【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども   作:ようぐそうとほうとふ

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05.Big Brother is watching you!

オリバンダーにバチルダ・バグショット宅で採集した杖の破片を見せたところ、ハリー・ポッターの杖だと断言した。

オリバンダーは伸び切った白髪を撫で付けながらその破片を愛おしそうに眺めている。杖作りにとっては我が子の亡骸でも見るような気持ちなのかもしれない。

「杖が折れた魔法使いはこれからどうするんですか?新しいのを買おうにもあなたは居ないし…」

「そうだね。誰かの杖の忠誠心を勝ち取るしかないだろう」

「杖の忠誠心?」

ドラコが不思議そうに言った。

「そうだとも。杖は自分で決めた主に従う。盗んだ杖の動作不良を訴えてきて捕まったやつは何人もいるよ」

「お間抜けな話ですね」

「ああ本当に」

「忠誠心を勝ち取るというのは?」

ドラコが興味深そうに尋ねると、オリバンダーは饒舌になる。

「杖の忠誠心を勝ち取りたい場合、決闘や戦いの場で相手から杖を奪うのが主流だ。大昔には持ち主の寝首をかいて奪うようなやつもいたが…まあ要するに相手に優ればいいのさ」

「じゃあ私とドラコがここで決闘すれば杖は私のもの?」

「なんで君が勝つ前提なんだ」

オリバンダーはくすりと笑って付け足す。

「マクリールの家系は杖の所有権を得られないんだよ。決闘で勝ち取ったところで使えないだろう」

「え?じゃあこの杖って」

「特別製さ。その杖は忠誠心も何も持たない代わりに君たちの家系しか使えない」

「じゃあ僕が君を負かしても使えないのか」

「そうだね。まあそういうのは稀さ」

「そういえば決闘の勝敗も杖を奪ったらで決めるし、あの形式って筋は通ってるんだな」

「あー、じゃあ例のあの人がルシウスさんの杖で失敗したのは忠誠心を勝ち取れてなかったから?」

「恐らくそうだろうね」

「面白いですねー杖作り」

地下牢の中はいくらかは快適になった。オンボロだがソファーも置いてあるし、毛布もある。囚人は今のところオリバンダーだけなので事足りる。

「ご協力ありがとうございます。それじゃあまた」

オリバンダーは話し相手ができたことで前よりは生きる気力を取り戻している。だが老体に1年以上の獄中生活だ。蓄積した疲労は彼の寿命をじわじわ削っているだろう。

 

ドラコは休暇が終わるとホグワーツへ帰った。

サキは相変わらず下請け業者として魔法省へ出入りしてパーシーから文書を受け取った。

しかしマグル狩りもいよいよ大詰め…というか虱潰しの段階に入り、人さらいと呼ばれる連中が事前報告もなしにイギリス全土を彷徨い歩いて見つけ次第検挙してくるものだからコントロールの仕様もない。

せいぜい逮捕者、獄死者の名前がズラッとかかれたリストを忍ばせるくらいしかすることが無い。

 

それらのリストはラジオ局へ送られた。

ラジオはどんどん長くなっていくリストに毎回文句をつけていた。

ラジオを聞いている限り、誰もハリーの行方を知らない。

魔法省内はもはや隠しだてなく死喰い人の統治下にある。

主要ポストは純血が占め、そうでないものは窓際に追いやられた。そしてアズカバン行きのサインをし続ける仕事をさせられる。友達も親戚も、時には自身の家族さえも地獄に追いやるやな仕事だ。

 

ヴォルデモートの統治は恐怖による圧政だった。

徹底した監視社会はハリーが捕まるまで続くだろう。今や隣人さえ貴方の書く手紙の中身を知っている。(Big Brother is watching you!)

 

 

……

 

恐怖政治が学校でも勢力を振るい始めジニーは校内でできる精一杯のことを試そうと思い、ネビルやルーナとともに作戦を練っていた。

ハリー達がいなくなってから、ネビルはDAの頼れるリーダーとなっていた。

 

ジニーは校長室に侵入するために周辺を探っていた。勿論かなり監視の目が厳しい上に何故か呪文が効かなくなる場所があるせいで校長室に続く階段にすら近づけなかった。

その階段のそばで、もう会えないと思っていた人物とばったりあった。

「え…サキ…?」

「おわ、ジニー!元気ー?」

「ええ、ってそうじゃなくて…何しに来たの?」

「定時巡回みたいな。ホグワーツ警備の下請けの下請けなんだ」

「あの人のもとで働いてるのね…」

「ううん。スネイプ先生が上司だよ」

サキは拍子抜けするほどいつも通りで、変わったところといえば外見くらいだった。

「何か用事?取り次ぐ?」

「馬鹿言わないでよ。…サキ、今話せる?」

「そうだね…10分待って。必要の部屋わかる?」

「わかった。そこで待ってるわ」

 

サキは微笑むと校長室の方へ上がっていった。

ジニーは必要の部屋を開けた。そこは以前プリンスの教科書を捨てた巨大な物置だった。今のジニーに必要なのは物置らしい。よくわからない。

ハリーはマルフォイに怪我を負わせてやっとあの教科書を捨てる決心をした。ハーマイオニーの推薦でジニーとともにここに来て、捨てた。その思い出がジニーにとって必要なのかもしれない。

ジニーはずっとハリーが好きだった。けど、ハリーはずっとサキが好きだった。

諦めたつもりでいたけれど、やっぱりハリーが好きという気持ちは変わらない。

サキが敵対して、本当のところジニーはホッとしたのかもしれない。もうこれでハリーが叶わぬ恋に悩むことはないと。サキのことを好きじゃなくなるかもしれないと。

 

扉が軋む音を立てながら開いた。

「待った?」

「いいえ。大丈夫」

サキは死喰い人のように黒ずくめで、手入れをしてない髪はボサボサで乱暴に一つにまとめていた。ヒールのある靴で危なっかしく歩み寄ってくる姿はなんだかとっても病的だ。

「でもジニー、大丈夫?私が敵ならここで殺されても文句は言えないよ」

「サキこそ、敵なら私にやっつけられちゃうわよ」

「あは。ジニーの血の気の多さにはかなわないね」

サキはそこらへんに倒れている椅子を立ててすぐ座り水筒から錆色の液体を喉に流し込んだ。

「それで、秘密の話?」

「ええ。まず、パーシーからの手紙だけど…あなたがマルフォイに託したの?」

「そうそう。届けてくれたんだ。よかった」

「ええ。ありがとう…パーシーに会ったの?」

「魔法省はご存知の通りだから実質フリーパスでね。元気そうだった」

「……そう」

手紙にはビルとフラーの結婚を祝う言葉と、今までの自分に対する反省、無事を願う言葉ばかりがしたためられていた。

サキは、少なくとも気持ちの上では騎士団側のはずだ。ずっとそう思っていたけど今のサキはなんだかとっても不安定で、見ていてかなり不安になってくる。

「ハリーはどこに行ったか、わかる?」

ジニーはそんな何気ない質問に身構えた。実際ハリーの行方はわからないが隠れ穴が周到に調べ上げられ、今なおウィーズリーの全員に監視がついてるのを知っている。

「わからない」

「あは、身構えないでよ…」

サキは嘘っぽく笑った。

「悲しいな。そんな目で見られると。まあいいや。なんか困ったことある?できる限りは支援するよ」

「そうね…カロー兄妹を何とかしてくれれば、悩みは八割方解決するわ」

「あー、そりゃ無理だね。言葉が通じる相手じゃないし…」

「たしかにね」

サキはかんらからと笑った。

「会えてよかったよ。まあ、程々にね。私もいつまでこうしてられるかわからないし…」

「ねえ、サキ!」

ジニーは出ていこうとするサキを引き止めた。

サキは歩みを止めて振り返る。

「私、あなたの事信じてるわ」

サキは優しく微笑んだ。

 

「信頼に足りうるよう、尽くすよ」

 

 

「シンガー、シンガー!」

グレイバックが人さらいことマグル生まれ管理局実務部長に採用されたおかげで、臨時事務職員のサキはいつも紙の山に埋もれていた。

「うちのやつらが今どこらへんにいるかわかるか?」

「さあね。どっかの森じゃない?ところでホウレンソウ知ってます?」

「野菜なんてクソ喰らえだ。チ…使えねえな」

「使えないのはお宅の部下です!現地のマグルのご家庭の泥棒まで頼んだ覚えはありませんが?あんたたちのせいで魔法事故巻き戻し局の人に何回頭を下げてると…」

「そんなの職員にやらせておけよ」

「職員にやらせられないくらいの悪行をするから私がここに居るんですぅ」

サキはブチ切れる寸前だった。

人さらいたちは街の薄暗いところにあるゴミを人形にこねて杖をもたせたってくらいのゴロツキ共で、やることなすことすべてがトラブルだった。暴行、泥棒は当たりまえ。強姦だってするやつはするし、マグルはいたずらで半殺しにする。最近は誘拐ビジネスまで始めたらしく、クレーム処理が限界でついにサキが動員された。

「せめて発覚しないようにやってくださいよ。特に誘拐!これは絶対バレるからやめて」

「あーわかったわかった。じゃあこれで最後にしてやるよ」

そう言ってグレイバックはサキがやっつけで作った誘拐届(もうこんな書式を作らざるを得ないほどなのだ)を出した。丸めてグチャグチャな上に血のシミがついている。字も汚い。

ため息つきながら字を読むと

「ルーナ…ルーナ・ラブグッド?」

「ああ。イカれた父親がポッター派だからな」

「どこに連れてくんです?誰が捕まえたんですか?」

「書いてあるだろうが」

「ああもう!」

サキは痺れを切らして立ち上がった。

「グレイバックさん、ここ座って」

「なんで俺が」

「いいから、ステイ。5分だけ!」

サキは懐からガリオン金貨を何枚か出して机に叩きつけた。文句を言うグレイバックを置いて、ルーナを捕まえている人さらいどもが居るはずのアジトに一番近い暖炉に飛び込んだ。

5分で戻る気なんてさらさらなかった。

 

グッシャグシャの書類に書かれていたのは何処ともしれない田舎町のちょっとした屋敷だった。姿あらわしして乗り込むと、ルーナがぐるぐるに縛られて椅子に座らされていた。

周りにいた人さらいは一斉に杖を向けたがサキの顔を見ると慌てて杖を下げた。

サキはルーナを担ぎ上げ、ガリオン金貨を程々に投げつけてマルフォイ邸に姿くらましした。

「はー…大丈夫?ルーナ」

「あっという間でなにがなんだかわかんなかった。…サキ、痩せた?」

「ルーナは二年生の頃より重くなったね」

「当たり前だよ」

ルーナを地面におろして縄を切った。ちょっと汚れているけど怪我はなさそうだ。

「こんなことして大丈夫なの?」

「大丈夫。私結構偉いから」

実際はやりたがらない仕事なんでもやります屋さんというか、便利に使われてるだけなのだけど。まあ人さらいから女の子を一人奪ったくらいで揺らぐ地位ではない。

「えーっと…とりあえずここ、ドラコんち。さっきのとこよりは安全だから」

「おっきな家だね」

「地下牢だってあるんだよ。すごいよね」

「あたし、地下は嫌いだな。暗いもン」

ルーナは誘拐されたにも関わらず普段通りで安心する。とはいえいつも通りなのは会話の中身だけで、挙動の端々に怯えが見て取れる。

 

オリバンダーは客人を歓迎した。サキは一旦ルーナを預けてラブグッド宅へ訪れ事情説明した後に正式な報告書を上げて事を収めようとした。が、ベラトリックス・レストレンジはそれを許さなかった。

 

「おや、忘れちまったのかい?その娘は神秘部であたしらに杖を向けた」

残念ながらベラトリックスの方が立場は上だし、なにより暴力を躊躇いなくふるえるというのが恐ろしい。

「でも手続き踏んでないし…」

「今更何寝ぼけたことを!お前はいつから法律家になったんだ?」

「貴方こそちんけな身代金で何買うつもりですか」

ベラトリックスはすかさず右手を振り上げたが彼女の直情的体罰はもう慣れたのでちゃんとガードする。

「ハリー・ポッターの友人だ。野放しにするわけにも行くまい」

「ホグワーツに入れておけばいいじゃないですか。あそこはあなた方の庭でしょう」

「いいや、ダメだ。生温い。あの小僧が探索で見つからないのなら出てくるように工夫すべきだ」

 

 

事態はサキが裏で手を回すくらいじゃとてもカバーできない段階になってきた。

汚れ仕事だってそろそろゴロツキ共の出番で闇の帝王に賛同するものがどんどん集まってくる。

もうサキにできることは少ない。

そんな中人さらいがもたらせた報せは状況をガラリと変えた。

 

ハリー・ポッターと思しき人物を山中で捕獲したというのだ。

 

半信半疑のベラトリックスとルシウスがドアを開けて入ってくる一団を舐めるように見た。

つま先から額まで、じっくり視線を這わす。

 

「………」

 

サキは離れた椅子で座って連れてこられた三人を見た。もう言い逃れられないくらいにハーマイオニー、ロン、そして…顔はボコボコだったが…ハリーが立っていた。

 

……

 

 

スリザリンのロケットを破壊し、ロンが戻り、ようやくこれからという時に人さらいなんかに捕まってしまった。

ハリーは自分の犯したミスを移動中ずっと後悔していたが、もうここまで来たら後悔先立たず(文字通り)。マルフォイ邸の門扉が開いたとき、ロンとハーマイオニーと視線を合わせ、唾を飲み込んだ。

イースターの日だというのに、マルフォイ邸は静まり返っていた。

陰鬱な石造りの玄関ホールを抜けると客間に連れて行かれる。

スカビオールと呼ばれた人さらいはハリーの首根っこを捕まえ自慢げに言った。

「旦那、こいつはハリー・ポッターですぜ!」

「何?」

ハリーという言葉が聞こえてすぐに窓のそばの椅子から誰かが立ち上がった。

随分痩せて老けた気のするルシウス・マルフォイが興奮した様子で駆け寄ってくる。

「本当にポッターなのか?」

「サキがいます。確認させましょう…間違いだったら大変ですわ」

そばに控えていたナルシッサは淡々と言った。ハリーたちのそばには近づこうともしない。

サキという名前を聞いてハリーは心臓がひっくり返りそうなくらい跳ね上がるのがわかった。

彼女とはダンブルドアが死んで以来会っていない。

ナルシッサが上に上がったあと、ドタバタ音がして誰かが駆け下りてきた。伸びた髪を適当にまとめ、パジャマ同然の格好をした眠たそうなサキだった。

場違いな格好に気まずそうな顔をしている。

人さらいたちはサキを見るとへこへこ頭を下げていた。無断の誘拐がどうこう、書式がどうこうと言い争っているとしびれを切らしたルシウスがやや怒り気味に声をかけた。

「サキ、確認してくれ。大切なことなんだ。こいつは…ハリー・ポッターか?間違いないな?」

サキは前より白くなった顔をしかめながらハリーの目と鼻の先まで顔を近づけた。

「ハチ刺しの呪い?」

「俺達が捕まえる前に、そこの娘が呪文をかけたんだ!」

「呪文を解けないのか?」

ルシウスの問いかけにサキはうんざりしたように答える。

「再三言ってますけど、血の魔法はなんでもできる便利なものじゃありません。ハチ刺しの呪いは解けません。ハチに刺された状態を治すには血でなく薬が必要です」

そしてサキはハリーの顔に手を当ててまじまじと観察した。表情が変わらないせいで何を考えているかわからない。

「そこの、横の二人は?」

次いでサキはロンとハーマイオニーを見た。ロンとハーマイオニーは唇を噛んでサキを見つめた。

「ハリーにおっぱいはついてないし、赤毛ではないことは確かですが」

「サキ、反抗的な態度をとったらどうなるかわかってるの?」

「そうだ、もしこれが本当にポッターなら…我々の地位もきっとまた…」

ほとんど掠れたルシウスの悲鳴のような言葉はまたもバタバタと階段をおりてくる人物により遮られた。

「なんの騒ぎだ?」

ベラトリックス・レストレンジだ。

捕まえられた三人を見ると目を見開き、ずんずん寄ってくる。

そしてハリーの顎をつかむと髪の毛をひっつかみ、伸びて薄くなった額の傷跡を確認した。

「……あー、じゃあ私は…薬がないか探してきましょうかね?」

「ああとっとと出ておいき!…さあて、これは面白いことになった」

サキは相当ベラトリックスが苦手らしい。ハリーたちのすがるような視線からするりと抜け出して階段を駆け上ってしまう。

ハリーは絶望的な気持ちになって、ベラトリックスを見た。シリウスを殺したときと同じ、残酷な笑みを浮かべている。

 

 

 

「なんだ?」

 

大慌てで二階へ上がってきたサキにドラコが尋ねた。

サキはパジャマのボタンを慌てて外しながら部屋に飛び込み、すぐにワンピースを羽織って出てくる。

「ハリーが捕まった」

「は?」

「だから、ハリーが人さらいに捕まった。今下にいる」

「あいつは馬鹿なのか?人さらいなんかに捕まるなんて…」

「流石に私も擁護できない」

サキはドラコに伸び耳を手渡すと、慌ててストッキングを上まで引き上げた。

 

 

「私の金庫から剣を盗んだな?!」

 

「えらく怒ってるな。…剣だって?」

「剣、剣か。ああ」

サキは心当たりがあるらしい。

まずいな、と呟いてすぐにスカートを翻して外に行こうとする。

「待て、僕は何をすればいい?」

「ええと、これ!こっち…」

サキは自室にドラコを連れ込むと、部屋の中央に適当に置かれたキャビネットを指差した。

「これ、ここ入って、入ったら開けて、ハリーの居所を伝えてほしい」

「なんでキャビネットなんかに…」

「説明はあと!入ったらわかるから」

そう言ってサキは走って消えていく。

ドラコは仕方なくキャビネットを開け、薄暗いその中に入った。

 

 

 

 

 

 

 


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