【完結】ハリー・ポッターと供犠の子ども   作:ようぐそうとほうとふ

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09.The point of no return

バジリスクの毒牙をちょうどよく持ち合わせていたサキは、そのままカップの破壊に居合わせた。売ればものすごい額になるが、買い取り手がいなければただのガラクタなので快く差し出した。

ハーマイオニーとサキは二人で誰もいないからの教室でカップと対峙していた。金色の小さな盃は窓の外から見える魔法の光をキラキラ反射している。

 

ロン、ドラコ、ハリーはレイブンクローの髪飾りを求め、灰色のレディを探しに行った。

 

「ロンたちうまく行くと思う?」

「ロンの豊かな女性経験を信じよう」

「ああ、もうやめてよ!」

 

ハーマイオニーは緊張した面持ちを崩して笑みを浮かべた。

 

「…本当に私が壊してもいいのかしら?」

「当たり前だよ。この一年散々手こずったでしょ?一発食らわしてやろう」

「でも…サキ、ヴォ、ヴォルデモートは…」

「お父さん。でもただ血が繋がってるだけ。なんなら私は次あったら殺されると思う」

「あー…踏ん切りがついたわ」

ハーマイオニーは牙を持ち、カップに向けて一歩歩み寄った。

 

 

 

騎士団の面々の到着に遅れて、パーシーは一人大広間の扉を開けた。

シンガーから渡された金貨は突如発熱し『ホグワーツへ』と言う文字を記した。

パーシーはグリンゴッツ破りへの問い合わせ窓口業務を放棄し、速やかに暖炉に飛び込んだ。

久々に訪れるホグワーツは前より小さく見えて、そして暗く沈んでいた。しかし大広間の扉を開けて中にいる人たちの精気に圧倒された。中には、ウッドやアンジェリーナといった卒業生もいて、数人がパーシーに気づいて握手した。

 

「嘘だろう?」

 

ちょっと奥へ進むと赤毛の集団が目に飛び込んできた。その中の背の高い一人…ジョージが(会わなくったってフレッドかどっちかわかる)ポツリとつぶやき、全員がパーシーに注目した。

 

「僕…」

 

パーシーが何か言う前にジニーが胸に飛び込んできた。現役クィディッチ選手の強烈なタックルにひょろひょろのパーシーは危うく転倒しかけたが、倒れるのを支えるようにフレッド、ジョージが抱きついてきた。

 

「この、魔法省好きの、家族を捨てた大馬鹿!」

「つのぶちめがね、高級スーツのバカ兄貴だ」

双子の悪口に怒れないのは人生で初めてだった。パーシーは苦笑いした。

「手紙、受け取ったわ」

ジニーが抱きついたまま言う。

アーサーとモリーも近づき、自由になったパーシーをもう一度しっかり抱きしめる。

「ようやくお前を堂々と抱きしめられる」

「ごめん…父さん、母さん」

「いいのよ。無事でいてくれることが何よりの喜びよ」

パーシーは流れてきそうな涙を必死にこらえた。つのぶちめがねが上手いこと隠してくれてればいいのだけど。

「情報をありがとう」

「あ、ああ…良かった、役に立ってましたか」

ルーピンが握手しながら礼をいうのでしどろもどろになってしまう。あの最悪な場所で何もできなかったと思っていたパーシーにとってその言葉は家族との再会並みに嬉しくてまた涙が溢れてきそうだった。

「それで全部の過去が帳消しになるわけじゃないぜ!」

フレッドが水をさした。

「わかってる。わかってるよ…」

パーシーはそう言い終えて、ようやく目から涙を流した。

 

 

 

ハリー、ロン、ドラコは三人で灰色のレディの居場所を探した。

あのゴーストがレイブンクローの娘だとルーナが知っていたのは僥倖だった。ルーナは変な友達が多い。

灰色のレディことヘレナ・レイブンクローは誰もいなくなった吹き抜けの階段の中空で1人静かに浮かんでいた。

物憂げな顔はゴーストだからというだけではなさそうで、いかにも話しかけ難い。

「誰が行く?」

ハリーの提案にロンが呆れながら返した。

「正気か?僕が憂鬱そうな女の人を怒らせるのさんざん見てきただろ?」

「どう考えてもお前が適任だろ。ポッター」

ロンに文句を言われ、ドラコに尻を蹴っ飛ばされ、ハリーは階段を登ってレディにおずおずと話しかけた。

 

 

 

ハーマイオニーがカップを破壊した瞬間、体の中を良くないものが通り過ぎたような嫌な感じがした。ハーマイオニーも同じらしく、ひどく後味の悪い顔をして焦げついたカップを見下ろしていた。

「気分のいいものじゃないわね」

「同感」

サキはカップをハーマイオニーの差し出した袋につまみいれた。

「ハリーたちと合流しなきゃね」

「ええ。行きましょう」

二人は忍びの地図を見てハリーたちのいる場所へ走った。

 

「サキ、スネイプは一体どっちの味方なの?」

ハーマイオニーは尋ねた。

「先生は、いつだってダンブルドアの忠実な部下だよ!」

サキは笑顔でいった。

「それでいてずっと、私の味方!」

 

ハーマイオニーはサキとスネイプの信頼関係をよく知っていて、ダンブルドア殺害以降も二人を信じていた。

ハリーもロンもまだ半信半疑だが、こうしてサキが傷跡もなくピンピンしていること自体がスネイプを信じるに足る理由だとハーマイオニーは思った。

 

ハリーも本当はわかってるはずだ。

 

「あ」

 

サキが目に入った美しい光景を見て立ち止まった。

 

湖に打ち上がる魔法の光…緑、赤、黄色、青。様々な光線が空を覆い尽くしていた。

湖に浮かぶ複雑な波紋がそれを反射して宝石のように瞬いている。

 

「綺麗」

「ええ。とっても」

「ハーマイオニー今まで私を信じてくれてありがとね」

「突然どうしたの?サキ。なんだか不吉だわ」

「いや、なんか今言っておかなきゃいけない気がして」

「雰囲気に流されないでよね。あなたって昔っからそう」

「私がロンなら多分キスしてた」

「嘘つき、マルフォイともろくにキスしたことないくせに」

「…」

「えっ?嘘、まさか」

 

サキは意味深に沈黙して地図に視線を落とした。ハリーたち三人は必要の部屋の前で足跡をたった。

 

サキとハーマイオニーは急ぎ駆けつけ、ドアを開けた。ここは高い天井のせいで空気が上で冷やされてゆっくり下に降りてくる。いくら暖房をつけても室温が上がらない、乾燥した部屋だ。たくさんの古本や古道具に溢れているのでよく燃えそうだ。

 

「この中の…どこにいると思う?」

「さあね。とりあえず進もう」

 

とりあえずまっすぐ進んだ。ガラクタの山で通路ができているのだが、神秘部の通路と同様に絶妙に曲がり、いつしかどこが出口からわからなくなるようにできている。まあ万が一迷ってもハーマイオニーがいるから大丈夫だ。

 

「あなたは分霊箱を感じないの?」

「んーん。何も感じない」

「…ハリーは感じ取るの。どういう意味だと思う?」

「感じ取るっていうのは、場所とか存在をってこと?」

「そうよ。壊すといつも痛みを堪えてるような顔をするの」

ハーマイオニーはすごく真剣な顔でサキの横顔を見つめている。

ヴォルデモートの魂を感じ取る。その意味を彼女は悟っていた。

サキもまた、ハーマイオニーの言葉を受け同じ結論に達した。

 

「まさか…ハリーには…」

 

サキが言い切る前に燦々としたオレンジ色の炎が二人の行く手を阻んだ。

 

「悪霊の火だわ」

 

ハーマイオニーが手で顔を庇いながら叫んだ。上空から本が崩れ落ちてきて二人は危うく下敷きになりかける。

「どこのバカが火をつけた?!」

サキは必死に呪文で火を消そうとしているが闇の魔術でできた炎はすべてを焼き尽くすまで決して消えない。

 

「こっちよ!」

ハーマイオニーがサキの手を掴んで駆け出した。

火はガラクタの山でできた通路をなめつくし、あっという間に二人を囲んでしまう。ガラクタの山の上に登っていくと、部屋全体が地獄のように燃え滾っていた。

「まさかここまで来て火事で死ぬことになるとは…」

サキはお手上げだと言わんばかりに天を仰いだ。

「あ、あれ!」

そこでハーマイオニーが天井を飛ぶ三つの箒に気づいた。

 

「つかまれ!」

 

ハリーたちだった。

サキとハーマイオニーは何とか箒の後ろに乗り出口をめがけて矢のように飛んでいった。

「一体何がどうしたの?」

サキの怒鳴り声にロンが怒鳴り返した。

「カローが火をつけた!僕らを捕まえようとして無茶をしやがったのさ!」

カロー(おそらく兄だろう)は杖を取り上げられていたはずだ。捕縛から逃れ、生徒の誰かから力ずくで杖を奪ったんだろう。悪霊の火は強力な闇の魔術だ。高度な呪文を忠誠心を勝ち取ってない杖でかけるなんてたしかに無茶だ。

「無茶苦茶だわ!分霊箱は?!」

「ここに!」

ハリーが左手に掴んだ髪飾りを見せた。青いくすんだ宝石が光っている。

3つの箒は出口めがけて突っ込んだ。

扉から炎が追いかけるように出てくる。

「中に投げ込め!」

ハリーは炉のようになった部屋にレイブンクローの髪飾りを投げた。

髪飾りが炎に舐め尽くされ黒炭と化した瞬間、ハリーが悲鳴を上げて倒れた。

 

「…ああ……」

 

サキはため息を漏らした。

ハリーの苦しみ方はまるで自分が今あの業火に焼かれてるようだった。ヴォルデモートの魂の入ったあの忌々しい分霊箱が燃え尽きると同時に、ハリーはひゅーっとチェーンストークスじみた呼吸をしてぐったりと地面に寝そべった。

 

ハリーが苦しみ終わったあと数秒して閃光がまたたいた。あまりの眩しさに奥まった廊下でさえ影ができた。慌てて外の渡り廊下に走ると外の魔法の殻が燃え落ちていくのが見えた。

 

防護呪文が破られたんだ。一撃で。

 

サキはハリーの額に浮かぶ汗と怯えた瞳を見て嫌な予感で背筋が寒くなる。

 

ハリーの中にあるものがなんなのか、早急に確認しなければいけない。

 

サキはちょっと焦げた後ろ髪を確認してるドラコの耳元で囁いた。

「ドラコ、みんなをよろしく。スリザリン生もできれば避難させてあげて」

「待って、君はどこに行くつもりだ」

「緊急事態発生中なの!」

「危険すぎる。僕も」

「だめ!極秘!」

サキはドラコが止めるのを振り切って、セブルスがいるはずの森の中へ駆け出した。

 

春の夜はまだ冬の名残をとどめている。けれども5月ももう終わる。空気はいつの間にか湿り気を帯びていて、森は再び緑に艶めいていた。呪文や火薬が弾ける明かりが爆音とともに森を抜けていった。

花火大会ってきっとこんな感じなんだろうな、とサキは思った。

孤児院にいたときたった一度だけ花火大会というものを見たことがある。三千くらいあるチャンネルの一つがたまたま遠い国の花火大会を中継していたのだ。マグルがいろんな火薬を詰めて咲かした花は川にきれいに反射していた。

こんな時に思い出せる美しい記憶がテレビでみた花火?

サキは自分の能天気さに呆れて曇ったブラウン管のことを頭から振り払った。

ポケベルで555と送ったがちゃんとセブルスはサキを探してくれているだろうか?

落ちた枝を踏みつけてバランスを崩し、立ち止まる。随分奥まで来てしまった。まだ湖の辺りだけれど、校舎はもう遠い。

 

気配を感じて、湖の方を見た。炎を映す水際に青白い牝鹿が立っていた。セブルスの守護霊だ。

サキはそれに導かれ、さっき通った道を戻った。するとセブルスも藪の中から背の高い草をかき分けてでてくる。

「サキ…分霊箱は?」

「カップももう一つも破壊しました。先生、ハリーは」

サキの言葉を遮るようにセブルスは袖をめくり闇の印を見せた。

「あの方がお呼びだ。すぐ行かなければ」

「だめ!待って先生」

今すぐにもどこかに行ってしまいそうなセブルスの袖を引っつかんで止めた。

 

「ハリーは、分霊箱なんですか?」

「……なぜそれを…」

「ちょっと考えればわかります。今更秘密もクソもないでしょう?なんで言ってくれなかったんですか!」

「ポッターが知るのは…あの蛇以外の分霊箱すべてが滅んだあとでないといけない。つまり、いまだ」

セブルスは冷静な面持ちを崩さない。まるでずっと覚悟していたみたいに落ち着いていた。いつから知っていたのだろうか。セブルスはまるで傷が痛むみたいに苦しい顔をしている。

 

「ハリー・ポッターは、あの人に殺されなければならない」

 

「そんなの…」

「間違っていると?我々が他の方法を探さなかったと思うか?!確実な方法はそれしかなかった。誰が好き好んで彼を死地へ送る」

セブルスはーほとんど初めて見る顔だったー激高した。

遠くでどおんと何かが爆発した。

赤い火花が散って、燃えカスみたいなものが湖に雪のように落ちていき、沈んで溶けた。

 

「……やだ…」

「ダメだ。こうしなければ闇の帝王は滅びない」

「だめだ、そんなの…おかしい。間違ってます」

 

サキは湖の前で立ち尽くした。

口で言ってるのとは逆に、心は深く静かに納得していた。ここ二年ほどずっと誰かの命や安全を秤にかけてきた。学校で戦ってる生徒たちや、今もホグワーツに向かってきている正義に燃えた人々。正しきことをしようとしている人たちの命とハリーの命の価値。どちらの皿が重いかは明白だ。

事実は時に矛盾した性質を持つ。セブルスの選択は間違っているけど、正しい。

 

「先生…脳髄を出してください」

「ダメだ。絶対に渡さない」

「やっぱり先生が持ってたんですね」

サキは笑って、セブルスは黙った。ちょっと考えればわかる、とサキは付け足す。

 

大切なもののために大切なものを差し出す勇気。

自分の命を張って誰かを救う行為。

正しさのために間違いを犯す決意。

 

セブルスはサキが持ってなかったいろんなことを教えてくれる。7年間、サキはセブルスに守られっぱなしだ。

セブルスの沈黙に守られた唇は言葉にならない苦しみで歪んでいる。サキはその唇がどれほど言葉を噤んできたか想像がつかなかった。

 

「先生は…とても大人ですね」

「ああ、そうだ…」

 

セブルスは歩き出した。

あの人の待つボート小屋に向かって。

 

「君はあの人に見つからないように隠れていろ。万が一我輩に何かあったら君がポッターを導くのだ」

「私…」

「約束してくれ」

セブルスはサキをじっと見た。黒い瞳が濡れてキラキラ輝いていた。

サキはその目を見て悲しいほどに重たい意志を感じた。セブルスの意志はとっくの昔に固まっていて、サキみたいな子どもが想像できない時間葛藤したんだろう。

サキの知ってる彼はたったの7年ぶん。

 

母はきっと…セブルスのこういうところが好きだったんだろう。

確証はないけれど、サキはそう思った。

 

「誓います。私が…必ず成功させます」

 

サキはセブルスの目を見つめ返し、ゆっくりまばたきをした。

 

色とりどりの光の雨が降り注ぐなか、二人は静かにボート小屋に続く畦道を進んでいく。

 

 

 


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