なく返すと監督生はくくっと笑って自分の課題に戻った。

 

罰則が終わった日はそれはそれは清々しかった。

周りは周りでクィディッチシーズンに沸き立ち、来たるハロウィンと初のホグズミード行きの張り出しに生徒みんなが浮足立っていた。

サキもルンルン気分で昼食をとりにしもべ妖精の厨房へ忍び込みランチバスケットを拵えてもらい、ハグリッドの小屋を訪ねた。

ハグリッドは鬱病みたいになっちゃっていつもより一回り二回り小さく見えるくらい落ち込んでいた。

ヒッポグリフの件は少なからずサキも責任を感じていたので毎週こうやってお昼を食べに来て慰めているのだが効果は薄いらしい。

「バックビークがなあ、飛びたい飛びたいってないちょる。でも俺はそんなことさえさせてやれねえ!」

「食べ終わったら遊びに行こう。ね」

「もともとあいつらは空を飛ぶのが好きな生き物でな…サキ、お前さんも乗せてやりたかった」

「ゴタゴタが片付いたら乗せてよ。さ、今はこれを食べようよ!珍しい食材を入れてもらったんだ。知ってる?スパムって言うんだけど」

そんな感じで続かない会話をしながらサンドイッチは次々と(主にハグリッドの)胃袋の中に消えていった。あらかた食べ終わってエスプレッソくらい濃いコーヒーを飲んでると小屋の扉がノックされた。

「ああ、すっかり忘れとった」

ハグリッドがガタガタと家具を蹴散らして扉を開ける。

「サキ、お客さんだ」

「やあ…久しぶり」

そこにはハリーが立っていた。

「ハリー…どうしたの?」

「あー、その。ちょっと散歩しない?」

ハリーは視線を泳がせて外を指差した。ハグリッドはなにか勘違いをしてるのかニコニコしていた。

サキは小屋を出てハリーと一緒に禁じられた森の辺りを歩いた。

 

「サキ…あの時話したことだけど」

「うん」

「あの時、話の途中で帰っちゃっただろ。ちゃんと続きをしなきゃって思ってて…」

「私も、最近そう思ってたよ」

チチチ…と鳥が何処かで鳴いた。昼の柔らかな木漏れ日が木の葉の隙間から届いて、風に揺らされて複雑な陰影をつくる。

「僕は、サキの親が誰だってそんな事はどうでもいいと思う。確かに君は狙われるかも知れないけど、僕だって同じだよ」

「…確かに。ハリーのほうが危ないかもね」

「でしょ?」

二人でニコッと微笑み合う。

「正直、どうしたらいいかわからなかったんだ。どうしたら誰も傷つけずにいられるかを考えてた」

「そんなの…正解なんてないよ」

「だよね。ロンにも言われちゃった。どうしたいかはわかってるんだからそうすれば?って」

「…サキはどうしたいの?」

「…仲直りしたい。君とも、ドラコとも」

「じゃあしようよ」

ハリーは右手を差し出した。

サキをそれを見てしばし躊躇う。

「僕もずっと、仲直りしたかったんだ」

じっとサキの瞳を見た。暗い暗い赤色の瞳。睫毛は長くて下向きで、瞳に影がかかってる。あった時より随分伸びた髪がそよ風に揺れる。今はもう男の子になんか間違えないだろうな。

「…ありがとう、ハリー」

サキは恐る恐る手を伸ばした。ハリーはそれを取って強く握った。同じくらい強い力でサキも握った。

「なんか照れくさいね」

はにかむサキを見てハリーは少しだけ胸が高鳴った。

二人はそのまま手を繋いでハグリッドの小屋まで戻ってく。そして思い出したようにサキの方から手を離した。

「ねえハリー、ホグズミードにはいくの?」

「ああ…それが、僕はだめなんだ」

「そっか…お使い頼みたかったのにな。まあ私も罰の一環で行けないし一緒に遊ぼうよ」

「随分厳しいね、スネイプは」

「ついに怒髪天をついちゃったみたい…そうだ!明日はロンの車見に行かない?禁じられた森で野良車やってるんだよ」

「え、あの車があるの?」

「そうそう!ウロウロしてたら見つけちゃってさ」

「…君、禁じられた森をウロウロしてたの?」

相変わらず信じられない事をやってるな、とハリーは内心スネイプに同情した。

「よく迷わないね。あんな森の中で」

「目印を落としていくのさ。ヘンゼルとグレーテルみたいにね」

「でもそっか、あの車が…僕、まだ嫌われてるかも」

「暴れ柳に突っ込んだんだっけね」

「あのときは死ぬかと思ったよ…」

二人はそのまま広間に行ってダラダラと占い学をボロクソに貶してみたり、ルーピンの授業の面白さについて話したりした。これだけダラダラしてたらロンとハーマイオニーも来るかと思ったがなかなか現れなかった。

不思議に思いつつも、おやつを食べ終わった頃にはなんとなく解散して二人は寮に戻った。

ハリーは早速ロンに車を見に行こうと誘うつもりだったが談話室に入った途端ロンの怒鳴り声がその考えをかき消した。

 

「その猫、ついにスキャバーズを殺したな!?」


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