【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども   作:ようぐそうとほうとふ

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14.供犠の子ども

世界はずっと遠くまで続いているのに私の知ることのできる範囲はたったの一km四方に満たない。孤児院から学校まではほんの数百メートル、真っ直ぐ道を行くだけ。スーパーだって学校のちょっと先。

たまに遊ぶ公園も、さんざん連れて行かれた動物園も全部が孤児院からすぐのところに収まっている。それ以外の世界なんてないんじゃないかと、五歳のサキは途方に暮れていた。

どこまでもどこまでもこの灰色の四角い世界の中で私は生きていくんじゃないかしら?と思うとなんとなく悲しくなって、一番年長のフォージによくハイスクールのことを聞いた。しかしフォージもやっぱり学校と孤児院以外に世界はないと思っているらしく、サキと同様の不安を抱えていた。

シンガー孤児院にいる子どもたちはみんな似たようなことを考えていたらしく、誰かと話せば話すほど閉塞感が増していった。

ロンドンの空は真四角に切り取られてて、鳥がどこまでも遠くへ飛んでいくなんてことはできそうにもない。

街はいつでも灰色に見えて、孤児院の中はいっつもざらざらしたテレビの音と小さい子達のすすり泣きが聞こえた。

ふいにサキは自分がそんな中でどうやって生きてこれたのか不思議に思った。

ホグワーツに来てからの自分と、孤児院の自分。断絶してなお続く私自身がどれほど確かなものなのか分からない。

 

そんなことをまるで走馬灯みたいに一瞬で考え感じたせいで、サキは自分が連れてこられた場所がどこだかすぐにはわからなかった。

 

「あぁ」

 

小さくため息を漏らして黒い木の床にべったりついた唇を舐めた。土の味がする。

 

あたりを見回すと見覚えのある応接室だ。そう、たしかここはドラコの家の応接室だ。

すぐに自分がなぜここにいるかを思い出した。

 

「さて…まずなんと声をかけるべきか。他のことが忙しくて全く考えていなかったわけだが…」

 

 

サキは声のする方を見上げた。

 

「見違えたぞ。サキ・シンガー。マクリールの娘よ」

「…よくよく誘拐される運命みたいですね私は」

「それを言うならば俺様はよくよく邪魔される運命のようだな」

 

ヴォルデモートは口の端を吊り上げてはいるものも目は全く笑っていない。真っ白い肌、切れ込みのような鼻。真っ赤な瞳。尋常ならざる風体は近くから見ればますます不気味で正視に耐えられないほどの醜怪さだ。話で聞きていたよりも恐い。

 

「私を人質にでもするつもりですか?無駄ですよそんなの…」

「人質?親愛なる娘を人質などと!俺様はただゆっくり話したかっただけだ。お前とな、マクリールの忘れ形見よ」

「そんなに母に未練があるんですか?」

サキは挑発のつもりでそう言った。しかし帰ってきたのは思いもかけぬ言葉だった。

「ああ、お前の母親の肉体は確かに失くすには惜しい…」

「は…」

サキは思わずぽかんと口を開いた。

今この人、なんかとんでもなくエロいことを…?

と寒気が背中を駆け抜けた時、バシッと音がして誰かが宙空に現れ、そして地面にガクリと膝をついた。

 

随分ボロボロで着衣も乱れてるが、それは大荷物を抱えたルシウスだった。美しいブロンドの髪がクシャクシャだ。

「わ、我が君…」

ルシウスは引き攣った笑みを浮かべながら慌てて跪いた。

「ルシウス。予言の奪取は失敗だったようだな?」

「は、はい。小僧は現れませんでした…」

「わざわざ俺様が小僧の心に踏み入ってまで神秘部に行くよう仕向けたというのに…見込み違いだったな」

「ですが、ですがもう一つのものはこの通り手に入れました!」

ルシウスは縋るようにヴォルデモートを見て、ローブの中に手を突っ込んだ。

手には瓶が握られている。

透明なガラス瓶に詰められた液体と、ピンクの花弁みたいな爪がくっついた指が五本。

百合みたいに花開く美しい白い手がひとつ。

 

「リヴェン・マクリールの遺体です」

 

こと、こと、とガラス特有の固くて脆い音を立ててルシウスのローブからいくつもの瓶がだされ、ヴォルデモートの足元に並べられた。

 

神秘部にあったあの死体だ。

籠のような胸骨に納められた瑞々しい臓器たち。

心臓、腎臓、耳朶、肝左葉、子宮、何処かの筋肉、蝸牛、左手。

赤くてぷるぷるした内臓とピンクの脂肪。まるでたった今解剖されたみたいな肉体の断片が冗談みたいに一列に並べられていく。

リヴェン・マクリール。

母の体が。

 

「は…あ…」

 

空気が急に無くなったみたいに気が遠くなる。肺の上のほうがクシャクシャになってしまったのか、呼吸が辛い。紙袋がほしい。

母親の遺体だって?これがー

 

「素晴らしい。かけたピースがここにあれば晴れて任務達成だなルシウス」

 

ヴォルデモートは残酷に笑う。

 

「さあサキ・シンガー。マクリールの魔法を継ぐものよ。お前はどれを食べたい?」

 

サキは鮮烈な赤から目を離せないまま、ヴォルデモートの言ったことをそのまま繰り返した。

「どれをたべ……え?」

「マクリールの魔法を受け継ぐにはただ臍の緒で繋がり、産まれ、乳を飲み育つだけではならん」

サキは動けない。動けないまま目の前に母の左手と心臓が並んだ。

 

「母親の血肉を喰らい己がものにしなければならない」

 

喰う?

人をー母を?

 

「マクリールの忌まわしい魔法。かつては魔法使いが皆等しく使った魔法はその数を減らすにつれ血と肉で繋げていく他なかった。マクリールはその最後の家系だ。たった一つの血統が魔法を伝えるために何をしたか想像は容易いだろう」

 

そこから連想する言葉はどれも忌まわしいものばかり。

近親相姦、共食い、親殺し。

 

「お前たちの魔法の本当の力は、呪い破りなんてケチなものじゃない」

「やっぱり、そうなんですか」

「勘付いてはいたか」

 

サキは目を瞑り、一度呼吸を整えた。

 

「その程度なら貴方が母をわざわざ監禁する必要なんてありませんから」

ヴォルデモートは笑った。

「その通り。俺様くらいになればそんなもの必要ない。監禁する価値が…いや、独占する価値があった」

「……もったいぶらずに教えて下さいよ。こんな…悪趣味な光景の理由を」

サキは目の前に並べられた母の遺体だとかいう悪趣味な瓶詰めから目を逸らす。ヴォルデモートは薄ら笑いを浮かべたまま耳朶が浮かんだ瓶をそっとその長い指で撫でた。

 

「お前たちはすべての記憶を持っている。魔法の火が灯された瞬間から今までの全ての記憶を」

 

「…は?」

「お前たちの肉体は書物と同じように記憶を蓄積している。その肉を食らうことでその記憶に触れることができるのだ」

「そんなバカな事…」

「あり得ない、といえるか?」

サキは口を噤んだ。あり得ない、とは言い難い。神秘部にあった品々から見るに魔法は案外なんでもありだ。

真偽はさておき慎重に話を進めないと人を食べる羽目になる。

それも見ず知らずの母親の肉を。

 

これは何かの罰なのか?

それとも夢?

 

「じゃああなたが食べたらどうです」

「ダメだ。血が繋がっていない」

「……仮にその話が本当だとして…これは本当にリヴェン・マクリールですか?」

「ルシウス」

隅で控えていたルシウスがびくりと跳ねた。死体の運搬なんてやらされたせいか顔が青褪めている。

「間違いありません。ボードは確かに言いました。この遺体があったのは1981年に新設された部屋です。間違いありません。あらゆる資料を、マグルの資料さえ探して調べました。リヴェン・マクリールは確実に死亡していて、サキ・シンガーは確実に血縁でございます」

「…確かにこの手は見覚えがあるな。いつも窓辺で無意味にタイプライターを叩いていたあの手…」

ヴォルデモートは何かを思い出すように目を細めた。

「ま、魔法が嘘かもしれませんよ。母があなたに殺されないためについた嘘かも!」

「あの女が嘘をつけるとは思えん。…証明もした」

「証明?」

「ああ。あの女は、先祖代々が生きた過去のすべてを記憶しているだけじゃない。過去のすべてを知り得る。故に知らないことも遡って知ろうとすることも可能だ」

「何言ってるかわかんないんですが」

「ああ、まあそう思うのも当然だろう。だがその"知り得る"ことが重要なのだ」

 

ダンブルドアもそうなんだが、なぜ頭のいい人たちは人にわかるように話してくれないんだろう?いきなり母親のバラバラ死体を見せられて、あまつさえ食えという。それどころかすべての過去を知り得るだって。

 

「…ええ、じゃあその魔法が本物でこれが本当にお母さんだとしましょうか。だとしても私の答えはNOです」

「ほう?」

「吐き気がします。この…匂い」

 

薬品の、鼻をひりつかせる匂い。

母の隠し部屋の匂い。

ああ、この匂いだったのか。

 

「貴方はおかしい。人を食えだって…?そんなのは獣のすることです」

 

「お前の母も祖母もそうしてきた。お前は自分の血も否定するのか?いいか?スリザリンの末裔の俺様と、その失われたはずの始原の魔法使いの血が、お前には流れてるのだ。組分け帽子はお前をどこに入れた?蛇と話せるのはなぜだ?…娘よ、おまえのその美しい髪が、肌が、全てが母と生き写しだ。その瞳以外全て」

 

「知らない!母親の顔なんか見たことがー」

 

「顔ならば、ここに」

 

 

ヴォルデモートの言葉は、乾いたヒビだらけの土に染み込む水みたいに私の心に侵入してくる。

私が誰かの子どもであるということ。孤児院では決して実感しなかったその得体の知れないーなにか、ひどく胸を締め付けるー感情が、理性を細かくすり潰してく。

表面だけ取り繕った冷静が内側から壊れていく。

血が沸き立つ。

 

母の、私そっくりの黒絹の髪がひときわおおきな水槽の中で水草のように揺れた。

昔の映画のようだ。湖底に沈む、水死体。

その、骨より百合より遥かに白く青みがかった項がゆっくり回って、耳のところに真っ赤な穴の空いた側頭部がこっちを

 

「我が君!」

 

先生の声がした。

突然冷水をかけられたみたいに煮だった血がひいてく。

視界が真っ暗になって私はカラカラになった口の中でやけに湿った舌の味を感じる。変な話だ。なんでかな、感覚っていうのはその器官で感じる必要はないのかもしれない。

 

「我が君、どうかおやめください」

 

柔軟剤の匂い。夏に散々嗅ぎ慣れた匂いがした。

非現実的な中に突然こんな日常の匂いが紛れ込んじゃ、自分に何が起きたかよくわからなくて当然だろう。

 

スネイプ先生の手が私の視界を覆っていた。

 

ヴォルデモートと先生の息遣いを感じる。

視界がないけれども二人が交わす視線の切れ味が伝わってくる。

 

「それは…あまりに酷です」

「随分と大事にしているな、セブルス。忠実な我が友よ」

「約束しましたので」

「ふん。庇い合って結構なことだ」

「我が君、恐れながら御注進いたします。今ここにあるリヴェン・マクリールの肉を食べても、彼女は魔法に目覚めません」

「なに?それは確かか?」

ルシウスが息を呑むのが聞こえた。

「確かでございます。…生前、確かに聞きました」

「この頭には…」

「御座いません。お確かめになられてください。」

 

ガラス瓶が割れる音と、粘性のある液体が地面に飛び散る音がした。骨を砕き肉を剥がす嫌な音がする。むわっとした鉄の匂いが漂ってきた。ああ悍ましい。

 

「……………ルシウス。どうやら任務は悉く失敗したようだな」

「そんな…そんな…我が君、私は…」

「その情けない口を閉じろ!……セブルス、なぜここに脳がないと知っている?」

「…ダンブルドアは私に任務を与えました。サキ・シンガーを取り戻してこいと」

「ダンブルドアがお前を寄越した?馬鹿正直にこの娘を返してほしいと懇願させにか」

「おっしゃるとおりです。…脳髄は、ダンブルドアが持っています」

「……ほう?この俺様に交渉しようと言っているわけか」

「ダンブルドアは、人食いなぞさせるつもりはありません。底抜けの性善説論者であるがゆえの愚行としか言いようがありませんが…。手札を明かしてでも罪を犯させたくない、と私に命令したという次第です」

「俺様も随分なめられたものだな。それではいそうですかと返すとでも思ったのか?」

「思っているのでしょうな。なんせ…やつは親子の愛だとか絆を幻想的に盲信しているようですので」

「愛など!」

 

サキだって愛なんて信じちゃいない。

特に親子の愛は今は信じられそうにない。

スネイプはまだサキの目を覆ったままだ。ようやくサキの心も落ち着いてきて、吐き気を催す血の匂いもなんとか慣れてきた。

 

「ですが我が君、私がサキを取り返すことにより得られる信頼は絶大なものです。ダンブルドアの目的を知るチャンスかもしれません」

「やつが秘密裏に動いてる目的と、娘とを天秤か」

「どちらが重要かは言うまでもありません」

スネイプはスラスラと述べた。

「どちらにせよ…マクリールの魔法を継ぐためのピースはダンブルドアが持っているのです。今のサキはただの子どもです」

「ふ…」

ヴォルデモートは蔑むように笑った。

「お前はダンブルドアが聖人だと信じているのか?セブルス。目的のためなら娘に脳髄を食わす事だってしかねん男だぞ」

 

「それはわかっています。…そんなことは私がさせません」

 

「ほう?それが本音か、セブルス」

 

「……」

「いいだろう。セブルス、日々の献身に免じてお前の贖罪には目を瞑る」

「有り難き幸せです」

「ルシウス、セブルス。下がれ。娘と二人で話をする」

スネイプの手が離れた。

心配そうな顔をしたスネイプが離れていって、ルシウスと連れ立って部屋の外へ出た。

部屋の中にいるのはサキとヴォルデモートだけ。床には液体がこぼれたあとがベッタリとついている。

 

「……」

「取り乱さないのか?」

「…まあ。深呼吸できましたから…」

「つくづく似ておる。リヴェンに」

その名前を言う時、ヴォルデモートは懐かしそうな顔をする。本人は気づいてるんだろうか。愛情とかは感じないのだけれども、私の知らない母をこの人はたしかに知っているのだということがわかる。

そして、その上でバラバラになった母の遺体を使おうとしたんだ。

 

「……私を無事に返すつもりなんてないんでしょう」

 

ヴォルデモートは返事をしないまま地面に座り込んでるサキに視線を合わせるように膝をついた。サキの顎をそっと持ち上げ、まじまじと顔を眺めている。

「…つくづく厄介な母娘だ。お前の母親をどう操るか…わからないまま閉じ込める他無かった」

「………」

「あの女にはどんな交渉も無意味だった。…しかしお前になら効きそうだな、サキ」

「…どういうことですか」

「お前の立ち居振る舞いを見てわかった。…4年前と何ら変わらぬその自己犠牲の精神はもはや病的と言っていいな」

「自己犠牲…?」

「自覚がないのか?サキ・シンガー。お前が今ここにいるのは全て自分の意志によるものだと?」

「そうです。そうじゃないですか…私は…」

「お前はいつも要請されて、誰かの代わりにここにいる」

 

ハリー・ポッターの代わりにここに来て

ハリー・ポッターの代わりに攫われ

母親の代わりに保護され

母親の代わりを望まれている。

 

「生まれからしてお前は何かの代わりに用意されたに過ぎない。リヴェン・マクリールは俺様に力を貸す見返りに子供を望んだ。哀れな供儀の娘よ。お前は母親にとっても魔法を紡ぐための生贄に過ぎない」

 

魔法を継いでやがて自らの子どもに食われる生贄。

 

「それがお前だ。サキ・シンガー」

 

「違う!」

 

「いいや、お前はそう望まれて産まれ、育てられてきたのだ」

 

「……違う」

 

「さてどうかな」

 

ヴォルデモートは立ちあがり、サキに背を向けた。

 

「ダンブルドアのもとへ返してやろう。但し忘れるな。お前がもし俺様を売るようなことをしたら、ドラコ・マルフォイを殺す」

「ドラコは関係ないじゃないですか!」

「父親の失態だけでも罰するに値する。…お前が俺様に従順であれば心配いらない。そうだろう?」

 

「…死ね、くたばりぞこない」

 

「ははははは!憎まれ口すら愛おしいぞ」

 

窓の外に白い光が見えた。

きっと闇祓いたちが来たんだろう。消えたルシウスを追いかけて…

ヴォルデモートは闇の中に滲むように消えていった。

初めから誰もいなかったように部屋の中はサキ一人きり。

 

 

 

 

 

「サキ、手を握って」

 

気配を察して入ってきたスネイプがサキの腕を掴んで立たせ、掌を差し出した。

 

「帰ろう」

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