【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども   作:ようぐそうとほうとふ

81 / 107
08.さよならを教えて

ハリーから離れて過ごす毎日は辛かった。初めてできた魔法使いの友達だったけど、ドラコのために今は離れていなければいけない。ただでさえハリーはドラコを疑っている。サキも当然疑われているだろう。

何より二人で話した際ハッキリと味方はできないことを告げてしまった。

敵…とは思わないけれども、ダンブルドアから脳髄を盗み出す際にハリーは障害となりうる。

 

「本当にいいのか?ポッターは…」

「ん?ああ。まあね…」

天文塔の屋根裏、鐘の接合部のあたりには毛布が敷かれていてそこそこ暖かい。けれども隙間風は防ぎきれず二人は厚着して双眼鏡やらなんやらを眺めながらぼうっとしている。真っ暗な夜空は深い藍色で、誰しもが寝静まった校舎からは松明の爆ぜる音くらいしか聞こえない。禁じられた森からは時折何かの鳴き声が聞こえる。

「私達の対象はあくまでダンブルドアの持ってる脳髄だし、別に敵ってわけじゃないでしょ」

「君のやけに割り切った善悪観はたまに不安になるよ」

「なに、君心配してくれてるの」

「そりゃまあね。3年生の時みたくへこたれられるとやり辛いから」

「流石にもうそのジレンマは乗り越えたよ」

サキはおっきく欠伸して鉄ジュースを飲み干した。何度飲んでもなれない喉越しだ。

「ダンブルドアは…」

「まだ帰ってきてないみたいだ」

「はー…やってらんねー」

「ダンブルドアは学外で一体何をしてるんだか」

「…さあね。まあでも外出時間はまちまちだけどある程度パターンは見えてきたよね」

「ああ。多分今晩はモノの日だ」

ドラコとサキは天文塔でずっと観測を続けている。ダンブルドアの外出が前年度にも増して多いことをドラコは突き止めた。校長室へ侵入するなら当然主がいない時に限る。サキが手を貸す前までに、ドラコはダンブルドアがホグズミード村に現れた場合にコインを使い伝令させる連絡網を作り上げていた。さらに忍びの地図の類似品を制作し、ホグワーツ城内全てとはいかないが校長室付近で人の有無を確認することまでできていた。

忍びの地図の精度はイマイチで足跡くらいしか表示することはできなかったが、今はそれで十分だ。

サキがたまにハリーから借りて使ってるのを見ただけでよくここまで作ったものだと感心する。

ハーマイオニーが異常なせいで霞んでいるが、彼は学年2位だ。

 

「作り方教えて。量産したら売れるかも…フィルチの足跡だけうつるようにしてさ。課金すると見れる足跡が増えてく」

「バカ。今それどころじゃないだろ」

 

サキの商魂には恐れ入る。その商魂が目標達成に向けられた時、ドラコは改めてサキの成績に反映されない小器用さと几帳面さに驚いた。

ドラコのマメな記録により、二人はダンブルドアの外出時間、帰宅時間から①おそらく人にあってるであろう比較的早く、短い外出と②遠くに出かけて疲れて一杯やりたくなるような外出の二パターンがあることがわかった。

 

まずサキは検知されない魔法(血を使った、彼女にしかできない魔法)で学校の壁という壁にかけられた防衛呪文を検知し全ての魔法の種類を地図に書きつけた。さらにその魔法に触れるものがあるか否かを感知する魔法をかけてきたらしく、何度か吸魂鬼の来訪や狼男たちの巡回を嗅ぎつけた。

そればかりか近辺に現れる闇祓いもわかるらしい。

「ダンブルドアの外出は闇祓いも知らないみたいだね」

サキは貧血気味の青白い顔で、唇をむにむに揉みながら細かい文字の書かれた地図に新しく呪文を書き足した。

「弱い部分はどんどん継ぎ足しで魔法がかけられている。ダンブルドアはまず確実に校内で姿くらましをしてるはずなんだけど…痕跡が見当たらないね」

「そもそも校内では姿あらわしもくらましもできないはずだ」

「抜け穴があるのかな」

「君の魔法では検知できないのか?」

「今使ってる魔法はもともとかかってる魔法に付け足すものだからね。かかってない部分はどうしようもないし、どんな魔法がかかってるかわからないと手のつけようがない」

「…もう少しわかり易く」

「えーと、ドラコはアラビア語読める?」

「アラビア語?いや…」

「でも文章にアラビア文字が混じってても割と読めるよね?」

「まあ文字の形が違うから飛ばせばいいだけだし」

「私の使える魔法は杖で使う魔法と違うんだけど、魔法であることは変わらないのね。血を使って魔法を解くっていうのは、文章を全部アラビア語にしちゃうみたいなこと。今回やってるのはそうじゃなくてアラビア語混じりの文章の拡散かな」

「つまり君は悪い魔法を振りまいてるわけだ。えーっと…癌みたいに?」

「癌なんて知ってるの」

「まあ癒師志望だから」

「だいたいそんな感じだよ。魔法がアクティブになると自動的に私の混ぜた異種の魔法が別の魔法へどんどんうつってく。癌っていうかウイルスだよねもはや」

魔法の構文を壊すことと、魔法に別言語の文字を紛れさせること。クイン・マクリールの書いたものは主に血の魔法の便利な裏技集でこれが一番重宝した。

ダンブルドアの監視網は毛細血管のように張り巡らされ、あとは現場を押さえて外出したその瞬間を知ることができればやっと脳髄を盗み出す足がかりになる。

「私は硬い床には慣れてるけど、ドラコは辛いでしょ」

「僕だって男だ。大丈夫だよ」

「膝乗る?」

「…遠慮しておく」

ドラコはサキの一世一代の告白後も踏み込んでは来ない。

「娘はやらん!とかないから大丈夫だよ」

「君の全く笑えない冗談はどうにかならないのか?」

「はっはっは」

 

 

世界の枠組みを理解しようとする試みはマグルも魔法使いと同様に何年も何年も行われてきた。マグルの世界でも名だたる哲学者は、だいたい魔法界にも名を残す偉人なのだけれども。

リヴェン・マクリールの手記によると、この世は猥雑さに満ちた秩序正しい世界らしい。サキはその文を読んだとき、全く矛盾していると思ったのだがどうやら彼女の理論では成立するらしい。

猥雑で、煩雑で、無造作。何の繋がりもない点と点に何らかの秩序を見いだせるほどにそれは取り留めもないらしい。壁のシミに人の顔が見えるようなものだ。とリヴェンは〆ている。

 

ここ一年近く母と向き合って唯一読んでない本がある。革表紙の、日焼けしてない真っ白な本。

釘のはみ出した棚にあったやつだ。

何も書かれていない本だからと放っておいたその本はどこか禍々しい雰囲気を放っていて、ずっとトランクの下に忘れられていた。

この本に似たものを、見たことがある。

忘れもしない『いっぱい食わされた』苦々しい記憶。トム・リドルの日記とそっくりなのだ。

 

「…あ」

考え事をしていたら、ばったりハリーと鉢合わせてしまった。

「あ、やあ…」

「スラグホーン?」

「ああ、うん。そうだよ…サキは?」

「考えながら歩いてたらこんなところまで来てた」

本当は天文塔の見張り台から降りて寮に帰る途中だったのだが、サキは思わずごまかしてしまった。

男子3日会わざるはなんとやら。しばらく避けてるうちにハリーはゴツくなった気がする。

「最近パーティには?」

「行かない行かない!性に合わないんだよああいうのは」

「だと思った」

「ハリーはお気に入りだし、誘いはしつこいだろうね。私はもう飽きられちゃったみたい」

とはいえサキの畑には時々顔を出すのだが。

「…マルフォイとは、どう?」

「校内新聞にすっぱ抜かれたとおりだよ」

コリンの作った学内新聞部は現在学内のゴシップのみならず、授業のテスト範囲から世間に流れるあの人の噂まで様々な話題を提供し流通している。ここ最近人気のゴシップはサキとドラコの復縁とチョウの新しい彼氏についてだった。

「あの新聞、明らかに風紀を乱してると思わない?」

「それは同感。…仲直りできたんだ」

「おかげさまでね」

「…やっぱり、君は」

ハリーは続きを言いにくそうにしていた。言いたいことはわかっている。

「私は…君を友達だと思ってるよ。でも話はちょっと複雑でね」

「複雑なもんか!サキ、校長室で君たちは何をするつもりなんだ?あいつはマルフォイに何を命じているの?」

「あれ。知ってるの?結構バレバレなもんだなあ」

「茶化さないでくれ」

ハリーはいつになく真剣な眼差しだ。頭の中でサキを信用するかどうか考えてるんだろう。けれども、夏から答えは決まってるのだ。

ハリーにはダンブルドアも不死鳥の騎士団も、一緒に冒険する仲間もいる。

ドラコはこのままじゃ殺される。

「秘密」

「…君の事を、敵だと思いたくなんかないんだ」

「私もだよ。でもこうなった以上ハッキリしといたほうがいいね」

サキは今まで見たことのないくらいの無表情で告げた。

 

「私は君の敵だよ。こう言ったほうがお互いのためだね。私は絶対やると言ったことはやる」

 

死刑を言い渡すように。いや、ギロチンのロープを切り落とすようにサキは言い切る。数ヶ月前の弱々しい彼女は消え去って、いまは脆く鋭いガラスの獣のようにハリーに対峙していた。

 

「……サキ、僕は…君のことが好きだった。ずっと」

「ありがと」

 

サキは記憶の中のトム・リドルそっくりの、柔和で温かい笑みを浮かべた。冷徹さの上からかぶせた仮面が不気味に歪んでいる。ハリーは地面が崩れていくような絶望が溢れ出ないように必死に拳を握り締めた。

 

「どうしてこんな風になったんだろうね」

 

サキはぽつりとつぶやき、昔禁じられた森の辺りでそうしたように踵を返してハリーのもとから去って行った。

どこかで小鳥が鳴いている。もうすぐ春がやってくる。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

1996.06.17?158回目

特筆すべき事項。前述ダンブルドアの企みについて手助けした結果、またも同じ結末へ。これで彼の死は干渉の有無に関わらないことがわかった。けれども自身で手を下したときのみ1998の壁を超えることができた。とは言えヴォルデモートの圧政化で彼が生き長らえるはずはない。即座に改竄。この記述は改竄によりまた消える。書くことに意味を感じなくなってきた。

 

1980.01.2?16?回目?

失敗した。トム・リドルに一度関心を向けられるともう逃げ切る結末はあり得ない。恐ろしい男。こうなればもういつも通りの結末。やり直す。

 

1980.06.30.20?回目

また、失敗した。

 

1980.04.17.?回目

窓辺でカーテンがめくれた。ごく稀に庭に入り込んでくる、黒髪の青年を見た。彼が私を垣間見る世界は、ほとんどの場合最悪の結末。

 

 

 

 

 

 

1981.10.31

私がくちばしを突っ込んだ結果、大幅な書き換えにより1998年まで戻れなくなってしまった。私の脳がついに駄目になったらしい。もう過去へ戻れない。未来も見えない。変えられない。私は失敗した。失敗した。失敗した。失敗したんだ。私は失敗した。彼を救えなかった。

 

1980.05.28

娘が生まれた。哀れな子。

私は、ダンブルドアに頼んだ。未来は変わっただろうか。私はもう、わからない。過去に、りたい。足、震?る。手がつかれた。

 

1981.10.29

最後に、過去へいく。そしたらもう、のうはもたない。それでも、ひとめでも、貴方にあいたい。さようなら。×してる。ずっと、わたしがもう私じゃなくてもずっと。

さような、


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。