【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども   作:ようぐそうとほうとふ

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12.知らない間に全てが終わる

「先輩…先輩。危ないですよ、そんなところにいたら。」

狼人間の自分が学校に通えるのは奇跡だ。ダンブルドアの配慮により暴れ柳の下の秘密の抜け穴から毎月、満月の夜に学校を抜け出して狼になった自分を閉じ込めた。

その暴れ柳のすぐそばに、マクリール先輩が佇んでいた。シリウスを蹴っ飛ばしたあのスリザリンの狂犬が。

「そうね」

先輩はそっけなく言った。そばといっても暴れ柳の枝が届かないところだけど、万が一暴れ柳が突然プッツンしたらわからない。

「これ、珍しいから欲しいなって思ってただけよ」

その柳はルーピンの秘密の象徴だった。マクリール先輩は得体がしれない。何を考えてるかわからないし何をするかわかない。そんな人に近づいてほしくなかった。

シリウスはそんなの気にしないらしく、スリザリンのアウトローということでいたくこの先輩になついて、たまにパシリをこなしてるようだ。

ジェームズは懐疑的だが博識な彼女に動物もどきのなり方を教えてもらってからは友好的だった。

「貴方もこの木、好き?」

「…好きじゃ、ない」

「ふうん」

 

 

そのマクリールの娘は母親とえらく対照的だ。よく笑い、よく怒り、恋をしてる。普通の女の子だ。とても…そう、あの先輩から生まれてきたとは思えないくらいに人間的だった。

 

「…ルーピン先生?」

 

「あ、ああ。シンガーか」

シンガーはゴブレットを持ってこちらの顔を覗き込んでいた。セブルスのお使いらしい。

セブルスが後見人とは聞いていたが、仲良くやっているようだ。ルーピン個人としては脱狼薬を生徒に持ってこさせるのはやめてほしいのだが…。

「一応ノックしたんですけど…ボーッとしてました?」

シンガーはゴブレットをいつものようにデスクへおいた。

「ああ、ちょっとね…具合が悪くて」

「追加頼みますか?」

「ああ、頼んでおいてくれるかい?」

「ひどい顔してますよ」

「ほんとに?生徒に示しがつかないな」

「じゃあまずローブを直したほうがいいですよ」

シンガーは励ますように快活に笑った。本当に母親とは似ても似つかない。

「そうだ、先生。質問があるんですけど今大丈夫ですか?」

「ああ、もちろん」

 

「あの、狼人間のことなんですけど…」

 

ルーピンは息を呑んだ。

思わずシンガーの顔をじっと見つめる。彼女は勘付いたのだろうか?自分の正体に。

しかしシンガーの表情はまるで邪気がなく、むしろ驚いた顔をしてるルーピンに不安を抱いている。

「……狼人間の、なにについてだい?」

ルーピンはゆっくり慎重に言葉を紡いだ。心臓がばくばく脈打っている。

「詳しい本とかご存知ですか?なんでもいいんです」

「なぜ狼人間について知りたいんだい」

「見たんですよ」

「…なに?」

「だから見たんですよ。禁じられた森で!」

ルーピンは脱力した。そして同時に訝しんだ。禁じられた森に狼人間はいないはずだ。魔法省により管轄されてるというのもあるし、禁じられた森はずっと狼の状態ならば生きられなくもないが人間だと厳しい。

だとしたら彼女が見たのは"狼人間らしきもの"だろうが…。

ルーピンには心当たりがあった。

「…それじゃあ、上級魔法生物学辞典を参照するといいよ。トランビック著の」

「ありがとうございます」

「シンガー!禁じられた森に一人で行くのはオススメしない。妙なものを見たなら、なおさらだ」

「以後気をつけまーす」

シンガーは悪びれずに微笑んで教室を出ていった。

シリウス…。

ルーピンは祈るように手を額の前で組んだ。

 

シリウス、君は本当にハリーを殺すつもりなのか?

犬になって、脱獄して、今禁じられた森にいるのか?

本当に君はジェームズを裏切ったのか?

 

 

 

試験は散々な出来だった。かといってサキは落ち込んだりはしない。すべて予想通りだ。

そして今日はバックビークの処刑の日でもある。サキは気持ちを引き締めた。

車で突っ込んで縄を解く。その後逃げられたら逃げて、しらばっくれる。雑な作戦をドラコに聞かせると頭を抱えられた。

「大丈夫だよ。車の全面にスモーク貼っといたから」

「…もっと頭のいい方法がある気がするんだが」

「もう時間がないよ!」

「ええい、クソ!」

ドラコとサキは私服に着替え、禁じられた森のなかに踏み入っていく。ドラコが森に入るのは一年生のとき以来だ。ビクビクしていて繋いだ手はじっとりと汗をかいている。

「ほら…あれが野良車」

「これ…ウィーズリーの車か?」

「そう!ここで自生してるんだよ」

「信じられない」

ドラコは文句を言いつつも助手席に乗り込んだ。

車はゆっくり前進した。急いでほしいのにやけにノロノロしている。

「ああ、僕今とんでもなく馬鹿なことしてるな」

ドラコはまだやすやすとサキの提案に乗った自身の軽率さを嘆いていた。サキは思わず笑った。

「バレなきゃ問題ないって」

ハグリッドの小屋の裏まで回るのに随分時間がかかってしまった。

車から降りて一度偵察しにいく。ドラコには車内で待っていてもらい、音をたてないように茂みからガボチャ畑の方を見た。じきに日が沈む。

バックビークの処刑は日没と言っていた。もう時間はない。

しかし

 

「あれ…?」

 

バックビークはいなかった。

かぼちゃに大きな斧が突き刺さり、処刑人と思しき魔法使いとハグリッドと役人らしき魔法使いが口論してる。ダンブルドアもそこにいて目を細めてかぼちゃ畑の方を見ていた。

目が合いそうになってサキは慌てて体を引っ込めて車へ戻った。

「行けそう?」

「いや…それが…」

サキは今見た光景を説明した。ドラコは拍子抜けしたように言った。

「逃げたらしい?!じゃあ僕は一体何のためにこんな車に乗ってるんだよ!」

「私にも何がなんだか…」

二人はため息をついて。とりあえず車の気の向くままに禁じられた森をドライブした。

「日もくれちゃったしな…もう少し夜が更けてからじゃないと見つかるね」

「じゃあしばらく禁じられた森をドライブって事か。ゾッとするね」

「そう?私は楽しいよ」

「変なやつ」

サキは腕時計をみてハンドルを握り直した。そろそろ校舎の方へ戻らないと監視が厳しくなる。夜と深夜の境目が実は一番監視がゆるい。

ちょうど夜の見張りと不寝番の交代の時間だからだ。

「ごめんね、つき合わせちゃって」

「いいよ。こっちもあのヒッポグリフが死んでなくて安心したし」

「丸くなったね。マルフォイなだけに」

「全然面白くないからな」

木があまり群生していない広い空き地に出ると車が少しスピードを出した。

「ひどい揺れだな!」

ドラコが楽しそうに言う。

「まだまだ!」

サキがふざけてアクセルを踏むと車はぐんとスピードを上げた。なんやかんやこの車は爆速で走るのが好きらしい。

わいわい騒ぎながら一気に坂を登ろうとすると、突然目の前に黒い影が見えた。そしてその瞬間ドンッという鈍い音がして体に衝撃が走り、車が急停止した。

「いっ……」

シートベルトが腹に食い込んで吐き気がした。ドラコもえずいてる。

「だ、大丈夫…?」

「ああ。今のはなんだ?」

ドラコがドアを開けて確認しようとした。サキは嫌な予感がして袖を掴んで引き止める。さっき見た影、あれは…

サキは慌ててギアをバックに入れてその場から後退する。

さっき轢いた生き物がゆっくり立ち上がる。

黒い、筋肉質の体。硬そうな体毛が僅かな月明かりでわかる。長いはなっつら。血走った目。

「狼人間だ…!!」

サキのささやき声にドラコが息を呑んだ。はじめて近くで見る人狼に思わず目を奪われてしまった。

狼人間がこちらを睨んだ。

「ドラコ、捕まってて」

「まさか…」

サキはドラコの言葉を遮ってクラクションを押して、同時にアクセルを踏み抜いた。

「喰らえーーッ!」

「やめろー!死にたくないー!」

ぎゃるぎゃると土を巻き上げ爆速で向かってくる車に流石に驚いたらしい。狼人間は身を翻し、木々が密集してる坂道へ逃げていく。

ブレーキを踏んで車は急停止する。

ドラコが冷や汗をかいてげっそりとした表情で車から逃げ出した。

「殺す気か!」

「まあね…」

「違う、僕をだ!」

「まさか!」

サキも降りて車の損傷度合いを見る。ボンネットがひどく凹んでしまっている。その部分をさすってもう一度車に乗り、もっと開けた場所まで戻った。まえも野営した沼のそばだ。

「あーあ。ごめんね車ちゃん…すぐ直すからね」

サキは丁重に車を撫でて、ドラコは石の上に座ってぐったりしていた。

「君といると心臓に良くない…」

「人狼はさすがに予想外だよ。ごめん」

「君の運転する車なんて絶対乗らない…僕決めたからな」

サキが丁寧にボンネットを直し、割れたガラスとヘッドライトをなんとか繋ぎ合わせて修復していると突然悪寒が走った。

ドラコも同様に何かを感じたらしい。肩をだいて上を見上げていた。

「嘘だろ…?」

吐く息が突然白くなり、木々が突然凍りだした。周りの温度が一気に下がり冷たい棺桶の中に突然落とされたみたいな絶望的な気持ちになる。前にも一度あった。

 

「吸魂鬼だ…」

 

ドラコがつぶやいた。二人は慌ててクルマに戻る。車の窓ガラスが凍っていって、思わず二人は抱き合った。黒いボロが空を覆い尽くして、沼の対岸に向かっていく。

吸魂鬼の向かう先を見ると、人が一人倒れていた。そこに誰かがかけよって必死に抵抗している。

「た、たすけなきゃ」

サキはアクセルをふもうとしたが恐怖でうまく動けない。頭のなかで蓋をした嫌な記憶が溢れ出していくような気がして手が震える。

車はピクリとも動かない。サキが車から這い出ようとするのをドラコが止めた。

サキはドラコの腕の中で動けないままその光景を見た。

黒い塊が、沼のほとりで倒れる男にどんどん群がっていった。

そして男のうちから白く輝く球体がゆっくりとでてくる。

 

吸魂鬼のキス…

 

新聞で読んだ残酷な処刑が今目の前で行われようとしていた。すると突然白い光が空間に満ちて、吸魂鬼が逃げ出していった。

 

二人が車から出られる頃にはもう元通りの、静かな夜の沼になっていた。

何が起きたか全く理解の及ばぬまま、ドラコとサキは沼の辺りで倒れている二人のそばへ恐る恐る歩いていった。

 

「嘘でしょ。ハリーだ!生きてる…?」

「それに…おどろいたな。シリウス・ブラックだ!」

 

 

 

 

文句を言うドラコをなんとか煽てて脅してボロボロのシリウス・ブラックと気絶したハリーを後部座席に詰め込んだ。

「ポッターとブラック、一緒に積んでいいのか?命を狙ってるんじゃなかった?」

「あ、そうだっけ?」

ブラックだけとりあえず腕を縛り、車は発進した。

ハグリッドの小屋の付近に出たが成人男性を運んでいくのは骨が折れるので車のまま校庭まで行ってしまう。芝生が傷んでしまってフィルチには申し訳ないが。

「な、な、何をしてるのです!シンガー?」

車を見て真っ先に駆けつけたのは今日の夜警らしいマクゴナガル先生だった。怒り心頭といった感じで歩いてくる。

サキとドラコはとりあえずハリーを引きずり出してブラックを車の中に閉じ込めた。

「マクゴナガル先生、中にシリウス・ブラックが!」

「なんですって?」

マクゴナガルが面食らっていると血だらけのスネイプ先生が走ってきた。

「サキ、ドラコ!一体お前たち…!」

「ハリーも気絶してるんです。早く運ばないと…」

スネイプは車の中を見てギョッとした、そして今まで見たことないくらい邪悪というかいやらしい笑みを浮かべた。

「すぐに隔離して、吸魂鬼を呼ばなければ」

スネイプはブツブツいってすぐに杖を構え、校舎の中に走っていった。

「全く…!どうしてポッターといいあなたといい毎年こうトラブルに巻き込まれるんです?」

「いや、今回ばっかりは私通りすがっただけですよ」

ドラコとマクゴナガルでハリーを担いで医務室へ向かう。サキも後ろをついていった。

「詳しい事情を聞かせてください。…いいですね、まず貴方たちが夜間外出した理由からです」

医務室に入るとすでにロンとハーマイオニーがベッドに寝かせられていた。

ロンは足をつっててズボンはズタボロだった。ハーマイオニーはサキとドラコの登場に驚いて駆け寄ってくる。

「サキ!…どうして?ハリーは無事なの?」

「色々あって」

「マルフォイ、ハリーに触るなよ!」

「僕らはポッターの恩人だぞ!ウィーズリー」

「ああもう、騒がしい!また貴方たちですか」

「ポッピー。大至急この子にベッドを」

マダム・ポンフリーは手早くベッドを開けてハリーを寝かせた。サキとドラコはすぐに別室に連れて行かれてマクゴナガルに事情を聞かれた。

しかし何が起きたか知りたいのはむしろサキとドラコの方だった。

「狼人間を撥ねたのですか?車で」

「いや、あっちがぶつかってきたんです。それでとどめを刺そうと思って…」

「何馬鹿なことを!」

マクゴナガルは広間に響き渡る声で怒鳴った。

「狼人間相手に車で突っ込むなんて!聞いた事ありません。言っておきますけれども、狼人間はそのくらいじゃ死にません」

「…ごめんなさい」

マクゴナガルは眉間を抑えている。よっぽど呆れてるようだ。

「しかも負傷したポッターとブラックを運んでくるなんて…今日はあまりにもいろいろなことが…」

「あの、ハリーたちはどうしてケガしてるんですか?スネイプ先生まで血まみれだったし…」

「ブラック捕獲時に負傷したようですが、私もまだきちんと把握できていないのです」

マクゴナガルはため息をついてどっこいしょと立ち上がると二人にチョコレートとココアを出してくれた。

「これを飲んだら、寮へお帰りなさい。必ずですよ」

「いただきます」

「二人共。夜間外出については重大な校則違反ですよ…けれどもポッターたちを助けてくれたのは、とても勇敢な行為でした。スリザリンに20点ずつ与えます」

ドラコとサキは顔を見合わせてニンマリ笑った。

棚からぼた餅というか漁夫の利を得たというか…偶然が重なってたまたまハリーを拾っただけなのに。

「なんか変な体験だったね」

「あとでポッターから何があったか聞いておいてくれよ」

「うん、おやすみ」

「おやすみ」


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