【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども   作:ようぐそうとほうとふ

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12.貴方にそばにいて欲しい

グッタリとうなだれたムーディが椅子に座っている。ムーディの姿をした誰かにダンブルドアは杖を突きつけて胸ぐらを掴み上げ蘇生させた。

「お前は一体…」

「サキ!」

スネイプは転がってるサキを助け起こしてロープを切り手錠を破壊した。声が出ないらしいサキに杖を向けてなにか呪文を唱えている。

ハリーの肩にマクゴナガルの温かい手が触れていた。

ムーディは奇妙な唸り声を上げてブルブルと震えた。いや、震えてるのは体じゃなくて皮膚だ。しばらくするとムーディは低い唸り声を上げながら変形した。

みちみちと音を立てて骨が縮み、脚が生えて義足が床へ激しく打ち付けられた。

魔法の目がはじけ飛んで下から本物の目が出てくる。

そうして変身が終わるとそこにいるのはふた周りも大きいムーディのコートを着た痩せ型の目付きの鋭い男だった。

 

「ば、バーティ・クラウチ…Jr!」

 

ハリーは校長室の憂いの篩で見た男の顔を思い出した。

男はハリーの声を聞くと弾け飛ぶように立ち上がった。すかさずダンブルドアが杖を振るい、男はなすすべもなく椅子へ引き戻される。

「セブルス、真実薬を」

ダンブルドアは今まで聞いたことないぐらい険しい声で言った。スネイプは慌てて真実薬を取り出し、1瓶まるごとバーテミウスの口の中に垂らした。

「クラウチさんの息子…?死んだんじゃ…」

サキも頬の傷にスネイプから渡されたガーゼをあてて、その奇妙な変身を遂げた男を見ていた。

死んだはずの男、バーテミウス・クラウチ・Jrは椅子に拘束されてなおじっとサキを見つめていた。

その視線にサキはたじろぎ、スネイプの後ろに隠れる。

「名前は。名前を言うのだ」

「バーティ・クラウチ・Jr」

ダンブルドアの詰問にバーティはスラスラと答えた。真実薬は恐るべき効果を持つらしい。ハリーは以前スネイプに真実薬で脅された事を思い出した。

「なぜここにいる?本物のムーディ先生はどこじゃ」

バーティはちら、と先程からゴトゴトなっているトランクを見た。

マクゴナガルがさっと歩み寄ってそのトランクを開けた。

マトリョーシカの様に幾重にも箱の中に箱がいれられていた。そして最後の一つが開いたとき、部屋に獣の匂いがみちた。いや、人のにおいだ。人の老廃物の饐えた匂いだ。

底には下着姿のアラスター・ムーディが力なく横たわっていた。

「無事かアラスター」

「ああ…」

ムーディは偽ムーディより遥かに覇気がないがしっかりと返事をした。

「なるほど、セブルス。君の薬品庫に忍び込んだ犯人が見つかったようじゃな」

バーティの持っていた水筒の匂いを嗅ぐと、嗅ぎ覚えのある匂いがした。忘れるはずがない、ポリジュース薬だ。

「じゃあこの人は一年近く、一時間おきにポリジュースを飲んでいたんですか?」

「そういうことになる」

想像を絶する執念だった。死喰い人の忠誠とはここまでの物なのか。ハリーは絶句した。

「は、話が全然見えませんよ。なんでこの人は、ハリーを…。何があったんですか?」

サキは今の今まで監禁されて全く状況がつかめてないようだった。パニック気味にスネイプのローブを引っ張って不安がっている。

「サキ、説明は後回しじゃ。しばし待っていておくれ。…さて、バーティ。一体どうやってアズカバンを脱獄した?埋葬された遺体は一体誰なのじゃ」

「あれは俺のお袋さ。俺がいよいよ死にかけた時…両親は最後の面会を許された。お袋の嘆きっぷりったら、俺より先に死んでしまうんじゃないかってほどだった。お袋は泣きながら俺にポリジュース薬をさしだし、俺の抜けかけた毛を一本取った。吸魂鬼に人の区別なんてつきやしない。死にかけた人間同士が入れ替わっただけだからな」

「なんということだ…」

ダンブルドアは祈るように呟いた。

「それからどうした」

「俺は、父親と屋敷しもべと暮らした。父上は俺に服従の呪文をかけて大人しくさせた…そして13年たってやっと、俺が外に出る機会をウィンキーが作ってくれた」

ハリーがあっと声を上げた。

「お前が僕の杖を盗んで、ウィンキーに罪を被せたんだな」

「まさか杖の持ち主がハリー・ポッターだったとは思いもしなかった!俺は、あの晩ようやっと呪文に抗えた。そしてついに覚めたのさ、この悪夢から」

サキはバーティの独白に度肝を抜かれていた。思わず彼と視線を交わしてしまう。夢から覚めた、というのは呪文を破ったという意味だったらしい。

息子が逃げ出してからどれだけクラウチ氏が狼狽したことか。

 

「クラウチ氏は、お前の父親はどこにいる?」

「父さんは…」

バーティはつばを飲み込んだ。

「父さんは、あの人に服従させられた。定期的に呪文をかけてるのは下僕のワームテールだった。…術に抵抗し始めた父さんは…あの日、俺が殺した。遺体を骨に変え、丸太小屋のそばの穴に砕いて捨てた」

「なんてことを!」

ハリーが叫んだ。バーティはネジが外れたみたいに笑いだした。その笑い声にハリーもサキも心底ゾッとした。それでも大人たちは動じていない。

「…ゴブレットに細工をしたのも、優勝杯をポートキーにしたのもお前か」

「そうさ。俺がやった。闇の帝王復活のためにすべて俺がお膳立てしたのさ!そしてみごと、我が君は復活を果たした!小僧の左腕を見ろ!」

ダンブルドアはハリーの左腕を鷲掴み、袖をめくった。そしてバーティの左腕も同様に見た。バーティの左腕には黒黒と蠢く闇の印があった。

「僕…抵抗できなくて…」

ハリーが泣きそうな声を出して、バーティはますます笑った。サキは思わず一歩出て、その顔を打ちすえた。べちん、と湿った肉を叩く音がし、慌ててスネイプがサキの首根っこを掴んでバーティから引き離した。

 

「人でなし」

 

サキは震えながらはっきり言った。

「命にかえて貴方を救った母親の気持ちをなんでちょっとでも考えてやれなかったんだ。笑うな!黙ってろ!」

恐怖と怒りが混ざったぐちゃぐちゃの顔に涙と血が混ざって垂れて、シャツの襟をピンクに染めていた。

バーティはそんなサキを黙って見上げていた。

「マクリール、何故……?俺…あなたの父親を、今日、俺が…」

「そんなやつ知らない!」

サキは聞きたくないと言わんばかりに耳をふさいだ。スネイプが肩を抱えて押さえ付ける。

「セブルス、サキを地下牢へ…」

「サキ…」

「ハリー、君は校長室じゃ。サキ、すぐに行く。ミネルバ、コーネリウス・ファッジ殿をお呼びしてこの囚人を見張らねばならん」

「ええ、校長…ああ…なんてこと」

サキはスネイプに支えられ、ハリーはダンブルドアに肩を抱かれ舞台から降りた。

サキはよく見ると細かい傷だらけでまるでガラスの破片を浴びたみたいだった。

普段のサキなら「私の方が重症だね。勝ち!」とか笑うだろうけどハリーもサキも全く笑えない状況だった。

 

地下牢の硬いソファーに座らせられ、丹念に顔の血を拭き取られて肩や足の細かい傷もきちんと消毒された。

頬の横の傷は、サキはちゃんと見てないが結構深いみたいだった。スネイプが丁寧に消毒して何か薬を塗ってくれている。

「なにが…あったんですか」

「…第三の課題でセドリック・ディゴリーが殺された」

「あの人が蘇ったというのは」

「事実だ」

薬をおいて、今度は丁寧にガーゼとテープで傷を覆う。

「……いやいやいや、ちょっと。全然理解が追いつかない」

サキはがっくり肩を落として包帯まみれの手で額を押さえた。

「あんなに楽しい気持ちだったのにどうして…」

ポツリと言った本音にスネイプが少しだけ痛ましい表情をしたが、またすぐいつもの険しい顔にもどる。

「しかし事実だ。ムーディに成り代わった死喰い人が…あの人を復活させる手助けをした。そうだとも」

「気のせいってことは」

「ない」

スネイプは大きなため息を付いて左腕を見せた。

「例のあの人の印だ。今までこんなに濃くなった事はない。ついさっき、闇の帝王のお呼びが来た途端カルカロフは逃亡した」

「……ハリーの…血を使った?そう言ってましたね」

「古くからある闇の魔術だろう」

「なんだかな…嫌な気分。気持ち悪い」

スネイプは立ち上がって袖をもとに戻し、背中を向けた。サキは項垂れたまま自分の膝をじっと見つめていた。

「私が捕まったのは…」

「おそらくポッターを殺したあと闇の帝王に差し出すつもりだったのだろう。それか…」

スネイプは続きを言わなかった。何となく聞きたくなかったのでサキも聞かずにおいた。バーティ・クラウチJrの自分を見る目は常軌を逸していた。視線の刺さる場所に異様な熱を感じるほどに。

「……セドリックもほんとに死んじゃったんですか」

「ああ」

「残念です」

サキは目を閉じた。セドリックとは話したこともなかったけど兎に角死を悼んだ。

しばらく黙ってから一番気がかりなことを聞く。

「これから私、どうなるんですか」

スネイプが口を開きかけたとき、地下牢のドアがノックされた。スネイプのどうぞという返事を聞いてダンブルドアが入ってくる。

「サキ。先程はすまなかった」

「ハリーは…」

「無事じゃよ。少々心は傷ついておるが…」

「そうですか」

ダンブルドアはスネイプに目配せする。スネイプはサキの向かいに椅子をおいてからサキの後ろに立った。ダンブルドアの膝とサキの膝がコツンとぶつかる。

「さて…セブルスから大体のことは聞いたかの」

「まあ…要点は」

「聞いてのとおりじゃ。ヴォルデモート卿が復活した」

「にわかには信じがたいですけどそうみたいですね」

サキはまた頭を抱えたくなった。2年生の最後の頃の嫌な気持ちが蘇ってきて知らない間に涙が出てきそうになった。こぼれないうちにぎゅっと目頭を抑えて涙腺を止めておく。

「そして…やはりヴォルデモートも君に会いたがってるようじゃな」

「…それはどうでしょう。愛娘より仇の人だしひょっとしたらハリーが死ぬまで会いに来ないかも」

「ハリーは死なんよ」

サキはもちろん冗談ですよ。と付け加えた。3年生の頃のやさぐれた自分がリフレインしてちょっと恥ずかしい。

「…私、これからどうなるんでしょう?仮に私が彼の娘で、会いたがってるとして…拒否することってできるんですか?」

「ちょうどその話をしようと思っていたのだ。勿論君が会いたくないのならば我々不死鳥の騎士団は全力で君を守るつもりじゃ」

「不死鳥の騎士団って…」

「ヴォルデモート卿が猛威を奮っていた頃に結成された組織じゃよ。勿論セブルスもそのメンバーじゃ」

サキは思わず振り返ってスネイプを見た。ついさっき腕の入れ墨をみたばかりなので一瞬混乱した。

「…スパイ、ですか?」

「………左様」

自分の話はあまりしたくないらしい。スネイプは続きを促すような視線をダンブルドアにやった。

「セブルスはこれからヴォルデモート卿のもとに舞い戻り、情報を仕入れなければならん」

「そんなの危険です」

「いや、我輩の任務だ」

「でも…」

「セブルスが決めたことじゃ。サキ。君は交渉の材料に使われるだろう。つまり…」

「闇の帝王には、我が手中にあるが故どうぞお見逃し下さい。とお伺いを立てることになる」

「私は…手土産ですか?」

「もちろん引き渡したりはせん。しかしセブルスが信頼を取り戻す為のカードになってもらう。それが保護の条件じゃ」

条件という言葉に引っかかる。今までダンブルドアが交換条件なんて持ち出したことがあっただろうか?やさしく包み込むだけの存在だと思っていた。

「……わかりました」

違和感を拭いきれないまま、サキは脳内でチリチリと計算しながら答えた。

「元々保護してもらってる立場です。構いません」

「それは助かる…のう、セブルス」

「サキ、嫌なら言っていい。君の存在がなくても任務はこなす」

「何言ってるんですか。少しでも安全に行くようにしてください。じゃないと困るのは私ですから…あ、でも今のところ会いたくないのでそこのところはお願いしたいですけどね」

スネイプは尚も心配そうな顔をしていた。自分の身かサキの身かはわからないけれど。

「すまない…」

「謝ることないでしょう。たった一人の身内じゃないですか…」

「ふむ…それでは残念ながら今年の夏季休暇は不死鳥の騎士団の誰かの家で過ごしてもらうことになるじゃろうな」

「それは別に構いません。…もともとあそこも他人の家みたいなものですから…」

ダンブルドアの深い瞳が見透かすように見ている。サキは別に悪いことをしてないのになんだか罪悪感が湧いてくる。スネイプが危険を犯してるのは自分の為だけじゃない。もっと大きなもののためだ。それはわかってる。

けれどもやはり、漠然とした罪悪感は拭いきれない。いつまで経ってもそうだった。

「…それでは…念のためポンフリーにも診てもらおうかの?顔の傷が残ったら一大事じゃ」

「いや…大丈夫です。私、寮に戻ります」

「それではサキ、これを」

スネイプがコップに入った透明の液体を渡した。

「寝付きが良くなる。おそらく必要だろうからベッドに入ったら飲みなさい」

「ありがとうございます」

「セブルス、寮の入り口まで連れて行ってあげなさい。そしてすぐ医務室へ」

「はい」

セブルスはサキと連れ立って地下牢を出た。

なんだかまだ現実味がわかない。

二人を照らすのはオレンジ色のランプの光だけだった。湿った壁が光を反射している。

 

「…先生、怖いですか?」

「……いや。問題ない」

「本当に?」

 

サキは立ち止まった。スネイプも足を留めてサキのことを見る。包帯まみれの小さな少女。呪われた子は12歳の頃より少し背が伸びて、女の子っぽくなって、髪も長くなった。

 

「私は少し怖いですよ」

 

けれども秘密の部屋事件後の取り乱した様子はなかった。しっかりその足で立って、対等な魔法使いとしてセブルスを母親そっくりの双眸で見つめていた。

 

「だからお願い。一人にしないでください」

 

その目から一粒だけ涙がこぼれた。

 

「死なないで」

 

そう言う唇は母親と同じで真っ赤で、あの眩しい庭園の中消えてしまいそうだった青白い女を想い起こさせる。そして同時に、彼女が持ち得なかった何か尊いものがいま地面に落ちた涙に篭ってるような気がして、セブルスはただ頷いた。

頷いて、そっと頬にできた涙の轍を消してやった。

 

「死ぬわけがない。約束だ」

 

 

 


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