【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども   作:ようぐそうとほうとふ

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04.さらば、愛の言葉よ

「それで…ハリーたちはなぜあなたに?」

 

頑なに口を閉ざしたアンブリッジは少なくともサキの前ではメッキが剥がれていた。突然尋問官として現れたサキを見るとすまし顔は急に真顔になり、次に瞳に猜疑と怒りが灯った。

しかし現在はなんとか、彼女の固い口は開いている。

99%は真実薬の功績だが1%くらいはサキの話術だと信じたい。

「わかりません」

アンブリッジが狙われた理由について、彼女に心当たりは無いらしい。あれだけの暴虐を働いて全く心当たりがないというのもぞっとするが。

「それじゃあハリーたちは何しに来たんですか?わざわざあなたをぶん殴りに来たわけないでしょう」

「ポッターは、私のロケットを奪いました」

「ロケット?えー…つまり装飾品?」

「そう、そうです」

真実薬のおかげで随分スムーズに会話が進んでいるが、飲ませる前までは殴り合い一歩手前なくらい二人の会話は噛み合っていなかった。本当に薬というものは偉大だ。

「どんな形のです?」

「スリザリンの紋章が入っていましたわ」

「スリザリンの?ふうん。…家宝とか?」

アンブリッジは死ぬほど苦い薬を飲まされた顔をして

「いいえ」

といった。

「じゃあどこで買ったんです?」

「買ったのではありません。違法露店から没収しました」

「なぜそんな物を?」

「それは…権威が、血筋が、重要だからですわ」

「へえー耳が痛いや。マグル生まれ狩りなんてするくらいですもんね。ひょっとしてあなたの血にも何かやましいことが?」

「私は、半純血です!」

突然怒り出すアンブリッジにサキはすこし臆し、手錠で動けないことを思い出して一呼吸おいた。

「あなたの生まれはどうだっていい。そのブローチは誰から買ったんです。名前は?身なりは?」

「名前は…わかりません。薄汚い小男でしたわ。どこにでもいるような…」

「ふうん。全然伝わらない説明をどうも。じゃあ記憶をここに入れてください」

サキはフラスコを取り出し、杖も渡してやった。

アンブリッジは従順に記憶の糸をフラスコへ入れる。うんうん。いい気味。

「盗品では身分は保証されませんよ。ミス・アンブリッジ。あらためてマグルかどうか調べてからの復職ですね」

「シンガー…」

アンブリッジはできることなら今ここでサキの首を絞めたいといった顔をしていた。

「だめですよ、嘘をついちゃ」

勝ち誇ったようにサキは笑い、玄関ホールから堂々と出ていった。

 

サキ・シンガー。

新体制の旗頭。つなぎさん。かっこいい二つ名がつき始めた頃にはもう冬も深まり、クリスマスが近づいていた。そんなときにヴォルデモートからお呼びがかかった。

 

死の秘宝、ニワトコの杖を求める旅は容易ではない。それこそマクリールの魔法の出番だと思ったが、彼女の家に残された書物を探すには時間が足りないしサキに目的を知られたくなかった。

ヴォルデモートは魔法省制圧やホグワーツ陥落をすべて部下に任せ、ひたすら旅をしていた。

杖作りのオリバンダーからグレゴロビッチにたどりついた。しかし肝心のグレゴロビッチはどこの馬の骨とも分からない若者に杖を盗まれていた。

 

「全くままならぬ」

 

マクリールの屋敷の庭は以前訪れたときより整備され、雑草や埃ははらわれていた。しかしそれ以上は手を付けられていないのか、植木たちは自然の赴くままに歪に繁茂している。

 

「貴方も疲れを感じるんですか?」

 

サキ・シンガーはいつもより背筋を伸ばして、まるで呼び出しを受けた生徒のように緊張気味に向かいに座っていた。

「何故疲れていると?」

「なんとなく」

「俺様とて人間だ。眠りもすれば疲れもする」

「そのジョーク、ウケますね」

サキはいくら頬を張り飛ばしてもくだらない冗談を続ける。もうそういう性癖なのかもしれない。

「あの、どうして今日は私を?」

サキはおずおずと切り出した。個人的に呼び出されたことで警戒しているようだ。

「娘と話すのに用がなければいけないか?」

「急に父親ヅラされても困ります」

「はっ!母親そっくりだな」

「よく言われます」

サキはそれでもいつもの調子で紅茶を出す。彼女の紅茶は苦すぎてとても不味い。

「本当に、そっくりだ」

「一つ疑問に思っていました。貴方は母をどう思ってるんですか?つまり…その。わかるでしょ?私が生まれた」

「くだらんな。愛情でも抱いているとでも?リヴェンはリヴェンの血統を遺せて、俺様のスリザリンの血も遺す。利害の一致だ」

「そうですか。安心しました」

「安心?」

「愛されてなくて、よかった」

「愛について…ダンブルドアなんかは妄信的に善なるものとしていたが、お前は違うようだな」

「愛は尊いものですよ。けれども、あなたの愛なんてごめんです。愛されずに育ったあなたの愛なんてね」

「お前とて同じだ。母親は死に、俺様にははじめから棄てられている」

「ええ。だから私たちは、神様から嫌われている。子どもにとって親は神様です。親のいない私たちはずっと奈落の底」

「面白い解釈だな」

ヴォルデモートはやけに噛み付いてくるサキをじっくりと見た。前より鋭く尖ったガラスの破片。

しかしサキは突然鉾を収め、仕事の話へ戻る。

「アンブリッジ他魔法省でハリーと接触した人たちに話を聞きました。ハリーたちが大法廷に現れたのは偶然かと。ハリーが化けていたランコーンは執行部のものでしたから」

「アンブリッジはただその場にいたから襲われた、と?」

「ロ…ウィーズリーが化けていたカターモールの妻がちょうど尋問にかけられていました。余計な情でも感じたのでは?」

「そもそもなぜ魔法省へ来たのだ」

「さあ。化けた三人の共通点は通勤時間が同じことくらい。一か八かにしては無謀すぎますよね」

「もう少し、調べておけ」

ヴォルデモートはじっくり考え込むように顎を撫ぜた。

「ダンブルドアに何を命じられたのか…ダンブルドアは何をしようとしていた?」

ぶつぶつと独り言を言い出すのを見て、サキは紅茶のカップを下げに台所へ行った。戻ってくる頃にはもうヴォルデモートはいなかった。

挨拶もなしかよ。

サキはため息をついてさっきまでヴォルデモートが座っていた椅子に座る。ほんの少し温かい。

 

ドラコもセブルスもいない一人きりの屋敷で、サキはじっくり思案した。

スリザリンのロケット。

ハリーが危険を犯してまで奪ったものの価値を。

 

 

ジニーはマルフォイから手紙を渡されて驚いた。内容を見て更に驚いた。

マルフォイはホグワーツに戻ってきて、スリザリン寮を統率している。当然ジニーたちグリフィンドール生とは敵対する立場なのだが、どうも違ったようだ。

 

「そこで何をしている?」

 

ジニーが校長室のガーゴイル前でクソ爆弾を仕掛けていると、後ろから気取った声が聞こえた。ネビルたちが入念にカローやフィルチを引き付けたのに、まさか見つかるなんて。ジニーが振り向くとそこにはドラコが立っていた。

ジニーは複雑な心境で彼を見た。

ダンブルドア殺しに協力した…ただし、サキのために。

「なんでもないわ」

「用がないならとっとと失せるんだなウィーズリー。馬鹿な兄貴たちから何も教わらなかったのか?」

ドラコはまるで張り付いたガムを見てるように吐き捨てる。ジニーはかっとなって思わずポケットの上から杖を触った。

「あなたこそここで何してるの」

「お前には関係ない」

ドラコは不意にポケットを弄った。ジニーは反射的に杖を構えた。それを見てドラコは呆れた顔をした。

「ここがどこかいまいちわかってないようだな。お前の家族は標的なんだぞ。口実があればお前をしょっぴいて人質にする」

「望むところよ」

「お前の両親がそれを望まないだろうよ」

ドラコは杖も構えずジニーの方へずんずんと寄った。ジニーは杖で撃退しようとしたが躊躇ってしまう。なぜドラコが杖を持たないのか…その理由を考えてしまったからだ。ドラコが杖の代わりに持っていたのは手紙だった。

「もうここには近づくな」

それをジニーに押し付けると、ドラコは話はこれで終わりだと言わんばかりに肩を怒らせて来た方向と同じ方向に帰っていった。

 

ジニーは押し付けられた手紙を見て罠かと思ったが違った。パーシーから家族へあてた手紙だった。

 

なぜマルフォイが持っているのか、ジニーにわざわざ届けたのか。マルフォイと直接話せない以上すべてを知る由もなかったが、ジニーは直感的にサキが関わってるのだと思った。

 

新体制のホグワーツは準アズカバンと言っても良かった。生徒たちに自由はなく、常に監視され、統率されていた。教えられる内容は純血主義への讃歌と差別思想。体罰は当たり前で、フィルチ待望の鞭打ちも復活した。

特に最悪なのはカロー兄妹で、残忍性をここぞとばかりに発揮していた。スネイプは校長に就任したがほとんど姿を見せなかったのでまだ無害だった。

 

 

………

 

 

セブルスはサキが入手したアンブリッジの記憶を数回見て、ハリーが奪取したロケットが分霊箱であると断定した。ダンブルドアの肖像に報告すると、フィニアス・ナイジェラスに密に連絡を入れさせろと命令が出た。

分霊箱の破壊のため、サキにはゴドリック・グリフィンドールの剣の本物を預けてある。近々それを使うときが来るらしい。ちなみにベラトリックスの金庫にある贋作は神秘部にあったマクリールの物品倉庫から似たものを選び出し、サキが無理やり加工したものだ。

ゴブリン製の鋼を再現する研究なんてものもしていたらしい。あの一族は揃いも揃って職人気質のようだ。

サキは自分の加工に納得がいかないらしく、なかなか手放そうとしなかったが素人目にはわからないだろう。

「一応ヴォ…あの人には嘘つきましたよ」

とサキ。

「上々だ」

セブルスの褒め言葉ににこっと微笑む。

「ドラコは元気ですか?」

「…わからない。我輩はあまり校長室から出ない」

「えー。会っていっていいですか?」

「ダメだ」

 

緊張感がないのも考えものだと、昔と同じようにため息をつきたい気持ちになった。

 

「そうだ、先生。赤毛の女の子って知ってます?」

「ウィーズリーか?」

「そーじゃなくて、先生の同級生とかに。もしくは母の友人に」

セブルスは眉をひくっと動かした。心当たりはあるようだが、みるみるうちに表情が沈んでいくのがわかる。

先生はいつも不機嫌で無愛想だが実はかなり表情豊かでよーく見てればわかりやすいのだ。

 

「それはおそらくリリー・エバンズだ」

「ふうん?誰ですか。今どこにいます?」

「死んだ」

 

セブルスは見たことないくらい悲しい顔で言った。

それ以上は話さなかった。

 

 

 

ナギニが傷ついて戻ってくると、ヴォルデモートは半狂乱でマクネアに詰め寄り魔法生物用の治療薬を持ってこさせ、数日マルフォイ邸の一番豪華な客間に篭った。

クリスマス休暇で戻ったドラコは真っ青な顔で休みを過ごす羽目になった。生きた心地がしないとはこのことで、気が立ったヴォルデモートを少しでも避けようと二人はハリーとハーマイオニーが現れたゴドリックの谷へ向かった。

現場となったバチルダ・バグショットの家は粉々に吹き飛んでいて、遠目に見るとガス爆発でも起きたかのようだ。

ゴドリックの谷はグリフィンドールの生まれた土地であり、ダンブルドアの育った土地だ。

「それでハリーの生まれ故郷でもある、と」

サキは焦げ付いた絨毯の上に積もった雪を払い除けて慎重に残留物を探した。

「何もないけど、静かでいいところだな」

「将来はこういうとこで暮らしたいもんだよ。スピナーズ・エンドは下水に住んだほうがマシなくらいだったし、マクリールの屋敷は森しかない」

「僕の家もまあ静かっちゃ静かだ」

「あれは十分不便だよ。私は徒歩10分圏内にスーパーマーケットがない場所なんて、本当はゴメンだね。ここは雑貨屋があるからセーフ」

「悪かったな、田舎で」

ドラコもサキに付き合って地面にある木の破片を寄せ集めた。すでにマルシベールたちが検分したあとだが、サキは結果に満足していない。ハリーの着ていた布の繊維くらいは残ってるはずだと強固に主張し探し回ると、ようやく納得しそうな痕跡を発見した。

「これ、杖の破片かな」

「どれどれ」

サキはドラコがつまみ上げた他の家具と色味が違う爪くらいのかけらを見て満足そうにシャーレの中にしまった。

「杖だね、これは。大手柄」

「なぜわかる?」

「まず断面が木のくせに美しい。光沢からして手垢もついてるし、ほら…ここの内側の溝に動物の毛っぽい繊維がある」

「ふうん…誰の杖だ?」

「そこまでは…ね。でも幸い君んちにはオリバンダーがいるからすぐわかるでしょ」

「確かに」

ドラコはまだ付き合ってくれた。指先からどんどん凍ってしまいそうなくらいに寒いけど、とれてしまうまえには撤収した。

爆発と死喰い人の来襲のせいで住民の目は冷たい。しかしもうサキはそんなことを気にしない。

 

手配書に書かれた家のドアノブを開けて、ノブに吊るされた死体を見た。

キャビネットに閉じこもり、そのまま焼かれた死体を対のキャビネットから取り出した。

凍死した囚人の腹の中から鍵を取り出した。

と畜場のような有様のグレイバックの食事の後片付けもした。

死喰い人のやりたがらない仕事を全てやってやった。だから今更、人の目なんてどうだっていい。

 

でもまだ足りない。

ダンブルドアの命とまだ釣り合わない。

ヴォルデモートを殺すために奥まで飲み込んで貰わなければいけない。彼の喉元に刃を突き立てるまであとどれくらい手を汚せばいいんだろう。

母の過去を取り戻す魔法が欲しかった。

いくらでもいい。死んだっていい。

 

「サキ?」

「…ん?」

「今、何考えてた?」

「特に何も」

「本当に?凄く真剣な顔をしていたけど」

「今君とキスしたらいい思い出になるかなって考えてたのさ」

「嘘で言ってるなら許さないぞ」

「とんでもないよ。ほら。雪景色、二人きり、教会が微かに見える廃屋の下。ロマンチックじゃない?」

「相変わらず小汚い場所が好きなんだな」

ドラコは呆れて笑って一歩近づいた。

サキが思ってたより暖かい体温が指先を溶かしていった。皮膚の薄い部分から、血の熱さがわかる。

凪のような時間が過ぎた。

冷え切った体の中で唇と頬と心臓だけが熱かった。

 

 

……

 

 

私たちは神に愛されなかったとサキ・シンガーは言った。

ヴォルデモートはその言葉を聞いて以来、墓すらない自分の母親の事がずっと頭の何処かにちらついているせいで不安定だった。大切な土台が引っこ抜かれたようにグラグラ揺れる。

愛などと馬鹿なことを口走るのは逃げだ。生の闘争から逃げる口実だ。

 

「心配しなくても、生得的に備わっているものだわ」

 

と、リヴェンが話していたのを思い出す。

あれは彼女の取引が終わったあとの会話だった。

「お前のような冷たい人間が親になるなどお笑い草だな」

ヴォルデモートのからかいに対する答えがそれだった。

相変わらず通じているようで通じていない返答だったが、もう慣れてしまっていた。

「最も…私ができる親らしい事は血肉を分け与えることくらい」

「死ぬからか?」

「そう」

「お前の死はどんなものだ?俺様に殺されるのか?」

「生憎だけど、私は私によって殺されるの。あなたには絶対にわからない」

「今殺せば俺様が正しいということになるが?」

「あなたはそんな事しないわ」

リヴェンは愛情からそんなことを言うんじゃない。信頼からそんなことを言うんじゃない。ただそれを知ってるだけだ。親しげに見えるのだって、人間らしく見えるのだって全て彼女が人の心から遠いからだ。

「私は、空っぽになるから死ぬのよ」

「空?」

「貴方は、どうするの?」

「相変わらず会話をする気がないようだな」

「あるわ。あなたとの会話はいつだって有意義」

彼女はあからさまな嘘をつき、それ以上語ることはなかった。

 

永遠の命を望んでいた。

強さを求めてここまできた。

行く手を阻むものは、もうポッターのみ。

あの小僧を殺せばリヴェンの言っていたことがわかる気がした。

彼女を蝕む空虚はなんだったんだろう。

 

サキ・シンガーはリヴェンの脳を食えば、それを理解できる。

トムがそれを食べても絶対にわからない。

サキがほんの少し、羨ましく思えた。

 

そんなかすかな過去への憐憫を味わって、ヴォルデモートはついに杖作りのグレゴロビッチからニワトコの杖を奪ったこそ泥の正体を突き止めた。

 

ゲラート・グリンデルバルド。

 

アルバス・ダンブルドアの最初の仇敵が、すべての鍵を握っているはずだ。

 

 

 

 

 


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