【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども 作:ようぐそうとほうとふ
サキ・シンガーは次の成績を修めた
天文学 落第
薬草学 優
魔法生物飼育学 可
魔法史 トロール並
呪文学 優
魔法薬学 良
闇の魔術に対する防衛術 良
変身術 良
占い学 トロール並
サキは成績表を見て胸をなでおろした。少なくとも落とすまいと決めた教科は落としてないし、優が2つもある!
トロール並とかいう文字は見なかったことにして、サキはるんるんで成績表を大切なもの入れにしまった。
随分明暗はっきり別れた結果となったが、まあ希望の科目は続けて受けられるし良しとしよう。
それにしてもノートまで借りた魔法史があんな成績だとダフネに頭を下げた意味がなくなってしまう。まあ別に過ぎたことはもういいんだけど。
もし母の魔法を継いでれば満点が取れてたんだろうな。だって魔法使いが生まれてからすべての記憶を受け継いでるっていうし。
それって何年くらい前なんだろう?
サキは魔法史の教科書をトランクの底から引っ張り出してめくった。…残念ながら時代を遡れば遡るほど記述は曖昧になっていく。
マクリールの館にあった本から古代に関する記述を見つけるのは困難だろう。なんといってもあの執拗に埋め尽くされたねじれた文字…読んでるだけで頭がおかしくなる。しかも時折外国語が混じっているし、あれをすべて読むには人生のすべてを捧げなければいけないだろう。
…つまり書くのにもものすごい時間がかかっているはずだ。
ふと閃いてサキは拡大呪文のかかったトランクから数冊の本を取り出した。
そして背表紙の焼け具合と紙質を見る。
やはり、筆致はとても良く似ているが製本された年代がかなり違う。新しく書かれたと思われる本だけだして残りはしまった。インクの色味や滲みにも僅かに違いがでていたのでそれを分類して積んでいく。
タイトルの書かれていないシンプルな革表紙の本がだいたい年代別に並べられた。
これの恐ろしい点は本棚に並べられてた時点でぐちゃぐちゃのばらばらだった点だ。こんな汚い本を整理しないで置いておいたら世界が終わるまで誰も正しいことに気づかないまま放置されてるはずだ。
みんな無頓着だったのかな。
とりあえず新しそうな本を一冊開いた。
一ページ目からいきなりびっちりと文字が書き込まれている。
…ヨーゼフからの連絡が途絶えた。彼はアフリカの何処かにいる。ペトリューシュカの記憶とは三年ほどの時差がある。(※余白より注釈…史実に基づけばむしろペトリューシュカの記憶に誤りが?リヴェン)しかしながら脱出には成功したようだ。彼の渡る先は南だろう。裁判については本誌へ記述。ヨーゼフのためにやり直すのは負荷が課題。間違いなく彼も裁判にかけられるべきだ。サンプルは国内で取り寄せることにした。
ヨハナの紀行文に追記…食人族の呪術的紋様と北米アメリカ現地部族の呪いの類似点について。(※余白より注釈…ブゥードゥ研究にも加筆。クイン←整合性に欠ける?他の要素の検討。リヴェン)ターナーに資料を請求。数回試す。大学教員を偽装した結果…
どうやら持ってきたものは日記らしい。内容的には日記というよりメモの連なりだが…。
時間から解放される魔術を題しているがこうしてみると順番、時間の流れは感じさせられる。誰かが書いた本文にあとから生まれた人がどんどん注釈や追記を重ねてるのだ。
出てる名前を見るにこれを書いたのはクインかペトラだろうか?
ページを捲ってくとみんなで会議した痕跡みたいになっててなんだか面白い。
もっと新しいもの…母の書いたものが読みたい。
サキは本を取り出しては開いてみた。
…近年勢力拡大を図っているヴォルデモート卿についてのレポートを一冊にまとめた(※余白より注釈…何度かやり直した結果、不本意ながら彼との接触にこぎ着けた。リヴェン)…
これだ。別の本にまとめてあるんだろうか?不本意ながら…というのはよくわからないが。
他の本を見るに、マクリールは一人ひとりが年代記のような仔細な日記をつけているようで、さらに後年それに加筆していき、重大事件があったら別冊を作ってたらしい。もし過去をなかったことにしたら書き直さなきゃいけなくて大変そうだが、ご先祖様は過去を変えたりしなかったんだろうか?もしサキがこれだけの文量を書き直しだと言われたら発狂して全部焚書する。
年代記は歴史家にとっては涎がでるほど面白い本になるのかもしれないがサキにとってはひたすらに退屈なだけだった。
けれどもサキは知らなければならない。
スネイプがこのいかにも便利な魔法をなぜそこまで否定するのか…
「うー」
サキは本を投げ捨てて寝っ転がった。
手紙の束と、紙束と、本の山。今火がついたらよく燃えそうだ。
ドラコ…
去年、アンブリッジとの対立であんなふうに喧嘩してしまって以来彼の名前を思い浮かべるだけで胸が痛い。
もし母の脳を食べたら、未来のこともわかってしまうのか。ドラコと仲直りできているのかな。
そもそもマクリールの魔法の理屈がいまいち、理解できない。過去の記憶を受け継ぐというのはまだ理解できるがなぜ未来がわかるのだろう?
「おい」
ノックもなしに、突然ドアが開いた。ぎゃーっと悲鳴を上げてそこにあった本を投げつけると見事侵入者に命中した。
ドアの外で涙目でうずくまってるのはワームテールだった。
「ノックをしてください、ノックを!」
サキは注意してから靴を履いてワームテールに近づく。この人から話しかけてくることは滅多にないので何か特別な用があるんだろう。
「ミセス・レストレンジがお呼びだ。すぐ行かなければ…」
「えー?今忙しいんですけど」
「ええい、私が知るか!」
ワームテールは乱暴にサキの腕を掴んで階段を降りてく。サキは引きずられるように玄関先まで連れて行かれた。
「待って待って。先生は?」
「スネイプはいない」
「ワームテールさんと二人?やなんですけど」
「私だって嫌だ!けれどもとにかくおよびなんだ」
「やーだー」
しかしワームテールは譲ろうとしない。彼が命令に逆らうわけないので渋々着いていくことにした。
それにしてもベラトリックスが何故サキを呼びつけたりするんだろう。たぶんドラコ絡みなんだろうけど、自分を明らかに嫌ってる人のもとへ行くのは気が引ける。
待ち合わせは意外なことに、ブリクストンの雑貨屋だった。
ネズミになったワームテールを胸ポケットにしまって公共煙突ネットワークで一番最寄りの暖炉に出る。
住所を手がかりに繁華街を抜け、ハズレにある建物の二階、【マッケンワイヤー雑貨店】のかかったドアをくぐった。
ドアを開けてすぐわかったが、そこは雑貨屋などではなく魔法使いの盛り場だ。大鍋の蒸気でやたら暑い。
ベラトリックスが待ち合わせに指定するということはイリーガルな酒場なんだろう。キョロキョロしてるとムスリムのような服を着た異国の魔法使いが煙を髭にまとわせながらサキに扉を指差した。
疑いながらドアを開けると、ベラトリックスが不機嫌そうに物置みたいな小部屋に詰まっていた。
「どうも…」
「早く閉めな」
言われるがままにドアを締めて、ワームテールを外に出してやった。ベラトリックスはテーブルにのせられたワームテールをつまみ上げてドアから投げ捨てた。
「つけられてないだろうね?」
「さあ…」
「ハッ!全くしっかりした小娘だよ」
「レストレンジさんこそこんな所にいて大丈夫なんですか?」
「馬鹿なことを聞くんじゃない」
「す、すみません」
物置部屋は水タバコの煙がどこからか入ってきてるせいかやけに煙くて臭い。
「シンガー、私はお前を微塵も信用していない」
「それはもう態度で伝わっています」
「スネイプもそうだ。あの狡猾なコウモリはあの方のご意思に背き、お前をダンブルドアのそばにおいている」
スネイプに関する話には慎重にならないといけない。サキとしてはスネイプは明らかにダンブルドア寄りだと思っている。しかしそれを悟られては今後の彼の任務に支障をきたす。
「でもそうするおかげでスネイプ先生はダンブルドアに重宝されてるんですよ?作戦通りってやつじゃないんですか」
「うまく行き過ぎている。あの方はスネイプを信じすぎているのだ」
「…そんなこと、私に言われてもどうしようもありませんが?」
サキはベラトリックスの勘の鋭さに内心ヒヤヒヤしながら素知らぬ顔で会話を続けていった。そう、ヴォルデモートは確かにスネイプ先生を信じている。だが同時にドラコという保険をチラつかせ、サキの行動を縛り、間接的にスネイプの行動をも縛っている。裏切らないのではなく裏切れないようにベットしてるのだ。
「お前は自分は殺されないと高をくくっているようだが…忘れるな、私はお前を殺せる。お前の魔法など、血統など関係なしに」
「…私は気高きスリザリンの末裔ですが」
「同時に人食いの生き残りだろう?」
「……貴方くらいの魔女が人を食らうことにそこまで忌避感を覚えるとは思いもしませんでしたね。純血は…ほら、近親相姦趣味の方々ばかりですから」
言った途端、脳みそががくんと揺れる感覚がして一瞬遅れて口の中に鉄の味が広がった。罵声より先に拳が飛んできた。
「我らを侮辱するな!!」
「貴方こそ私の血を穢らわしいと言うならば母と交わった闇の帝王はどうなのですか?近親相姦だけじゃなくて獣姦趣味もあるんですかね」
「貴様…」
ベラトリックスは杖をサキの脳天に突きつけた。
理性的なベラトリックスより、キレてる方がまだやりやすい。彼女はサキを殺せるとは言うがそれは大義名分があってこそ可能なはずだ。
母がそうしたように、マクリールの魔法は存在自体が交渉材料になりうる。金の卵を生む雌鳥を生む前に潰すなんてあの人が許すはずがないのだ。
「私を脅しても無駄です。あなたの理解しているとおり、私はあの人にとってもダンブルドアにとっても駒にすぎません。そして駒は自ら動くことはできません」
「…いいや、お前は動こうとしないだけだ。お前があの人に逆らうように動いたら…」
「私を殺す?」
「お前と、お前に関わるすべてを殺す」
「何度もそう言われてきました」
「腹の底の読めない女め。私は躊躇わないぞ。例え忠臣だろうと甥であろうと…シリウス・ブラックのように殺してやる」
「…どうしてそんなに私に釘を刺したがるんですか?」
「お前には、大義がない。あの方が一番軽んじているが…私はお前が一番危険だと思っている。お前があの方の血を引いてさえいなければ…」
「大義?」
「私はお前を見ているぞ、いつでも。お前の心が少しでも叛逆に傾けば…わかっているな」
「…十分わかりました」
憎悪だけは伝わった。
いよいよ雁字搦めになった我が身を思うと泣けてくる。生まれなんて気にしない、と決めた次には生まれが自分を縛り付ける。それの繰り返し。
ハリー。
私が誰の娘でも君は気にしないといったけど、今でもそう言える?
切れ掛かったネオンの下に放り出されて、家路につく。
ぼんやり歩いて公共煙突ネットワークまでたどり着いてワームテールを拾い忘れたことに気づいた。が、
「子どもじゃあるまいし一人で帰れるでしょ…」
気付かなかったことにした。
そしてとっぷり日が暮れた頃やっとスピナーズ・エンドにたどり着いた。
水タバコの匂いが服についてる気がするが…まあどうしようもない。
ドアを開けると夕食の匂いがした。
先生はドアベルを聞きつけて顔をこっちへ覗かせた。
「どこへ行ってた?」
「女子会」
「…手紙が来ていただろう」
「え?ふくろう試験の結果ならまだですが」
「わざとやっているのか?」
サキは舌を出して部屋まで試験結果を取りに行った。隠すような成績でもないし。(自慢するような成績でも無い)
成績表にでかでかと書かれたトロール並みという文字を二度見してるのがわかった。
「…まあ、思ったよりマシと言ったところか」
「優があるだけすごくないですか?」
「………」
ガリ勉に言っても無駄か。
さて、話は変わるが我々は料理を何のために食べるのだろう?もちろん栄養摂取のため。
次いで何?
多くの人は味わうために料理に時間と手間をかけているはずだ。食材を加工して爾来を満足させるような味をつけ、噛み砕き飲み込む。それで初めて我々は腹と心の充足を認め「おいしかった」と食器を置く。
だとしたら味のしない料理を食べて満腹になるだろうか?
正解はしない。
少なくともサキはマルフォイ邸での三者面談みたいな晩餐は、食べた気にならなかった。
ヴォルデモート、お前飯食うのかよ。
と脳内で思いつつ素知らぬ顔でソテーを食べた。いま食卓についているのはヴォルデモートをはじめとして娑婆で活動してる死喰い人たち。そしてお誕生日席には特別ゲスト。杖作りのオリバンダーだ。
ヤックスリーが魔法省の動きを報告する間、気の毒なことに料理を前に拘束され続けていた。
神秘部の任務に参加しなかった死喰い人は殆どが身を潜めて情報収集に勤しんでるらしい。報告は山ほどあった。一方でフェンリール・グレイバックら血の気の多い連中はオリバンダーをさらったりマグルの橋を壊したり…と破壊活動を繰り返している。
サキは離れた席に肩身の狭そうに座ってるドラコを見た。
「……」
今にも重責に押し潰れてしまいそうな顔をしてナイフを握りしめている。
ドラコに与えられた任務はほんの数人しか知らないけれども、他の死喰い人にも今ここにドラコがいる意味は十分伝わる。
「さて…各々が十分に仕事をしている事が知れて有意義な食事会だった」
ヴォルデモートが品よく口をナプキンで拭った。
「またこうしてお前たちと会えることを悦ばしく思う。新しい世代も迎え入れー」
全員の視線がサキとドラコに向けられた。
「素晴らしき魔法族の時代を始めよう。我々の手で」
締めの言葉とともに料理が消える。
ヴォルデモートは満足げに全員を見回してから消えた。ヴォルデモートの気配が消えて、みんなの緊張が解れる。
「マクリール嬢、神秘部の物品を欲しがっていたよな?」
唐突にカロー(兄)が話し掛けてきてサキは思わず飛び上がった。サキは死喰い人たちにヴォルデモートの娘だとは紹介されず、マクリールの忘れ形見として紹介された。
だからマクリール嬢。
「あ、ああ。はい。一通りあったらなあと」
「流れてたものがあったからあとで送ってやる。セブルスの家でいいのか?」
「それは助かります。ありがとう」
なんやかんやこの人たちは仲間に対して優しい。良くも悪くも仲間内では助け合い精神のもと和やかな雰囲気になったりもする。とは言え全員犯罪者なのだけれども。
「マクリール嬢、それなら私に言ってくれればよかったのに。神秘部の倉庫は随分壊されたからねえ。闇に流れるのだと原型をとどめていないものが多いだろう」
「なんだヤックスリー。廃品回収業でも始めたのか?」
「まさか。君たちじゃあるまいし」
サキの母、リヴェン・マクリールは卒業後雲隠れしたにも関わらずかなりの求心力を持っていたらしい。加えてヴォルデモートのワイルドカードというどこからか出回った噂に尾ひれがついてまわった結果、娘のサキは優遇されている。
それに対してルシウスの凋落っぷりは対照的だ。
任務をことごとく失敗し投獄された愚か者…。以前は死喰い人の頂点にいただけあってその扱いの落差は凄まじい。
ドラコの心境を思えばこのちやほやされてる状況を早く終わらせたかった。
「さて、オリバンダーは連れて行くよ。ここじゃいつ魔法省の査察が入るかもわからんしな」
「全く、襲撃後置いてくる間もなかったのか?」
「突然だったからよ」
オリバンダーはグレイバックに襟首を掴まれ引きずられていく。サキは母のお下がりを使ってるので彼と面識はなかったが、ロンドン唯一の杖作りがいなくなったら新入生はどこで杖を買うんだろう?
というか何故オリバンダーが攫われるんだろう。
「あの、なんでオリバンダーさんを?」
サキの疑問にベラトリックスの刺々しい返事が帰ってきた。
「嗅ぎ回るんじゃないよ」
「おお、厳しいこと」
グレイバックは肩をすくめて去っていく。
「詮索するな」
「…はーい」
サキは心の中で毒づきながらスネイプの顔を見た。ダンブルドアの動向を報告したあと誰と口を聞くでもなく黙っている。何か思うところでもあるのだろうか。
「サキ、今日はよかったら泊まっていって」
ナルシッサがおずおずと話しかけた。スネイプの方をチラ、と見るとスネイプも頷いていた。
「セブルスも是非」
「いや、我輩は遠慮しよう。…サキ、帰り方は?」
「わかりますよ」
「くれぐれも迷惑をかけないように」
「余計なお世話ですぅ」
「よかったわ。前使っていた部屋、そのままにしてあるから使ってちょうだい」
ナルシッサは柔らかく微笑んだ。その後ろでベラトリックスが苦虫を噛み潰したような顔をして廊下へ消えた。
「さ、ドラコ。ちょっとお茶をいれてもらってきてくれる?」
ナルシッサに促されてドラコは渋々厨房の方へ行った。
なんだか気を使われている気がする。
「この間は取り乱してごめんなさいね」
「いえそんな」
「わかっているのです。貴方はあの方の味方ではないと。けれども…」
「ええ、私はドラコの味方ですよ」
「ああ、サキ。お願いね。どうか…ドラコを助けてやってね」
サキは力なく肩に手を置くナルシッサの背中を撫でた。かわいそうに、以前よりも随分痩せて弱々しい。病は気からというけれどもこれじゃあ気が病だ。
扉があいてティーセットを持ったドラコが入ってきた。ナルシッサは歩み寄りそれを受け取る。
「給仕は?」
「もう眠りたがっていたので僕が」
「ありがとう」
ナルシッサはあっという間に綺麗に赤く透き通る紅茶を淹れた。
「いやー、テアニンが体に効きますね」
「それは緑茶だ…」
「こうしてゆっくりお茶を飲むなんて久しぶりね」
「こちらの紅茶は美味しくて感激しますよ。他の紅茶がしばらく飲めなくなるほどです」
「君は淹れ方が悪いんだよ。温度とか気にしてないだろ?」
「そんなので変わるの?」
「当たり前だろ」
「今度試してご覧なさい」
晩餐後とは言えヴォルデモートの圧迫感で胃が縮こまってたせいかお茶菓子もどんどん胃に入った。程々に空気がほぐれた辺りでナルシッサが「姉さんにも出してくるわ」と席を立ち、ドラコとサキだけが部屋に残った。
「…ど、どうだった?ふくろう試験」
サキは努めて明るい口調で話を振った。
「ああ…まあそこそこ」
「そっかーそこそこかー」
「…サキ、君は聞いてるんだろ。僕の任務を」
「あ、うん。まあね」
「ダンブルドアの私物を盗むなんて、今まで誰も成功してないよな?」
「まあ聞かないね」
「僕だってわかってる。これははじめから成功しない任務だ。それでも愚直にこなすしかない…」
ドラコは深いため息をついて額をおさえた。母親の前では普段通りに見えたけどやっぱり相当なプレッシャーを感じているらしい。
「…大丈夫。私も協力するよ」
「君が?バカ言うなよ。ポッターに嫌われるぞ」
「こういうときは人命第一でしょ」
「…人命、か」
ドラコはがっかりしたような口調で言う。
「君はいつもそうだ。いつも順番で決めてる。たまたま僕が一番上にいることが多いだけで、本当は僕の事なんてなんとも思ってないんだ」
「え…いや、そんなことないよ!私が協力するのは君が大切だからだよ」
「それじゃあ僕がこんな立場にいなかったら?君は去年ポッターを選んだ!あいつは皆から迫害されてたから」
「ち、違うよ。あれはハリーが手伝ってほしいって言うから…」
「みんなしてハリー、ハリー!うんざりだ!」
ドラコの声が窓ガラスを揺らした。沈黙が冬の空気みたいに肌をさす。
「…ドラコ」
サキの呼びかけに返事はなかった。