【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども 作:ようぐそうとほうとふ
朝早く広間に行くととびきり不機嫌そうで眠たげなサキに会った。
たまたま迷わず広間に行けたハリーとロンを見て、サキは疲れた顔で挨拶した。
まだ人がまばらな食堂で、サキはついこの間とは打って変わって沈んだ調子で言った。
「最悪だよ、ほんと」
サキはクマを浮かべた目をゴシゴシ擦り、コーヒーをすすった。
「今からでもグリフィンドールに入れたらいいのにね…」
たまに廊下ですれ違ったりするし、食事をするときに見かけるからサキのスリザリンでの様子は知っている。
女の子達からはハブられて基本一人で悠々と座っている。一見余裕があるように見えるがベッドの上に置いておいた物がなくなったり、教科書が消えたりと苦労が絶えないらしい。
「先生に相談したら?」
「ううーん…余計な心配かけたくないしさ」
「心配って…たかだか寮監なんだからさ!このままじゃサキ倒れちゃうよ」
「寝不足でね…」
ロンの提案を曖昧に受け流し、サキはくあーっと欠伸をした。
「でも授業は楽しいよね?変身術の課題できた?」
「いーや全然…ハーマイオニーはできてたよ」
「彼女らしいや」
それぞれ受けている授業の話をしているうちに人がやってきた。グリフィンドールの席に座っている二人だったが、基本的に食事は自分の寮の席で食べる。憂鬱そうな顔でスリザリンの席に戻ろうとするサキを思わず引き止めた。
「今日はここで食べてきなよ。バレやしないって」
「え?そうかなあ…」
「そうだよ。ネクタイとっちゃえばわかんないって!」
二人の提案に嬉しそうな顔をして、サキはもう一度席に着く。
「今日の魔法薬学は一緒だよね?」
「ああ…確かスリザリンの寮監、スネイプの授業だ。スリザリンばっか贔屓するって話だぜ!」
と、嫌そうなロン。
「ほんと?じゃあバクハツさせても怒られないかなぁ…私計量とか苦手なんだよね」
「ううん…爆発はさすがにどうだろうね……」
するとちょうどフクロウ郵便が届いた。今までハリーは物を受け取ったことがないが、今日は違った。ヘドウィグが意気揚々と一枚の手紙をハリーの皿の上に落っことす。
急いで破るように手紙を開けると、ハグリッドからのお茶の招待状だった。
「あ、ねえ!よかったらサキもおいでよ」
「ん?なに…、お茶のお誘い?ハグリッド!いいねー素敵じゃないか」
「もちろん僕もいいよね?」
「当たり前じゃないか」
ハリーはロンの羽ペンで返事を書き、ヘドウィグにもたせた。
憂鬱な一週間を過ごしたらしいサキを元気付けられたらと思ったが、結果的にお茶会はハリーの慰めにもなった。これから魔法薬学の授業でハリーは最悪の気分を味わうことになる。
サキは怒っていた。
まさかスネイプがあんなに意地悪な人だったなんて!たった3日の付き合いで信用しきってた自分が恥ずかしかった。
そしてそれを止められなかった自分も。
ムカムカしながら中庭で待っていたハリーたちと合流した。
三人でスネイプの悪口を言い合いながら歩いていると森のすぐそばにある小屋が見えてきた。
細い煙が立ち上っている。
ドアをノックすると中から大きな犬が出てきた!
「きゃーっ!」
「こら!やめろファング!落ち着け!」
ロンが可愛い悲鳴をあげて犬に襲われた。ハリーとサキは慌ててロンを助け起こす。
中から出てきたハグリッドがファングを引き離して無理やり家に押し込める。
ハグリッドをちゃんとみるのは入学式の時以来だった。
大きな体にモジャモジャのヒゲ。巨人みたいな人だ。まじまじ見る機会が無かったが見れば見るほど森番という仕事が似合う。
ドワーフみたいな格好なのに背丈は全然違う。
「よーきたなぁ〜ハリー。横の赤毛はウィーズリーの子だな?んでもってそっちは…スリザリンの生徒か?」
「ハグリッド、両方とも僕の友達だよ。彼はロン・ウィーズリー。彼女はサキ・シンガー」
「よ、よろしく」
「はじめましてー」
スリザリンの生徒、か。
サキはほんのちょっと落ち込む。どうして同じ寮に行けなかったんだろう、とここ最近ずっと思ってることがまた頭に浮かんだ。
「サキは他のスリザリンのやつと違っていい奴なんだ」
落ち込み気味のサキをみてハグリッドも気の毒に思ったらしい。大きな手で背中をバンバンと叩き励ましてくれた。
「はーん。なるほど。組み分け帽にも間違いってもんはある!辛かったらいつでも俺んとこにくるとええ」
「あ、ありがとハグリッド…いたい…」
「お前さんたち、学校には慣れたか?」
「まあね。すっごい楽しいよ!」
大きなマグカップを握り、雷鳴みたいなハグリッドの笑い声を聞きながら時間は過ぎてった。
ロックケーキで歯を折りかけたり、スネイプへの疑惑を話すハリーをハグリッドが宥めたりする楽しいティータイムだった。
しかしハリーが机の上にあった新聞を見て小さく声を上げた時、空気がちょっと変わった。
「グリンゴッツに強盗が入ったって!…しかも僕たちが行った日だ」
ハグリッドは視線を宙に彷徨わせていた。あからさまなノーリアクションにハリーも訝しげな顔になる。
嘘が下手な人だ。
「ねえ、あの金庫には何が入ってたの?」
話についていけず、ロンとサキは首をかしげた。ハグリッドはピシャリと
「おめえさんには関係ねえことだ!変な興味を持っちゃいかん」
と言い、それきりこっくり黙り込んでしまう。
ハリーはもっと何か聞きたげにしていたがサキがそっと袖を引っ張り止める。
お茶会はそのままお開きになり、三人は学校へ戻った。
日は沈み始め、禁じられた森がオレンジ色に照らされていた。深い深い森の色がより深い闇におちていく。
「グリンゴッツに行ったの?」
「うん、その時に…」
ハリーはグリンゴッツで見た一部始終を話した。
「あの難攻不落のグリンゴッツに入ったんだ。相当強力な魔法使いだよ」
ロンは珍しく神妙な面持ちで囁いた。
「金銀財宝があるグリンゴッツに、よくわからない包みを求めて強盗が入るの?」
グリンゴッツ銀行の堅牢さをいまいち掴みきれてないサキが首をかしげる。
「きっと…すごい価値のあるものなんじゃないかな。宝石とか…」
「宝石なんてもんじゃないよ!きっともっと…すごい…。でも…包みだっけ?謎だなあ」
「謎の財宝!」
素晴らしい言葉の響き!と言いたげにサキがワクワクした顔で繰り返す。
「なんだろう…何かヒントでもあればいいんだけど…」
三人であれやこれやと推測を話すうちにいつの間にか広間の前についていた。ちょうど夕食が始まる時間らしく、人が集まってきた。
ハグリッドのお茶をたっぷり飲んだばかりの三人はまだお腹が減ってない。お互いの寮へ帰ることになり、土日は課題を一緒にやる約束を取り付けて解散した。
サキは久々の楽しい午後にウキウキしながら、寮への道を歩いた。しかし一歩一歩進むうちに楽しい気持ちはしぼんでいった。
ヒソヒソ話。
消える靴。
陰口。
視線。
スリザリン寮にサキの居場所はなかった。とりわけ女子寮は、パンジーをはじめとする一年生ばかりか上級生にも目をつけられている。
帰りたくない。
孤児院でもいじめはあった。
孤児院ではつまらないことで序列がついた。
まず年齢。そして生みの親を知ってるか否か。
今思うと馬鹿らしいと思うが、たとえどれだけ虐げられてそこへ捨てられていても親を知っていることはステータスだったのだ。
孤児院の"シンガー"達は職員らの目の届かないところのほとんどでいじめられてた。しかし問題を起こすまいとじっと耐えていたのだ。
孤児院という居場所を失えばもう何もなかったからだ。
路上に転がり体を売るしかなくなる。そんなのは嫌だ。その一心で耐えてきた。
しかし、今は違う。
スリザリン寮にいないと死んでしまうわけではない…。ご飯は広間でとるし、シャワーだって寮以外にも浴びる場所はある。
なんならホグワーツ城を追い出されたって、私にはもう家がある。所有財産としての家だが。
そして魔法の力がある。
その気になればそこで生きていけるじゃないか。
我慢する必要が何処にあるんだろう。
その考えに至ると、頭の中が悟ったみたいにスーッと晴れていった。
キビキビした足取りで来た道を戻り、登ったことのない階段へ足をかけた。
「見つけた…!」
ハグリッドとのお茶会から土日を挟んで月曜日。
午前一番の魔法史の教室の前でサキはドラコに捕まった。
「わ、おはよう」
マスクをして咳をしながら応じるサキにドラコはため息をつく。
「なんだ風邪か?それで談話室でも見かけなかったのか?」
「違うよ…。寮には帰ってない」
「は…?」
「だから、帰ってないんだ。野宿してる」
「……は?」
「だからー、寮にいてもつまんないから家出してるんだよ。なかなかいい空き部屋が見つからなくて」
本物の馬鹿を見た。と言いたげな目でドラコが見てくる。確かに意地をはって風邪まで引くのはかっこ悪いかもしれない。
しかしあの忌々しい猫ミセス・ノリスとフィルチの追跡を逃れるためには寒い廊下でひたすら通り過ぎるのを待つ忍耐が必要だった。この風邪はその勲章でもあるのだ。
いや、説明しようとは思わないが…。
「サキ、君は本当の馬鹿だったんだな…」
「本当って何」
ドラコは深いため息をついて教室の扉を開けた。真ん中より少し後ろの席に腰掛ける。そういえば珍しく左右に控えるクラッブとゴイルはいない。
そのまま隣に行っていいものかとしばし悩んでいると、ドラコは目で隣を示し、ついでに早くしろと言わんばかりの表情をしてきた。
隣に座り、筆記用具(ボールペンと紙束)を出すと「オイオイこいつ正気かよ」と言った目でこちらを見てきた。
残念ながら羽ペンとインクと羊皮紙がこの世界の筆記用具だと入学前は知らなかったのだ。
スネイプ先生も筆記用具だとか衣服だとかの買い物には同行していなかったし。
「君の母親について、父上に聞いてみたんだ」
ドラコはカバンから上品で上質な美しい便箋を出した。
「なんか知ってたの?」
「それどころか同じ寮の3つ下の後輩だって言ってたよ。ああ、うちは代々スリザリンでね」
「そうなんだ…」
「それで、ぜひとも今度家に招待したいとさ」
ドラコからついっと便箋を渡される。蝋で封印されている。金持ちってすごいなーと思いながら慎重に蝋を破って手紙を見てみる。
当たり障りのない挨拶と、母親についての当たり障りのない褒め言葉。そして招待と歓迎の言葉。
「ドラコって上級階級だよね、ほんと」
「ふ、ふん。まあ純血として恥ずかしくない程度にはな!…君の母親も申し分ないほどに優秀だったって書いてあるじゃないか」
「ん?本当だ。へぇー首席だったんだって」
「凄いじゃないか」
「イマイチ実感わかないよ。降って湧いたように現れたお母さんだし」
「うーん…そういうもの、なのか?」
「知りたいとは思うんだ。でも、まだ整理できなくて」
「そうか。…でも、これでもう寮を出てうろつかなくていいだろう?」
「え?なんで」
「だって君はちゃんと魔法使いの血が流れてる。しかもスリザリンで首席の母親だ。バカにされる理由はないだろ?」
「なるほど!」
ドラコはそこまで考えてくれていたのか。
急にこの生意気なブロンドへの好感度が上がった。いや、別に元から嫌いではなかったけれども。
「そんなこと考えてたんだね、ありがとうドラコ」
「別に…礼を言われるようなことじゃない」
「君、実は優しいんだね」
「実は?」
ビンズ先生が黒板を通り抜けてスーッと入ってきた。
くすくす笑いを必死で抑えてドラコと顔を見合わせた。
ニコッと笑うとあっちも照れ臭そうに笑ってくれた。
それだけで風邪が治りそうなくらい嬉しかった。
「あ、でも寮出はまだ続けるよ」
「なんで!」