【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども   作:ようぐそうとほうとふ

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08.開戦前の数時間

 

私達の屋敷がある森はいつも暗くて地面まで陽がささない。

私達の肌が白いのはそのせいよ、と母はよく言った。

唇が赤いのも、ご先祖様が森のりんごを食べ過ぎたせいだって。

今思うと、馬鹿げているわね。

でも私は信じたの。

だって母は、全てを知ってる筈なのだから。

 

……

 

「サキ」

 

校長室のガーゴイル君の裏の階段を登ってくとセブルスが待っていたようにこちらを向いて立っていた。

必要の部屋の抜け道はいよいよ目視による監視が増えたので抜け出すのにかなり、苦労した。まず必要の部屋に走るパイプに降り、適当なトイレにたどり着くまで這いずり回った。

「先生…グリンゴッツが襲撃されました」

「聞き及んでいる」

「いよいよ始まりますね」

「ああ」

 

サキがダンブルドアの肖像画に母の目的を教えられたあと、セブルスも交え三人で今後のことを話した。

おそらく今回のグリンゴッツ破りでヴォルデモートはハリーたちが今まで何をしてきたのかを知り、ハリーたちが次破壊するであろう最後の分霊箱の在り処へ向かう。

 

 

サキがマルフォイ邸からホグワーツへ送り返されダンブルドアに諭されたあと、廊下で待っていたセブルスが入室し、肖像画に向かって二人が話しかけるという奇妙な会議がはじまった。

 

「本当に校内にあるんでしょうか?」

「不明だ。あるとしても我々には感じ取れない」

サキの疑問にセブルスが答える。

「じゃあハリーを安全に入れて探させる、しかないんですね」

「そうじゃ。当然奴も来るじゃろう。ここが最終決戦の場になる」

まるで生きているようにダンブルドアが粛々と告げる。けれどもやっぱり、これは影に過ぎない。

「でもまだ分霊箱はあるんですよね?」

「そうじゃ。やつが蛇を…ナギニを護りはじめたらいよいよ大詰めじゃな。ハリーがここに来て分霊箱を探すまで時間稼ぎをしなければならん」

「騎士団を呼びます?」

「言わなくてもかけつけてくるじゃろう。さらにホグワーツにはすでに勇敢な魔法使いがたくさんいて戦っておる」

「…ロングボトム達だ」

セブルスが付け足した。

「君が来ればいよいよ本格的に暴れだすかもしれん」

「それくらいの方がいいでしょう。私が暴れれば注意を引く。ハリーたちが動きやすくなると思います」

「危険だぞ。わかっているのか?」

「当然先生がカバーしてくれますよね」

セブルスはそんなことだと思ったと言いたげにじとっとした目で睨んだ。

ダンブルドアは意味有りげに、意識があるかのように額縁の中で微笑んだ。

 

 

そして、ついにハリーがホグワーツにくる。

「先生はどうします?ドカンと行きます?」

「いや、ポッターが失敗した場合を考えると我輩はまだスパイの任務を解くわけにはいかん」

サキはこの間まで引きつった傷跡があった唇の横を指で揉んだ。傷は消えたけどちょっと違和感がある。左手はやっぱり上手く利かないのでこのままだと少し不安だ。

「じゃあ先生はここにはいられませんね。どうします?」

「適当に戦って逃げて、どこかに潜伏する」

「緻密な作戦ですこと。じゃあ頃合いを見て呼びます。はいこれ」

サキはポケベルを投げ渡す。ポケベル…セブルスは彼女がホグワーツに突然来るときに何度か使ったが仕組みがよくわからないし、数字だけだと複雑なメッセージは解読できない。しかし守護霊を作れない、そもそも杖がないサキはマグル式に頼るしかないらしい。

「いつも通り555で緊急事態ですから。杖がないもんでね、許してください」

「ああ。…ポッターはもうホグワーツに?」

「先程ホグズミードから連絡が。すぐに来ますよ」

「そうか。全校生徒を一度集める。…いいか、まずカロー兄妹の杖を取り上げるのだ。そしてマクゴナガルに引き渡しなさい。保護呪文は…」

「一度破っとく。わかってますよ」

サキはそのために消費する血の量を思い出して貧血を起こしかけた。一度にだせば致死量だが、近代魔法医療は血液の増産を可能にする。しかしそろそろ体にがたが来そうだった。

サキはじっとセブルスを見つめた。母がなんで彼のために時間を繰り返したのかはよくわからない。恋だとか愛だとか深読みすることは可能だが、セブルスから聞く母は全くその素振りがない。

 

「先生、最後になるかもしれないので聞いておきたいんですけど」

「なんだ?」

「母のこと、好きでした?」

「こんな時にふざけるのはよせ」

「真剣ですよ」

 

だって母は

 

「我輩は…彼女には良くしてもらった。尊敬しているし感謝している。そして後悔もしている」

 

多分あなたの事を

 

「しかし恋情を抱いたことはない」

 

「…そう、ですか」

 

サキは言葉を一度切る。

「いやね!ほら、まさかの三角関係が戦場のドタバタに響くかなぁって危惧してたんですよ」

「馬鹿を言え。君は次闇の帝王に会ったら殺されるぞ」

「あは、やっぱりそうですか?激おこってやつですか」

サキは真剣な空気を打ち消そうとするように陽気に笑った。

「だから絶対死喰い人には捕まるな」

「もし万が一、何もかも失敗したらどうします?一緒にアラスカにでも逃げますか?」

「最悪だ。寒いのは嫌いだ」

「実は私も」

 

セブルスは笑った。その笑顔を見てサキも微笑んだ。

母のしてきたことについて、今は言うべき時ではない。

 

 

……

 

ハリー・ポッターがホグズミードに現れたので全校生徒が夜中にも関わらず大広間に召集された。

アミカス・カローはまっさきにスネイプから教員全員を叩き起こす仕事を仰せつかった。

 

あいつはサキ・シンガーの失態を取り戻そうとして必死なんだな、とカローは考える。

スネイプはシンガーの後見人だった。あのお方が帰ってきても変わらず仲睦まじく影のように行動していた。だからこそホグワーツに来ればおとなしくなると思ったのだが、どうやら彼女は反抗期だったらしい。

彼女が突然降って湧いたときはカローは兄妹揃ってシンガーをどう扱えばいいのかわからなかったが、今はわかる。仇なすものはむち打ちだ。

 

「おい、早くしろ。フクロウは飛んでこなかったのか?」

 

カローは乱暴にマクゴナガルのドアを叩いた。

そしてノブをガチャガチャ捻り回すと慌てた様子で正装に着替えたマクゴナガルがでてくる。カローが文句を言おうとした瞬間、頭に火花が走った。

突然足をすくわれたような無重力感が頭の上からスーッと抜けていって…そしてカローは床に倒れた。

 

「し、シンガー!」

マクゴナガルは扉を開けたら突然倒れてきたカローを間一髪躱して廊下に立っているサキを見た。彼女は魔法薬学で使う大鍋を持ってカローの頭めがけて思いっきり振り抜いたのだった。

マクゴナガルは思わずカローの脈を確認した。生きてはいる。

「先生、ハリーが来ます。援護しなくては」

「ホグズミードに現れたのでしょう?」

「ええ。だからここに来ますよ。さあ急いで」

サキは大鍋を投げ捨てた。廊下にくわんという不思議な金属音が鳴り響いた。

「学校にかけられた侵入防止呪文はすべて解きました。騎士団のメンバーがつき次第新しくかけ直してくださいね」

「シンガー、あなたは何をするつもりです?」

二人は廊下を素早く歩く。マクゴナガルは杖を持ってないサキの代わりに篝火に火をともしていった。

「任務を続行中です。ハリーがすることを全力で手伝うために…まずホグワーツの安全を速やかに確保します」

「誰に与えられた任務ですか?」

「それは極秘です」

サキはいたずらっぽく笑った。マクゴナガルはサキが従っているのがスネイプだろうとほとんど確信していたが、言葉にはしなかった。

言葉にしないことが大切だ。もし彼が本当の意味でダンブルドアに忠実なのだとしたら…多分言葉にした瞬間それは全く意味のないものになる。

 

「あ」

 

サキが胸ポケットからだした金貨を見て小さくつぶやいた。

「ハリーが来ました」

「ポッターが、今どこに?」

「必要の部屋です。…もう大広間に向かってるかも」

サキは着ていたローブを脱いで小さくたたみ始める。階段の下では大勢の生徒が大広間に吸い込まれていくのが影でわかった。

「私は生徒に紛れてます。まずカロー妹を捕縛してください」

「その後は」

「ドンパチですよ!決まってるじゃありませんか!」

 

 

……

 

 

グリンゴッツへの侵入はグリップフックの手を借りて成功した。(結果的に裏切り者の卑劣なゴブリンだったわけだが)

ハリーは辛くもヴォルデモートの手を逃れ、ハッフルパフのカップを奪取した。

白いドラゴンの背中に乗っている瞬間、今まで生きていた中で一番の快感を味わった。しかしグリンゴッツ破りにより、ヴォルデモートはハリーたちの目的に気づいたらしい。

激しい怒りに身体が引き裂かれそうになって全身の血が引いた。

冷たい湖の凍りかけた水が高揚感を洗い流し、悪寒が全身を襲った。

「剣が…奪われた」

ロンが絶望的に呟いた。

しかしハリーはそれよりも…やつの考えと同調した自分の心に魂を奪われていた。

 

 

 

 

血まみれのグリンゴッツの大理石の床を歩く。

冷たい床と生暖かい血が奇妙に足裏で混ざり合う。

怒りと恐怖が足元から亡者のすがりつく手のひらのようにぺたぺたと這い上がってくる。

ハリー・ポッターが今まで何をしていたのか、ようやくわかった。

自身が最も忌避していた死が、冬の朝の凍えるような冷たさのようにじりじりと迫っているのを感じる。

ルシウスに預けた日記が破壊されたのは随分前からわかっていた。ただし破壊されたときは何も感じなかった。あれは余りに長く離れていたからだろうか?じゃあ他の分霊箱は?

罠の張り巡らされた洞窟、目を背けたくなるようなあばら家…そして手元にいるナギニ。ホグワーツに眠る誰も形を知る由もない宝。

わかるはずがない。しかし、確かめねばならない。

やることが決まれば怒りは熱みたいに冷めていく。

 

全ての分霊箱の無事を確認したら、ホグワーツだ。

サキ・シンガー。泣いても喚いてももうおしまいだ。

校長室をすべて洗い出し、脳髄を食わせてやる。

記憶を継がせたらもう二度と外へは出さぬ。ひたすら追憶の中で飼い殺しだ。

 

ベラトリックスもルシウスも俺様の信用をことごとく踏みにじった。サキへの期待もきっと無駄なことだ。

娘だから、親だから。

全く持って無意味。血の繋がりなんて水より薄い。

 

ナギニをそっと撫でて、ヴォルデモートは姿くらましした。

 

 

 

 

 

ハリーはヴォルデモートの感情の混入がおさまってやっと呼吸を思い出した。心に反して体が熱くなっていく。

ホグワーツだ。

「最後の分霊箱はホグワーツにある」

 

 

濡れた鴉のような深い黒の髪は出会ったときより数十センチも伸びていて、風呂にも入らず立て籠もってるせいかやけにしっとりしていて、いつもよりよっぽど整って見える。

赤い瞳は前よりも暗く澄んでいて、肌は前より青白く、ガラスみたいに儚く見えた。

しかしマクゴナガルによりスネイプが撃退されたあと、彼女は悠然と群衆の前に立ち、パチンと指を鳴らした。

するとシャボン玉が割れたような微かな気配がして大広間の扉が開き煌々と灯る篝火の下に騎士団の面々が立っていた。

やや演出過剰だが、役者と舞台は整ったわけだ。

 

「美味しいところは全部持っていくよね」

ネビルがやや呆れ気味に騎士団の先頭でつぶやいた。

「2年の頃から晴れ舞台と無縁だったからね。目立ちたいのさ」

サキはネビルの隣でどこか気まずそうなドラコにウインクした。

高揚もつかの間、突然小さなハッフルパフの生徒が悲鳴を上げた。

それを切片に並んでいる生徒たちの列の中から次々に悲鳴が上がり、突然頭の中にヴォルデモートの囁くような声が木霊した。

 

「ハリー・ポッターを差し出せ。そうすれば誰も傷つけん。学校にも手を出さない…犠牲は少なくてすむ。真夜中までだ」

 

何人かの生徒はパニックに陥り、サキは自分より演出過剰なヴォルデモートにムカついていた。

スリザリン生からハリーを捕まえろと怒号が上がったがマクゴナガルがピシャリと言った。

 

「スリザリン生を地下牢へ保護して差し上げなさい!アーガス!」

 

ハリーの帰還に人々は歓声を上げた。

 

ハリーはサキに真っ先に抱きついた。

サキもハリーをしっかり抱きしめる。ドラコの視線が痛かったが、ハリーはあえて無視をした。

「君に、杖を返さなきゃ」

「ああそれ。大事なものなんだ」

サキはいつものようにいたずらっぽく笑う。

 

「まず謝らせてくれ。僕、ずっと君が…」

「言わなくてもわかるよ。わかるとも。それに謝るにはまだ早い。君はやることがあってここに来たんでしょ?」

「ああ、僕…レイブンクローに関する品を探しているんだ」

「だってさ。聞いた?」

サキはドラコに視線をやる。ドラコは渋々リアクションして肩をすくめる。

「馬鹿言うよなほんと。突然宝探しときたもんだ」

「ここにあるはずなんだ。レイブンクローの…何か、縁の品はないのか?」

「髪飾り」

ルーナがぽん、とポップコーンみたいにふいに思いついた。

「髪飾り?あれは失われてるはずだ」

「でも実在したよ。嘘だと思うなら聞いてみるといいよ」

「聞くって誰に?」

「もちろん、最後の持ち主にだよ」

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

リリーは何故か私になついていた。

スラグホーンの入れ知恵?彼はそうやって自分のコレクションを増やしていくことに無常の喜びを感じている。

私は残念ながら彼の期待には添えない。

意識が遠のくたびに見る記憶は私に現在を疎かにさせる。数千年という莫大な量の記憶は体感するにはあまりにも永い。

母親、クイン・マクリールの早逝により14歳というめまぐるしい時期に私の時間は止まってしまった。

ずっと薄氷を踏むような気分だった。だって私はたしかに私なのに、眠るたびに私は全然知らない土地を歩いて知らない人のために死ぬ。

マクリールたちの最後の光景は大抵全裸で台上に寝そべり、娘に祝詞を上げてから薬を飲む。そこで暗転して、次はさっきまで私だった母の体にメスを入れる私になる。

こんな『人生』を繰り返して、どうやって正気でいればいい?

友達は当然できなかった。だからセブルスが初めて私に話しかけてきたときもはじめは誰だかわからなかった。

 

ーハンカチを返したいんです

 

彼はそう言ってアイロンがけされたハンカチを渡した。

私にとってはもう何年も前の思い出だ。あくまで他人の記憶だけれども、私という意識は記憶で過ごす日々で老いていく。誰とも会話がうまく成り立たない。いつしか私は人と話すために数秒この人が誰だか思い出すために黙る癖がついた。

思い出せなかったら、しかたがないから適当なことを言う。

そうしているうちに周りの人は私を変人扱いして、適度な壁がーあるいは溝がーできた。

 

私はあなたの照れたような恥ずかしいような顔を見て、私は本当に羨ましいと思った。だって私は照れも恥も忘れていたから。あなたが何度も懲りずに話しかけてくれて、私は本当はとっても嬉しかった。あなたはリヴェンの人生で初めて私に興味を持ってくれた人だから。

 

いじめられた彼を助けた私は、どうやら彼を通じてリリーにも良く伝わり、私はリリーと友達になった。私を通じてセブルスはルシウス・マルフォイと仲良くなり、寮内での立場を安定させた。

いつの間にか目を覚ませばいつも後ろにセブルスがひっついていた。

 

また君?久しぶり。

大きくなったわね。…昨日あったばかり?そう。やっぱり大きくなったじゃない。

 

個人は誰かの心の中に鏡像を持たない限り、そこにいないのと同じ。私は多分、どこにもいなかった。あなたが居てくれるから、私はやっと私を見つけられたんだよ。

 

セブルスは…リリーが私になついたのもあったんだろうけど、私を本当に慕ってくれていた。

ジェームズ・ポッターの高慢ちきは私がセブルスを庇うたびに治まってきて、リリーはだんだん彼に惹かれていった。

セブルスははじめの方こそ嫉妬からジェームズを攻撃していたが、私が諌めた。

そうしているうちに彼が隣にいるのが普通になって、目覚めれば彼がいないと私はまるで私の時間を失ったような気がしてならなかった。

 

私は本当に私?

その顔、髪、体。私をからかう指先。すべてがあなただ。

 

そう言ってくれるあなたがいなければ私は私として息ができない。

あなたは私の初恋なのだと思う。あなたへの想いより強い感情をとこしえの記憶の中で感じたことがない。この焦げ付く、身を焼く情動が私が私であるという証明に思えた。

これより強い想いをもう抱くことはないのだと、暮れゆく夕陽に照らされたあなたを見て思った。

私の主観の中の時間はあなたと全然違うけど、私はあなたを毎日想ってる。

 

ずっと、何年も、きっと永遠に。

 




大広間のくだりは原作と映画が微妙に混ざってます。
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