【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども 作:ようぐそうとほうとふ
01.宵闇に蛇が這う
人気のない村の袋小路で、二人の黒いマントを羽織った男が杖を向けあっていた。
時代錯誤のその姿は見る者にとっては滑稽だったが、残念ながら畜産を主として営むこの村にはもう起きてる人間はいない。
二人は杖をしまうと、連れ立って夜道を駆けた。
背の高い男、ヤックスリーが不意に尋ねた。
「情報は?」
「上々だ」
鷲鼻の男、セブルス・スネイプは不機嫌そうな低い声で答える。
二人は下草が伸びっぱなしのここ5年は誰も踏み入っていなさそうな森の中へ入っていく。
「今回の情報はあの方の重大な関心ごとだ。少しの遅刻くらい大目に見てくれるだろう」
木立は闇に沈み、月明かりを遮っていた。二人がしばし歩くと影は突然途切れた。
馬車道だ。
馬車道の先には大きな鉄門があり、凝った紋様に蔦が絡みついている。
セブルスはその門の前で杖を振り、そのまま前に進んだ。
侵入者を阻む鉄門は砂のように霧散し、セブルスだけを通した。続いてヤックスリーも同じようにして入ってくる。
その先には些か手入れの行き届いてない、無駄に広い庭園が広がっている。噴水の水際に浮かんだ苔が、家主の忙しさを象徴しているようだった。
瀟洒な館からは僅かに明かりが漏れている。
二人は滑るように庭園を抜け、玄関へ向かった。二人の来訪を予期していたように、扉は勝手に開いた。
贅沢な調度品で飾られた玄関ホールを抜けがっしりした木の扉の前につくと、二人は襟元を正してノブをひねった。
客間の長テーブルには真っ黒な服を着た魔法使いたちが肩を寄せ合い座っていた。
「セブルス、ヤックスリー。ギリギリだな」
上座に座る、死神のような男はいった。
「席は空けてる。はじめよう」
骨を切り出したような真っ白な毛のない頭。窪みからこちらを見据える赤い瞳。蛇のような鼻腔。
ヴォルデモート卿だ。
長テーブルの上には、天井すれすれで一人の女が浮かべられていた。汚れたブロンドが青白い顔をしたドラコ・マルフォイの真上にたれていて、ドラコは何分かおきに上をチラチラと確認していた。
セブルスはヴォルデモートのすぐ右手に座った。
セブルスの隣に座る少女ー成人しているのでもう女性というべきかーはセブルスにだけわかるようにウインクをした。
「それで?」
ヴォルデモートはさっそくセブルスに尋ねる。
「来る土曜の日暮れ、実行されます」
「お待ちください」
ヤックスリーが横槍を入れる。
「私が掴んだ情報ですと、ポッターは成人するまで…つまり30日の夜中まで動かないはずですが」
「情報源は?」
「闇祓いのドーリッシュです」
セブルスはせせら笑った。
「錯乱されていたのだろう。闇祓いはもはや騎士団とは関わりがない。やつらは我々の手が魔法省にまで及んでいると考えている」
「その通りじゃないか!」
ドロホフが咳をするように笑うと、周りにも笑いが伝播していった。ヤックスリーはプライドを傷つけられムキになっていたが、ヴォルデモートは相手にせずセブルスに続きを促した。
「それで、やつはどこにうつされる?」
「騎士団の誰かの家です。考えうる限り最大の防衛策を施しているはずですので、一度はいられたら奪還は不可能かと。土曜日を前にして魔法省を手中に収めれば、破るのも容易でしょうが」
「ほう?どうなんだヤックスリー。土曜までにできそうか?」
ヴォルデモートはヤックスリーを見る。ヤックスリーは震えつつも、自信有りげに立ち上がった。
「それに関してはいい知らせがございます。パイアス・シックネスを服従させました」
「ほう?だがまだ一人ではないか。暗殺となるとまだ手数が足りんな」
ヤックスリーはしゅんとして座った。
その間をついて、マルシベールが口を挟んだ。
「マクリール嬢、あなたなら呪文を破れるんだし、輸送後に襲撃するのも可能では?」
話を振られたマクリール嬢ことサキ・シンガーはやれやれと言いたげにテーブルに肘をついて、言い飽きたと言わんばかりの不遜さで言う。
「いつまでたっても私の魔法をお手軽な呪文破りだと勘違いしている方が多くて困りますね。確かに子供騙しの防衛呪文ならすぐ見破れるし突破できます。どんなに堅牢で広大な範囲も、時間をかければ泡を割るように突破できます。が…」
サキはほんの一ヶ月で随分装いを変えた。スネイプのような黒い詰め襟の服をきて、伸びすぎた髪を後ろで一つにゆっている。垂れた毛先が時折物憂げに項の上で揺れている。目にはくまがくっきりと浮かんでいて、顔色も良くない。
しかし態度はデカかった。
「私の魔法は地味で地道なんです。仮に潜伏先がわかっても、日々強化されるであろう呪文を破るのは無理ですよ。あっちは四六時中目で見張ってて私の姿が見えた途端に攻撃してくる」
「となると、やはり移送中か」
「我が君、煙突ネットワークなどの移動手段はすでに抑えてあります。やつが現れればすぐに捕まえられるでしょう」
「騎士団もそれは承知のはずだ。小僧はおおっぴらに、体を晒して逃げるしかないわけか」
箒や動物、意外なところで絨毯といった個人単位で使える乗り物は限られている。しかし確実な手段だ。
ヴォルデモートは愉快そうだった。
「あやつは生きたまま捕まえるのだ。俺様が直々に手を下す」
テーブルに並んだ誰もが、不穏な空気を感じ取り、密かに視線を交わした。
「さて、やつを確実に殺すために…誰か俺様に杖を進んで差し出すものは?」
誰も手を挙げなかった。
ヴォルデモートは楽しそうな笑みを浮かべてルシウスの名を呼んだ。
「ルシウス、お前はもう杖を持っている必要はないな?」
「わ、我が君…」
ルシウスはアズカバンを経て随分やつれ、みすぼらしくなった。カタカタ震える手で杖を取り出し、ヴォルデモートに献上した。
「ルシウス、そう青い顔をされては、俺様が何か悪いことをしているようではないか?俺様がこうして再び戻るのが不満なのか?」
「とんでもありません!私はずっと、それを望んでいました。貴方様の、栄光を…」
ヴォルデモートは必死な顔のルシウスを鼻で笑った。ベラトリックスが大慌てでフォローに入る。彼女は少しでもヴォルデモートに嫌われたくないのだ。
「貴方様が再び君臨し、この屋敷にご滞在され、私は喜びのあまり身が震えます。我が君。この上ない喜びを私は感じております!」
「喜びか。そうだベラ、お前の姪に狼人間と結婚した魔女がおるらしいじゃないか。それも嬉しいか?」
ベラトリックスの表情が凍りつき、すぐに怒りで燃え上がる。周りはゲラゲラと笑い、ベラトリックスの怒りはますます燃え上がった
「そんな面汚し…私が必ず殺してご覧に入れます!」
「全く野蛮ですねえ」
突然サキが煽るように口を挟むと、ベラトリックスは身を乗り出してサキの方を見た。
サキは馬鹿にするように笑った。
「そんな顔してちゃあかちゃん狼人間でもぐずりますよ、レストレンジさん」
げらげらげらと下卑た笑い声に包まれ、ベラトリックスは顔を赤くして今にもサキを八つ裂きにしたいという表情をした。
「さて諸君、談笑もそこまでだ」
ヴォルデモートは笑い声を止め、宙に浮いた女性を指した。
「ゲストの紹介を忘れていたな。こちら、マグル学の教師を長年お務めになっていたチャリティ・バーベッジ先生だ。先生はマグルと我々の混血を推奨してらした」
周りからやじが飛ぶ。口汚い罵りが、哀れな魔女に浴びせられる。
乾ききった喉で、魔女は懇願する。
「セブルス…お願い、助けて……」
サキはそれを横目で見て、すぐに関心をなくしたようにそっぽを向いた。
「お願い、死にたくない。たす」
バーベッジ女史がすべてを言い終わる前に、死の呪文が彼女を貫いた。
事切れた彼女が、泥の詰まった袋みたいに長テーブルに落ちた。
「さあ、ナギニ。夕食だ」
バーベッジ女史が大口開けた蛇に食われると、そこそこ盛り上がっていた席も一気に醒める。あまり気持ちのいい光景ではない。
蛇は顎を外して大口を開け、ゆっくりゆっくり獲物を丸呑みする。いくら大きな蛇とはいえ人間大のものを飲み込むには時間がかかる。さらに消化にはもっと時間がかかるししばらくはテーブルから動かない。
会がお開きとなり死喰い人たちが去ってもナギニは長テーブルでじっとしていた。
サキはずっと同じ席に座ってナギニを眺めていた。蛇の長い体の真ん中がバーベッジ女史の形に膨れている。ツチノコみたいな滑稽な形をしているが、先程より膨らみが小さくなった気もしないでもない。ちゃんと消化してるようだ。
『素朴な疑問なのだけれども』
サキの問いかけにナギニはピクリと目を動かした。
『美味しい?味、ありますか?』
『いいや。ただ腹は膨れる。満足だ』
ナギニとはたまに二言三言話す。彼女はヴォルデモートに溺愛され、また彼女も溺愛していたが、話し相手には不自由していたようだ。
『私、最近味を感じなくて』
『味付けなど。ヒトは不便だな』
『ヘビはいいですね。それだけでかいもん食えばしばらく食べなくていいし』
『しばらく動けない。我が君はお忙しい。ついていけないのはいやだ』
『…すぐ動くとお腹が痛くなりますよ』
話せるとは言え種族が違うので、残念ながら価値観は合わない。
サキはダンブルドア殺害の翌日からすぐに仕事を任された。
仕事というよりは雑用だが、お得意の呪文破りだ。アズカバンは反旗を翻した吸魂鬼のかわりにガード魔ンが警備している。当然魔法省法執行部により防衛呪文(防いでいるのは内からか、外からかわからないが)がかかっている。
幸いヤックスリーが法執行部の職員なのでかかってる呪文のリストはすぐに手に入った。
呪文がわかれば破るのは容易だ。
以前サキはドラコに血の魔法について例え話をした。
杖の魔法が英語なら、血の魔法はアラビア語だと。
書かれている言葉がわかればすぐに書き換え破壊できるが、複雑な魔法は何が書かれているかわからないのでまずそれを読み解くことから始める。幾重にもヴェールのかけられた呪文を探るにはまずそのヴェールの隙間を見つけ、血を垂らし、その血が触れた部分の魔法の断片を解読し…という地味な作業がいる。
それが省ければマクリールの館にかかった呪文を解くように簡単に突破できる。
サキはカロー兄妹と共にアズカバンに赴きいとも簡単に牢を破った。
オーバーパワーにも程があるが、やはり欠点がある。
一番の欠点は、荷物が嵩張ること。万年貧血になるせいで鉄ジュースが手放せない。
そのせいで死喰い人の何人かはサキが吸血鬼なんじゃないかと噂している。
「サキ…」
ドラコが一人客間に残るサキに声をかけた。
「眠らないのか?」
「眠くない」
「君、顔が真っ青だ」
ドラコはナイフを弄るサキの手を握った。彼女の手は夏なのに冷たい。
「死人みたいだ」
「大丈夫。生きてるよ」
サキは何かに憑かれたように働いている。ドラコは何度か止めようとしたが、サキは今度こそ誰の言うことも聞かなかった。
「君、学校へは行くの?」
「行かないよ。意味がないからね」
「そうか…」
ナギニがそばにいるので迂闊なことは喋れない。
「おりゃ!」
サキは突然手をドラコの首筋に当てた。あまりの冷たさに鳥肌が立つ。思わず口から悲鳴が漏れかけたがなんとかこらえた。
「あったかーい」
「温まったらどけてくれ」
サキとセブルスはマクリール邸かマルフォイ邸を行き来している。こういう会の日はたいてい泊まっていくが、サキはいつも明け方まで起きている。
ダンブルドアの殺害に成功したセブルスは今やヴォルデモートの右腕といえる立ち位置だ。対象的にルシウスはドラコの献身に免じて許されはしたが扱いは以前より遥かにぞんざいだ。
サキは「手柄を立てて這い上がれ」の言葉通り、手柄を立てて立てて立てまくった。
闇祓いの調べあげた死喰い人の極秘資料を収容したキャビネットを焼き、護りが施された要人のベッドのサイドテーブルから秘密の合言葉を抜き出し、煙突ネットワークを利用する敵がいれば煙突を塞ぎ、隠れ家を暴き床下の財産を根こそぎ奪った。
ベラトリックスは当然そんなサキを好ましく思っておらず常日頃見張っているようだった。なにしろサキは頑なに殺人だけは拒み、酷いときは任務をばっくれた。
しかしそれでもサキは少なくとも今のところ反旗を翻す気はない。
ハリーが夏休みの間過ごすプリベット通りは幾重も呪文が張り巡らされ、近づくことすら叶わなかった。サキは呪文は破れても人の目に映らなくなるようにはできない。
サキは何度も何度もハナハッカを塗るせいでボコボコになった掌を見た。血を流すたびにどんどん皮膚は固くなっていき、痛覚を失っていく。
罪悪感も傷跡と同じように鈍麻していく。
サキはヴォルデモートの味方をするつもりなんて全くない。ただ、彼の側にいたほうが得るものが大きいと判断したに過ぎない。
少なくともドラコは危険に晒されないし、セブルスの信用も揺るがない。
セブルスは最初こそサキの動きを止めようとしたが諦めた。
「何回言っても辞めないならせめて我輩の言うことを聞いてくれ」
セブルスはいつになく真剣な顔で言った。
「我輩は今年ホグワーツの校長に就任する」
「え、大出世ですね?パーティーとかやりますか」
「やらん。故に闇の帝王の動向を掴みきれん。ハリー・ポッターの動向もだ」
「全くわからないんですか」
「そうだ。サキ、君は我輩の味方だな?」
サキは笑って、セブルスの手に自分の傷だらけの手を重ねた。
「この血に誓って」
セブルスはその手を握り囁くように言った。
「君を信頼している」
「私もですよ。先生」