【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども 作:ようぐそうとほうとふ
黒に近い暗緑の森の中に誰からも忘れ去られたような古ぼけた屋敷があった。自然物に溶け込みそうなほどに月日によって朽ちつつある大きな館。門は錆びていて鎖で封じられている。大きな錠前がぶら下がり、上に蔦を生やしていた。
一見廃墟にしか見えないその館の、門柱にある小さなくぼみに手をあてると蔦は地面に戻り、門がゆっくりと開く。
一度敷地に入ればその館は時間が巻き戻ったかのように蔦も苔も消え、はげかけたペンキももとに戻って見えるのだ。
魔法のかけられた館。闇の帝王が通う大きな秘密。
バーテミウス・クラウチJrはその門をくぐることは許されても、屋敷の中に入ることは決して許されなかった。
その館の主が誰なのか、知ってるものはごく一部だった。しかしバーテミウスは直感的に女だと感じ取っていた。闇の帝王に通う女ありとの噂が立てば闇祓いたちも黙ってはいないだろう。
バーテミウスはいつも通り館の前をウロウロして時間を潰した。
ふと、庭園への入り口のようなものを見つけた。
それは生い茂る緑に埋もれて目立たないが確かにアーチで、この先になにかがあることを示している。
何も考えないままバーテミウスは歩を進め、やがて庭に至った。
そこは屋敷のそばの森や藪と違ってきちんと雑草が抜かれ、調和した空間を作り上げている。マグルの雑誌に載っているイングリッシュガーデンそのものだった。
バーテミウスはなんの気なしにその庭を眺めた。
そして薔薇の植木の向こう。窓が空いた部屋を見つけた。
真っ白なカーテンが舌を出す蛇のようにチラチラと窓枠からはみ出ていて、誘うように風に揺られていた。
運命か、偶然か。春風が強く吹いた。
カーテンが翻り、部屋の中が垣間見えた。
バーテミウスはその光景に目を奪われた。
カーテンの向こうに座っているのは見たことがないほど美しい女だった。
そう、言葉を借りるならば…その美しさは骨身に応えるほどだった。
白骨のような、陶器のような、白百合のような鮮烈な白。
そして目を見張る唇の紅さ。
滲んだ墨の中にぽたりと落ちた鮮血のように彼女は美しかった。闇の帝王に囲われた花。
荒涼とした川辺に狂い咲くリコリスを思わせる、欲望を煽る赤。
その女の視線が一瞬だけ、バーテミウスと絡んだ。
そしてすぐ剥がれる。
なんの関心も抱かれずに。
カーテンがまた閉まった。
世界からすべての音が消えてしまったみたいに感じた。一瞬が永遠に引き伸ばされたかのように感じた。全てを失った後みたいな喪失感が全身を支配する。
少しして、心臓の鼓動が戻ってくる。
徐々に体に何かが戻って、満たされていく。
その、時間にすれば数秒にも満たない刹那がバーテミウスの人生をより狂わせる事になる。
闇の帝王に対する忠誠心。ルビーの欠片のような深窓の令嬢への恋慕がそれを煽った。
あの人に認められたい。そして、いつの日かもう一度この目で彼女を…。
鶏が先か、卵が先か。
闇の帝王への忠誠あっての情欲なのか、情欲あっての忠誠なのか?バーテミウスはもうとっくにわからなくなっていた。
ただ今はその輝きが自らの手にある。
その感覚だけで脳髄の奥が痺れるような気がして、バーテミウスは深く深く息を吸った。
……
サキは走っていた。走って、走って、走っていた。
ホグワーツの前にある湖の辺りをぐるぐると、犬のように舌を出してヘロヘロになりながら走っていた。
「カヒュッ…」
変な音が喉から出た。血がものすごい勢いで血管を疾走っていく。心臓が破裂しそうだし息をするだけで胸が痛い。脚はかじかんで感覚がない。
やっとスタート地点まで戻ってきた。サキはとうとう地面に倒れ込んだ。
「よし、今日のぶんは終わり」
ムーディ先生がストップウォッチを止めてサキを俵のように担ぎ上げた。年寄りのくせにやたら胆力がある。もうセクハラだとかふざける余裕もなくてされるがまま担がれていった。
ダームストラングの生徒たちが奇異の眼差しを向けている。
クリスマス休暇が開けてムーディの特別授業が再開したその日、ムーディに何故か運動着を持ってくるように言われた。言われるがままに持ってきたサキは気付いたら走らされていた。
「強い魔法使いに必要なもの。それは強い肉体だ」
サキは耳を疑ったがムーディはマジらしい。そして金曜日の放課後だけでなく水曜の放課後まで走るハメになった。
「だいぶ速くなってきとるじゃないか?え?」
「……」
サキは心の中で罵詈雑言を浴びせていたが口には出さなかった。出す気力すらなかった。
「血を使う魔法で貧血になっちゃ笑えん」とのたまってる。悔しいが理に適ってる。
サキを汚いソファーに投げ捨てるとムーディは決まって濃いコーヒーを出す。それを飲めばすぐに立ち上がれるくらい元気が出るのだが、どう考えても怪しい薬が入ってる。でもそれすら気にならない程には疲れ果てていた。
「いつまで走らされるんですか…私は…」
「今月いっぱいだな」
サキは気が遠のいてコーヒーカップを置いてまたソファーに倒れ込んだ。
「さて、禁じられた呪文について授業でやった事は覚えてるな?」
「…服従の呪文を解く方法ですか?」
「そうだ」
ムーディはまたあのよくわからない飲み物をぐいっとやってサキの向かいの椅子に座った。
「服従の呪文は他の呪文と違って継続的にかけ続ける必要があるため解くことは可能です。解くの解釈によりますが…服従状態から覚めてくる時期が来ます。痛みに慣れるように」
「そうだ。そのために術士は何に気をつけるべきか?」
「…慣れさせないこと。量を増やすことですね」
「その通り。お前の血で解けるかだが…」
「いわば状態異常ですから解けないこともないでしょうね。けれどもおそらく手続きがいります。つまり血をかける、飲ませるだけでなく呪文に相当する何かが」
「ふむ」
「磔の呪文や死の呪文は不可逆だから私の血は役に立たないでしょうね」
ソファーから身を起こしてムーディと向き合う。
「試してみるか?」
「まだ死にたくないですよ!」
「冗談だ」
ムーディが言うと笑えない。服従の呪文はともかく磔も死もごめんだ。
「さーて。もういい時間だな。とっととお家へ帰れ」
サキはケツをひっぱたかれながら追い出された。
「大丈夫なのか?」
ムーディの特別授業の翌日はいつも眠かった。ウトウトしてたら卵をこぼしてしまい、ドラコに呆れられた。
「今度のホグズミード行きはどうする?」
「んん…もちろん行くよ」
眠たい目を擦ってテーブルを拭いた。今日の魔法生物飼育学はまともに起きて立ってられるか不安だ。危険じゃない動物だったらいいんだけど。
そう考えながらふらふらと畦道を歩いてハグリッドの小屋までいった。しかしでてきたのはハグリッドではなく全然見たことのない先生だった。
「どうもこんにちは。私はウィルヘルミーナ・グラブリー=プランク。ハグリッドの代理だよ」
何事かと囁きあう生徒たちを尻目にグラブリー=プランクは生徒たちを森の開けたところへ連れて行った。そこには一角獣がいて、女子たちが歓声を上げた。いままで死体しか見たことがなかったけど生きてる一角獣はとても美しかった。
「ハグリッドが休んでる理由、知ってるか?」
ドラコが囁くように言った。
「リータ・スキーターだ」
「え?誰それ…」
サキは後で日刊予言者新聞を見せられた。そこにはハグリッドが半巨人であると悪しざまに書かれていた。
「何これ。ひどい!」
「ポッターをベタベタに褒めてたやなやつさ。最近はポッターにも飽きちゃったみたいだけど」
「駄目だよこんなの読んでちゃあ。知力が下がるよ」
サキはそれをクシャクシャに丸め暖炉に突っ込んでやった。
「去年のクリスマスのこと思い出してイライラする!ああもう」
「そういえば…君が何かと気にしてたクラウチだけど、あの人もネタにされてたな」
「どんな?」
「今君が燃やしちゃったろ」
サキは口をへの字にして机においてあったボンボンの包を開けて口に放り込む。
「ま…スキャンダルはつきものさ。ただでさえクラウチは昔色々あったから」
「昔?死喰い人だったとか?」
「いーや…逆さ。死喰い人ハンター」
ドラコもボンボンを食べたがすぐに吐き出してしまう。ニシン味に当たったらしい。
「クラウチは魔法法執行部のやつで死喰い人を何が何でも裁いてたのさ。次期魔法大臣と噂されていたけど、失脚したらしい」
「なんで?」
「息子が死喰い人だった」
ドラコは嘲笑うように続けた。
「クラウチは自分の息子をアズカバン送りにしたのさ」
「へえ。それで左遷とはやるせないね」
「しかも三大魔法学校対抗試合もトラブル続き。そりゃ問題も抱えるよな?」
ドラコは他人事みたいだ。まあそれもそうか。サキとしてもワールドカップの席を取ってくれたくらいの関係性だし、心配といえば心配だけど突っ込むほどじゃない。
「死喰い人ね…今もアズカバンに相当いるの?」
「ああ。生きてればね」
「近寄りたくないねぇ」
ふーっとサキはため息をついた。ルシウスはシャバにいるけど死喰い人だし、純血主義者の大半は元闇の陣営だったと聞く。だったら今アズカバンにいない死喰い人だって沢山いるのだろう。
そういえばスネイプ先生って母を監視してたわけだし死喰い人のはずだ。刑を食らわなかったのはなんでだろう?
「ドラコはさあ、もしヴォ…あの人が戻ってきたらどうするの?」
「そんなのありえない」
「だからもしもだって」
「………うーん…そうだな…」
ドラコはじっくり悩んだ。
「きっと…あの人に従うんじゃないかな」
「本当に?」
サキは聞き返す。
「人殺しができるの?」
「したくはないさ!でも、僕は純血の一族の長男だし」
「したくないならすんなよ!」
サキは自分で話を振っておいてイライラする自分に嫌になった。けど不安なのだ。何かがジリジリと後ろに迫ってくるようなそんな嫌な予感がする。
サキが大声を上げたせいで周りから注目されてしまった。ドラコもびっくりしてる。
「…ごめん。ムーディの補習のせいで疲れてるんだ」
「あ、いや…ゆっくり休めよ」
ドラコは気まずそうに目を背けた。サキは足早に寝室へ戻って、制服のまま寝た。
ムーディの補習は次第にきつくなっていった。というのも、ここ最近は軽い運動後に血を取られるからだ。
サキは自分のどす黒い血が管を通ってポタポタと瓶に採集されていくのをぼんやり眺めた。左腕の手首の血管からにゅるーっと冗談みたいに伸びた管。これをつけてる間は身動き取れないので暇を持て余している。
もはやここまでくるとムーディの私的な好奇心によるものな気がしてならないが、それでもサキはなんとなく従っていた。
なにより闇の魔術に対する防衛術では実質試験免除になるし、ムーディの教えてくれる魔法や呪いは興味深かった。
「お前さんの血を様々な毒薬や呪いに対して使った」
ムーディは手書きの表を記して実験結果を逐一教えてくれた。
「やはり毒薬には効かんな。呪いに関しては…子供だましの既製品にかかった呪文は難なくクリア。お前に破れない錠はないだろうよ」
「じゃあ将来は泥棒になろうかな」
「つまらん人生を選ぶな」
「グリンゴッツくらい破れるようにならんとな。あそこは流石に無理だろう。…そして闇の呪文がかかったもの。これは物によるとしかいえん」
「例えば?」
「呪物そのものか、モノに魔法がかけられてるかによる」
「んん…もっとわかりやすく言ってくださいよ」
ムーディはため息をついて棚から何かを取り出した。
「例えばこれ。この箱には産まれたばかりのユニコーンの角が7本入ってた。これは呪物そのものだ。これに対してお前の血は無意味だ。なぜなら角そのものが呪われてる」
「…なんでそんなもの持ってるんですか?」
「そしてこれ。首にかけたら持ち主の首が落ちるまで絞め続けるネックレス。これはお前の血で壊せる」
サキはおそるおそるネックレスの方だけ持ち上げてしげしげと眺めた。
「…変な話ですね」
「なにがだ?」
「便利そうで便利じゃないですよ、こんな魔法。わざわざ代々繋いでいく意味があるんですかね」
「ああ。わしもそれについては疑問に思っている。闇の帝王はこんな呪い片手間で突破するだろうよ」
「はあ…母が生きてたら色々めんどくさくなかったのに」
瓶が一杯になった。毎回結構な量を採られてる気がするが鉄ジュースを毎回毎回飲まされるおかげでなんとか倒れずにやっている。しかしほんの小さな瓶とは言えこれだけの血が抜かれてると視覚的に分かるとゾッとする。
「ポッターはどうしてる?」
「ハリーですか?うーん…卵のこと持て余してるみたいです」
ハリーにはぜひとも勝ってもらいたいのでよく課題の進捗について聞くのだが何時もはぐらかされるのだった。その立ち居振る舞いが孤児院でしょっちゅう見た『宿題をやってない生徒』そっくりなのだ。
「ふうむ」
「先生も何か賭けてるんですか?」
「ああ、とびっきり大事なものをな」