【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども 作:ようぐそうとほうとふ
白いレースのカーテンは魔法をかけてあって、いつまで経っても日に焼かれることは無い。純白のままずっと窓辺に垂れ下がってる。
それが開いたとこを見たことはないが、ときたま風に煽られてめくれ、リヴェンの白い肌を照らした。
日差しが直に当たると彼女はゆっくり瞼をあげて、タイプライターに時刻を打ち込むのだった。
「一体…」
セブルスはつい話しかけた。
「何を記録してるのですか?」
セブルスは死喰い人らしい破壊活動から遠ざけられてくさくさしていた。勿論懇意にしていた先輩と再会できたことは嬉しかったが、その先輩はなにか以前とは違う。
「時間」
リヴェンはセブルスの方を見向きもせずに答えた。
「何故時間を?」
「今がいつか忘れてしまうから」
「腕時計か何か、用意しましょうか」
「バカね。打ち込むことに意味があるの」
そう言うとリヴェンはまた目を閉じてしまう。学生時代からわけのわからない人だったが輪をかけて酷くなっている。
彼女の監視任務は恐ろしく退屈だった。何と言っても彼女はほとんど動かないし、屋敷にあるのは本ばかりで、その本の殆どは古代魔法史や杖作りの指南書などセブルスの専門外のものばかりだった。やることといえば家庭菜園の水やりくらいでほとんど使用人のような仕事しかない。
しかし闇の帝王は彼女を囲っておきたいとお考えだ。
我々と違った魔法を使える、とか。
セブルスはそれしか聞いていないのでよくわからないが、あの方のお考えなら素直に従うに限る。
「セブ、あなた荒んだわ」
ふとリヴェンが口を開いた。目は閉じたまま。
「そうでしょうか」
「バカな子。忠告してあげたのに」
リリーとのことを言ってるのだろう。セブルスは心臓がぎゅっと握り潰されるような感覚にとらわれた。
「あなたは…変わりましたね」
「そう?」
前より人間味がなくなった。なんて、本人に言ったら怒るだろうか。
「……」
目をつぶったままのリヴェン。真っ赤な唇と雪のような肌。棺に入った白雪姫を連想させる。
ベラトリックス・レストレンジやルシウス曰く、彼女はいつも頬杖をついて窓のそばに座っているだけで監視役として来た死喰い人に見向きもしないらしい。
闇の帝王は信頼できる極小数の死喰い人にしか彼女の存在を教えてない。地位の高い死喰い人はだいたいプライドが高いのでどこの馬の骨とも分からないリヴェンに無視されるのが耐えられないわけだ。
リヴェンにとっては無視してるつもりすらないんだろう。
セブルスはまだマシな方だった。
「…セブ」
「はい」
「胡蝶の夢って、あるでしょう」
このように唐突にではあるが会話をしてくれる。
「夢を見るの」
「どのような?」
「未来の」
リヴェンは目を開けて、タイプライターにまた時刻を打ち込んだ。
「あなたは湖畔を歩いていた。わたしはあなたを見上げていた。水面は色とりどりの反射光で鮮やかに輝いていた」
「…美しい夢ですね」
セブルスは返答に悩んだ。突然何故夢の話なんてするんだろう。
「その後あなたは死ぬの」
リヴェンはそう言って口をつぐんだ。セブルスはやっぱりなんて答えればいいかわからない。
「たかが、夢でしょう」
彼女は今日初めてセブルスの顔をきちんと見つめた。まっすぐこちらを見つめる瞳。暗い赤。初めてあったときと同じ目だ。
「そうね」
彼女は自分で話し始めておいて、こうやって唐突に話を終わらせる。
「セブ、これが私の魔法なのよ」
「夢を見ることが?」
「いいえ」
セブルスは理解が追いつかず一瞬黙る。リヴェンはまだこっちをじっと見つめている。
「喪ってるということが」
「リヴェン、あなたの言う事はいつも唐突すぎてよくわからない」
リヴェンは困ったわ、と言いたげに頬に手を当て、そっと指先で肌を撫でている。久々に彼女の感情の表出を見た。
でもそれっきり会話は続かない。
また元のように目を閉じて、日が暮れたら立ち上がって、粗末な食事を消化して自室に戻る。
傍から見れば廃人にも見えただろう。最低限の人間味さえ捨て去ってそれでも彼女は何か目的を持って行動しているようだった。
闇の帝王はたまに訪れて、タイプライターの前に座る彼女と言葉を交わしているようだった。
二人がどんな話をしているかはわからなかったが、リヴェンは誰に対してもあの調子なのでセブルスは内心いつか殺されるのではないかと思っていた。
しかしそんな事はなく、月日は流れた。
セブルスも監視任務をこなしつつダンブルドア陣営のスパイになるべく下準備をしていた。
「…セブルス」
ある日彼女は珍しく庭に出て空を直に眺めていた。日差しの下に立つと彼女はとたんに幽霊みたいにぼやけてみえる。
セブルスは日傘を差した。それでも彼女は陽光に塗りつぶされてしまいそうなほど朧げだった。
「どんなに私が変わってしまっても忘れないで」
「どうしたんです。急に」
「あなたが私に変わったっていうから」
「気になさってたんですか?」
「ええ」
「貴方みたいな人、忘れませんよ。絶対に」
「約束よ」
彼女は右手の小指を差し出した。
そしてセブルスの小指を絡め取りすぐに離した。
赤い唇がほんの少し歪んだ。
………
サキは夢中でプロシュートを貪り食っていた。
そう、今日は三大魔法学校対抗試合の参加校歓迎パーティ!ボーバトン、ダームストラングの生徒たちが華々しく入場したあとはそれぞれの地元の名物料理がたくさん並び、まさに食卓の世界旅行。フランスのよくわからんこぢんまりした薄味の料理からケバブまでなんでもござれ。
そういうわけで食に貪欲なサキはダームストラングのガッチリしたいい男たち(とりわけクラム。あのクィディッチのスター選手)に夢中な同級生を差し置いてキャセロール(じゃがいもの料理)を皿によそった。
「これはヤンソンの誘惑。スウェーデン料理だ」
「スウェーデンうまい」
「ガレットだ。ボーバトンはブルターニュにあるのか」
「ブルターニュ最高」
クラッブとゴイルは普段意思疎通が難しいがこういう宴会のときだけは料理を通じて心が通じ合ってる気がしてならない。しかもやたら詳しいし。本を与えた成果がでてるのかもしれない。
もうお腹がはちきれそうになってお皿がピカピカになってからダンブルドアが厳かな声で告げた。
「時は来た。三大魔法学校対抗試合が今まさに始まろうとしておる」
ダンブルドアは職員テーブルのそばに立っていた二人の魔法使いを紹介した。クラウチ氏ともう一人、魔法ゲームスポーツ部のバグマン氏だった。横にいたノットがバグマン氏が昔有名なクィディッチ選手だったんだと耳打ちして来る。
みんな興奮して手のひらの皮がむけるんじゃないかってくらい拍手をした。そしていよいよ、ダンブルドアのいう『箱』が登場した。
宝石の散りばめられた古めかしい木の箱。みんなが身を乗り出してその中身を知りたがる。サキも必死に人の隙間からそれを見ようとした。
「これが、名誉ある代表選手を選ぶ公正なる選者…『炎のゴブレット』じゃ」
木箱からゆっくりと青白く光るゴブレットが出てきた。よく見ると炎が吹き出している。
「代表選手に名乗りを上げたいものは羊皮紙に名前と所属校を書き、ゴブレットに入れねばならぬ。」
ダンブルドアは野心に満ちた瞳をらんらんと輝かせる生徒たちににこやかに語りかける。
「くれぐれも年齢に満たないものが誘惑に駆られぬよう、周囲にはわしが年齢線を引くことにする」
サキはすぐに既にこしらえた老け薬の効能をもう一度頭の中で確認した。自分の薬でダンブルドアの年齢線を突破できるだろうか?
みんながベッドに戻る頃には広間はざわざわで満ちていてみんなして誰が立候補するか、死ぬまで降りられない試練とはなにかを興奮気味に話していた。
「クラムは絶対に選ばれるよな」
「それは確実だよね…」
サキは人混みからフレッド、ジョージが手招きしてるのに気づき、ドラコに一言詫て二人の方へ走っていった。
「いけそうか?」
「年齢線なら、多分」
サキはローブの下でさっと水筒に入れた老け薬を受け渡した。
「1歳なら試験管一本ね。その水筒まるまる飲んだらだいたい100歳くらいになるから気をつけてね」
「余っても使いどころがないのが惜しいな」
「明日の昼試すから、絶対見に来いよ」
二人は拳を合わせウィンクして去っていった。成功するかどうか自信はなかったが取り敢えずひと仕事終えてホッとした。
さて自分も帰ろうかと出口の方を向いたところ
「シンガー」
「わ」
マッド・アイが仁王立ちしてこっちを睨んでいた。
「一体何を渡してた?」
「え?あー…ジュース…です」
ムーディはお見通しだと言わんばかりにコツコツと近づいてきた。近くで見るとものすごい威圧感だ。なによりギョロギョロと動きまくる魔法の目が怖い。
「お前さんの血についてダンブルドアに言われた。呪いを破るそうだな?」
「はあ…らしいです。全然試したことは、ないですが…」
闇の魔術に対する防衛術の先生であり元闇祓いということもありダンブルドアはある程度事情を教えたらしい。
「お前さんが年齢線をうっかり破らんよう見張っとれと言われた。そんな馬鹿なことはするまいな」
やっぱりサキの思ったとおりの要件だった。わざわざ釘を刺しに来たということはそれだけ心配されてるんだろう。規則破りの前科があるとは言えちょっと悲しい。
「しません。スネイプ先生に誓って」
「やつに?ふん」
ムーディは忌々しそうに口をへの字にした。そしてろくに挨拶もせずに職員用テーブルの方へ戻っていった。
ムーディは妙にサキに対して敵対的というか、生徒と教師のそれではない距離で接してきている気がする。
授業中服従の呪文の対象にされたことは一度もない。かといって優しいわけでもなく時折魔法の目の視線を感じる。なんだかわからないが監視されてるような気さえする。
なんだか嫌だなあと憂鬱になりながら、サキはトボトボと談話室に戻りフレッドとジョージに渡さなかった老け薬の残りを16歳のスリザリン生に割高で売りさばいて寝た。
そしてサキの売りさばいた老け薬を飲み年齢線を飛び越えた生徒はみんな医務室行きとなった。
やっぱりだめだったかとガッカリしたけどいい小遣い稼ぎにはなった。
そういうわけでハロウィーンパーティー兼代表者選抜会場にて、サキはまたしても豪華な料理に舌鼓を打っていた。
「よくそんなに食べれるな」
「寝だめ食いだめってね」
サキはドラコが食べ切れなさそうなかぼちゃプリンを貰ってにかっと笑う。
「ダンブルドアはまだ食べ終わらない?」
「みたいね。勿体つけちゃって」
みんな代表選手の発表を待ちきれないようで広間はガヤガヤしていた。皿が机から消えるとみんな一斉に静まった。
「さて、いよいよゴブレットも代表選手を決めたようじゃな」
ダンブルドアは立ち上がった。そして杖をひとふりするとくり抜きかぼちゃを残してすべての明かりが消えて広間は真っ暗になった。
ゴブレットの青い炎だけがキラキラと光っている。
炎がぼっ、ぼっと不規則に噴き上がる。
すると炎が突然赤く染まり、一枚の羊皮紙を吐き出した。
「ダームストラングの代表は…ビクトール・クラム!」
大広間で歓声が上がった。拍手とともに見送られ、クラムは職員テーブルの後ろの扉に消えていく。
「ボーバトン代表は…フラー・デラクール」
レイブンクローのテーブルから花のような可憐な女子が立ち上がり、うっとりとしたため息とともにみんなに見送られた。
えらく綺麗な女の人でフラーが通った席の男子はみんな見惚れていた。
「ホグワーツの代表は…セドリック・ディゴリー」
ハッフルパフの席から大歓声があがった。セドリックは恥ずかしそうにはにかみながらハッフルパフ生の激励を浴びて退席した。
「結構結構!」
歓声がやっと収まってからダンブルドアが嬉しそうに呼びかけた。
「さて、これで代表選手は決まった。あらん限りの力を振り絞り、代表選手たちを……」
ダンブルドアが言葉を切った。その理由は誰の目から見ても明らかだ。
ゴブレットがもう一度赤い火を吹き、一枚の羊皮紙を吐き出した。
そしてダンブルドアがそれを見て、咳払いして読み上げた。
「ハリー・ポッター」