【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども   作:ようぐそうとほうとふ

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09.フレッド、ジョージの大脱走

心を閉ざす事は幼い時分より毎日してきたので、杖を振るよりよっぽど慣れてることだった。

朝起きてから夜寝るまで延々と続く母親の父親への呪詛。二人揃えば怒鳴り声。

窓の外からは魚が腐った匂いが立ち込めてきてそこに酒臭い父の息が混じって部屋の中はますます澱んでいく。

ずっと消えない水たまりみたいな町はちょっとした丘を越えなければ空を見ることさえ叶わない。

セブルス・スネイプはいつしか上を見上げることをやめた。

自分に魔法使いの資格があると知ったとき初めてしっかり前を見ることができた。

そしてあの大きな木の生えてる草原でリリーと出会ったとき、もっと高い場所を目指すために上を見上げることができるようになった。

 

学校に入ってからは苦難の連続だった。

組分けは残酷にもリリーとセブルスを引き裂いて、ポッターという宿敵まで現れた。

あの雪の日にリヴェンと出会ってからも溝はどんどん深くなっていった。

 

リヴェンは人と切り株の見分けがついてないんじゃないかというくらいに鈍い人だったがセブルスとリリーの関係については時々気遣ってくれた。(気遣いといえるのかはわからないが)

魔法薬学が得意なリリーは、同じく魔法薬学で天才と謳われていたリヴェンに好意を持っていた。スリザリンの中で浮いてて闇の魔術にかけらも興味を持たない優等生という肩書をものにしたリヴェンはリリーをスラグ・クラブに誘った(というか身代わりに入れた)

彼女はリリーと浅からぬ関係を持っていたにも関わらず、セブルスの持ってきた報せに驚きはしなかった。

 

セブルスはホッグズ・ヘッドでたまたま聞いてしまったのだ。

シヴィル・トレローニーの予言を。

 

「…呆れた。貴方も未来を知りたいなんていうの?じゅうぶんでしょ、その予言で」

 

セブルスが血相を変えて駆け込んできたというのにリヴェンはいつも通り全てに飽き飽きしたような顔を変えなかった。

 

「貴方の魔法でも知ることは可能なはずだ」

「なんの意味もないわ」

「意味なくなんかない!闇の帝王はこの予言を聞いて…リリーを殺すおつもりだ!」

「そうね。あの人は怖がりだから」

「どうか助けてください」

「なんで私が?」

その言葉にカッとなってセブルスは思わずリヴェンの肩を掴んで揺すぶった。声にならない嗚咽を上げるセブルスをリヴェンはやっぱりいつも通りの無感動な目で見ていた。

「お門違いよ。屋敷から出られない私にできることは限られてる」

「でも、あなたの魔法があれば…」

「あら酷いこと言うのねセブルス。あの魔法がどれだけ残酷な魔法かわかってるの?リリーの命のほうが大事なのね」

「そ、れは…」

セブルスは黙った。

リヴェンのどこまでも平坦な口調に気勢が削がれてしまい、その場にへたり込んでしまった。すっかり狼狽しきったセブルスを見てリヴェンは久々に微笑んだ。

「意地悪が過ぎたわ。でも私にはもう無理。だからダンブルドアを訪ねなさい」

「ダンブルドアに?」

「きっと力になってくれるわ」

「ダンブルドアが話を聞いてくれるとは思えない…」

「大丈夫」

リヴェンは羊皮紙になにかを書き付け、封筒にいれて蝋封をしてからセブルスに手渡した。

「ペンパルなの」

「貴方が…?」

「そう」

リヴェンはセブルスの肩をそっと押して行くように促した。

 

「急ぎなさい。時間は限られてる」

 

今思えば、彼女はあの時もうリリーの死を予期していたはずだ。彼女の言うとおりダンブルドアと出会ったものの、あえなくリリーは殺されてしまった。

そして例のあの人も共に消えた。

 

あれからもう15年。

 

「…私もなー、神秘部にヘッドハンティングされないかな」

セブルスは彼女の娘の進路指導に悩んでいる。

「そうなると古代ルーン語、数占いを新規に履修する必要がある。加えて占い学は死にものぐるいで勉強せねばならんだろう」

「ヤダ…」

「我輩はグリンゴッツを薦める。君の成績は実技が突出しているのでデスクワークより向いているだろう」

「あー、実は薄々そう思ってたんですよね!呪い破りって私向きですよね。私、あと魔法の道具とか作るのに興味があって…」

「ならば変身学、呪文学、薬草学、魔法生物飼育学は必須だ。今の成績だと最初の2つを重点的に復習すべきだ」

魔法薬学の研究室に次々訪れるスリザリンの生徒に、セブルスは丁寧に進路の相談に乗っていた。寮監を始めたばかりの頃は憂鬱だったがもう慣れてしまった。

「まあ…お金がほしいからグリンゴッツですかねえ」

「別に君は貧乏というわけでもないが」

「いやまあそうですけど、夢はでっかくですよ」

未来とか将来とかを考えられる子どもたちが羨ましかった。

夢とか希望とかはリリーが死んだときにとっくに潰えたような気がしていた。今はただリリーの残したものを守るだけ。そしてあの人を倒すためにダンブルドアの駒として働くだけ。

 

終わったその先の事なんて想像もできない。

 

「それではくれぐれもペーパーテストで手を抜かないように」

「はーい」

 

 

 

スネイプの進路指導を終えて、サキは早速双子とハリーの箒が没収されてるフィルチの倉庫へ向かった。

何重にもかけられた南京錠一つ一つに指先からちょっとの血を垂らし、手で優しく包んでやる。

小さく開け、と呟けばガチャガチャと重たい金属音を立てて錠が開く。

母の残した資料に書いてあった。

多くは脳に関する覚書だったが、紙束の中に紛れていた小さな冊子には血を使った魔法の使い方が書かれていたのだ。

とはいえ解読できたのはこれくらいだった。母親はどうやら恐ろしく字が下手だったらしく、英語ともドイツ語ともホームズの作った暗号ともとれる奇っ怪な文字で書かれていたからだ。

「さて…と」

箒につけられた錠も破壊し、扉を締めて鍵がかかってるかのようにノブに鎖を巻き直した。そして見逃さないように大急ぎでホールへかけていった。

双子の逃走劇はちょうどクライマックスだ。

二人はホールの真ん中で尋問官親衛隊とアンブリッジ、さらにはフィルチに追い詰められていた。

 

「どうやら俺たち、一足先に卒業式を迎えちまったらしい」

「そろそろだと思ってたんだよ」

「馬鹿なことを!」

 

双子は全くピンチを感じさせない笑顔で杖を振った。

「アクシオ!箒よ来い!」

ガシャーンという音を立てて箒が鎖を引きずりながら飛んできた。アンブリッジは(残念ながら)間一髪鎖を避けた。

「お引き留めなさるな。もう二度とお会いすることもないでしょうがー」

「どうしても会いたい生徒諸君はダイアゴン横丁93番地《ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ店》までお越しください」

「このクソ婆を追い出すために使うと誓ってくれた生徒には特別割引をいたします」

「二人を捕まえて!」

アンブリッジがついにブチ切れてフィルチのケツをひっぱたく。

しかし双子はすでに箒で空高く飛び上がり餞別だと言わんばかりに大量の花火をばら撒きステンドグラスを割って遠くへ飛び去った。

キラキラした色ガラスに花火の光が乱反射してあたりは一気に眩しくなった。

花火の爆発音とともに群衆の歓声が聞こえ、ウィーズリー兄弟は遥か遠くのロンドンへと逃亡を果たした。

 

フレッド、ジョージの逃亡はスリザリン生の間でも語りぐさとなり、暇になれば口々にそれを目撃した生徒が面白おかしく話を変えて事実は伝説へと変わっていった。

ついでに、スリザリンの中でも特に穏健派の生徒たちにずる休みスナックボックスがバカ売れし、サキはまたたく間に小金持ちになった。

更に穏健派へ割安で在庫を売ればサキを避けてるような生徒にまで行き渡る。ずる休みスナックボックスはもはやホグワーツ生徒の必需品と言える普及度合いとなった。

ウィーズリー成金と化した一部の仲買たちはイタズラ用品をめぐる闇市場で裏の経済戦争を繰り広げていた。

サキはねずみ講にしておけばよかったと後悔したが、気づいたときにはもう在庫ははけてしまい、限られたスナックボックスをめぐり価格競争が起きていた。暴れバンバン花火に関しても試供品に高値がつけられ毎日毎日売れるたびにアンブリッジの部屋に投げ込まれた。

 

「いやあ、ニヤニヤが止まんないね」

サキがホクホクした顔で注文リストを整理しているとハーマイオニーが呆れ顔で本の山の中から頭を出した。

「ふくろう試験はいいの?」

「ハーマイオニー、時はガリオンなり。稼げるときに稼ぐのが一番楽しいんだよ」

「呆れたわ」

「ふくろう試験でずるしたいバカ向けの商品も馬鹿売れ!ウィーズリー製品も馬鹿売れ!まさにバブルだよ今は」

「ロンを巻き込まないでね?今彼は…」

「ああ、超ナーバスだもんね」

ロンはクィディッチの試合を控えて最近ずっと沈んだ顔をしていた。なんせ優勝杯のかかった試合だ。

サキは微塵も興味なかったがわざわざ邪魔だてすることもない。

「ねえ、サキ…。最近ハリーと話した?」

「ハリーと?ううん。あんまり」

「そう…あのね、まだ見てるみたいなの」

「あの夢を?」

「そう」

「扉は開けられたのかな?」

「まだみたい。…ねえ、貴方はどう思ってる?あの夢のこと」

「多分、君と同じ。あの人に見せられてるんだと思う」

「やっぱり…そうよね」

ハーマイオニーはペンをおいて額に手を当てた。

「あの人はハリーに何をさせたいのかしら?神秘部には一体何があるの?」

「さあね」

「もう!サキ。真剣なのよ。ハリー、時々寝言であとちょっと…とか言ってるらしいの。あの執心っぷりは普通じゃないわ」

「とは言え、神秘部はロンドンにあるんだよ?ホグワーツにいる限り扉は開けようがない」

「そうだけど…」

ハーマイオニーはキスできそうなくらいにサキの方へ顔を寄せた。そしてさっきよりもうんと小さな声で囁く。

「フレッドとジョージが出てった日、アンブリッジの部屋から煙突ネットワークで本部へ行ったの」

「へ?なんでそんな危ないこと…」

「私は反対したわ!…とにかく、その気になれば抜け出しようはある」

「いいこと聞いたよ」

「茶化さないで!」

ハーマイオニーはシューッと怒声(?)をあげた。

「例のあの人の目的がハリーをあそこにおびき寄せる事だったとしたら?あの人はどんな手でも使うわ。いま学校にはダンブルドアがいないのよ」

「…そうだね。敵が入り込んできた事例はここ五年でたくさんあるわけだし…一番は閉心術を使えるようになることだけど」

「上手く行ってないみたい。…というかやってるのかも正直怪しいわ」

「私たちにできるのはハリーを物理的に外に出さないことだね。なんだっけ、ほら、シリウスに釘でも刺してもらおうよ」

「シリウスはだめ。ここだけの話、シリウスはむしろ危険を犯したがってる…」

ハーマイオニーは悩ましげだった。

サキもどうしようもなくて肩をすくめた。

そうこうしてるうちに消灯時間になり、図書館から追い出されてしまった。

ハーマイオニーはまだ談話室で勉強するといい廊下の闇に消えていった。どうやら勉強してないと不安になるらしい。

 

「神秘部か…」

 

サキは母親の遺した紙束を無理やりたたんで持ってきたのを思い出した。

一度も出勤してなかったらしいけど読めばなにかヒントがあるかもしれない。

たとえそこに書かれた文字が文字とも思えないほど崩れていても見ないよりはまあ、マシかもしれなかった。

 

クィディッチ優勝杯をかけた試合は対戦する寮の生徒以外も見に行くらしい。いつもなら混んでる図書館の自習スペースも今日はサキだけだった。

そこに持ち込んだ母親の資料。

改めて見てみると文字は細かいし汚いし紙はぼろぼろ。

行や段を無視して書かれる文章になんとなく母親の性格が垣間見えた。

書かれてるのはどうやらマーリンについてらしい。

魔法史で名前を見たことあるし、アーサー王伝説にも登場してる。

神秘部とは関係ないのですぐ脇に寄せた。

次の紙には攻城兵器について長々と書かれており、これもまた脇に避けていく。

次は人食いインディアンに関する紀行文。

その次はインカ帝国がどうとか書かれた論文だった。

そうしていくうちにどうやらこれは歴史に関する紙束だったらしいとわかってきた。

魔法史は苦手なのでそうわかるまでぐちゃぐちゃとのたくる文字を読む羽目になり、サキは読書酔いしてしまった。

結局一山を片付けるのに夕暮れまでかかってしまった。ふくろう試験の勉強も少しくらいしなければいけないのに、こんなに時間を持ってかれるなんて。

クィディッチの対戦結果についてはすぐに知ることができた。

夕食を食べに大広間にいくと赤い寮旗が翻りグリフィンドールが『ウィーズリーは我が王者』を大合唱していたからだ。

 

 


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