【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども   作:ようぐそうとほうとふ

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11.スキャバーズの逃走

今私は畜生道におちている。

アズカバンで隣の房にいた男が自身の信教について聞いてもいないのにずっと語りかけていた。

東の国では、迷いを持つ人間は死んだらまた別の世界に生まれ変わるらしい。その中にある世界の一つ、畜生道。そこでは本能のままに生きるしかなく、()()()による救済も期待できない世界らしい。

腐った食べ物をごちそうのように貪る私に相応しい。けれども誓って言える。私は罪を犯していない。人として生きるために、こうしているのだ。

数ヶ月前食べた温かいスープが懐かしい。あのときはただ食べ物の香りに誘われて周りを気にせず貪り食った。あの小さなキャンプ地にいた少女はまるで幸せだった学生時代の思い出から抜け出してきたようだった。犬の目でみた幻影だったかと思うほどに。

ああ…あと少し。あと少しだ。

そしたらあの少女のことだってわかる。

今はただ、やつを…。

幸い手助けしてくれる頼もしい相棒も手に入れた。

あともう少しでこの地獄から抜け出せる。

あと、もう少しで。

 

 

 

 

「…虫の知らせって、あるでしょう?」

ハーマイオニーが言った。

「怪しすぎるのよ、あの箒は。私は間違ったことをしたって思ってないわ」

「どっちの気持ちもわかるよ」

ハリーに届いた怪しい箒はハーマイオニーの手によりマクゴナガルが預かり検査しているらしい。それでハリーもロンも不機嫌らしくてハーマイオニーは時々こうして愚痴を言いに来てる。

サキは終わってない魔法薬学の宿題に囲まれて頭を抱えていた。

「…ねえ、いくらで手伝ってくれる?」

「マルフォイとの冬休みはどうだった?」

ハーマイオニーは絶対に勉強の不正を許してくれない。サキはうなりながら冬休みの思い出を話した。ハーマイオニーは聞き上手で、ハグリッドを悪しざまにこき下ろしたババアの話になると一緒に憤慨してくれた。

「そうだった!ハグリッドに来た手紙のこと、聞いた?」

「いや…聞いてない。なに?」

「バックビークが裁判にかけられるの」

「そんな!私…ルシウスにちゃんと抗議したのに」

ハーマイオニーは声を落としていった。

「サキ、あなたには悪いけどルシウス・マルフォイはとんでもない二枚舌よ。あなたの言う事を聞いたふりしてるだけかもしれない」

「ああ…クソ。私がもっとちゃんとしてればな…」

「貴方のせいじゃないわ。…とにかく、裁判には絶対に勝たなきゃ。その資料集めをしてるから貴方の宿題は手伝えないの」

「そういうことなら仕方ないね…」

丸め込まれた気がしてならないがサキはハーマイオニーに助けてもらうことを諦めて、なるべく字を大きく書いて羊皮紙を埋める作業に戻った。

「でも…サキのお陰でマルフォイが大人しくなってよかった。今のハグリッドを刺激したら…」

「ああ…授業中に首吊りそうだね」

そういうわけでいつも通り。学外で入手した本やら漫画やらをハッフルパフの生徒に横流ししたりフレッド、ジョージとスネイプの薬品保管庫の突破法を考えてるうちにいつの間にかグリフィンドールとレイブンクローの試合が近づいてきた。

ブラックの目撃談も落ち着いて先生たちもガミガミ言わなくなって、昼間ならいいだろうと禁じられた森を散歩するようになった。

散歩道の途中でルーナという子と友達になった。一学年下のレイブンクローの女子で、フォード・アングリアを探して森のだいぶ深いとこにまで踏み込んだ時に泣いてるのを見つけた。

はじめはついに幽霊か何かを見てしまったと思ってゾッとした。ルーナのブロンドが木の虚からぬうっと出たときに小さな悲鳴を上げて木の根から落ちてしまった。

「だれ?」

「あ、人かぁ…」

ルーナは目を真っ赤にしてた。

「あんた、知ってる。スリザリンの有名人だ」

「君は誰?こんなとこで何してるの?」

「あたしルーナ。教科書を探してたら迷っちゃった。…帰り道を思い出せなくて」

「ああ、ここの木はたまに動くんだよ」

ルーナに手を差し出すと、暖かくて小さな手が握り返して来る。穴から出してあげると、裸足の足を痛そうに擦っていた。

「なんで裸足なの?」

「みーんな何処かに行っちゃった」

いじめられてるんだろうか?去年一昨年の自分のことを考えると他人事とは思えない。

「おぶさる?」

冗談混じりに背中を差し出すとルーナはふわっと乗っかってきた。冗談の通じないタイプの子だったらしい。今更降りろと言えないので仕方なく運ぶことにした。女の子っていうのは見た目より重い。けど温かい。

「ルーナはここらへんで車を見なかった?」

「車?」

「そう。ボロボロで角ばった、空色のやつ」

「見たよ」

「ほんと?」

ルーナの指差す方向に向かっていくと本当に車があった。これで森の外までルーナを運ばなくてもよさそうだ。

「運転できるんだ」

「まあね」

アクセルを踏むと寝起きを起こされて不機嫌だといいたげに車はエンジンをふかした。ほったらかしにして怒ってるのだろうか?

そもそも車に時間の感覚はあるのか?

もちろん運転できるなんて言うのは大嘘で、車は勝手にノロノロと動き出した。

「ねえ」

「なに?」

「おっきな犬がいる」

車が急に止まった。ルーナが見てる方へ目をやると、たしかに何かいる。しかしあれは犬だろうか?遠くてわからない。

「あ、人間になったよ」

「おいおい嘘だろ」

犬と人間といえば狼人間しか思い浮かばない。禁じられた森なら狼人間がいてもおかしくない。

そして…襲われたっておかしくない。

「早くでろ!」

サキがクラクションを鳴らすと車は怒ったように走り出した。

「待って…あの人、見覚えがあるよ…」

ルーナはまだ何か言っていたがサキはお構いなしにアクセルを踏み抜いた。車は木々を避けて禁じられた森を爆速で抜けていく。

「わあ、すごい!」

窓の外を猛スピードで流れてく景色にルーナは歓声を上げている。大きな沼のそばに出ると車は減速した。

「狼人間なんてはじめてみたよ。寿命縮むぜ…」

「狼人間だったの?」

「君、見えてたんでしょ?そうじゃないの?」

「わかんない。見たことないもン」

「…確かに言えてる。さ、行こう。ここまでくればすぐだから」

サキが車から出るとルーナはすぐに背中に飛びついてきた。可愛いけど、重い。

「ねえ、ルーナ…かんたんな魔法を教えてあげる」

「なに?」

「失くしものを見つける魔法。簡単だよ。渡り廊下とかで上を見上げてみるんだ」

「そこにあるの?」

「運が良ければね。まあ要するに下ばっかり見てても見つからないってこと…説教臭かった?」

「ううん。とっても素敵な魔法だね」

ルーナを医務室に届けてから寮にもどった。そして翌日になって、グリフィンドールで大事件が起きてることを知った。

 

 

 

「スキャバーズを?食べちゃったっていうの?」

「ロンがそう言って聞かないのよ…」

ハーマイオニーは疲れ果てた様子だった。多分四六時中ロンに何か言われてるんだろう。

「死体はないんでしょ?スキャバーズを丸呑みにしたっていうわけ?」

「ロンはそう思ってるの」

「猫がそんなことできるかなあ…」

サキは解せないと言いたげに首を傾げた。朝食の席だっていうのにロンが泣きそうな目をしてたのはそういう事だったらしい。

「まったく、事件が絶えないね」

「ほんとよ…」

バックビークの裁判資料を両手に抱えながらハーマイオニーは立ち上がる。サキも一緒に連れ立って図書館を出た。

「兎に角…クルックシャンクスは猫なのよ。判断能力なんてない。そりゃロンには悪いことをしたわ…でも私にあんなに怒らなくったって」

「ロンはああいう性格だもん…しばらく待つしかないよ…」

嘆くハーマイオニーと歩いてるとドラコとばったり出くわしてしまった。

「なんだ、グレンジャーと一緒だったのか」

「そ、図書館デート」

ドラコは露骨に顔をしかめた。

「悪いわね、マルフォイ」

ハーマイオニーはくすくす笑ってグリフィンドール塔へ帰っていった。ドラコはフンと鼻を鳴らしてサキと一緒に歩いた。

「いつもいないと思ったらグレンジャーといたのか」

「図書館はハーマイオニーの家みたいなものだからね。誰かさんのせいで最近入り浸りだってさ」

「誰かさんって誰だよ?」

「もう、覚えてないの?ヒッポグリフだよ!裁判にかけられちゃうんだよ!」

「え?ああ、あの…」

ドラコは薄情なことにバックビークのことをさっぱり忘れていたらしい。

「殺されちゃうかもしれないんだよ!」

その言葉には少なからず動揺したらしい。しどろもどろになって黙ってしまった。

サキはプンプンしながら寮に戻った。

グリフィンドール対レイブンクローはファイアボルトに乗ったハリーの活躍により大勝。グリフィンドールの祝勝会にちゃっかり参加して、次のホグズミードでハリーにおごる約束をした。

その間またもシリウス・ブラックが校内に、しかも寮に侵入した。学校内は緊張ムードで至るドアにシリウス・ブラックの人相書きが貼られてこっちへ何か叫んでくるもんだから出入りのたびに気が滅入る。

ブラックはハリーを殺そうとしてるらしいとみんなが囁き合っている。

「実際どうなの?」

「やつは…両親の敵なんだ。まだ例のあの人に忠誠を誓ってる。だから僕を狙ってる」

「そんなマンガみたいな事になってたの?」

「僕は絶対負けない。もし襲われても返り討ちにしてやる」

「その覚悟だよ」

二人は目立たないように壁に向かってバタービールを飲んでいた。

時計に目をやるとドラコとの集合時間だった。ハリーもこのあとロンたちと会うので急いでジョッキの残りを飲んで解散した。

最近できた友達、ルーナにお土産のかむかむキャンディーを買ってからドラコと合流した。ドラコの最近の悩みはクィディッチ優勝杯のことで、スリザリンは次のグリフィンドール戦でハリーがボロ負けしない限り望みがない。

「あーあ。またなにか事故でも起こればな」

「吸魂鬼級のトラブルってなかなかないよ」

「やつの箒が突然雷に打たれたりさ」

「避雷針つける?」

「なんだ、それ?」

「それかハッフルパフのシーカーがめちゃくちゃ優秀なのを祈るしかないね」

「ああ、セドリック・ディゴリーはたしかに優秀だけど…箒がなあ」

そんなしょうもない会話をしながらサキはハリーに頼まれてた折れたニンバスの加工のためのニスやら彫刻刀やらを購入し、ドラコはハニーデュークスでたくさんのお菓子を買った。

「シリウス・ブラックって死喰い人なの?」

「え?ああ、多分そうじゃないか。だって現に捕まってるわけだし」

「ルシウスさんはなんて?」

「父上は…あまり直接的にそういう話はしない」

「ふうん…」

 

そんな風に過ごすうちに、ハグリッドから悲しい報せが届いた。

バックビークの処刑が決まったのだ。

これにはドラコも落ち込み、小さくゴメンとつぶやいた。

「私に言ってもしょうがないよ」

サキはドラコを引っ張ってハグリッドの家に行った。ドア越しにもわかるハグリッドの泣き声を聞いてドラコは少しひいていた。バックビークはすぐそばのかぼちゃ畑に繋がれて、自分の死が決定してるのを知らずに楽しそうにかぼちゃを突っついている。

サキが一礼して近づくとバックビークは嬉しそうに体を寄せて嘴に触れさせる。なんやかんやでハリーよりも足繁く通って仲良くなれた。

「…僕、まだ少し怖いよ」

「大丈夫。ほら」

ドラコも恐る恐る近づいて手を伸ばした。バックビークははじめは警戒して毛を逆立てたが、そっとドラコが触れると大人しく触らせ続けた。

「ね?」

サキは一番ふかふかしてる胸毛のところを堪能しながらドラコの顔を見た。ドラコは悲しそうな顔をしてバックビークの額を撫でている。あんまりにも悲痛な顔をしてるのでフォローするために冗談っぽく前から考えていた計画を話す。

「私処刑の日に車で突っ込んでさ、バックビークを逃しちゃおうと思うんだ。ドラコもやる?」

「く、車で?正気か?」

「あるんだよ車。野良車だけど…」

「…わかった、僕もやるよ」

まさか乗ってくるとは思わなかった。

ドラコは思ったより罪悪感を持っていたらしい。そうとは知らずに残酷なことをしてしまったかな…?とサキは自分を恥じた。

でも正直、ドラコと二人っきりで危険を侵すと思うとワクワクする。

「試験が終わったら、二人でドライブだね」

「そうだ!まずは試験じゃないか。君、これ以上成績を落としたらまずいぞ」

ドラコは学年二位で、今年こそはハーマイオニーに勝とうと最近はずっと机にかじりついている。

サキは大体中くらいの成績で、座学の成績だけ壊滅的だった。杖を振らない授業はどうしても意識が飛んでしまうのだ。

 

「今年は大冒険してないでしょ?物足りないよね」

「まあ去年に比べたら…ましだな。車で突っ込む!楽しみでウキウキだよ」

 

ドラコは全然楽しみじゃなさそうに投げやりに言った。

 


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