【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども 作:ようぐそうとほうとふ
「なんですって?脳を?」
ハリーは先程の天文台でのスネイプとサキの会話をハーマイオニーに聞かせた。
サキはダンブルドアから脳髄を盗み出そうとしていること。
その脳髄はどうやら母親のものらしいこと。
それは汚染されていて、食べれば死ぬらしいということ。
「食べる、らしい。でもプリオン?とかいうのが汚染されているらしくて…えーっと…なんだったかな。羊がどうとか…」
「待って、待ってハリー。話がしっちゃかめっちゃかで理解が追いつかないわ」
ハーマイオニーはこめかみを押さえた。
今は深夜2時で、談話室にはもうハーマイオニーとハリーしかいない。
「貴方、知ってたの…?」
「知らないよ。知ってたらこんなに焦ってるわけ無いよ!」
ハーマイオニーは頭の中の図書館をひっくり返して心当たりを探してるらしい。ちょっと間をおいてからハッとして手元の本を探した。残念ながらカバンに目当ての本はなかったらしい。
「プリオン病は、最近マグルの間で話題になってたわ。狂牛病がヒトにも見つかったの、知ってる?」
「え…狂牛病?」
「夏の間おじさんの家にいたんでしょう?」
「悪いけどダドリーの家だとマグルのニュースもろくに見れないんだ」
「脳がスカスカになっちゃう病気よ。家畜の病気だと思われてたんだけど、人にも感染が確認されたの。大騒ぎだったんだけど…」
「聞いたことない。…けど、本当にある病気なんだね?」
ハーマイオニーは日刊予言者新聞だけではなくマグルの新聞も購読してるのだろうか?毎日そんな文字に囲まれててよく時間が作れるものだ。
「ええ。それで…サキのお母さんが、その病気だったと」
ハーマイオニーの表情が曇った。
「でもにわかには信じがたいわ。脳を食べて継承する、そんな魔法があるなんて…」
「スネイプは真剣だった。サキに脳を食べさせないために、ダンブルドアをどうにかしようとしている」
「悪い癖が出てるわ。どうにかしようとしてるって、ちゃんと聞いたの?」
「いや、でも…」
「まだわからないのにスネイプを疑うのは良くないわ。それに、少なくともスネイプはサキを守ろうとしてるんでしょう?」
「でもサキはマルフォイを守ろうとしてるんだ」
ハリーの言葉にハーマイオニーはハッとした。
「待って、マルフォイはこの事知ってるの…?」
「それは…あー、わからない」
マルフォイが知ってたらサキを何とかして止めようとするはずだ。あいつは小心者で見栄っ張りだけど、喜んで恋人を身代わりにしようなんて事はしない。それにサキの性格からして話してるとは考えにくい。
「明日朝イチで図書館に行かなきゃ」
ハーマイオニーは立ち上がり、青白い顔をしてつぶやいた。ハリーもいい加減頭が回らなくなってきたので寝ることにし、2人はベッドへ行った。
頭の中で、サキが死をほのめかしたときのスネイプの表情がずっと浮かんでいた。
閉心術の授業のときに垣間見た、記憶の中の痩せこけた少年が母親、リリーに「スニベルス」と詰られたときと同じ顔をしていた。
「ぎゃーっ!」
パンジーの悲鳴で目が覚めた。
サキはまだ眠ってる脳みそを揺さぶり起こす様にぐるぐると首を回して隣でベッドからころげ落ち腰を抜かしているパンジーを見下ろした。
「もーうるさいなあ…」
「サ、サキ。貴方それ!枕元の!」
サキは昨日の寝る前の記憶を必死に思い出した。そうだ、遅く帰ってきてからスネイプから受け取ったスクレイピー羊の脳詰めをサイドテーブルに置いて寝てしまったんだった。
横を見るとスカスカになった羊の脳がテラテラとした液体の中で光っている。
「あー、しまい忘れてた…」
「気持ち悪すぎるわ!はやくしまってよ!」
パンジーだけじゃなく他の女子まで悲鳴をあげて泣き出したので、サキは慌ててカバンの中に突っ込んだ。朝から悪いことをしてしまった。
実のところサキは憂鬱で眠れなかった。
いくら誰かのためとはいえ自分の脳がこんなふうになってしまうと考えるとゾッとする。
死にたいと思ったことはない。
死にたくないとも思わない。
でも、だからと言って自ら進んで『震える羊』になりたいわけでもない。
けれどもサキの頭の中にはもう他に選択肢が浮かばなかった。スネイプの提案を聞いてもその思いは変わらない。
「ダンブルドアを、殺せばいい」
と、スネイプは言った。
サキは自分の耳がおかしくなったのかと思ったが違った。考えなかったわけではない。しかし、スネイプがこの選択肢を提示してくるとは思っても見なかった。
あの時はチャイムがなってしまったし色々整理がつかなかったので時間をおいて話すことになったが、未だ衝撃が抜けない。
スネイプがダンブルドアの死を提示した理由…それはサキとドラコの死を回避したいがためではない。いや、目的はそれだろうけれども、背中を押すような何かがなければスネイプはあんな無茶なことは言わないはずだ。
けれども校長室にあるかもわからない脳髄を盗みに入るよりもダンブルドアの殺害のほうが、遥かに難易度が低いように思えた。
アクロマンチュラの抜けた体毛を集めながら、サキはダンブルドアについて考えていた。
アクロマンチュラの体毛には毒があり、分厚い革の手袋をしないと棘のような毛が刺さり二日間は腫れ続ける。たった毛一本で物凄い毒性を持つばかりでなく体自体も大きく、重い。足一本でサキ一人分くらいあるんじゃないだろうか?その蜘蛛の王も今や虫の息。寿命には逆らえないらしい。しかしアラゴグは死を恐れるでもなく、ただ自然と眠るように末期の時を過ごしている。
「ハグリッド。そろそろ時間だから行くね」
「ああ…ぐすっ、行ってくれ、すまんなあサキ」
「気にしないで」
ハグリッドはアラゴグに付きっきりでずっと泣いている。この蜘蛛はホグワーツを退学になったきっかけらしいが、ハグリッドはそれでも愛情を持ってずっと交流を続けていただけに最後まで寄り添いたいそうだ。なかなか泣ける光景だが、アラゴグの子どもたちが常にハサミをチャキチャキ鳴らしていてとてもじゃないが泣けない。
体毛は今日とったぶんで半ガリオンと言ったところか。残念ながら毒液の方はアラゴグが死んでからじゃないと手に入らないだろう。
もう夕暮れだ。今日は朝から晩まで禁じられた森とハグリッドの小屋を往復してたのでひどく疲れてしまった。サキは天文塔の即席見張り台ですぐに眠りについた。
過去の改竄について完全に仕組みを理解できたわけではない。しかし、改竄は体、主として脳にダメージを与える。
プリオン蛋白質の異常…一般的に知られているのは羊のスクレイピーという病気や狂牛病…過去の改竄はその伝達を早め、脳細胞を次々に汚染していき海綿状に変異させていく。
それは遺伝性のものもあるが、異常プリオンを持つものを食べても発病する。
マクリールは血を濃くするために共食いを繰り返し特異性を保とうとした。しかしどこかの世代が異常プリオンを摂取し、死に至る病すら継承していく羽目になった。
なんとも皮肉な話だ。リヴェンは遺伝性のものではないかと推察しているが、仮にそうだとしてもマクリールの家長はほぼ40代で娘に食われるために死ぬため、発病する前に死亡している可能性もある。プリオン病は症状が現れないかぎり診断はできない。
マクリールの魔法は有限の肉から解き放たれるためのものなのに、皮肉にもその肉が魂を蝕んでいく。
母はそれを知ってて尚命を削った。
命を賭すに足る何かが母にはあったのだ。
サキはドラコとダンブルドアの暗殺について話し合った。しかしドラコは殺人という選択を酷く嫌がった。無理もない。
ダンブルドアの外出時間はおおよそだが把握できるようになった。あとは校長室への侵入ルートだが…
「まず…合言葉を盗もう」
サキは不意に提案した。
前々からハリーがダンブルドアに結構な頻度で呼び出されてるのはわかっていた。ハリーは一人で螺旋階段までやってきて合言葉を言い登っていく。
「だから、ハリーに虫をつける」
「虫?」
「盗聴器だよ」
サキは小さなボタンのような機械を取り出した。
「マグルの機械は使えないはずだぞ」
「ドラコ、誰に物を言ってるのさ。私はウィーズリーいたずら専門店特別技術顧問だぞ」
なんなら先祖に魔法道具職人がいる。サキにとってはマグル製品の改造なんてお茶の子さいさいだった。盗聴器はリータ・スキーターのお陰で思いついた。彼女はコガネムシの未登録動物もどきで、ハーマイオニーに正体を暴かれて以来ずっと脅されている。
彼女は今ハリー・ポッター独占インタビューがきっかけで大手雑誌の記者に返り咲いた。(ちなみに今の彼女のターゲットはマグルの官僚三人を手玉に取った大物魔女だ。)
「問題は脳髄がどこにしまわれてるかだな」
「何回か侵入するしかないかな」
「気が滅入る…」
今日は談話室の隅で二人して晩酌中だ。もううるさい上級生もいないのでこうして自由に振る舞える。
サキはドラコの顔をじっと見た。
「僕の顔に何かついてる?」
「いや。大っきくなったなって思って」
「君もだろう」
「全体的に縦に伸びたね。一年生の頃はコロコロしてたのに」
「君もリスみたいだったのに、今は…うーん。なんだろう。アライグマみたいだ」
「アライグマぁ?」
二人は気分よくケタケタ笑った。
「なんで?私、きれい好きでもないよ」
「いや、結構潔癖だと思うよ。よく掃除してるじゃないか」
「必要に駆られたときだけだよ。あと罰則。本当は嫌いだよ、掃除なんて…」
こうして落ち着いてまたドラコと話せるとは数ヶ月前の自分には考えられなかった。今こうしてここにいられることに感謝しよう。もし母を食べるハメになっても…記憶の海を何度も行き来ができるのならこの時間を何度も繰り返したっていい。
時間はあんまりないかもしれないけど、きっとそう悪いものではない。
ドラコはダンブルドアから脳髄を盗み出す希望が見えてきて、ほんの少し安心していた。なによりサキがそばにいてくれるのが有難かった。
サキの魔法はとにかく強力で、学内にかけられた魔法を蝕んでいった。サキは魔法がかかる仕組みを物質的に解釈しているらしく、言葉の端々にやけにマグルの例え話が出てくる。魔法に対してラジカルな見解をもつのは家系のせいだろうか?ドラコは化学だとか医学はマグルの妄想だと思っている。しかしサキはそうじゃないらしい。
「耳の聞こえない人しかいない島ではね、独自の踊りの言語があるんだって。マグルと魔法使いでは語りのコードが違うだけだよ」
サキは微笑みながらいった。
「舞踏病ってわかる?タレント・アレグラみたいになるらしいよ」
「かけてやろうか?」
「冗談!」
サキは最近やたらと明るい。明るい上に穏やかで、時々不気味だ。
サキの今の姿を見ると二人がもっと幼かった頃をよく思い出す。あの頃は二人とも何もなくて、それでいて不思議と満たされていた。今は心の何処かにいつもせっつくなにかがいるみたいに焦ってるし、その焦りの正体がわからなくてヒリヒリする。サキは「感情を持ち過ぎたんだよ」なんて言うけれども、本当のところはどうなんだろう?
本当に僕たちは何かを得ているんだろうか。
漠然と穴があるような気がする。僕らの足元に。
ドラコは天文塔に登ろうとして、一つ余計に足音が聞こえることに気づいた。階段を登る音が違う。ゴム底の擦れる音だ。
ハッとして振り向くが、背後には誰もいなかった。
ドラコは懐から杖を取り出し、すぐ振れるよう胸に当てて感覚を研ぎ澄ました。
ドビーともう一匹のしもべ妖精が見張ってるとはサキに聞いていた。どうやってまくのか聞くと
「簡単だよ。別のしもべ妖精にドビーたちを見張らせてるのさ」
それは盲点だった。教員たちに伝わらないのかと聞いたところ、しもべ妖精は魔法生物飼育学の教員に対してまず報告義務があり、魔法生物飼育学の教員が判断した場合と緊急時に校長や寮監へ報告するらしい。
「優先度の低いしもべ妖精同士の密告はまず魔法生物飼育学…つまりハグリッドのところにいくんだけど、ハグリッドは忙しいからいもりクラスの生徒に投げてるんだよね。そんで、いま受講してるのは私だけ」
ポッターたちからすれば灯台下暗しもいいところだ。たしかに屋敷しもべ妖精は役所でも一応魔法生物規制管理部の管轄だ。
誰の気配もしない。
だがポッターなら透明マントを被っててもおかしくない。まだあそこには地図や防衛呪文のリストが置いてある。天文塔へ向かうのは得策ではない。どうしたものかと考えてすぐにある場所が浮かんだ。
ドラコはすぐにトイレに向かった。
そして洗面台の蛇口を杖で壊した。すべての蛇口から水が吹き出し、あたりは水浸しになる。いくら目に見えなくても、ポッターはそこにいる。
目を凝らせばすぐに水たまりに浮かぶ波紋と不自然な光の屈折がわかる。
「コソコソしないで出てこい、ポッター」
ここまで舞台を整えてやって出てこられないほど臆病者じゃないだろう?ポッター。
案の定マントを脱ぎ捨て、杖を構えたポッターが現れた。
「マルフォイ、あそこで何するつもりだったんだ」
「僕が校内を歩いてるのが不満か?」
「ああ、はっきりいって不満だね」
ポッターと面と向かって話すのは列車以来だ。ずっとコソコソ嗅ぎ回られて不愉快だった。
「君が何をしようとしてるか知ってるぞ」
「へえ?証拠があるのかい?それとも勝手な思い込みで触れ回っているのかな。生き残った男の子様は虚言癖をお持ちのようだから」
ポッターは挑発には動じなかった。当初の予想より遥かに落ち着いている。確たる証拠を掴んでいるー?いや、それもちがう。それならばわざわざドラコの前に単身で現れるはずがない。
「サキとスネイプの会話を聞いた」
「じゃあスネイプを問い詰めろ。お門違いだ」
「…やっぱり君は知らないんだね?」
「一体何の話をしているんだ?」
「君が盗もうとしてるのは脳なんだろう?」
ドラコは一瞬言葉に詰まった。誤魔化しの文句が頭の中を駆け巡ったが、ポッターの確信を持った目を見てすぐにやめた。
「さあね」
「それを盗んだらどうなるかわかっててそんなことを言ってるのか?」
「どうなるかだって?」
ドラコは頭に血が上って喚き散らしたくなった。盗んだら僕の命が助かる。それだけじゃないか。
「それこそさあね、さ!僕がそんなもの欲しがるとでも思ったのか?」
「あいつは母親の脳みそをサキに食わせる気なんだぞ」
ドラコは今度こそ本当に言葉に詰まって、そして絶句した。
脳みそを、食う?
意味がわからない。荒唐無稽もいいところだが、ポッターは冗談を言ってる様子ではない。
「僕はサキが話してるのを聞いたんだ。サキは君を救うために自分を差し出すつもりだ」
「何、馬鹿なことを言って…」
「嘘だと思うか?」
ドラコは頭の中で3つ、数を数えた。
呼吸を整えてゆっくり息を吐く。吸って、吐く。
そしてポッターをじっくり見た。
二人共壊れた水道管に晒されて水浸しだ。
サキが脳を食う。
それを承知で、自分の命を救うために…?
いや、確かにサキならあり得る。あいつは去年逃げられるにもかかわらず義理のためにお縄を頂戴し、アンブリッジに肥溜めの中にぶち込まれた。
秘密の部屋事件のときも、ジニー・ウィーズリーなんかのために口を固く閉ざし、自分の父親の秘密についてもあの人が復活するまで何も言わなかった。
彼女は秘密主義で、自分の困ってることは周りにとって必要なときにしか漏らさない。
「脳を食ったらサキがどうなるか、わかってるのか?」
ポッターは続ける。緑色の瞳がこっちを見据えている。
「サキは、それを食べたら死ぬんだ」
ドラコは血が上ったばっかりに、耳の中の神経が切れてしまったのかと思った。不意に訪れた無音、そして目の前が真っ暗になるほどの衝撃に、思わず杖を上げる手が下がった。
サキが、死ぬ。
脳を食べたら。
僕が、脳を盗んだら。
それでもサキは僕を助けるために、あんなに楽しそうに盗むことを計画していたっていうのか?
「……、……………だとしたら…」
ドラコがからからの口から絞り出したのは、怒りと絶望と、いろんな感情の出がらしだった。
「だとしたら、ポッター。お前が、お前さえ、あの日神秘部に行かなければ」
ポッター。
お前が、全ての運命の賽を振ってるんだ。
お前さえ、お前さえもっとしっかりしていたら。サキは例のあの人に連れ去られなかった。お前が冷静だったら、父上たちは待ちぼうけするだけですんだ。
お前が、なんでよりによってお前だけがいつもサキの秘密に一歩近いんだ?
なぜ僕は、いつも蚊帳の外で、人質で、利用されてばかりなんだ?
「お前が彼女を巻き込むせいだ!」
感情が爆ぜると同時に、ドラコは杖腕を振り上げた。
「ステューピファイ!」
赤い閃光がハリーがさっきまで立っていた位置にあった鏡を粉々にした。ハリーは間一髪避けて手洗い場の影に隠れる。
マルフォイは容赦なく呪文を発射してくる。
ハリーも応戦した。
マルフォイ、君こそなんでそばにいるのに気付いてやれなかった?誰よりそばにいるくせに。
馬鹿じゃないのか。何が恋人だ、笑わせる。初めてサキにあったのは、僕だ。
ずっとずっと深い絆で繋がれてるつもりなのに。
なんでお前が守ってやれないんだ?
ずっと抱えていたもやもややいらだちが、吹き出す水に煽られてどんどん心の中をパンパンに膨らませていく。嫉妬で割れた感情の破片がついにハリーを破裂させ、プリンスの教科書に載っていた呪文を彼に口走らせた。
「セクタムセンプラ!!」
刹那、マルフォイの白いシャツがズタボロになり、次いで真っ赤な水がそこから流れ出した。
ハリーはさっきまでの激情が嘘みたいに消えていくのがわかった。
血まみれのマルフォイ。水の中でかすかな嗚咽を漏らしながら、真っ赤に染まってくマルフォイ…。
「………なに、これ?」
トイレの入り口に、サキが立っていた。