【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども 作:ようぐそうとほうとふ
その晩の混乱っぷりといったら。どの寮の席からも大ブーイング。
14歳のハリーがなぜ?不正か?真相を追及しろ!
といった怒声が響き、先生たちも何が起きたかわかってないし、仕舞にはバグマン氏がブチ切れて生徒たちを黙らせた。
意外だったのはスリザリンよりハッフルパフからの罵声が大きかったことだった。
「ポッターめ。一体どんな手を使ったんだ?」
ドラコもやはり怒っていた。実は参加したかったらしい。死ぬかもしれない危険な試合だというのに皆命知らずだなと思いつつ、サキの頭には不安がよぎっていた。
まさかハリーがゴブレットに名前を入れられるわけがない。誰かに頼んだ?それも違う。
ああいう古くから存在する魔法の道具は強大な魔力を持っている。不正のあった羊皮紙を受け入れるわけがないのだ。
誰かがいれたんだ。それも強力な魔法を使える誰かが…。
生徒たちの中でその真相に至ったのは恐らくハーマイオニーとサキくらいで、他の生徒たちは(ロンまでもが)ハリーに対して疑いの目を向けていた。
ハーマイオニーとロンが喧嘩するのはよくある光景でも、ハリーとロンがここまで険悪になるのは初めてでハーマイオニーも困っていた。
サキとしてはハーマイオニーがこれ以上しもべ妖精の地位向上に一生懸命にならないためにもロンとハリー両方で彼女に歯止めをかけるべく仲直りしてほしかった。
「シンガー。こっちへ」
選抜から二日後、闇の魔術に対する防衛術の授業が終わってムーディに呼び出された。
闇の魔術に対する防衛術の教室はルーピンの頃と違ってやたら暗くて狭くて、いろんな機材でごちゃごちゃしていた。カーテンの隙間からさす光が隠れん防止機にあたって反射してる。書き込みがたくさんある古い地図が貼ってある上に色んな人の写真が貼ってあって、何人かの顔の上には真っ赤な塗料でバツ印が入っていた。
「まあ座れ」
硬い木の椅子を進められたので素直に従った。部屋の雰囲気も相まって警戒してしまう。しかしムーディはそんなのお見通しで
「そう緊張するな。わしはただお前さんの母親に興味があるだけだ」
そういえば最近忘れてたけど、サキに近づく魔法使いはだいたい母親に興味を持ってたんだっけ。とはいえ、サキに答えられることは少ない。
「顔も知らない母親ですからお役に立てるかわかりませんが」
「顔も知らない?朝顔を洗わんのか?生き写しだぞ」
それもよく言われた。サキは歓迎の印に出されたらしいお茶を手にとって口だけつけた。昔クィレルにもお茶を勧められたがあの時と同じようなやな感じがしたからだ。
「ムーディ先生は母をご存知なんですか?」
「顔だけだ」
ムーディは言葉を切って自分のカップの中をじっと見つめた。
「窓辺に座ってるのを一瞬、カーテンがめくれたときに見た。偶々な」
「闇祓いのお仕事ですか?」
「そんなところだ」
「母ってやっぱり死喰い人って疑われてたんですか?」
「当たり前だろう。スリザリンの首席で旧家の令嬢だぞ。闇の帝王からの声がかからん訳がない」
娘としては複雑だ。スネイプ先生いわく死喰い人ではなく監禁されていただけらしいが、周りから見たら違いなんてわからないだろう。
「結局…白黒つかんまま失踪して13年か。もう生きてはおらんだろう」
「でしょうね」
実の娘にそうはっきり言えるムーディ先生はやっぱりマッドだ。まあ生きてようが死んでようが母という存在自体に実感がないのでショックも受けようがないのだが。
「それで、お前の血はどうなんだ?」
「どうって…ああ。まさかハリーの件で疑ってます?」
「疑ってるわけではない。それに血の魔法とやらで年齢線を破れても他人の名前は入れられまい」
「そうですよね。…まあでも年齢線くらいなら破れると思いますよ。試してないのでわからないんですけど」
「自分の力を試してないのか」
ムーディは驚いたようだった。そしてニヤニヤ笑って魔法の道具が積み上がってる山から一つの小箱を取り出した。
「全くもって勿体無い。シンガー、力は使ってこそ意味がある」
その小箱は鉄製で面それぞれに複雑な紋様が彫られていた。年代物らしく真っ黒でどこにも蓋らしきものはなく、鍵穴らしきものが一つあるだけだった。
「おしゃれですね。中に何が?」
「この箱の鍵がはいってる」
あまりに馬鹿げたことを言うので思わずサキはその小箱を手にとってしげしげと眺めて笑った。
「なるほど。面白いですね」
箱の鍵をしまうための箱。
六つの面に彫られているのはどうやら神の言葉らしい。ヤハウェという文字がかろうじて読み取れた。これ一つで閉じた完璧な世界ってわけだ。
「これを開けてみろ」
「…それにどんな意味があるんですか?」
「シンガー、お前さんの特別な力はいつかきっと、使わなきゃならんときが来る。それに備えろ。まずはこの小箱からだ」
「…これ、開けても呪われたりしないですよね?」
「ああ。多分な」
サキは露骨に顔をしかめた。ムーディはそれを見て愉快そうに笑った。
「授業でも常日頃言ってるだろう。油断大敵!闇の帝王が蘇ったときお前さんは丸腰でいいのか?」
ムーディはムーディの哲学に則りサキを鍛えようという魂胆らしい。確かにサキはヴォルデモートの復活を信じている。そしてその暁に自分が手中に落ち、友達を傷つける可能性を恐れている。
今この力を使えるようになれば自衛できるかもしれない。もっと自分を信じることができるかもしれない。
小箱を持つ手に力が入った。
「わかりました…やります」
そしてサキは小箱を取り敢えずじっくり観察して、彫られた文字をいちいち解読した。内容はただの聖書の一説だったので拍子抜けしたがこの小箱を作った人物の執拗な精巧さには感嘆すらする。
まずこじ開ける場所が無い。鍵穴に鍵をさす以外に開ける方法がない。ムーディに出してもらった針金を突っ込んで適当にいじっても開かない。ムーディの期待通り血で試すしかないらしい。
内心ため息をついてポケットナイフを取り出した。刃を出してそれを左手の掌に押し付けた。
ぷつ、と皮膚の中に刃が沈んでじんじんした痛みが走る。血が傷口で膨らんだ。サキは握りこぶしを作り鍵穴の上に掲げる。血がポタっと鍵穴の上に垂れた。ムーディが息を呑むのがわかった。
カチッ
と何かが開く音がした。
その瞬間小箱の彫刻からドロっとした膿のような液体が漏れた気がした。思わず小箱を放り投げそうになるがぐっと堪える。ちゃんと見ると液体なんて全然漏れてなかった。
そして冗談みたいに小箱が突然崩れた。六面すべてがバラバラにはじけ飛んで、サキの手の上には飾りっ気のかけらもない古めかしい鍵が乗っていた。
「ほう」
ムーディは床に落ちた小箱の破片を拾い、鍵とサキの手の傷を順番に見てもう一度嬉しそうに「ほほう!」と言った。
「すンばらしい」
「あの…包帯とかあります?」
「ああ」
ムーディは軟膏を取り出してサキの手の傷に丁寧に塗ってくれた。塗ったところに薄膜が張って血はすぐに止まった。
「この目で見るまで信じられんかった。お前の魔法はどうやら本当に呪文を引き裂くようだ」
「呪文を引き裂く?」
「わしらが杖でかけた魔法の構造を壊すのだ。グリンゴッツの罪人落としの滝に似ているな。ああ、血でしか使えないのが惜しい」
「へえ…それって結構ズルいんじゃないんですか?」
「大体の罠は通じんだろうな。まあ血が必要だから事前に罠があるとわかってなければ厳しいだろうが…」
「なるほど。なんか私すごい人な気がしてきましたよ」
「ああ、すごい」
ムーディはまだサキの手を握ってまじまじとその傷をなでている。
「…特別レッスンだ。シンガー、この力を使いこなせるようになれ」
サキはギクッとした。特別レッスン…つまり補習?
「放課後がなんだ、補習がなんだ?あたえられた才能を最大限に使い、生き延びる。それより肝心なことがあるか」
それからのサキは毎週金曜の放課後、ムーディ先生の楽しい特別授業を受けるハメになった。
まず血だけでどこまでの呪文を破れるかをひたすら試していき、次に血の魔法の詠唱についての考察がはじまった。
そのためにまずサキは莫大な呪文学の参考書の読書課題を課され、ハーマイオニー並に図書館に入り浸りになった。
お陰でハーマイオニーと二人で指定席みたいにいつもそこで会って、ハリーとロンの状況を逐一聞かされた。
ロンはすっかりいじけていて、なにかとつけて話題の的になるハリーに対してヤキモチを焼いて拗ねてるらしい。
ハリーは全校からの迫害ですっかり被害妄想に取り憑かれてるらしく、たまにハーマイオニーにもキレるそうだ。
「ハリー見てこれ」
そういうわけで死ぬほど憂鬱そうなハリーに声をかけてみた。サキは小屋から逃げた尻尾爆発スクリュートをつぶして作った花火を見せてみたが、スクリュート一匹の命の煌めきはハリーにプラスにならなかったらしい。
汚いぞポッターバッジだのセドリック応援キャンペーンだのリータ・スキーターのデタラメ記事ですっかりメンタルがやられてるようだ。
「ねえ、ロンとまだ仲直りしてないの?」
「仲直りっていうか…あっちが避けてるんだ」
「去年の私達みたいだねえ」
なんて話してると通りすがりのハッフルパフの生徒が汚いぞ、ポッターと言い捨てて去っていく。一度サキがそういう手合を捕まえて口論になり、危うく流血沙汰の喧嘩になりかけた事があった。
「ドラコにもやめろっていったんだけど、クラムを応援するってさ」
「ああ…そりゃ、どうも」
「でも私はハリーを応援するよ。だからなんでも言ってね」
「それは…嬉しいけど、マルフォイが煩いんじゃないの?」
サキはニンマリ笑って懐からドラコのサインが書かれてる誓約書を取り出した。
「見て、これ。ハリーが優勝する方にかけたの。ドラコはもちろんクラムなんだけど、ハリーが勝てばなんと最高級のニワトコの実をくれるんだ」
ニワトコの実の価値がいかほどかわからないハリーは曖昧に笑うしかなかった。けど少なくともサキは私利私欲を込みではあるがハリーの味方らしい。
「だからありとあらゆる不正に手を貸すからね!絶対優勝しようね!」
下心しかない応援でも今のハリーにはありがたかった。
過去の試合の内容を見るにだいたい命の危険があるからまずは盾の呪文を覚えよう、ということになって図書館のいつもの席で呪文集をめくった。
ハーマイオニーもやってきて分厚い本をいくつもいくつも重ねていった。
そうこうしているうちに第一の課題の日が近づいてきた。
ハリーは徐々に焦りを見せ始めて盾の呪文だけでは危機に対処しきれないと戦々恐々としていた。
「…サキ」
そんな木曜の夕飯のあと、ロンが柱の影からサキを呼びつけた。ドラコに気付かれないようにさっと人と人との合間を縫って暗がりにいるロンのもとへ滑るように近付いた。
「なに?なんで隠れてるの?」
「わかるだろ?」
ロンは気まずそうに言った。
「あのさ…ハリーは第一の課題についてなにか準備してる?」
「うーん…盾の呪文とか練習してるけど…」
「それじゃだめだ!」
「なんだ、ロンも心配なんだね」
「そりゃそうだよ。なんてったって…」
ロンは言葉を濁してしまう。
「とにかく、ハリーに伝えてほしいんだよね。明日の晩、ハグリッドの小屋に行ってほしいって」
「自分で言いなよ」
「言えないから頼んでるんだろ。去年食べ物届けたじゃないか。そのお返しだと思って…ね?」
その分のお返しはすでに薬草学のレポートでチャラになったはずだが…。まあ追及してもしょうがない。
「いいけど、私も行っていい?」
「ん…まあ、いいよ。でも透明マントは忘れずにね」
「ラッキー。任せてよ」
ロンはすまなさそうな顔してグリフィンドール塔の方へ行ってしまった。明日はムーディの特別授業の日だが、あの身内には口の軽いロンが言葉を濁す秘密の話なんてとっても気になる。見に行けるなら行くに越したことはない。
談話室に帰るとドラコが不満げにクラムが図書館通いをしてるからあまり話せないとグチっていた。
「クラムってどんな話するの?」
「実はあんまり喋らないんだ。取り巻きの話を聞くだけ」
そして翌日。
ハリーと約束通り中庭でおちあい、二人して透明マントを被ってハグリッドの小屋まで行く。ロンのことは話さなかった。
「ようきたな。絶対マントの外には出るなよ」
オーデコロンとワックスの匂いをプンプンさせ、どこか気もそぞろなハグリッドの向こうで真っ暗な森が口を開けている。
暖かい橙色のランプの光が木々の間を照らして獣道を示す。少し開けたところにもう一つ明かりがあった。
電灯かなにかかとおもったら、なんとボーバトンの校長がいた。
「街灯かと思ったよ」
サキがそういうとハリーが必死に笑いをこらえて口をぎゅっと抑えた。
ハグリッドのおしゃれの理由もわかって安心したところで、枝葉の向こうからオレンジと赤の閃光が見えた。同時に空気を震わせるような鳴き声も。
数メートルも近づけばすぐに正体がわかった。
「第一の課題は…ドラゴンなんだね?」
ハリーは顔を真っ青にして震える声で言った。
ドラゴンの口から吐き出される炉が溶けたような炎を見てサキは竦み上がった。
「僕…今回ばかりは死ぬかもしれない」