【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども   作:ようぐそうとほうとふ

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09.鏡と記憶②

朝起きると、外は出れないほどの大雪だった。ソファーで寝ていたサキにはいつの間にか毛布がかけてあった。

きっとこの学校のしもべ妖精のおかげだろう。

彼らの姿は一度だって見たことがないがサキが野宿で飢えの余りに食べたいものをぶつぶつつぶやいていたら、いつの間にかサンドイッチの包みが置かれていたことがある。

 

パキパキに乾いた血を濡れたタオルでふき取ると、左腕の傷の原因がわかった。

よく分からない記号のような引き攣った傷が出来ていた。全く心当たりがなく、サキは首をひねって軟膏を塗った。

広間には誰もいなかった。昨日のことについてハリーとロンと話したかったが肩透かしを食らってしまった。

かと言って静まり返った談話室に戻る気にもなれず、宛てもなく極寒の校内を散歩した。

あの4階の廊下に行こうかと思ったがスネイプの忠告を思い出す。

クィレル先生と廊下には近づくな…。

そういえばクィレル先生はクリスマス休暇に行ったんだろうか。晩餐で姿を見ないということはそういうことなんだろうけど。

4階の立ち入り禁止の廊下を避けるように角を曲がると、突然目の前が真っ暗になった。

「わ?!停電?!」

思わずサキが腕を振り回すと、布が腕に絡みつく感触と同時に洗剤のいい香りがした。

「気のせいでなければ、我輩はここをうろつくなと忠告したはずだが」

腕に絡みついてるのはよくよく見るとスネイプ先生のローブだった。

サキがめちゃくちゃに腕を振り回したせいでまるでスカートめくりみたいにローブをまくってしまっている。

「あっ…先生…違いますよ!ちゃんと避けて通ろうとしてたんですよ!」

スネイプは無言でローブの裾を正し、いつも通り不機嫌そうな顔でサキを一瞥した。

「寮できちんと寝ているようだな。ここの所は」

しかし先生の機嫌は必ずしも表情と一致してない。眉間に刻まれたしわは伸ばすのが困難なだけで、浅い時は実はそこまで不機嫌ではないのだ。

「寒いですからね。あっ!そういえばプレゼントありがとうございました。」

「こちらこそオーデコロンをどうも」

あまり有難がっている様子ではないがサキはにこやかに微笑んだ。

「母、は…なんで鏡なんか預けたんですかね?」

「あれは恐らく彼女の手製だ。あの人は魔法の道具を作るのに長けていた」

「そうなんですか。器用な人だったんですね」

魔法の道具って作れるんだ。そりゃ誰かが作ったからそこにあるんだろうけど。

スネイプは母親の友達だと言っていたがどれくらい彼女のことを知っていたんだろう。

後見人になるくらいなんだからそれなりに仲が良かったはずだ。けれども屋敷に週に一度様子を見に来てくれたときも、一緒に夕食を取ったときも、母親であるリヴェン・マクリールについて話したことはない。

「母ってどんな人だったんですか?」

「優秀な魔女だった。」

「私に似てますか?」

「君はリヴェンに瓜二つだが、目つきは君の方が優しい。」

「へえー。だからですかね、初めて会った時ちょっと驚いてましたよね?」

「11歳になるまでまったく、君を見たことがなかった。正直驚いたと言わざるを得ない。まるで…」

スネイプは言葉を切って、選ぶように間を置いた。

「リヴェンと初めて会った時のようだった」

「同い年なんですか?」

「彼女が3つ上の先輩だったのだ。…そう思うと君の方が背が高いかもしれん」

「そうだったんですか。」

くしゃみが出そうになる鼻を押さえて、サキは頭の片隅で母親の姿を思い浮かべる。険しい目つきで、ちょっぴり背の低い自分。

やっぱり実感がわかない。屋敷にいる間、一度は母親の姿が気になり写真を探した。しかしいくら探しても出てこなかったのだ。

「…先生。あの、記憶をひゅーって抜くやつありますよね。あれって一度抜いたら思い出さないはずですよね?」

「いいや、そんな事はない…。だがダンブルドアが君に施した処置ならば、憂いの篩以外で思い出すようなことはない。」

「そうですか…」

そうなるとますますあの鏡は怪しい。ハリーたちにもちゃんと忠告したほうがいいかもしれない。

考え込むサキを見て、スネイプの眉間のしわがだんだん深くなっていた。

変に詮索される前にずらかろう。

「いやーそれにしても廊下は寒いですね。先生の研究室行ってもいいですか?」

「ダメだ」

取りつく島もない。

断られるのはわかっていたしここで許可されても困るのだが。

「じゃあ私は先生の出したバカみたいな量の課題をやるので失礼します」

「あの程度で根を上げるようでは今後が思いやられるな」

「ぬ…」

言い返すことができないサキをちらっと見て、スネイプは無言で横を抜けていった。

たなびくローブの端を見送りながら、ハリーたちがスネイプを疑っていることを告げようかという考えが頭をよぎった。

しかしサキは口をきゅっと閉じて昨日の鏡のある部屋へ向かった。

なぜ疑ってるのかと言われれば、ハリーたちがあの犬のことを知ってることがバレてしまう。

スネイプはハリーを目の敵にしているし、よりハリーに辛く当たる事もありえる。

しんしんと降り積もる雪が真っ白に輝いて、外は明るかった。

部屋に入るほのかな明かりが鏡を照らしている。

なるべく鏡面を見ないように、サキは急いで裏に回った。

魔法のかけられた形跡を見つける術を知っているわけではないが、もしこの鏡が特別なものならどこかに製作者の名前だとかこの鏡の名前があるはずだ。

鏡の名前はすぐわかった。鏡の枠に《みぞの鏡》とある。ついでに説明文と思われる謎の英文だ。

ただしアルファベットこそ並んではいるが知らないめちゃくちゃな単語ばかりでなんて書いてあるのかわからない。

サキはじっくり鏡の裏面を観察した。

隅から隅まで見渡すと鏡の枠に使われている木が随分古いものなのがわかる。上からなにか加工がされているらしく劣化は無いに等しい。木なのに芯からヒンヤリして、ツヤツヤした手触りだ。

しゃがみこんだら鏡の底面に署名のようなものを見つけた。

僅かに浅く掘っているらしい。光の加減でよく見えないがサキはなんとか指先で触ったり必死に頭を動かして解読した。

《ダナエ・B・マクリール》

マクリール。聞き覚えがある。母親の姓だ。

偶然の一致だろうか?

サキは恐る恐る鏡の正面に回り、なるべく鏡面を直視しないよう伏し目がちに表の枠を手でなぞった。

屋敷にあった食器やら装飾品にある家紋がどこかしらにあるかもしれない。

探すと、四隅に家紋があるのを発見した。紋様に紛れてわかりにくいが、確かにリヴェン・マクリールの屋敷にあるものと同じだ。

「おやおや…見つかってしまったようじゃの」

突然声がしてサキはギグっと振り返った。

優しそうに微笑むダンブルドアが戸を開けて立っていた。

「校長先生…あの…」

ダンブルドアは気まずそうな顔をしたサキに微笑むと鏡をそっと撫でた。

「これは魔法の鏡でな。みるものの望む姿を映すんじゃよ」

「そうじゃないかと思ってました」

サキの沈んだ声をダンブルドアはどう思っただろう?しかしサキは語気を取り繕う余裕もなく鏡から目をそらしているのを悟られないようにしていた。

「この鏡は、君のご先祖様が作ったものじゃよ」

「さっきサインを見つけました。全然実感がわかないですけど…」

「それもそうじゃろう。もうこれは何十年、何百年も前に作られたはずじゃからのう」

ダンブルドアはサキの胸中を知ってか知らずか、気楽に笑う。

「マクリール家は由緒ある家柄だが…決して表舞台に現れなかった。君のお母さんも、闇祓いから死喰い人までいろいろ勧誘があったはずじゃが、結局神秘部へ入った」

「神秘部?」

「魔法省の中の、神秘に関する研究をしている部署じゃよ。具体的なことはわしにも、だれにもわからない」

「そうだったんですか。物好きですね、母は」

「血筋じゃろう。君のおばあさま…クイン・マクリールもわしの教え子じゃった。優秀にもかかわらず、家業を継ぐためにどこにもいかなかった」

「家業ですか。商売をしていた感じはなかったですけど…」

「それもまたわしにはわからない。彼女達は全員神秘主義者でのう」

どうやらサキとは気の合わない親族たちだったらしい。サキは神秘的なことは好きだが探求だとか研究だとかは苦手だし、実学のほうが好きだった。

「じゃから、この鏡になにか別の神秘的な魔法がかかっていても不思議ではない」

ダンブルドアの言葉に思わず彼の目を見つめてしまった。優しい目がじっとサキを見つめ返す。

ダンブルドアはサキが異常なものを見たことを察したと明言しているわけではなかったが。その眼差しは何もかも知ってるようだった。

「なんで…」

うまく言葉をつなげられなかった。しかしダンブルドアはサキの思いを汲むように鏡に視線をやりながら答えた。

「普通ならば鏡の虜になるからのう。」

「先生…だとしたら何故私だけ鏡に望みが映らないんでしょうか」

「君だけだとしたら、それは血の絆のせいじゃろう」

「血…?」

「そうじゃ。血の繋がった者にしか通じ合わないなにかがあるのかもしれぬ。」

「魔法ってそういうものなんですか?」

「そういう魔法もあるんじゃよ」

煙に巻くようなことを言って、ダンブルドアはいたずらっぽく笑った。

サキにはよくわからなかった。

「さて、サキ。そろそろ夕食の時間じゃの?」

「え…もうそんな時間ですか?」

「そうじゃ。こういう雪の多い日は時間の感覚がおかしくなってしまう」

ダンブルドアはにこやかに微笑むと、サキの背中をそっと押して部屋から出した。

「わしも一緒に大広間に行こう。今夜はハグリッドが獲ってきた新鮮な豚肉でソーセージを作ったらしい。わしは茹でたソーセージが好きでのう」

「手作りですか。すごいですねえ…でもソーセージなら私は焼いた方が好きですね」

「ほほう。それではしもべ妖精たちに焼いたものも用意してもらおう」

ダンブルドアと一緒に大広間に着くと、ハリーとロンは驚いた顔をした。

「まさか昨日のことで…?」

「違うよ。まあ鏡の部屋で見つかっちゃったんだけどさ」

「それじゃあダンブルドアにばれちゃったの?」

ハリーがショックを受けた様子で尋ねる。

「ううん、君たちのことは言ってないよ。でも…あそこに行くのはもうやめたほうがいいよ」

「僕もサキと同じ意見だよ、ハリー。ハリーったらここのところ気もそぞろなんだ…」

「あの鏡は見た人の望むものを映すんだって。鏡に映るものの虜になっちゃだめだよ」

「僕はそんなんじゃない。ただ…」

ハリーの言葉はしりすぼみになっていき、最後は聞き取れなかった。

ロンがまた何か言う前に、フレッド、ジョージに尻を叩かれておかんむりのパーシーがやってきて、テーブルにご馳走があらわれた。


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