【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども   作:ようぐそうとほうとふ

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16.←ホグワーツ急行

サキはあの日以来誰の前にも現れなかった。

 

魔法省が例のあの人の復活を大々的に報じ、神秘部に侵入した死喰い人を一斉逮捕した日以来、一度も。

 

ハリー・ポッターが魔法省にいた事は新聞各社の興味を激しく惹き、様々な情報が錯綜した。カストリ雑誌に情報を売る生徒もいるせいで、あの夜誰が神秘部にいたのかやホグワーツ内で何が起きたのか真偽の定かでない記事が乱発した。ついでにアンブリッジの横暴の数々も主に女性誌を騒がせ、井戸端会議に花を添えた。

 

その無責任な噂の中にはサキ・シンガーも捕まったのだ、とかもあった。

 

誰かが興味本位で噂の真偽を聞いてきても、ドラコ・マルフォイは全てに対して「わからない」としか答えようがなかった。

サキは確かに魔法省に行ったはずだ。なのに戻ってこなかった。スネイプもサキは無事だとだけ告げ、居所については何も教えてくれない。

父上は捕まり、親が死喰い人のスリザリン生は白い目を向けられるようになった。

 

…もしサキが捕まっていたとしたら…闇祓いに酷い扱いを受けてるんじゃないだろうか。

 

ドラコは歯噛みする。サキとは喧嘩して、もう半年近く喋ってない。それなのにこんなに心配しなくちゃならないなんて…

 

サキは僕じゃなくてポッターを選んだ。

 

必要の部屋から逃げ出し、サキがおとなしくお縄を頂戴したときからもう二人は袂を分かったのだと思っていた。アンブリッジの部屋に押し行ったサキの杖先が、パンジーたちの次に自分に向いていたのがわかった。

 

もう完全に、彼女と共に過ごす毎日なんてこないんだと思った。

 

それなのにどうしてまだ胸が痛いんだろう。

 

6月の終わり、終業式にさえサキは来なかった。

生徒たちの間では死亡説すら囁かれ始め、サキのベッドはいつの間にか空になったという。

 

ホグワーツ駅へ向かう生徒たちの金や茶の頭がぞろぞろと連なって、初夏の匂いのする森の中を抜けていく。

 

ドラコはほとんど最後尾で後ろ髪を引かれる思いをしながらホグワーツの城門をくぐった。

クラッブ、ゴイルもいつも通りガーゴイルみたいにのそのそと着いてくる。

駅に向かうにつれ憂鬱になった。荷物を積み込む人で溢れてるし、動物臭いし、ガヤガヤうるさい。休暇の予定を楽しそうに話すやつや、噂話に精を出すやつ。みんな新聞でしか読んでない出来事についてまことしやかに囁きあう。

うんざりだ。

 

「……やあ」

 

ふいに、人混みの中にやけにすいてる柱が見えた。その中心にいたのはサキだ。喪服みたいに真っ黒な服を着たサキが、柱にもたれて立っていた。

 

「元気してた?」

「な………」

「背、伸びた?髪切った?ちゃんと食べてる?いえーい」

サキはピースサインをしながらふらふらと寄ってきた。ドラコはかける言葉を失ってわなわな震えながらサキの顔を真正面から見た。

 

「ごめんね」

 

サキは一言謝って頭を下げた。

ドラコはなんとか言葉を絞り出す。周囲の生徒たちがこっちを見ている。

 

「許す…わけないだろ。君、僕がどんな思いで…」

「だから、ごめん。謝ってすまないならなんでもする」

「……とにかく来い。こんなところじゃ見世物だ」

 

ドラコはサキの腕を引っ掴んで荷物を乱暴に預け、空いてるコンパートメントを探した。ほとんど埋まってるので無理やり下級生を退かしてブラインドを下ろす。

ドラコは大きなため息をついて腰を下ろした。

 

「……それで。何について謝ってるんだ」

「全部だよ。私、君の気持ちを蔑ろにしてた」

 

サキを見つめる。マジマジと正面から見るのは久しぶりだった。なんだか窶れて見える。

濃い影の中に沈む春の新芽みたいに、今までサキが持ってた輝きが塗りつぶされてしまったみたいだ。

 

「他にもあるだろ。今まで何をしてたのか…とか、その…魔法省で何があったのか、とか」

「ああ。今までは、そうだね…まあ端的に言うとキャンプしてた」

「なんだって?キャンプ?」

「野宿の進化系だね。朝から晩までずーっと森にテントを張って過ごしてたよ」

「10日近く?」

「実際には一週間かな。怪我とかもしてたから数日医務室とかにいた」

「ばっかじゃないのか?!」

「いや、だってみんなの前に出るの怖くて…」

「それで駅であんなに目立っちゃ意味ないだろうが!」

「そんなに目立ってたかな…まあ結果的に顔出さないせいで余計に注目をひいちゃったみたいだね」

「本当に君って底抜けの馬鹿だな」

「酷いいいようだ…」

「僕にはそれくらい言う権利がある」

 

ドラコのいつも通りの呆れた言い方に、サキは小さく笑った。

「そうだね…ごめん」

「足りないよ、そんな言葉じゃ」

「そうだよね」

「…聞かせてくれよ、何があったんだ?……父上と会ったのか?」

サキはちょっと考えるように目を伏せて、ドラコを気絶させてからのことをイチから順に話し始めた。

神秘部の奥でルシウスら死喰い人と遭遇し、シリウス・ブラックが死んだこと。そしてベラトリックス・レストレンジを追いかけてヴォルデモートと遭遇したこと。

話してくうちに列車は蒸気を吐き出してホグワーツ駅から出て、ゴトゴトと車輪がレールを走る振動が伝わってくる。

 

「あの人に連れ去られたのか」

「うん。まあそれで、ドラコの家に久々にお邪魔しましたって感じ。そこにルシウスさんが逃げてきて…まあ色々揉めた」

「それで…?」

「スネイプ先生が来てくれて帰ってこれた」

「スネイプが…いや、だとしても君をただで返すわけ…」

「そうだよ。だから今年の夏はきっと、君の家にたくさんお邪魔することになるんだろうね。…ごめん」

 

それはつまりヴォルデモートが屋敷に訪れることを意味している。

共に逃亡したベラトリックスが母、ナルシッサの姉である以上ある意味当然の成り行きではある。

当然ダンブルドアもそれは承知のはずだ。スネイプはスパイだが、一体何を思ってサキをヴォルデモートから取り返してきたんだろうか?

サキをどうするつもりなんだろう。

 

「ダンブルドアは、君に何か?」

「よく考えなさい、ってさ」

「なんだそりゃ。どっちに付くかってことか?」

「んー。まあそういう事に、なるのかな…」

「………君、自分の置かれた立場はわかってる?」

「あー、あの人は別に、私にこれっぽっちも親子の情とかは持ってないよ?念のため。…でも、そうだね。もうハリーたちとは遊べないな…」

ハリー・ポッターの名前が出て、ドラコの眉がピクリと動いた。

 

「だから、僕のところに?」

「んー、ないとは言えない。けど一番の理由は贖罪かな」

「贖罪?」

「そう、ドラコ。これが一番謝りたいことなんだけどね…君は人質なの」

「人質?」

「私が逆らうと、君が殺される」

「…僕が?」

「咎人との息子なんて人質にうってつけじゃん?ほんと何様のつもりなんだろうねあのハゲ」

サキは力なく笑う。

「全く笑えないんだが」

ドラコはまさか自分の命がヴォルデモートの手のひらの上とは想像していなかったので、突然氷をかけられたみたいに背筋が凍った。

 

「本当にごめんね」

 

サキは深々と頭を下げて謝った。

膝頭にポタポタと水滴が落ちる。

サキのせいなんかじゃないのに、泣きながら謝った。

 

「ごめんね」

 

 

誰のためにか、謝った。

 

 

 

 

 

 

…………

 

 

「ダンブルドア、貴方は塔の上から落ちて死ぬはずだわ」

「死ぬ"筈"というのが少し気になるの」

夜の館で、主の入れたお茶を飲みながら茶請けをつまむ。二人の持つ雰囲気からはおよそかけ離れた和やかな紅茶の香りが部屋に満ちた。

「わからないのよ。私が死んだあとの記憶は改竄されるかもしれない。私という意識は知り得ない」

「…君の、時間の流れから解放される魔法にも時間の制約があると?妙な話じゃな」

「世界を時間で捉えるから混乱するのだわ。本を読む時逆から読めても別の結末は読めないでしょ」

「つまり君はパラレルワールドを観測できるわけではないのじゃな」

「あら。マグルの本も読むの?話が合いそうね…」

「お褒めに預かり光栄じゃ」

「あなたの言うとおり。1998年まで何度も繰り返したけど…結末はどれも私の望むものじゃなかった。私にはもう過去を変える力がない。私の脳は、もうだめね」

 

「…あえて聞くが、なぜ君は君の見えてる未来で満足しなかった?マクリールの一族は少なくとも、きみより永く生きて死んでいるはずじゃ。大幅に命を削ってまで変えたい未来とは、一体どういうものかの」

「あら、野暮なことを聞くわね。命をかけるに値するものなんて愛した人とか家族とか、そういうのに決まってるわ」

 

ダンブルドアはさっきまでリヴェンが抱いていたそれを見た。

バスケットにほぼモノ扱いされて放置されている産着を着た赤ん坊。すやすやと寝息を立てておとなしく眠っている。リヴェンが母としてこの子を抱く姿を先程見たというのに、とても信じられない。

それもこれも、この女がもう人とは程遠いものと知っているからなんだろう。

ダンブルドアはまじまじと彼女を見た。美しい死にかけの女。彼女が死んだら、その美しい死体を切り刻み、脳髄のある部分を取り出さなければいけない。

「その子の名前はなんというのかの」

「名前?ああ…順番だとセレンだけど…つまらないわね。そうね。考えておきましょう」

リヴェンはチラ、と赤ん坊を見てすぐ興味を失ったらしく紅茶をもう一杯ついだ。

「けれどもあなたの死はどうあがいても変えられないわ」

「なぜそう言える?」

「あなたの死は無茶をしないと変えられないわ。無理してあなたを救ったとしても脳が保たない」

「…脳?」

「あら、ダンブルドアともあろう方が脳について何も知らないなんてないでしょう」

「君たちの魔法はあまりに常識外れなものじゃからのう」

「ふうん。かんたんよ。肉体には寿命がある。脳もたくさん使えばすぐ寿命が来る。それだけ」

「じゃあ君が死ぬのも、脳の寿命で?」

「そうよ。もう限界だわ」

リヴェンは紅茶を啜る。

「……私は、リヴェン・マクリールだった。けれどももう、わからなくなってきた。私が何のために過去を変えてきたのか。だからきっともう、死ぬんだわ」

「………未来は、君の思うように変えられたかの」

「いいえ。…それはこの子に任せるわ」

「言葉で伝えなくていいのかね?遺書やそういうものは…」

「必要ないわ。私を食べればすべてわかる」

「君を食べなかったら?」

「それならばそれでいいの。だってこの魔法は呪いだもの…愛する人がいても、リヴェン・マクリールという人格はどんどん変わって、何千年もある記憶の中を彷徨い続け、体験し、何回も違う生を生きるのよ。そこに終わりなんてない」

リヴェンは遠いところを見るように目を細めた。

 

「でもようやく終わる…私は消えるわ。雨の中の涙のように」

 

言葉通り、リヴェンは死んだ。眠るように横たわる彼女は、脳だけがズタボロだった。

何かを変えようとして、それで死んだのかもしれない。けれども観測者でないダンブルドアに、彼女が何を変えたのかはわからなかった。

空っぽの部屋で、ダンブルドアは約束通り彼女の体にメスを入れ、分解し、脳髄を取り出した。

 

胎児のようなそれを瓶に詰め、上から布をかける。次に来るであろう人物のために、彼女が用意していた手紙をおいた。

 

脳髄の正当な持ち主、セブルス・スネイプのために。

 

ダンブルドアは屋敷を立ち去った。

そして、名前のないその子を孤児院のドアの前において靄の立ち込める冷たいロンドンから、ゴドリックの谷へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 




不死鳥の騎士団編完

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