【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども 作:ようぐそうとほうとふ
第一印象は最悪だった。あのスニベルスと仲良くしてるのも気に食わなかったし、何より会って数分で蹴っ飛ばされた。
スリザリンの中で恐れられてる、とか。首席候補、とか。そういうところも全部気に食わなかった。
いつかやり返してやろうと思っていた矢先、シリウスは思わぬ光景を目にする。
時刻は夕方。日が沈み始めた頃、糞爆弾を作るためにスプラウト先生の温室に忍び込もうとした時だった。そこには温室の通気口を腕組みしながらぼうっと眺めているリヴェン・マクリールがいた。
なんでこいつが…
と思った矢先、ふいにシリウスの方を向いたマクリールと目があった。
「ああ。丁度いい」
「な、なんだよ」
「ここに立って」
「はあ?」
この間自分に何をしたのか忘れてしまったんだろうか?まるで普通の知り合いに話しかけるように彼女は手招きした。
「マクリール先輩、忘れてないですか?あんたがいったい僕に何したか…」
「?」
マクリールはちょっとだけ首を傾げてまじまじとシリウスを見た。
「ああ、セブの友達ね」
「友達?!誰があいつなんかと!」
「そんな事はいいから。手伝って」
マクリールは依然超然とした態度を崩さずに自分が立ってた場所を指差した。
「貴方も何かくすねたいものがあるんでしょう。それを取ってきてあげるから、ここで受け取ってほしい」
「…なに?あんたも何かパクるつもりだったの」
「そう。じゃあここで待ってて」
マクリールはシリウスの返事も聞かずに通気口に手をかけ、這い登っていってしまった。
何が欲しいかも聞かれていないし待っててやるとも言ってないのに!
なんて身勝手なんだろう?このまま帰ってしまおうかと思ったが、シリウスはその場に留まった。
壁の向こう側で着地する音が聞こえたと思ったら、すぐに通気口からマクリールの声が降ってくる。
「落とすわ」
シリウスの返事を待たずして麻袋に詰まった堆肥が落ちてきた。シリウスは受け取ろうと伸ばした手を慌てて引っ込めた。重たすぎる袋が地面に落ちてどすんと土煙が舞う。
「わ、わ!殺す気かよ!」
「次はちゃんと受け止めて」
そして今度はやけに軽い、クアッフルくらいの大きさの包が落ちてきた。シリウスはそれをしっかり受け止めて地面に置く。
「次も」
今度は薬草がぼとぼとと落ちてきた。
よく見ると成熟しきって干されたマンドレイクだった。流石にこれを盗むのは不味いんじゃないか?
そして通気口からにゅっと足が出てマクリールが降りてくる。
「ああ、よかった。これすごく脆いの」
シリウスが受け止めたクアッフルくらいの包を見てマクリールは嬉しそうに微笑んだ。
「これ…なに?」
「トロールの頭蓋骨」
「げ」
「特殊な薬草を育てるときにトロールの脳髄を苗床にすると育ちがいいの。あいつら元から腐ってるから」
「スプラウト先生の趣味って…」
「本当にいい植物を育てる人だわ」
「あんたも大概だな…なんでそんなものを?」
「趣味」
「やっぱりスリザリンだな。いかれた趣味してるよ」
「どうも」
多分この人は冷淡だけどツンとすました感じじゃなくて何も飾らないからこういう人なんだろうと思った。
あの時怒ったような激しさも冷たさもなく、今はただ盗みが成功して嬉しそうだった。
「それじゃあ」
と挨拶もおざなりに去ろうとするマクリールを思わず引き止めた。
「ちょっと…」
「なに?」
「いや、その…。ここにはよく忍び込んでるの?」
「ええ」
「コツとかあったら、教えてくれない?」
彼女と関われば関わるほど第一印象にあった“スリザリン生”のイメージは払拭されていった。彼女が卒業するときにはもう“ビジネスパートナー”に近い印象で、様々なイタズラの手助けをしてもらっていた。泣きみそスニベルスとマクリールはとりわけ仲が良かったようだが彼女はうまくブッキングを避けていざこざの場面に現れることはなかった。(もちろんわざわざ彼女の目の前でスニベルスに喧嘩を売るようなヘマはしない)
彼女はリリーとも面識があり、リリーも彼女を好いていた。
そんな仲のよかった先輩そっくりの少女が森の中で薪をしていたときは幻でも見たような気持ちだった。(なんせ犬だったし)
先輩の忘れ形見。
例のあの人の血縁。
別の魔法を使うもの。
ハリーの友達。
そんな彼女が今、まさに死喰い人たちの手に落ちようとしている。
…
捕まえろ!とベラトリックスが怒鳴ったと同時にジニーが棚を破壊した。ネビルは足縛りの呪いを発射し死喰い人をひとり転ばせ退路を作った。
「こっちだ!」
ドミノ式に崩壊していく棚の間をロンが抜けていく。水晶が流れ星みたいに遥か上から降り注ぎ、床に当たって砕けた。白い霧のような人影が立ち昇り喃語を喋る。
「さっき来た扉はー」
ぐるりと周囲を見回す。一つ棚の向こうの通路で黒い靄のようなマントが翻るのが見えた。流石死喰い人と言うべきか。しっちゃかめっちゃかに倒れてく棚の隙間を縫ってすぐ様逃げるサキたちを追ってきている。
「ステューピファイ!」
失神呪文が飛んできてサキのすぐ目の前をかすめて水晶に当たる。破片が後ろを走るネビルに当たった。
「クソ!」
さらに呪文が飛んできた。さっきから飛び交ってるのは人体に悪影響のある呪文ばかりだ。
「レダクト!」
こちらも応戦するが走りながら呪文を当てるのは難しい。遮蔽物にあたりそれを壊す程度だ。
ジニーの粉々呪文がまた棚の致命的な部分に命中したらしい。すぐ後ろを追いかけていた死喰い人は爆散する水晶に巻き込まれて消えた。
「やるぅ!」
「どうも!」
ガッツポーズをするロン。微笑むジニー。そんな微笑ましい風景も束の間。
倒れてくる棚と飛び交う呪文のせいで六人は散り散りになってしまう。サキは棚の支柱が真上に落ちてきたところをネビルに危うく救われた。
「どうしよう!」
ネビルが泣きそうな声で叫んだ。
「扉だー」
瓦礫を飛び越えていたら後ろからくる死喰い人から逃げ切れない。扉はさっきくぐったのと全然違うが、進む他なかった。
「ネビル、ネビルこっち!」
扉を開けてネビルを引っ張り込むと慌てて閉めて溶接した。
「…進もう」
「みんな無事かな」
「わからない」
ネビルもサキも細かい水晶の破片が服に刺さっていた。ホコリと破片を払いながら前に進む。さっき溶接した扉がどんどん叩かれている。あまり猶予はなさそうだ。
「でも僕、サキと一緒にはぐれてよかったよ」
「え?そう?」
「いつも二人で練習してたから、なんか上手くやれそう」
「そうだね。でも今回は下手したら死ぬかもしれない…」
「う…ダメだ、やっぱり自信ない」
廊下らしき洞窟のような通路の先にはまた扉がある。扉は真っ黒で一切の光を吸収してしまったように境目が見当たらなかった。
恐る恐る手探りでノブを探り当てて回した。
木が軋む音がして、ドアはアッサリと開いた。
冷気と、そして病院の匂いがする。
ネビルは顔をしかめた。
サキが一歩足を踏み入れると、一気に無機質な灯りがつく。白くて味気ない光は魔法界ではめったに見ない蛍光灯だ。そこはまたも病院みたいに清潔で、白い。
匂いも色彩も強烈な既視感を伴って五感を刺激する。
「…なに、これ」
ネビルがこわごわと壁を指差した。
「人…?」
壁一面に浮遊した瓶詰めの肉が、白い光を浴びてテラテラと光っている。液体の中に浮かぶ瑞々しい内臓と、骨と、肉。
それぞれのパーツは解剖学的正確さで分解されており、断面は美しくまるで組み立てられる前のプラモデルのパーツのようだ。
掌が入れられた瓶の横には前腕、上腕が並んでいる。まるでラムチョップのように骨付きで展示された筋肉はもはや滑稽にすら見える。
磨かれて、調度品のようになった肋骨もあった。その中には冗談みたいに肝臓や胃、腸、膵臓、乳房、腎臓といった臓器が詰められている。
人体博覧会と言えばいいんだろうか?その悪趣味な展示物はまるで誘うようにゆらゆら中の液体をたゆたせていた。
真っ白い包帯に滲んだ血痕のように、ある種の痛ましさを内包して、ガラス瓶は天井の灯りを反射した。その光景は唐突で滑稽で生々しいエロティシズムに満ち溢れている。
「う…」
ネビルが吐きそうになってるのを見てサキは慌てて肩を抱き、次のドアを探した。
「ヴェーディミリアス」
隠れたものを探す呪文を唱えると、本棚が音を立てて倒れた。隠し扉だ。
「とっとと行こう、ネビル…」
「うん。そうだね…」
次の扉を開けると眩い光で目がくらんだ。
「うわ…」
ネビルがもううんざりだと言いたげに目をこすった。
そこは全面鏡張りの迷路だった。
鏡面が歪んだ鏡や大きく傷の付いた鏡が複雑な光の反射を持ってサキとネビルを映し出している。
「ああもう本当にひどい…」
「ここ、通るの?」
「通るしかなさそうだね」
後ろでまた扉が破られそうになっている。選択肢はなかった。
左手をしっかり鏡面に当てながら二人は駆け足で進んだ。
鏡の映す世界はほんの少しずつ歪んでいて目に入れるだけで気分が悪くなってくる。とくにサキはみぞの鏡を見て以来鏡が苦手だった。いつの間にかネビルが先頭を行き四方位呪文で方角を確認しながら迷路を進んだ。
……
ハリーたちは紙束の迷路を抜け、どこまでも続く歴史書の図書館を抜けてようやく開けた場所に出た。
そこは吹き抜けになっていて、円形の壁には7つの扉が等間隔に配置されていた。
中央にはアーチが建っていて、ひそひそ声が聞こえてくる。
「シリウス、あそこに誰かいるの?」
「いいや。あれは…死だ」
「死?」
シリウスは7つもある扉を見て迷っている。ハリーもどの扉を選べばいいかわからなかった。焼印のある扉を探すために目を凝らすと、突然左から二番目の扉が轟音とともに開いた。
鉄砲水のような勢いで大量の水が流れ込み、最後に詰まったティッシュペーパーみたいにロンとルーナが吐き出された。
「ああ、は、ハリー?!シリウスまで!」
ロンは額にべったり張り付いた前髪をかきあげながらハリーのもとに近づいてきた。ハリーも慌てて駆け寄ってルーナを助け起こす。
「ロン、この水は?」
「ああ…さっきの部屋に金魚鉢があったんだ。死喰い人が襲ってきたもんだから慌てて呪文をかけたら間違って割っちゃって…そしたらこうだ」
「あたし死ぬかと思った。泳ぐの得意じゃないもン」
「無事で良かった。…死喰い人は?」
「別の扉に流されたんだと思う。…ってハリー、こんなところにいる場合じゃないよ!早く逃げなきゃ…」
「ロン、他の子たちは?」
シリウスの問いにロンは申し訳なさそうに答えた。
「水晶の棚が倒れてきて散り散りになっちゃったんだ。…騎士団は?」
「連絡はした。すぐに来る」
シリウスがそう言ったとほぼ同時に、今度は右端の扉からネビルとサキが出てきた。二人とも切り傷だらけだ。
「え?ハリー…」
「どうしたんだ!」
「僕ら鏡の迷路に迷っちゃって…途中でめんどくさくなって鏡を割りながら来たんだ」
型破りな攻略法だった。むしろ迷路の掟破り。
「ついでに死喰い人まで出て大変だった」
サキが扉を溶接しながら付け足した。
「ハーマイオニーとジニーは?」
ぎぃと音を立てて中央の扉が開いた。真っ暗な向こう側から足音と呼吸音が聞こえた。シリウスは真っ先に杖を構え、ハリーたちもそれに続く。
「杖をおろしな」
挑戦的な笑みを携え、ベラトリックスがゆっくりと闇から浮かび上がる。
「お友達の命が惜しければね」
ベラトリックスはハーマイオニーをしっかり捕まえ、杖をその頸に押し付けていた。
「ハーマイオニー!」
ハリーの悲鳴にベラトリックスの厚ぼったいまぶたがぴくりと上がる。
「あら、あら、あら?ポッターじゃないか!」
げらげらと下卑た笑い声が聞こえた。他の溶接されてない扉から死喰い人が出てきて、ハリーたちを囲んだ。大柄な死喰い人がジニーの髪を掴んで拘束している。ルシウスの姿は見当たらない。
「お友達が命を投げ打って助けようとしたっていうのに、泣けるねえ?わざわざ罠に飛び込んでくるとは」
「二人を離せ!」
ベラトリックスは高らかに笑った。
「ハリー、この女に話は通じない」
シリウスはハリーの耳元で囁く。そういえばベラトリックスとシリウスは従姉弟だった。
「脅しても無駄だ。すぐに騎士団が来る」
「ハッ…臆病者のシリウスが何を言ってる」
死喰い人の一人がやじを飛ばした。
「黙ってな!…二人をはなすには条件がある」
驚いたことにベラトリックスは交渉に乗るつもりがあるらしい。しかし次に彼女が口にした条件は受け入れがたいものだった。
「ハリー・ポッターとサキ・シンガーと引き換えだ」
「だめ!!」
ハーマイオニーがさけび、ベラトリックスはハーマイオニーの頸に杖を食い込ませた。ロンが反射的にベラトリックスに襲いかかりそうになるのをルーナが止めた。
「ハリーは別に行かなくてよくないですか?」
「何寝ぼけたことを!」
ちょっとした提案なのにサキには随分塩対応だ。何かしたっけ。
「じゃあまず私とジニーが交代でどうですか」
「ダメだ、サキ」
「いや、でもジニーは年下だし…」
サキは引き止めようとするシリウスの手をやんわり振りほどき、ハリーにウインクした。
サキは杖を地面に置いて両手を頭の後ろで組んでジニーを捕まえている死喰い人の前に投降する。
「ジニーを離して」
死喰い人はベラトリックスの方を見て指示を待った。ベラトリックスはサキを睨みつけてから顎をくっと振った。ジニーは死喰い人に突き飛ばされて転んでしまう。
サキの両腕を別の死喰い人が掴んだ。後ろ手に回されて身動き取れなくなってしまう。
「…来い、ポッター」
「あ、ところで」
不意にサキが口を開いた。
「女の子のスカートには夢が詰まってるらしいですよ」
「何わけのわからないことを…」
「夢と希望と花火が」
「は?」
死喰い人の仮面の下から丸くなった目が見えた。その青い目にぱちんとウインクしてサキは袖の内側から導火線を引きずり出して、クラッカーのひものようにそのまま引ききった。
途端破裂音が響き、ウィーズリーの暴れバンバン花火がサキのスカートの下から一斉に発射された。
「はぁあ?!」
「熱い熱い熱い!!」
サキは火花に焼かれて悶絶しながら倒れ、死喰い人は花火に足を掬われてすっ転び、ハーマイオニーを掴んでいたベラトリックスの頭めがけてロケット花火が突っ込んでいき、ハーマイオニーとベラトリックスが引き剥がされる。
「全員殺せ!」
ベラトリックスの堪忍袋の緒が切れた。
龍の形をした花火が火を拭き上げたと同時にバシッと何かが弾ける音がして死喰い人が何人か地に伏した。
「そこまでだ」
ハーマイオニーをしっかり抱きしめたルーピンが言った。
騎士団のメンバーが杖を構え、一斉に攻撃を開始した。