【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども   作:ようぐそうとほうとふ

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11.墓場へ至る道

吹奏楽団がフリットウィック先生の指揮に合わせて音色を奏で、生徒たちがわいわい騒いで選手の入場を待っている。試験が終わった開放感からかみんな笑顔だ。

曇天の夕暮れ時にもかかわらず会場は熱気に包まれて明るく輝いて見えた。

サキは運営の黒いローブを羽織って、支給された双眼鏡を首にかけた。

「記録係か。頑張れよ」

「ばっちし記録しちゃうぜー」

ドラコは一緒に見れないのを残念がりつつも、監視席で見れるサキを羨ましがってた。サキもちょっぴり得意気にその双眼鏡を構えておちゃらけた。

そうこうしてるとムーディが遠くから手を振ってるのが見えたのでそっちへ駆け寄った。

バグマン、パーシーを始めとした運営の最後の確認らしい。パーシーはクラウチの代理で審査員になれないことに不満げだった。

「ムーディ先生の個人的な記録のため、とのことだが…くれぐれも安全に試合が終わるよう、よろしく頼むねシンガーくん」

「歴史的イベントに携われて至極光栄です」

パーシーの真似をして大げさにお辞儀してみたら結構受けが良かった。そしてそういう口上が嫌いな迷路を仕込んだ張本人、ムーディが咳払いして手短に迷路の説明とそれぞれの役割を確認した。

「特別仕込だ。心配するな…。さて、我々教師陣は迷路の外側で巡回する。勿論すぐ位置はわかるから、シンガー、お前は記録にとにかく集中しろ」

「ご自身の作った罠の出来が気になりますか?」

「そんなところだ」

マクゴナガル先生もちょっとぴりぴりしてる。危険な競技が始まるのだから無理もない。サキは手渡されたクリップボードに挟まってる地図と罠の数々を見てギョッとした。他の個体を全部殺して生き残った飛び切り強い尻尾爆発スクリュートまで設置されている。こいつが弾けたら下手したら遺体も残らない。盾の呪文を一緒に練習しててよかった。

「シンガーはあそこだ。あの一番端の櫓に登れ。お前も万が一があったら花火を打ち上げろ」

「はい」

「アラスター、本当に安全なんですね?」

マクゴナガルはサキが櫓に登るのにいい顔をしない。未成年というのもあるから慎重になってるのだろう。しかしせっかく他とは違う体験ができるチャンスをみすみす逃したくはなかった。

「ああ。そう心配するな。こいつが余計な気を起こさん限りは安全だ」

「間違っても櫓から降りませんよ」

サキが気合十分と言わんばかりにクリップボードを胸に抱くと、もう代表選手の入場時間が迫っていた。みんな慌てて持ち場につく。

「シンガー、こっちだ」

ムーディに言われて大急ぎで櫓の方まで向かった。

 

「なんかこっちまで緊張してきますね」

サキは歩きながらクリップボードを胸にだいてはやる気持を抑えた。ムーディは例のコツコツ歩きをしながらぐびぐびと例のジュースを飲んだ。

「ああ、一世一代の大勝負だ」

ムーディがやたら大げさな言い回しをするのでサキはくすっと笑ってしまった。

「私にはそうかもしれないけど、先生はもっとすごい修羅場をくぐってきたんじゃないですか?」

 

「ああ、たしかに死線は幾度かくぐってきたさ。闇祓いどもから逃亡したとき、アズカバンでポリジュース薬を飲んだとき。あのワールドカップの晩…」

「えっ?」

 

ぼちゃ、と。

ムーディの持ってる水筒から粘性の高い水音が聞こえた。急に周りの音が遠くに聞こえた。

ぱちぱちと爆ぜる篝火と遠くから聞こえる歓声。生垣がみちみちと根ごと移動する音。

 

「今、なんて」

 

夕焼けの最後の煌めきが地平線に沈んだ。揺らめく炎と火の粉だけが足元を頼りなく照らしている。

「そう、ワールドカップでお前を見つけたとき俺はまさに夢から醒めた心地だったよ。感覚がなかった全身に血がめぐるようだった。俺は目の前にあった杖をこっそり奪い取り、ついに親父の忌々しい呪文から覚めたんだ」

「…あなた、誰ですか?」

「名乗ったところでわかるまいよ」

サキはとっさに杖を握った。クリップボードが腕から滑り落ちて紙片が舞う。しかしムーディはとっくに杖を持って、サキに向けていた。

 

「ステュービファイ!」

 

 

 

……

 

屋敷の女はマクリールという姓だった。

マクリール。神話に出てくる魔法使いの名前を冠する女。

彼女の存在を知るのはごく僅かなようだ。

セブルス・スネイプが彼女の監視任務についてると聞いたときは悔しくて仕方がなかった。

聞けば学生時代に交流があったらしい。なるほどあの女にも学生時代があったのかと思うと不思議な気持ちになる。あの時間の停滞した空間に居る彼女が成長し、老いていくというのは想像しがたい。冒涜的だ。

他に監視についたのはレストレンジ夫妻くらいで、屋敷を知っていても彼女の顔を知ってるものはほとんどいないと言っていいだろう。

「あの女の話をするんじゃない」

ベラトリックスはひどく気分を害したようで、バーテミウスの顔を張り倒さんばかりに髪を振り乱した。

「あの人でなしは我が君を惑わして余計な手間をかけさせる。忌々しい女だ」

どうやらバーテミウスとは随分違う意見らしい。残念ながらこれ以上怒ったベラトリックスに話を聞くことはできなかった。それは燃え盛る篝火に油を注ぐことと同じだ。

 

「闇の帝王は…」

卑怯者のセブルス・スネイプはいった。

「彼女の存在を隠しておいでだ。ならばそのご意思に背くようなことはすべきでは無い」

あの果実の甘さを知っているくせに教える気はないらしい。ただ学生時代に知り合いだったから彼女の側近へ迎えられたくせに。

「どうしてもお近づきになりたいのなら努力するしかない。闇の帝王に気に入られるように」

しつこく付き纏うバーテミウスにセブルスは吐き捨てるように言った。

それからはどんな汚れ仕事も進んでやった。父の書類も盗み見て、情報を流した。やれることは何でもやって、あの人に身も心も捧げた。

あの人がハリー・ポッターの前に倒れても、バーテミウスは献身以外の生き方を忘れていた。

そして…あの地獄のようなアズカバンで何度も何度も望んでも手に入らないという絶望を味わわされても、あの女に一目会いたいという意志は変わらなかった。

 

服従の呪文は甘く、重く、ベッタリとしている。

抜け出すことが難しい蜜のような泥沼の中で13年も抜け殻のように生きた。自分が何に尽くしてきたのかわからなくなってきたあるとき、ウィンキーの説得でクィディッチワールドカップに連れて行かれたあの日。

イングリッシュガーデンで過ごしたあの刹那を思い出した。

深い色味の黒髪と赤い赤い唇。違ったのはその顔に浮かべる生き生きとした表情だけ。

 

「マクリール…」

 

目の前で座り込んでいる少女は怯えた顔をしていた。あの窓際の女なら決して浮かべないであろうガラス細工を内包したような繊細な表情。炎を映す瞳。

 

「マクリール…!」

 

全身が空っぽになったかと思った。封じ込められていた理性が体に巡った。その少女の手の甲に口づけしたその確かな触感に夢じゃないと確信して、自分が今成すべきことがわかった。

断片のように揺蕩っていた記憶が歯車のように合わさった。

 

そしてついに今……

 

 

………

 

 

 

霞む視界の向こうで何かがキラキラ光っていた。炎だろうか?焦点を合わそうとそれをしばらく眺めていると、額縁が見えてきた。これはどうやら鏡らしい。

サキは頭を上げて周囲の状況を確認した。

いつもお馴染み、闇の魔術に対する防衛術の教室に隣接するムーディの部屋だ。

サキの両手は椅子の後ろで拘束されていた。足も椅子の足に縛り付けられていて身動きが取れない。厳重に胴にまで幾重にも縄が巻かれている。

口も猿轡を噛まされていて発語できない。よだれがどんどん吸い込まれていくから口の中が気持ち悪い。

 

一体どのくらいたったんだ?

試合は?

あのムーディは一体誰なんだ?

 

様々な疑問が頭に浮かんだが今答えが出るはずもない。

兎に角何かしなきゃと思って体を揺らした。思いっきり揺らせばちょっとはガタつく。でもそれだけだ。

なぜ自分は捕まり、今は一人で拘束されているのか。自分一人が狙いならこうして放っておくわけないだろう。

ハリー・ポッター。考えられるのは彼しかいない。

何をするつもりかわからないけどハリーとサキときたら敵はだいたいヴォルデモートだ。

そうと決まれば早く逃げなきゃいけない。

サキはめちゃくちゃに体を動かして拘束から逃れようとした。しかし揺すっただけで解けるはずもなく、勢い余って椅子が横転してしまう。

物凄く痛いが悲鳴すら上げられない。

サキの唸り声と物音に共鳴するようにトランクから洞窟の空洞音みたいな不気味な音が聞こえた。

サキはとりあえず上を見上げた。なにか縄を切れるものがないか探したがよく見えない。

どうしたものかと正面を見ると、鏡に無様に倒れる自分の姿がうつっていた。

サキはちょっとためらったが、もはや手がないということでその鏡の方へ必死に近づいた。そして唯一自由の利く頭を思い切り仰け反らせ、頭突きした。

鏡に大きなヒビが入って額縁からこぼれた。一番大きな破片は切っ先をこちらにむけてキラキラ輝いている。

ぞわ、と鳥肌がたった。けどやらなきゃいけない。

動悸が激しくなり鼻息が強まる。

目をつぶりたくなるけどそうすれば余計怪我をする。

サキは自分の口をがっちり縛る猿轡の頬に当たってる部分をその切っ先に近づけた。

頭をガクガクとふって小さな切れ込みを必死に広げようともがく。首の筋肉が攣りそうだ。

どんなに気をつけても目の前に突きつけられるガラス片にゾッとする。

自分の虹彩がガラスいっぱいに映り、遠ざかる。自分の瞳の色を初めて意識する。

切っ先が頬を掠めて時折痛みが走るが躊躇ってはいけない。

「ぐ…」

くぐもった悲鳴が口の中で篭った。

首が痛くて位置がズレてしまった。布を貫通してざっくりと深く頬が傷ついた。

しかしおかげで猿轡がぼとりとおちた。

「げほ…」

咳き込んでしばらく首の筋肉を休めた。体温と同じ血の温度は感じないけれど流れ出して乾いて固まっていく血のパリパリと不快なこと。

「誰か」

声を出してみた。

当たり前のように返事はない。みんな三大魔法学校対抗戦をみてるのだから当たり前だ。

無駄だとわかりつつ出す悲鳴ほど虚しく響くものはないだろう。

 

「誰か!!」

 

どこか遠くで花火が上がる音が聞こえた。

 

冷たい床が痛みで熱くなる頬を冷やしてくれた。

ずっと体をよじらせていても全然縄が緩まない。

「……」

黙って床の振動を感じ取ろうと目を閉じた。

目を閉じてるうちに時間が止まったような変な気分になる。遠くに聞こえる叫び声や太鼓の音をぼんやり感じ取りながら目の前に広がる暗闇を見てると、ひょっとしたら私は一人っきりでここで死ぬんじゃないかとすら思う。

夢を見ているようだった。

夢。

ムーディ先生の姿をあなたはどんな夢を見ていたんですか。

 

 

「…!…………!!」

 

声が近くで聞こえた気がして、サキはハッと目を開けた。

椅子ごと体を揺らして叫ぶ。

「誰か!誰か!」

サキの声を聞きつけたのか、足音がドタバタと近づいてきた。

「シレンシオ」

ばん、と扉が開かれていきなり呪文をかけられる。途端に口から声が出なくなり、その人物…ムーディが椅子の足を蹴りつけガラス片の中まで飛ばされてしまう。破片が服を切り裂いて皮膚に傷がつくのがわかった。

そしてムーディはすぐにサキに透明マントを被せてしまう。

「だれが…」

ハリーの声がした。

「だれがいるんですか」

ハリー!

サキは心の中で悲鳴を上げた。

逃げて!そいつおかしいよ!

けれども届くわけもなくハリーはムーディにはぐらかされて椅子に座らされた。全身泥だらけで所々血が滲んでいる。顔面蒼白でひどく取り乱していた。

「何があった?」

ムーディはお茶を淹れてハリーに差し出した。ハリーはそれどころじゃなさそうだけど口をつける。

「あいつが…ポートキーの先にいたんです。ワームテールに抱かれて…僕、血を取られた」

「見せてみろ」

ハリーは左腕を差し出した。そこには縦に切り傷が走っておりまだ血がダラダラとたれていた。

「それで、墓には誰がいた?」

「墓には……」

ハリーは言葉を切る。

 

「僕、墓に行ったなんて言ってません」

 

そしてハリーと目があった。透明マントの魔法がサキの血で解けてしまったようだ。

「なんで…」

ハリーは頭がパンクしそうになった。

顔面血まみれの縛られたサキ。挙動のおかしいマッド・アイ・ムーディ。

そして、

「エクスペリアームス」

鋭い刃のような声とともに、ダンブルドア、スネイプ、マクゴナガルの三人が部屋に押し入った。


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