【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども   作:ようぐそうとほうとふ

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謎のプリンス
01.Funny games


魔法省での戦いの後、サキは禁じられた森の中でキャンプをしていた。

ただ漠然と、一日の大半をハンモックの上で寝て過ごしていた。

 

合わせる顔がない。

 

結果的に魔法省ではメンバーに怪我を負わせ、騎士団にも死人が出た。全て「私が魔法省へ…」と言った結果だ。スネイプはヴォルデモートに大きな貸しを作ってしまいドラコは私の行動を縛る人質にされた。

知りたくなかった事実を知り、バラバラになった母親の肉体を食わされかけた。

 

すべてをもう一度やり直せたらー

 

そう考えてしまうのも無理ないだろう?

だって実際に過去をやり直す魔法を使う資格を備えてるのだから。

人はいつだって、失くし続けている何かを追いかけてる。

その影に囚われ続けている。

 

「…ん」

 

ハンモックがゆれた。いや、縛ってある木が揺れている。禁じられた森のなかとは言えまだまだ城に近い場所だ。危険な生き物はめったに来ないはずだが…。

サキはハンモックから降りて一応杖を構える。

地面の振動はどんどん近づいてきていた。

木々のすぐ向こうに、何か影が見えた。逞しい脚と美しい髪…ケンタウルスの群れだ。

こんな近場まで来るのは珍しい。

アンブリッジをボコしたと聞くが、その怒りがまだおさまってないんだろうか?だとしたら面倒だ。

 

「人の子よ、何故ここに」

 

案の定、群れの最後尾にいた一番精悍なケンタウルスが話しかけてきた。

 

「ええと、はじめまして。考え事があって…」

「……森は我々の縄張りだ。ホグワーツの生徒とは言え身の安全は保証できん」

「あともう少し、居させてもらえないでしょうか。居場所がちょっとなくって…」

「居場所?半径100メートルを呪文で守られていてなお居場所がないのか」

「は?呪文がかかってるんですか?ここ」

「そうだ。それで迷惑している」

「それは…申し訳ありません。知らなかったんです」

もちろんサキに呪文をかけた覚えなんかない。となるとダンブルドアかスネイプの仕業だろう。過保護にも程がある。

「お前は…見覚えが、ある。マクリールの者か?」

「……そうです。母をご存知ですか?」

「いや、お前の曾祖母を知っている。…そうか、マクリールの子ども。ケンタウルスのように星を眺めても得るものは何もない」

「はは、そうですよね」

「だから早く城に戻るのがいい。人と共にいなさい…少なくとも今、お前は人なのだから」

 

ケンタウルスはいつも煙に巻くことをいう。

だからあまり、好きじゃない。

 

 

母の姿を見てからまた鏡が嫌いになった。多分髪の毛はぐちゃぐちゃなんだろうけど森で暮らす分には苦労しなかった。しかしスピナーズ・エンドではそうはいかない。

ため息をついて鏡を覗くと、憂鬱な顔をした自分がいた。

 

またここで夏休みを過ごすことになってしまった。

しかも…

 

「ちょっと!なんで食べ終わった食器そのまんまにしてるんですか?!」

「……ああ?ああ、今やろうと…」

「うるさい!邪魔!人間の姿にならないでください」

ピーター・ペティグリューとかいう余計な同居人までいる。元スキャバーズといったほうが身近に感じられるけど、このずんぐりむっくりしたおっさんをロンが愛でてたという事実がチラつくので、ヴォルデモートに倣ってワームテールと呼ぶことにしてる。

 

「先生は?」

「さあ…」

「ちょっと、あなた曲がりなりにも監視役なんでしょ?仕事してくださいよ」

「うるさい。ぴーぴー喚くな。…だから嫌だったんだ…」

「うっさいなぁ…役立たずは通報しますよ」

はじめこそ怖がっていたのだけれども、過ごしているうちにあんまり怖くなくなってきたので最近はぞんざいに扱っている。

ワームテールは長らくねずみだったせいで文化的生活能力がなさすぎる。食器も洗わないし洗濯もできない。

水回りの掃除を頼んだら塩素ガスを発生させかけたので掃除も任せられない。

「イライラする…!」

「わ、私に当たるな!」

スネイプは相変わらずなんだか忙しそうで家にあまりいない。

 

「君は何もしなくていい」

 

スネイプはまずそう言った。

「闇の帝王が何をしろと言っても、ダンブルドアに命じられても、何もしなくていい」

「何もするな?」

「そうだ。何もするな」

「頭ごなしに言われても納得しかねます」

「……わかるだろう、サキ。君を戦いに巻き込みたくない」

「何馬鹿なことを!とっくに巻き込まれてますよ?」

「君に、母親を食わせたくなんてないんだ!」

 

サキはヴォルデモートにもダンブルドアにもマクリールの魔法を使うことを要求されている。サキが戦いに参加すると表明することはそういうことだ。

少なくともダンブルドアは成人までは参加を許さないだろう。けれども時間の問題だ。ダンブルドアはマクリールの魔法を欲している。

 

「…確かに…人肉食なんて気持ち悪いですよね…」

「……ああ。そうだ」

「……でも」

「ダメだ」

「わからずや!」

 

スネイプはどうしてもサキに魔法を受け継がせたくないらしい。サキはその理由がまだよくわからない。

サキはすることもないのでロールキャベツを黙々と作った。最近は暇なのできちんとレシピを見て作っているおかげであまり失敗はしない。

にちゃにちゃと肉を捏ねてると母のバラバラ死体が脳裏によぎる。それでも心が動かないくらいには感情が麻痺している。

 

何もするな。

そんなことできるわけないじゃないか。

先生は何もわかってない。

 

サキは袋小路の街に閉じ込められていた。

去年のハリーのように。

ハリーたちから手紙が山ほど届いてた。けれども一通も開いていない。

なんだか自分だけ別の世界に来てしまったみたいでまともに向き合えなかった。

魔法省での戦い以降ちゃんと会って話したのはドラコくらいだった。

 

「君を許すか許さないかはもう少し考えさせてくれ」

 

ホグワーツ急行を降りるとたくさんの親が子供との再会を喜んでいた。例のあの人が復活した今、我が子に会える喜びは一入だろう。

「何も憎いってわけじゃない。…ただ、考える時間がほしい」

そう言ってドラコは迎えに来たナルシッサと共に帰っていった。

 

それから一週間音沙汰がない。

 

「はあ…」

ワームテールは昼間からぐうたら寝ているし、テレビはつまらないし日刊予言者新聞もクィブラーも読んでしまった。書斎に置いてある本は去年あらかた読んでしまった。趣味の小物づくりをしようにも材料がない。

ないない尽くしだ。

ロールキャベツを作り終え、残りは冷蔵庫に入れて置く。自分で食べるぶんには気にならないのだが、心なしか味もないような気もする。

 

深夜になってもスネイプは帰ってこない。サキはぼんやりとマクリール邸から持ち出した資料をまた捲っていた。

歴史マニアなのかと思っていたけれども、記憶を引き継ぐ魔法が使えるなら実体験を書いているのかもしれない。食人族の旅行記なんかは細かく読んでいなかったけれども、この東部戦線に関する覚書と題された論文を見るに、見聞きしたことを中心に話が進み、余白に細かく史実が書かれているらしい。食人族旅行記もこの調子ならかなり面白いんじゃなかろうか。

神秘部で見た図書館の本がマクリールの一族の書いたものだとしたらかなり詳細な当時の日常が書かれてるはずだ。何冊か盗んでくるべきだった。

もう一度、マクリールの隠し部屋に行きたい。

 

ドアベルが鳴った。

 

サキは立ち上がりドアの方へ駆け寄ると、スネイプが疲れ切った顔でマットを踏みしだいていた。玄関の前の大きな水溜りに足を突っ込んだんだろう。

 

「なんか食べます?」

「…いや、なにか飲み物を」

「はあい」

 

起きてたことに突っ込まれないあたり、今日は何か大変な仕事があったんだろうと推測できる。いつもならいいから寝ろとベッドに追い払われるのに。

 

庭に自生してるハーブを使ったお茶を出した。

先生はいつも苦い顔をしているせいなのかわからないが苦いお茶が好きらしいのでとびっきり濃くして出した。

案の定口に含んだ瞬間ものすごい渋い顔をしてカップを置いた。

 

「……きつけ薬のつもりでこれを?」

「まあそうです」

「……」

「…お湯で割ってください」

サキはぞんざいにお湯の入ったポットを指差した。

なんだかいつもより反応が鈍い。ここまでくれば何かあったに違いないのだけれども先生は基本的に何も教えてくれない。

「大丈夫ですか?なんだか土気色ですよ。ってまあ先生はいつも顔色悪いですけどね!」

と探りを入れてもスルーだ。

「……ええと…」

なんとか話題をつなげようとしても駄目だった。今日やったことといえばロールキャベツと掃除と読書…もう一週間同じ話題しか提供できていない。

 

「もういいから、眠りなさい」

 

「……はい」

 

サキはおとなしく引き下がった。なんとなく自分じゃ癒せないトラブルに見舞われたんだなと思った。

自分にとって先生はたった一人の身内で、秘密の共有者だった。でも先生にとってサキはそうじゃない。こういうときはいつも、子供の頃孤児院のそばの公園に立っていた狂人を思い出す。鳩を飼いならした狂人は鳩にいっつも戦争のはなしをするのだ。当時の政権を非難する文句をずっと、ずっと鳩に聞かせている。

サキの場合、それとは逆で周りは全然変わってないのに自分だけすっかり変わってしまったみたいで居心地が悪かった。ある日突然服を着てないと気づいたアダムとイブみたいに、自分を取り囲んでいた常識だとか安全だとかが一夜にして消え去った。

 

人間は神に守られていたのではなく恐れられていたのだ。と、三文雑誌の記者はいった。

 

サキはそんな事を思いながら、汚れた窓の外、闇夜に浮かぶ廃工場の虚ろな煙突を眺めて眠りについた。

 

 

 

同じ頃、ドラコは苦境に立たされていた。

 

 

父親がいなくなった家はどこか頼りなさげで、物憂げに座り尽くす母にかける言葉もなく、ドラコはただ一人の男としてできることを見つけられなかった。

周りのすべてが変わってしまった。

叔母のベラトリックスは闇祓いに追われ屋敷の地下室に潜伏している。もとより気性が荒い女だったが閉じ込められてるぶん余計に苛立ってるようで日常会話ですら成り立たない。

 

それどころか、学校が終わって1週間しかたってないのに例のあの人からお呼びがかかった。

 

それを告げられた時の母上の悲痛な顔は今まで見たことがないほど痛ましいものだった。

 

空が深い藍色になる頃にドラコは母親とともに屋敷の広間であの人の到着を待った。死刑を待つ囚人のような気分で、扉がひらくのを待つ。

ベラトリックスは普段とは打って変わって上機嫌で首を長くしてあの人の来訪を今か今かと待っている。

 

いつか見える時が来るとは思っていた。しかしこんな形でー父上の失態のあとにー会うことになるとは思っても見なかった。

まだサキのことについて整理がついていないのに次から次へと悩ましい出来事が積み重なっていく。

 

ようやく扉が開いて、夏の夜のすこし湿った空気が流れ込んてくる。

 

 

「我が君…」

 

ベラトリックスのうっとりした声がした。

ヴォルデモート卿

初めて見る彼は氷のような冷気を纏い、冷徹な笑みを浮かべていた。それは思い描いていた闇の帝王そのもので、なんだか頭の中を覗かれたみたいな薄ら寒い気持ちになる。

 

サキの言う事が本当ならば、ドラコは彼に命を握られているに等しい。そしておそらく父の失態の責任を取らせようとするはずだ。

母上が最も恐れていることがそれで、闇の帝王はその恐れを的確に見抜いているはずだった。

 

「ああ、ドラコ。立派になったな」

 

「わ、我が君。もったいなきお言葉です」

 

声が上ずった。動揺も恐れも隠すことができない。そんな萎縮したドラコを見て闇の帝王は嗤った。

「そう緊張するな。さて…俺様は忙しい。手短にすませよう」

闇の帝王はドラコを見据える。その鋭い赤い瞳と、まともに目を合わすことができない。

ああ情けない。サキは怖くなかったんだろうか?

 

「精一杯奉公いたします。父上の名誉を挽回するためにも…」

「良い心がけだな。…さて、ドラコ。お前に重要な任務を与える。お前の父親が失敗した任務だ」

「はい」

母上がぎゅっと唇を真一文字に結ぶのが見えた。握りしめた手が震えてる。

「ダンブルドアが隠し持っているあるものを盗み出すのだ。それは俺様の計画を大いに狂わせる可能性がある」

「ダンブルドアから、盗む…?」

ドラコは耳を疑った。いくらホグワーツの生徒とは言えダンブルドアからものを盗み出すなんて正気の沙汰じゃない。不可能だ。

「ああそうだ」

「そ、そのあるものとは…」

「脳髄だ。ガラス瓶に詰められた脳…もしくはその脳の一部」

「脳?!あ、いや。かしこまりました。必ずやお持ち致します」

ヴォルデモートは冷酷に笑った。

 

ああ、この人は初めから成功するなんて思っていないんだ。

 

この人は初めから父上を許すつもりなんてない。

失敗すれば僕は殺される。

そして母上と父上は嘆き悲しむ。

サキの人質どころじゃない。死にものぐるいで頑張っても僕は…

 

 

 

青ざめた顔をしたマルフォイ親子を置いて、ヴォルデモートは夜の闇に消えた。

 

ドラコに与えた任務の成果はどっちでもいい。

失敗したらルシウスへの罰になり、仮に成功したらサキ・シンガーの利用価値が上がる。それだけのことだ。

ドラコはサキに助けを求めるだろう。しかしドラコの成功とはサキ・シンガーの自我の死を意味する。サキはほとんど間違いなくドラコの命を優先しダンブルドアから脳髄を盗み出すことに協力するはずだ。

セブルスはドラコとサキを天秤にかけざるを得ない。

 

どう転んでも愉快な結果になることは変わらない。


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