【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども   作:ようぐそうとほうとふ

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11.匣の中の失楽

ドラコとハリーがやりあう少し前、サキは図書館でハーマイオニーに捕まっていた。

 

「ちゃんと聞かせて」

 

油断していた。まさかハリーが盗み聞きしているとは思わなかった。いや、羊の脳に意識を割かれていたせいで注意を怠った。

サキは自身の大失態に歯噛みし、どう切り抜けようか考えを巡らせた。

 

「あなたのしようとしてること…」

 

ああ、本当にこういうときに魔法が使えたらと思う。(とは言っても使えば使うほど寿命が縮まるんだけど)

ハーマイオニーはとても冗談じゃすまないほど思い詰めた顔をしている。本人より周りの方がよっぽど真剣で深刻だ。

「言えないよ。言いたくないんじゃなくて、言えない」

「じゃあハリーが聞いたことが本当かどうかだけ教えて」

サキはしかたなく首を縦に振った。

「どうして相談してくれなかったの?」

「…はじめのうちはまさかこんなふうになるとは思ってなかったんだよ。脳みそを食べるくらいならまあ、ちょっと我慢すればむしろ便利だなーって」

「あなたってホント…本当に…」

「わ、頼むから怒らないで!ここのところみんなから怒られっぱなしなんだ」

サキは本当にいつも通りにふざけてるように大げさに体を庇った。ハーマイオニーはそれを見て何とも言えない顔を浮かべ、一度深呼吸した。

「ハーマイオニー。ハリーにも言ったけど…私は…」

「いいの。言わないで。わかってるから」

「ほんとに?」

「あなた、昔っから頑固だから言っても無駄だってわかってるわ」

「ハーマイオニーは昔から物分りがいいから好きだよ」

「スネイプはグルなの?」

「まさか。先生こそむしろ私の最大の障害だよ」

「…わかったわ」

ハーマイオニーはだからといって邪魔をしてこないわけじゃない。だがサキからしてみれば無駄な説得をされるより全然楽だ。

さらに言えば彼女のほうがこの任務の難易度を正確に理解しているかもしれない。サキはなんとなく行けそうという根拠のない自信と血の魔法の未知数の可能性にかけているが、ハーマイオニーにはその未知数は測れないだろう。だからこそ強く止めない。どうせ無理だと思われているから。

 

「まあ楽しみにしててよ。成功したら偉業だよ、偉業」

「もう!なんでそこで冗談を言えるの?!」

ハーマイオニーは怒りながらもほんの少しだけ笑った。サキもくすっと笑う。

「ねえ、ハーマイオニー…ロンとちゃんと話した?」

「え?ううん…全然」

「私はドラコと話したよ。次はハーマイオニーだね」

「やめてよ。そんな、遺言みたいなこと」

「遺言ならもっといいこと言うよ。痴話喧嘩やめろーなんてかっこ悪い」

「あなた達の喧嘩よりまだ短いわ」

サキとハーマイオニーは微笑みあった。しかし、すぐに平穏な時間は終わった。サキが突然あさっての方向を向いて目を丸くしていた。

「どうしたの?」

「なんか…なんだろう?ちょっと…」

ハーマイオニーは突然駆け出したサキを追いかけた。一体どうしたっていうのだろう?そしてサキは何度か遠回りをしてから、男子トイレに辿り着いた。何故か廊下まで水浸しで、一体何かと一歩踏み出した途端鉄の匂いが充満した。ハーマイオニーがゾッとして杖を取り出すと、サキが小さな声でつぶやいた。

 

「………なに、これ?」

 

 

スネイプがすぐに駆けつけ、ドラコを治療した。ハリーは自分のしでかした事の重大さに顔を青褪め、わなわなと震えていた。ここ一年心の救いだったプリンスの魔法が、まさかこんな結果を招くなんて。

 

サキはアパシーに陥ってしまったように倒れたドラコを見て動かなくなってしまった。スネイプが来てドラコを運び出して、ハーマイオニーが肩を叩いてサキも医務室へ連れて行った。ハリーは残れと命じられたので、一人で水浸しのまま取り残されてしまった。

ドラコの返り血がまだべったりと頬についてる気がして、何度も拭った。

 

 

 

 

サキは気絶して起きないドラコを前にして自分の失態が、思ってたより大事に繋がるらしいことを知った。

蝶の羽ばたきが大嵐を巻き起こすように…ほんの少しの油断や情や選択が取り返しの付かないことに辿り着くのだとわかった。

母はその永遠の袋小路に迷い込み絡め取られ、あの絶望に満ちた手記を書いた。

 

私は馬鹿だ。人の心を動かしてしまうような秘密をうっかり漏らした。そればかりでなく敵対する二人をみすみす引き合わせ、結果的に双方深い傷を心身に負った。

私のせいだ。

私がすべてを黙ってこなしていれば…もうドラコのためにしか動かないと決めたくせにまだ半端な立ち位置にいようとした報いだ。

 

私はとんでもない甘ったれだった。

早く、やらないと。

母の脳髄を盗み出し、食う。

即座に実行すればこんな事にはならなかった。

さらに、脳髄を食えば過去だってやり直せる。

全部なかったことにできる。

私がやるんだ。

 

……

 

「ドラコ、気がついたか」

「スネイプ……先生」

ドラコは目を開けて一番に血色の悪いスネイプの顔が飛び込んできたせいで酷く気分が落ち込んだ。

が、おぼろげな記憶の中で彼に手当してもらったのを覚えていたので文句は言わなかった。

「バカなことをしたな。ポッターと決闘などと…」

「貴方には関係ない」

「確かに、色恋沙汰は我輩の知るところではないが…君の安全が我輩の命に直結していることを忘れないでいてもらいたい」

ドラコは起き上がり、切り裂かれたはずの頬を触って確かめた。傷口はすっかり消えているようで、あれだけ血まみれだったのが嘘のようだった。

「サキは?」

「彼女は無事だ。今はハグリッドとアクロマンチュアを看取っている」

ドラコはスネイプを睨んだ。スネイプはサキが脳を食べたらどうなるかを知っているはずだ。ポッターに言われたことが頭の中でぐるぐる回っている。

 

「脳髄を盗むのは、サキに食わせるためなんですか?」

 

スネイプは静かに頷いた。そして周囲に聞いたことのない呪文をかけるとゆっくり話し始めた。

「左様。脳髄を盗み出すことに成功すれば、ほぼ確実に闇の帝王はそれをサキに食わせる。その結果、サキの寿命は縮まるが強力な魔法を使えるようになる」

「何故黙っていた」

「必要がないと思っていたからだ」

「必要ないだって?!お前は、サキの命をなんだと…!」

「我輩とてサキにそのような選択をして欲しくはない。…しかし知っての通り彼女は恐ろしく頑固だ。君の軽率な行動で彼女はもはや聞く耳を持たない」

ドラコは黙ってスネイプを睨んだ。

「だから説得はやめた。サキの魔法と、我輩の信頼、そして君の命と釣り合う価値のあるものを先に成果としてあの方に捧げることにした」

「…釣り合う価値のあるもの…?」

ドラコは嫌な予感がした。サキがこの間提示した恐ろしい提案を思い出す。

 

ダンブルドアの暗殺

 

「その顔は心当たりがあるようだな。そうだ」

「それを、サキに黙ってやると?」

「そうだ。どうせサキの事だ。ダンブルドアと自分の寿命じゃ釣り合わないと反対する」

 

「………先生、本当はどっちの味方、なんですか?」

 

ドラコは無表情に言うスネイプを見て慎重に尋ねた。今までずっとスネイプのコウモリっぷりには疑問を感じていたが、ここに来て本当にどちらの味方かわからなくなった。

 

「我輩は、君の味方だ」

 

 

 

 

 

……

 

 

ハリーが罰則を命じられどん底に落ちてるさなかにアラゴグが死んだ。

もう時間がない。ダンブルドアに命じられた仕事…スラグホーンの記憶を手に入れる最後のチャンスだ。

 

「フェリックスフィリシス。君、あれ僕に使ってないんだろ?今しかないだろ」

ラベンダーと円満に別れたロンは、ハーマイオニーをヨイショしながら提案した。

「アクロマンチュアの毒は希少だわ。スラグホーンなら喉から手が出るほど欲しがるはずよ」

「あー、そうなの?蜘蛛の毒液なんか?」

「サキが言ってたわ。北塔の裏の畑でよく取引してるらしいから行ってみたら?」

ハリーはキラキラした液体の入った小瓶の封を開けた。

そして震える手で、それを飲み干した。

 

 

 

……

 

 

 

 

アクロマンチュアの埋葬の夜、ハリーは校長室の前へかけてきた。

サキは虫に耳を当てて、合言葉を聞いた。

そして医務室にいるドラコが起きないことを確認してから白い手袋を嵌め、血の詰まった小瓶と大ぶりの解体用ハンマーをベルトに差した。

ダンブルドアは部屋にいない。急な外出は今までなかったのでどれくらいで帰ってくるのかわからない。けれども今や慎重に事を運ぶ時間はない。必要もない。

 

「ゲーゲートローチ」

 

サキはガーゴイルに合言葉を告げた。

ああ、なんと簡単なことか。私一人なら、なんだってできる気がする。危険だって全部自己責任だもの。どう暴れようが罰を受けるのはサキだ。

ドラコと一緒にあとのことを考えながらやるとしたら証拠を残さず慎重に事を運ぶ必要がある。

しかしそれすら今日は必要ない。

ばったり鉢合わせたっていい。

ダンブルドアは、サキが脳髄を食べるのをむしろ心の何処かで望んでいる節さえある。

その場で懇願するか、はたまた襲いかかればいいだけの話だ。

うまく行けば、ダンブルドアがすべてを丸く収めてくれるかもしれない。

止めてくれるかもしれない。

 

夜の空気はもう冷たくなくて、どこか生ぬるくて湿ってる。いつの間にか冬は終わって、春をこし、夏の顔がのぞいてる。

星星の明かりも冬の冴え冴えとした輝きは消えてシェードのような柔らかい光になっている。

サキは入ってそうそう、肖像画たちに目くらまし呪文をかけ、額縁を壁側へ裏返して粘着呪文をかけた。

肖像画たちは額縁から出られないのと視界を奪われたことで動揺し喚き立てている。

校長室は雑貨屋のようにごちゃごちゃしていたが、どれもこれも魅力的な品々ばかりで目移りしてしまう。だが品定めしている暇はない。

サキはまず呼び寄せ呪文を試したが当然失敗した。しかたなく椅子のすぐそばの机の棚を片っ端からさらった。

鍵は問答無用で血を使い開けた。それでもあかないものはハンマーで叩き壊した。

「……」

無言で、ひたすら。

不死鳥のフォークスは黙ってそれを見ていた。

黙々と作業をしても、まだ半分くらいしか改められていない。仕方が無いので端の方は諦め、ダンブルドアの手の届きそうな場所だけを重点的に開けていった。

見つけた闇の魔術の痕跡がある品だけ机に置いていく。

驚いたことに穴の空いたリドルの日記が一番開けるのに手間の掛かった引き出しの中に仕舞われていた。懐かしさに思わず手に取りじっくり眺めてしまった。

あの時、組分け帽から剣が出てきて九死に一生を得たのだった。サキは懐かしさにかられて帽子を探した。

椅子から見て正面の壁の上の方に帽子はいた。

サキは台を使って帽子を持ち上げた。彼はふと居眠りから覚めたような口調で布地の裂け目から優しげな声を出した。

「おやおや。マクリールの子じゃないか」

「…こんばんわ。起こすつもりはなかったんですが」

「いや気にせんでいいよ。どうしたんだね?ホグワーツの生徒がわしに興味を示すのは、入学式のときだけなんだがね」

「懐かしさに駆られまして。あなたのお陰で散々でしたよ、6年間。次はハッフルパフに入りたいな…」

「おやおや、不満だったのかい?けれども君が運命を信じている限り、またスリザリンに入るじゃろう」

「…帽子さんはご存知なのですか?私の血筋を」

「母親の方はね」

「あなた、本当はもっといろんなことを知ってるんじゃないの?」

「そりゃそうじゃ。わしを作ったのはダナエ・マクリールじゃからな。すこしは力が宿っているのかもしれぬ」

「あらま。親近感わくなあ」

サキはもっとお喋りをしていたかったが、肖像画たちがいよいよ怒り出し、異常を知らせる文句を叫びだしたので慌てた。

「ダナエ・マクリールの好でお伺いします。ダンブルドアはマクリール縁の品を他にもお持ちでは?」

「ああ。そこだよ、わしのすぐ下の棚にある」

思ったよりあっさりと、それは見つかった。

しかし棚の中にあったのは脳の瓶詰めではない。

 

それは記憶のはいった小瓶だった。

 

まるでサキを待っていたかのように、憂いの篩が重たい音を立ててせり出してきた。

 

 

 

………

 

 

赤毛の少女が微笑んでいた。

まるで恋でもしてるようなバラ色の頬をした少女がこっちをみて笑っている。

その少女以外の風景は不気味に歪んでいて、色も滅茶苦茶だ。劣化しきったフィルムみたいにザラついて、退色し、所々が溶け合わさっている。

後ろに広がる青空のお陰で辛うじてそこが屋外だとわかった。

 

「せんぱいは、本当に✕×が好きな、ね!」

「    」

「もう、自分の気持ちなのにき かな、。で…か?」

少女の発する声はボリュームがめちゃくちゃで何を言ってるのか聞き取れない。

目の前に大きく彼女の頭が映る。肩にもたれかかってきたらしい。顔が見えなくなったせいか私は少し安心する。

 

「私、せ×ぱいの事も、セ。る…の事  きよ」

「    」

「でもね、私はせんぱそ繝な人こそ、✕せになるべ、?と励◆縺ョ」

「     」

 

サキは、それが記憶であることを一瞬忘れていた。そして思い出した瞬間、均衡が崩れた鏡像は歪み、溶けていく。

 

「セ′∽サ・以外�蜿矩#友達を∩縺、見つけ縺ェ!繧当薙※びっ∵悽たの蠖」励◆縺ョ。で繧二ゅ€∽コ見ててヲ九※縺たわ▼縺ァって本縲√にてそ繝ちょっと悶嫉r螳ぐ医▲ね、ヲ縺ゅせんぱい£縺ヲ守って縺ュ窶げてヲ」

女の子はそう言って私に笑いかけた。私も笑って、その子の髪をなでた。朝焼け色の髪。私は彼女の髪の毛が好きだった。緑のくりくりした目も可愛らしくて素敵だった。私の髪の毛はまるで鴉の羽のようだったし、乾き始めた血のような目はなんだか不気味だった。正反対の彼女が羨ましい。

 

「リリー」

 

突然、誰かが背景から紛れ込んできた。抽象的な影がはっきり形を持って歩いてくる。

 

「先輩と僕の悪口を?」

「セまさ輔°!√意識過ォ螳ウだ繧ら」

「先輩も、リリーに変なこと教えないでくださいよ」

「    」

「ああ、もう!やめろってば!」

 

少年は顔を赤くして私を叩いた。

三人は微笑み合って、景色はパレットの上の絵の具みたいに掻き消えた。そして次はまばゆい光の中に放り込まれる。光の雨の中、遠くで誰かが立っている。

しかし人影はすぐに水面に映る影のように崩れて消えていった。

 

そこでまた、サキはこのとてつもなく主観的な記憶が誰かによって執拗に塗り重ねられた嘘だと気づいた。おそらく元の記憶は酷く損傷しており、記憶の持ち主が必死に補強したのだろう。

 

記憶の修正は高度な技術を要するが、この記憶は修正されたというよりもでっち上げられたと言っていいくらいに歪だった。

 

何もかもが印象派の絵画みたいにぼやけてめちゃくちゃで歪んでいてなにがなんだかわからなかったが、あの少年だけはなぜか、直感的に誰だかわかった。スネイプ先生だ。

 

……

 

 

突然胸ポケットにしまったコインが発熱した。気づけばサキは憂いの篩の前で立ち尽くしていた。

まさかと思い見ると、ドラコが冬に仕込んだホグズミードの探知網にダンブルドアがかかったらしい。

 

嫌な予感がする。

この記憶をみたあとだとなおさら混乱する。

なぜスネイプのうつる記憶が保管されているのか。あの禍々しい歪な思い出は何を示しているんだ?

母は、一体どうしてこんなものを残したんだろう。

 

スネイプ…彼はサキに脳髄を食べさせまいとしている。

ドラコ…彼は医務室で寝ているはず。

 

この焦燥感は一体何だ?

 

人生の残り時間。

ダンブルドアの暗殺。

ヴォルデモートの命令と意図。

 

ドラコの命。

先生の信頼。

 

サキの頭で幾つかの単語が結びついた。その言葉がたち導くのは至極単純な結末だ。

 

サキは慌てて地図を広げた。こういうときにダンブルドアが姿あらわしする地点は天文塔かハグリッドの小屋付近だ。

 

サキは二択で悩み、天文塔へ向かうことにした。

階段を全速力で駆け上がると心臓がばくばくして少ない血が全身をめぐる。血が足りない足りないと体が喚き立てて、脳が酸欠で気絶しそうだ。

 

サキが息も絶え絶えで駆けつけると、ダンブルドアを追い詰めたスネイプとドラコがそこにいた。

 

「エクスペリアームス!」

 

サキはほとんど反射で、ドラコがダンブルドアへ向けている杖を取り上げた。

驚きも感嘆もないただただ冷たく重たい沈黙がその場に下りていた。

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