【完結】テニスこそはセクニス以上のコミュニケーションだ(魔法先生ネギま×テニスの王子様)   作:アニッキーブラッザー

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第11話『最愛こそが最強を凌駕する』

 天使・・・思わずそう呟いてしまった。

 人間に翼が生えた。その異形に対して畏怖の念を抱くどころか、その美しさに目を奪われた。

 

「俺たちは、一体何とテニスをしてるんだ?」

「これは、夢か? 幻か?」

「データどころの話ではない。これは・・・ありえん!」

「奇跡なのでしょうか? 天使をこうして目の当たりにするなど」

 

 ボールを追いかけて空へと舞う刹那。

 その光景は翼を羽ばたかせた天使の戯れに見えた。

 絶対にありえない。しかし、それならこの光景は何だ?

 幸村ですら、頭の混乱が追いつかなかった。

 

「おい、参謀。どういうことだろい?」

「・・・これは・・・あくまで、推測でしかないが・・・」

 

 事情を知る者以外、誰もが問いたかった。奴は何者だと。

 

「現実には、人間に翼はない。しかし、現実の人間の構造はどうあれ、彼女の考えるイメージは違うのかもしれない」

「イメージ?」

「仁王が越前や手塚にも見えるように、彼女の作りだした翼のイメージが現実に勝り、我々全員の視覚を共有させたのでは・・・」

「じゃあ、あれも仁王のイリュージョンに似た技っていうことか!?」

 

 柳は、この現象を仁王のイリュージョンと同様の原理ではないかと推測した。

 全てはイメージの実体化。虚像が現実に勝る。

 そんなことがありえるのか? しかし、本来翼のないはずの人間の背中に翼が生えているように見えるのなら、そう考えるしかない。

 だが・・・

 

「おい・・・立海の奴ら、なんか真面目に中二病的な推理してるぞ?」

「・・・気の毒だが、ただ単純に刹那が鳥人間というだけなのだがな・・・」

「ででで、でも、そうやって誤魔化さないと・・・刹那さん、集中してるのか、全然気づいてませんよ!」

「せっちゃん、無意識に羽出しとるんや・・・」

 

 立海メンバーがよく分らん推測を立てているが、一応、立海が言っているからなのか、周りのギャラリーもその推論から刹那の背中に翼が見えるのかと、勝手に思い込んでいた。

 このまま勘違いで通してくれ・・・と、ネギたちが心の底から祈っているのだが、そんな仲間たちの願いを台無しにするほど、刹那は存分に舞った。

 

(なんだ? この集中力が極限まで高まる感覚・・・絶体絶命の死闘において稀に入る、この感じ・・・)

 

 ゾーンに入った刹那は、翼も魔法も一切頭から抜けていた。

 

「神鳴流庭球術・斬鉄スマッシュ」

「ッ、ドライブB! いっ!?」

 

 越前は果敢に飛び込む。

 しかし、刹那の放ったスマッシュは、螺旋の円を描いて越前のラケットのガットを抉った。

 

「どうしました、坊や。ラケットに穴が空いていますよ?」

 

 真の姿を晒した故か、パワーもスピードも格段に上がった。

 

「「「「こ・・・殺す気かあああああああああああああ!!??」」」」

 

「せっちゃーーーーーん! ちょっ、ダメやって!」

「まずい・・・集中しすぎて声が聞こえてない・・・」

「おい、いざとなったらホントに止めに入った方がいいぞ!」

「もう、これ・・・試合どころじゃない・・・」

 

 本来なら恐れるところ。

 しかし、今の仁王は越前。

 だから、こんな状況でも、越前らしく返す。

 

「ふ・・・ふ〜ん・・・やるじゃん。絶対、やぶってやる」

 

 越前リョーマはこれまで様々な敵を倒してきた。

 圧倒的な強さを誇った選手。究極のオールラウンダー選手。天才的な技法を扱う選手。

 危険性を伴った凶暴な選手。闘争心の塊のような選手。突出したパワーを誇る選手。

 規格外の野性的な選手。そして、テニス界の頂点に君臨し続けた最強の選手。

 

「ドライブC!」

「バウンドしない打球ですか? ならば、ノーバウンドで返球しましょう!」

「ッ、は・・・速すぎる!?」

 

 あらゆるテニスが立ちはだかるたび、越前リョーマはその全てを倒してきた。

 

「くっ・・・あの態勢からクロスは打てない・・・ストレートだ!」

「その片足のステップも、もう見切りました!」

「ッ!? あの態勢から逆を!?」

 

 だが、それはあくまでこれまで戦った選手たちはみな同じ共通点を持っていたからかもしれない。

 彼らの共通点。あくまで「人間」であるということだ。

 

「ねえ・・・やっぱりあれ・・・仁王くんのイリュージョンと違って・・・本当に翼が生えてるんじゃ?」

「うそ・・・うそ・・・桜咲さんって・・・何者?」

「もう、走ってないよ。完全に飛んでるよね?」

 

 テニスは人間同士を想定してルールを作られたスポーツ。

 だから、これは想定外だ。人外とテニスをするなど、オリジナルの越前リョーマですら経験がない。

 オリジナルで経験がないような出来事を、コピーで再現することなどできない。

 

「これで断ち切る!」

 

 コートの隅から隅、上下に揺さぶりをかけても翼でひとっ飛びで追いついてしまう刹那に対し、越前はラケットのスイングを変えないまま、ドロップショットを放つ。

 

「あれは!?」

「越前流の零式ドロップ!」

「ドライブCに比べれば大ぶりではないこの技なら!」

 

 ドロップショット。ネット際に軽く落とす必殺技。

 青春学園の手塚国光の伝家の宝刀を、越前リョーマも時折真似していたため、当然この技も使える。

 このドロップショットは決して跳ねない。

 返すには、ドロップショットを事前に読んで、ノーバウンドで返すしかない。

 しかし・・・

 

「裏をかいたつもりでしょうが、今の私に死角はありません!」

「ま・・・くっ・・・」

 

 刹那が翼を羽ばたかせる。コート全体に竜巻のような風が起こる。

 羽ばたいた翼による風が渦を巻き、ドロップショットが落ちずに浮かんだ。

 

「せっ、せっちゃーーーーーーーん!? かっこええけど、それはちゃうやん!?」

「やば・・・マジで立海に同情する・・・」

「マスター・・・どうやって止めれば」

「・・・・私は知~らん」

 

 開き直りすぎもいいところだった。

 

「神鳴流庭球術・斬空ドライブボレー!」

「にゃろう!」

「避けてください! ボールにまとった真空波が、あなたの肉体を切り刻みます!」

「ご忠告どーも。でも、肉を切らせて骨を断つ!」

 

 カマイタチのように鋭いショット。

 越前は反応するものの、ボールに向かうたびに肌を切り裂く風が肉体を血に染め、

 

「ドライブ・・・つあっ!?」

 

 打ち返そうとしたラケットのガットが、ズタズタに切り裂かれてボールがラケットを突き抜けたのだった。

 

「無茶をしますね、ボーヤ。血が出ています。小休止して治療にあたってください。ボーヤ・・・いえ、仁王さん」

 

 刹那がほほ笑みながら、翼を休めて降り立つ。

 その瞬間、仁王のイリュージョンが解けた。

 薄くではあるが何箇所か肌を切り刻まれて、血がにじみ出ている仁王がそこに居た。

 

「なに・・・なにさらしとんじゃ。破れるわけないぜよ」

 

 元に戻った仁王の表情は、混乱で目の焦点が定まっていなかった。

 怪我よりも、流れる血よりも、ただ目の前の刹那の姿しか頭になかった。

 

「ゲーム・桜咲・4―4!」

 

 ゲームカウントはイーブン。しかし、既に二人は対等ではない。

 テニスプレーヤーは、テニスにおいて、翼をもった選手と戦うことなど想定していない。

 たとえ、これが現実だろうとイリュージョンだろうと、そんなことは関係なかった。

 一方で、

 

「見ていてくれましたか、お嬢様、みなさん! 私は、勝ってみせます」

 

 ガッツポーズを見せる刹那。

 だが、今のクラスメートたちは「刹那、うしろうしろ!」状態だった。

 

「ん? どうしたのです、みなさん」

「せっちゃーん、背中背中!?」

「背中? 一体、何が・・・・・・・・・・・・・・・あっ・・・・・・・・・・」

 

 刹那、顔面蒼白。

 

「ちょわああああああああああああああああああああ!? こ、これは、これは、ちが、いや!?」

 

 刹那、自分が翼を出していたことに、今気付いた。

 

(しまった・・・しまった! 戦いに夢中になりすぎて、まったく気づいていなかった! ・・・不覚!)

 

 慌てて隠そうとするが、もう遅い。

 

(なんということだ・・・お嬢様・・・アスナさん・・・ネギ先生・・・申し訳ありません・・・私の愚かな行為が、みなさんに多大な迷惑を・・・)

 

 刹那は囚人観衆の中で、己の秘密を大暴露してしまったのだ。

 

「桜咲さん・・・マジェ・・・」

「うそ・・・どう見たって本物・・・」

「ま、・・・に、人間じゃない・・・」

 

 刹那は己の愚かさに悔いた。己を責めた。

 

「ち、ちが・・・こ、これは・・・その・・・」

 

 そして恐怖した。

 

(この目・・・ああ・・・私はこの目を知っている・・・この目は・・・あの目と同じ・・・)

 

 クラスメートも、集まったギャラリーも、そして立海メンバーも、自分を見る瞳の種類が、刹那が最も恐れていたものだったからだ。

 

 ―――異形の者への畏怖

 

 それを恐れていたからこそ、ずっと隠し続けていた。

 

(まだ、クラスメートだけならば・・・しかし・・・今は違う・・・他の麻帆良生徒・・・立海の方たち・・・もう・・・誤魔化せない・・・もう、この日々には戻れない・・・)

 

 今でも、心の底から気を許せる仲間にしか自分の正体を晒していなかった。

 それが、こんな「くだらない」ことで明るみにさせてしまう自分自身の醜態に呆れるしかなかった。

 

「あかん・・・ネギ君、もう試合どころやない」

「はい、急いで刹那さんをここから連れ出して、何とかごまかしましょう。マスターも、いいですね?」

「・・・まあ・・・仕方あるまい。ただの人間どもに、この事実は重すぎる」

「そうでござるな」

「仕方ないアル」

 

 もう、テニスどころではない。うつむいた刹那が今すぐにでも逃げ出そうとした、その時だった。

 

「ねえ、次はそっちのサーブでしょ? さっさとやってよ」

「「「「ッ!!??」」」」

 

 仁王はイリュージョンで、再び越前リョーマになった。

 こんなときに何を言っているのか? 

 しかし、仁王はこの状況下でも、越前が言うであろう言葉を刹那にぶつける。

 

「ゲームカウントはまだイーブンでしょ? それとも、逃げんの?」

「・・・なにを・・・ッ!?」

「ぐっ・・・」

 

 逃げるのか? 問われた瞬間に言葉をつまらせた越前だが、その瞬間、怪我の影響からなのか、イリュージョンが再び解けた。

 

「仁王さん!?」

 

 仁王の体に襲いかかったものは、怪我だけではない。

 

「越前リョーマのテニス。あれだけの超ハイテンションテニスは、体重の軽い越前リョーマだからこそ反動も小さくて済んだ。だが、仁王のイリュージョンでは体重まで変えられない」

「試合に集中しているときは問題なかったんだろうが、この状況下で疲労が全部まとめて来ちまったようだな」

「もう、越前の姿でイリュージョンはできないだろい」

「しかし、それでも仁王君は・・・」

 

 混乱、疲労、怪我、全てが仁王に襲いかかり、通常では試合を続行することは不可能なはず。

 だが、それでも仁王は仁王の姿のままでもコートから立ち去ろうとしなかった。

 仁王は異形の刹那に対して何かを言うこともなかった。

 ただ、試合を続けることだけを望んだ。

 

「仁王さん、今はそれどころでは・・・」

「それどころ? これ以上のことが・・・あるダニか?」

「えっ・・・」

「桜咲・・・お前の正体は知らんが、それなら俺は・・・俺たちは誰ぜよ」

 

 お前が何者かは分らない。

 だが、それなら俺たちが何者なのかをお前は知っているのか?

 

「越前リョーマも、立海大も・・・たとえ相手が誰でも最後までテニスは投げ出さない」

 

 血に染まったラケットを握りしめ、イリュージョンでもない、仁王雅治本人の本音が語られた。

 相手がどんな怪物化け物でも関係ない。テニスをやるのなら、あくまでテニスを投げ出さない。

 仁王の言葉に、立海ベンチが湧いた。

 

「ちっ・・・仕方ねえな! 常ー勝ー立海大!! レツゴーレツゴー立海大!! 」

「ジャッカル・・・そうだ・・・そうだろい! 立海は逃げねえ!」

「たとえ勝率が0%に近くとも・・・目の前に、神や悪魔が立ちはだかろうと」

「勝つのが、我らの使命。それ以外のことは取るに足らない小事です」

「仁王・・・僕も止めないよ。それが、詐欺師である君の本音なのだとしたらね」

 

 試合続行。

 仁王は己の命をかけて、コートに立ち続けることを選んだ。

 

(この人たちは・・・なぜ、私の正体よりもテニスを選ぶのだ? なぜ、そんなことができるのだ?)

 

 刹那は戸惑った。この状況下でもテニスを続けることにこだわる立海。

 

「私の正体より、テニスの勝敗ですか。失礼ながら、随分とテニスバカですね」

「俺たちは、そんなバカの集まりぜよ」

「・・・そうですか・・・」

 

 テニスプレーヤーたちの前で、試合中での問題は勝敗のみ。

 それ以外のことは取るに足らない問題。仁王も、そして立海メンバーもそう言っているように見えた。

 刹那は、嬉しかった。

 

「おい、あいつら何やってんだ!?」

「えっ、おいおい、まさか!?」

「はあ? 何で!? 今はテニスどころじゃないでしょ!?」

 

 戸惑うギャラリーの反応こそ、むしろ正常だ。

 だから、この試合が終わればどうなるか分らない。

 自分は異形の存在として迫害されるかもしれない。

 だが、

 

「分りました、仁王さん」

 

 だが、今はテニスの決着だけはつけよう。それがせめてもの礼儀。

 刹那は、開き直った笑みを浮かべて仁王の想いに答える。

 

「決着をつけましょう」

「望むところぜよ」

 

 両者、ラケットを高らかと上げて、試合続行を宣言した。

 ならば、今はこの二人を好きにさせよう。

 

「が、・・・がんばれ・・・」

「お、おい! 今はテニスなんかやってる場合じゃ・・・」

「がんばれ・・・女の子も立海もがんばれ!」

「そうだ、いけー!」

「桜咲さん、このまま一気にいけー!」

「そ、そうだ、続行だ! 桜咲さん、もうちょっとだ、ガンバレー!」

「エンジェルの力を見せてやれ!」

「そうだ、そうだ! テニスがんばれ!」

 

 そしてその熱気に巻き込まれて、ギャラリーやクラスメートも声を上げる。

 

「そ、そうだよ! もうすぐで仁王君を倒せるんだから、桜咲さんを応援しないと!」

「うん! がんばれ、桜咲さん!」

「ぶったおせー!」

 

 クラスメートたちも深く考えないことにした。

 

「どうしました、仁王さん! 先ほどの坊やの姿にならないのですか?」

「簡単に言うぜよ。もう、あんな激しい動きをする選手のイリュージョンは無理ぜよ」

「なら、私には勝てません!」

「やってみなければわからんぜよ」

 

 仁王は既にイリュージョンで越前になることはできない状態。

 素の力で、刹那に対抗する。

 たとえ素の力でも強豪立海のレギュラーである仁王のプレーは高度なもの。

 

「せい!」

「まだこんな力が・・・ですが・・・甘い!」

 

 しかし、それでも翼を得て自由に駆け回る刹那には及ばなかった。

 

「ゲーム・桜咲・5―4!」

 

 刹那がついに王手をかけた。

 

「よし! あと一ゲームでせっちゃんの勝ちや!」

「まあ、ここまで来たら勝たねばな」

「しっかし、容赦ねえな・・・相手怪我してんだろ?」

「いや、千雨殿。あれがむしろ礼儀というものでござるよ」

 

 刹那は手を緩めない。

 それが自分を受け入れてくれた仁王への礼儀だと思っているからこそ。

 だから、彼女に油断もなかった。

 

「まったく、疲れるぜよ!」

 

 仁王がサーブを放つ。鋭いサーブではあるものの、捉えられない刹那ではない。

 

「はあ!」

「ちっ・・・」

 

 刹那の強烈なストレートにリターン。

 危うくエースを取られるかと思ったが、仁王が飛びついてバックハンドでボールをなんとか返す。

 しかしその際、切り刻まれた仁王の皮膚から鮮血が飛び散った。

 

「きゃああああ!? 仁王さんが!?」

「血が!? おい、もうテニスどころじゃねえだろ!」

 

これはドクターストップか? いや、まだボールは死んでいない以上、ポイントは続いている。

 刹那もポイントが続き、仁王が戦う意思を捨てない限りはポイントをワザと落とすようなことはしない。

 

「これまでです!」

 

 ガラ空きのクロスめがけて刹那が打ち抜こうとする。

 しかし、その瞬間、仁王は笑った。

 

「かかったぜよ!」

 

 血だらけで動けなくなったと思った仁王が急に立ち上がり、走り出した。

 

「ちょっ、あいつ元気じゃん!?」

「あんなに血だらけなのに!?」

 この時、麻帆良は仁王のペテンにかかっていた。

 

「いや・・・あれは・・・血ではないな」

「えっ、エヴァンジェリンさん、どういうことなん!?」

「あれは、血のりでござる!」

 

 そう、大げさに血を演出しただけ。そこまでやるか? そこまでやるのがペテン師・仁王である。

 だが、

 

「私は裏の世界の人間。本物と偽物の血の判別ぐらいできますよ」

「ッ!?」

 

 クロスに打つと見せかけて、刹那はきれいに仁王のストレートを抜いた。

 完全に、裏をかかれてしまった。

 

「うおおおおお! 桜咲さん、すごすぎ!」

「冷静すぎ!?」

「刹那さん・・・すごい・・・」

「うん、私なんて仁王さんが血をいっぱい出しただけで目をそらしたのに、それを本物か偽物かを一瞬で見抜くなんて」

 

 容赦も油断もなければ、実に冷静な判断。

 今の刹那は、完全に死角なしだった。

 そして、

 

「流血は嘘でも、疲労は本物のようですね」

 

 仁王が再び膝をついた。

 今の演技に全てをかけるつもりだったのか、見破られてポイントを失った瞬間、疲労が何倍にもなって返ってきた。

 だが、

 

「続けますか?」

「当たり前ぜよ」

 

 刹那の問いかけに、仁王はヨロヨロと立ち上がる。

 本当なら試合を止めた方がいいのかもしれない。だが、それでも仁王は立ちあがった。

 それは、仁王の執念。

 立海メンバーもその執念を見守ることしかできなかった。

 

「なんでだよ・・・もういいじゃねえかよ! 体、ボロボロじゃねえか! なんでテニスにそこまで命がけなんだよ!」

 

 この光景に、千雨は黙っていられず、立ちあがって叫んだ。

 

「別に、世界をかける戦いってわけでも、全国大会がかかってるとか、そういうもんじゃねえだろ!? 練習試合だろうが、これは! そんなボロボロの体で無理してやって、選手生命とか台無しにしたらどうすんだよ!」

 

 立海メンバーはその言葉を黙って聞いていた。

 千雨の言葉は、この場に居た麻帆良関係者全員が思っていたことだった。

 もう十分だ。もう、よくやった。たかが練習試合でこれ以上、何の意味があるのか?

 刹那も千雨の言葉を聞き、改めて仁王に問う。

 

「仁王さん。その状態でまだこれだけの闘争心、感服いたします! 何がこれほどあなたを支えているのですか?」

 

何がお前を支えているのか?

 

「さあ、分らんぜよ。・・・ただ・・・」

 

 仁王にもその答えは分らない。

 だが、

 

「個人戦なら・・・一人ならここまで無茶せんぜよ・・・、絶対。ただ、今は、どんなに体が重くても、激痛が走っても、今なら指先さえ動ければ、何度でも戦ってやるぜよ」

 

 ペテン師仁王の本音。刹那ほどにもなれば、どれほどの覚悟かは目を見ただけで分る。

 

「あの仁王君がこれほど・・・」

「青学戦での敗北。弦一郎、丸井、ジャッカルの三人の闘志の感化。そして越前にイリュージョンしたことで、その不屈の精神すらも・・・」

「初めて見るだろい、あんな仁王」

「あれが、奴の本当の姿ってことか」

 

 立海ですら初めて見る、仁王の闘志。

 いつしか、その闘志に判官贔屓の観客たちからもエールが起こった。

 

「がんばれ、仁王くん!」

「立て、立つんだ仁王君!」

 

 鳴りやまない仁王のコール。仁王も軽くラケットを掲げてエールに応える。

 その光景に、刹那も、クラスメートたちも気づけば目に涙がたまっていた。

 仁王は敵だ。しかし、敵であっても、その姿に感動すら覚えていた。

 

「仁王さん・・・私にも譲れないものがあります。それこそ、命すら懸けられるほど。あなたにとっては、それがテニスだったということですね?」

「ぷりっ」

「では、私ももう自分の正体は恐れません。自分の全てをさらけ出して、あなたに応えましょう!」

 

 刹那は、試合をする前は息抜き程度の気持ちで臨んでいた。

 それが今では、相手に尊敬の念を抱き、この試合そのものが自分にとっても死闘に値し、誇り高いものへとなっていた。

 

「ぜい!」

「はっ!」

 

 ラリーが続く。鋭いストロークを放つ刹那に対し、仁王はやっと追いついて返しているという感じだ。

 徐々にラリーが早くなるにつれて、仁王の足が追いつかなくなる。

 だが、それでも最後の最後まで仁王は飛びつく。

 

(ありがとうございます、仁王さん・・・ここまで私と正面から向き合ってくれて・・・だからこそ・・・私も全力で!)

 

 言葉は交わさぬものの、刹那は心の中で、これほどになるまで戦ってくれた仁王に感謝した。

 そして、だからこそ、最後は己の最大最高の技で応えようとする。

 

「ちい!」

「終わりです!」

 

 高いロブが上がる。翼を広げて刹那は天高く舞う。

 そのウッドラケットは、稲妻がまとったかのようにスパークする。

 

「ふう・・・まったく・・・たまらんぜよ・・・・」

 

 仁王は空を見上げて苦笑する。

 雷を操る天使の姿が、ただ美しかった。

 

「神鳴流庭球術・真・雷光―――――――」

 

 そして、その天使が放つ一撃は・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せっちゃん! ほれ、パンチラや!」

 

 

―――――――――――――ッ!?

 

 

「vhbp2えふぉいkplん!!??」

 

 

 ノーコン大ホームランで遥か彼方へ消えたのだった。

 

「「「「「はあああああああああああああああああああああ!!??」」」」」

 

 コートには、仁王でなく、何故かスカートをヒラヒラさせてお色気作戦をしている木乃香が立っており、全員まとめてブッ倒れた。

 

「なっ、あれ、木乃香じゃん!?」

「に、仁王くんが木乃香になった!?」

「あ・・・あれウチやーん!? って、セクハラや!?」

「イリュージョンって・・・あんなことまで出来るんですか!?」

「まさか、今日一日の木乃香の様子を見ただけで、イリュージョン出来たってこと!?」

「すごい・・・スカートとパンツまで再現してる・・・ミント色のパンツ」

「台無しだよ、あのペテン師野郎! ってか、他にもっとすげー使い道あるだろ、イリュージョン!」

「こればかりは、千雨ちゃんに激しく同意」

 

 そう、刹那のウイニングショットが放たれるかと思った瞬間、仁王はイリュージョンで木乃香になった。

 木乃香の姿のまま、コートの仁王は邪悪な笑みを浮かべた。

 

「ペテンでも、最強のテニスでも勝てないなら・・・最愛で戦うまでぜよ・・・せっちゃん、プリッ!」

 

 大ホームランした刹那は、そのまま受身も取れずに頭からコートに落下して強打する。

 

「がはっ・・・に・・・仁王さん・・・・な、そ、それは・・・」

「テニスは投げ出さないとは言ったが、正々堂々戦うとは一言も言ってないぜよ。勝つためなら、あらゆる手段を駆使するぜよ」

 

 正々堂々? 何それ、美味しいの?

 そもそも、ペテン師相手に真っ向勝負を期待する方が間違っている。

 

「くっ、おのれェ、仁王さん、至高の戦いを穢すなど許しません! 大体、お嬢様はそんな色の下着は持っていません! いきますよ! 斬岩サー――――――」

「ほれ、見てせっちゃん。巨乳や〜」

「ぶほだうぽ!!??」

 

 刹那、ダブルフォルトを連発した。

 

「木乃香が巨乳になった!?」

「バカな! 奴のイリュージョンは、身体的特徴すら自在に操れるのか!?  巨乳の木乃香を想像して、それを実体化させるとは・・・」

「何故だ・・・メチャクチャすげえ技なのに、まったく尊敬できなくなったのは・・・」

「刹那さんと・・・木乃香さん・・・気の毒すぎです・・・」

 

 もはや涙も涸れ切った。

 勝つために開き直りまくった仁王に、立海ベンチも何だか力が抜けたように項垂れていた。

 

「「「「「・・・・・お前・・・」」」」」

 

 なんか、大ピンチになる刹那であった。

 そして、決着が近づいてきた。

 


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