【完結】テニスこそはセクニス以上のコミュニケーションだ(魔法先生ネギま×テニスの王子様) 作:アニッキーブラッザー
真面目なやつほど想像力豊かでエロい。
流血する仁王に負けないぐらい鼻血を出している刹那がその証拠だった。
「煩悩退散! 煩悩退散! 煩悩退散! 煩悩退散! 煩悩退散! 煩悩退散! 煩悩退散!」
木乃香にイリュージョンしても、テニスの実力はない。
だが、ストローク合戦では仁王のままで、そしてここぞという場面で木乃香に代わる。
木乃香は瞳をウルウルさせて、
「せっちゃん・・・・・・ウチ、はじめてやから・・・そんなイジめんで?」
「ぐはあくぁあ!?」
刹那はまたもやチャンスボールを空振り。自滅の道を辿っていた。
「これぞ、俺の新技ぜよ。場面に応じて、あらゆるプレーヤーにイリュージョンする、『イリュージョン・シャッフル』ぜよ!」
要所で自在に変身する。
「一球入魂!」
「なっ・・・なんと強烈で速いサーブ!?」
サーブの時にはサーブの強烈な選手に。
「たるんどる! 侵略すること火の如し!」
「真田さんの、風林火陰山雷!?」
ストロークの時には強烈なストロークを持つ選手に。
「どう、天才的?」
「今度は綱渡り!?」
ボレーの時にはボレーのスペシャリストに。
「暴れたりねーな。足りねーよ!」
「これは・・・ダンクスマッシュ!?」
「どーん!」
スマッシュの時にはスマッシュの優れた選手に。
「なんて恐ろしい技だ・・・詐欺師というか・・・マジシャン・・・いや、もはや、魔法使いだな」
「ぜってー、テニス以外に使ったらすごいことできるぞ」
「千雨殿・・・それは言わないお約束でござる」
そして今、仁王は木乃香をもイリュージョンに混ぜ込んだ。
木乃香の姿で何かをやれば、刹那は強烈なショットも叩きこめないし、下手をすれば自滅する。
そこに立っているのは、本物の木乃香ではない。それは分っている。
「せっちゃん! 本物のウチはここや! あれは、仁王君や!」
「わ、分っております! 私のお嬢様は一人だけ!」
そう、分っているのだが・・・
「せっちゃん・・・汗で・・・ウチ、こんなに濡れ・・・」
「どわあああああああああああ!?」
刹那の体が、細胞が、強烈なショットを叩きこむことを拒否したのだった。
「ひ・・・卑怯・・・仁王さん・・・こんな・・・こんな裏技を使うだなんて、ずるいです!」
「翼が生えとる女に、卑怯者呼ばわりされるのは心外ぜよ」
もはや、テニスの要素皆無なのに、越前の姿のときよりも強力だった。
立海メンバーも、何だか刹那に同情してきた。
「なら・・・これならどうです!」
「ッ、こいつ・・・目を閉じて打ってるぜよ!」
姿形に惑わされるのなら、見なければいい。
「あの女・・・『心の瞳(クローズドアイ)』まで出来るのかよ!?」
「天才・不二や越前以外にもあんな芸当出来るとは、驚きだろい」
「仁王の打球を、気配や音のみで判断しているわけか」
「ですが・・・音さえ聞こえれば、仁王君なら・・・」
そう、いかに目を閉じようとも、音は聞こえる。
音さえ聞こえれば、声は届く。
チャンスボールに飛びつく刹那に対し・・・
「せっちゃん!」
「何を言おうと、私は見せかけの幻にはもう惑わされません! 人は、心でしょう!」
「ほれ、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・くぱあ」
「ああああああああああああああああああああああああああ!?」
刹那、上空から再び落下して顔面をテニスコートに強打したのだった。
「バカ野郎、桜咲! 声だけに決まってんだろ! 本当に、くぱあ、なんてやるはずないだろ!」
「せっちゃん、ウチ、そんなエッチいことせえへんて!」
「駄目だ・・・刹那のバカは目を閉じても瞼の裏で想像している・・・」
正直、コートに激しく頭部を打ち付けても刹那にそれほどダメージはない。
だが、精神的な動揺の方が大きく、刹那はコートを悶えながら転がった。
(く・・・可愛くてセクシーで・・・淫乱なお嬢様など反則の極み・・・まさか、こんな手を使ってくるとは・・・)
正に、妄想を現実に。
目を開ければ、ネットの向こうには刹那の煩悩が現実化されている。
対刹那という面で、これ以上の作戦は無かった。
「ゲーム・仁王・6—6・タイブレーク」
後半から刹那が完全に逃げ切るかと思われたが、仁王の作戦により、付かず離れずの攻防が続いた。
刹那は自滅をしても、一撃必殺の技で要所では決め、仁王もまたここぞという場面のイリュージョンでリードを許さない。
刹那の勝ちだと思われてからのこの追い上げに麻帆良側も歯がゆく思う一方で、仁王のなりふり構わないプレーに不満が漏れた。
「うう〜、追いつかれちゃったよ〜」
「でも、ズルイよね。あんな風に色んなテニスを真似できるうえに、こんな手段するなんて」
「そうだそうだー、男らしくないぞー! 正々堂々戦えー!」
確かにそうかもしれない。
状況に応じてテニスを変え、更に心の揺さぶりまでかけてきた。
今の仁王のテニスは正々堂々から程遠いのかもしれない。
刹那のクラスメートたちから不満が漏れるのも無理はない。
しかし、逆の意見もあった。
「そうか? むしろ、私は上手いと褒めてやるところだがな」
「えっ・・・マスターはイリュージョンに賛成ですか?」
それは、意外にもエヴァンジェリンからであった。
「ん〜、というよりもだ、奴のイリュージョンは、もはやモノマネが上手いとかそんなレベルではない。強い選手は体の使い方が上手い。打ち返し方、構え方、重心の置き方。そのプレーを真似するなど、ただのモノマネでは不可能だ。その本質を見抜いてこそ可能なのだ」
「確かに・・・僕も、お父さんの戦い方やマスターの戦い方をコピーしたりしてます。仁王さんはそれを飛び越えて、その人、本人になりきるほどですから、それがとんでもないことだとは分かります。でも・・・これは・・・」
「まあ、テニスのできない木乃香の姿になってパンツまで再現するのは笑えるが、それもまたセコくとも悪いことではあるまい。むしろ劣っている部分を知恵絞って補おうとした結果だ。強い相手に勝つために、何が何でも勝利を掴もうと、貪欲で純粋で真剣な証拠だ」
これは姑息などではない。
勝利への執念がそうさせている。
「そっか・・・うん・・・言われてみれば、そうだよね・・・」
「あの桜咲さん相手に、逃げないで反則もしないでここまで出来るんだから」
「じゃあ、やっぱり仁王くんて・・・強いんだ・・・」
エヴァのその言葉に、クラスメートたちも言葉を失い、今の仁王の姿を見る。
ボロボロになってでも戦う意思を捨てない今の仁王は、間違いなく執念の塊だったからだ。
しかし、
「はあ・・・ぜい・・・ぜい・・・ぜい・・・」
前半での超ハイテンションテニスの影響から、既に仁王の疲労は限界に達していた。
木乃香のイリュージョンは越前に比べてそれほど消耗しないものの、続けてやれば疲れないはずがない。
もはや仁王は精神的にも肉体的にもピークに達している。
一方で、
「はあ〜・・・修行が足りない、あんなものに惑わされるなど」
刹那も精神的な疲れは見られるものの、肉体的にはまだまだ余裕がある。
スコアは並んでいるものの、状況的には刹那にまだ分がある。
しかし、それでも麻帆良ベンチに安堵の表情はない。
「確かに、仁王殿の執念は認めるでござる。しかし、長かったでござるが、もう仁王殿も・・・」
「うむ、しかし・・・どうも不気味アル」
「それに、刹那も奴のイリュージョン・シャッフルを破ったわけではないからな」
「マッチポイントのたびにあれをやられたら、せっちゃんいつまでたっても勝てへん。ついでに・・・ウチ・・・わいせつで逮捕されんか心配や」
思えば、最初は刹那が楽勝だと思っていたこの試合も、何度もシーソーゲームが繰り返されて、気づけばここまでもつれ込んでいた。
それは、仁王のテニスの実力というよりも、その引き出しの多さがここまでのゲーム展開を作った。
もう、何もないのか? まだ何かあるのでないか? 疑心暗鬼が心に余裕を与えていなかった。
「何とか追いついた・・・このままこの戦法で果たして仁王は追い越せるか・・・」
「しかし、精市。今の仁王にはこれ以上の手は・・・」
「柳。ちなみに、仁王がこのまま追い越せる可能性は?」
「仁王にもし、これ以上の手がない場合・・・逆転できる可能性は・・・ほぼ、ゼロパーセント」
「だろうね。彼女ならきっと、この状況を乗り切る手立てを考えるだろうからね」
対照的に、立海メンバーはこのままでは仁王は勝てないと判断していた。
それほどまでに、立海は桜咲刹那というプレーヤーを評価していた。
そして、それは現実となる。
タイブレーク最初のポイント。
案の定、刹那のストロークに圧倒される仁王は苦し紛れに木乃香の姿を見せるが、
「ふう・・はあ・・・はあ・・・せっちゃん、ウチの全部見したるえ?」
「でやあ!」
「っ!?」
ついに、刹那が木乃香に惑わされずにショットを叩き込んだ。
「うおおおおおおお、桜咲さん、ついに取った!」
「すごい、アダルト木乃香にひっかからなかった!」
「いきなりどうしてー!? 尼になる決心でもついたの!?」
急に、刹那は木乃香の姿に左右されず、冷静にプレーを行っていた。
仁王はイリュージョンを解除し、刹那を悔しそうに睨む。
何故なら今の刹那は・・
「ちっ、ここまでされるとは・・・屈辱ぜよ・・・」
その視線の先の刹那は、目を閉じている。これで視覚を封じている。
だが、それなら声には反応するのではないか? だが、刹那はそれにも対策を打っていた。
「そう来るでござるか、刹那・・・」
「ここに来て覚醒したアル」
「まさか、目を閉じただけでなく・・・耳栓までするとはな」
刹那は、自らの視覚と聴覚までも封じていた。
目も見えず、音も聞こえない世界で、木乃香の幻を断ち切って、仁王を追い詰めていた。
「すごいね。五感の二つを封じて、それでもテニスができるなんて」
「もはや、音ではなく、空気の流れのみでボールを捉えるか」
「脱帽だろい」
「上には・・・上がいやがるんだな。ここまでやられると、もう何も言えねえよ」
「恐るべしですね。桜咲刹那」
目を惑わすなら目を閉じる。
声で動揺を誘うのなら、耳を閉じる。
理屈は簡単かもしれないが、それで普通にテニスをしろなど馬鹿げている。
しかし、それを刹那はやり遂げる。
「彼女のは、もはやセンスじゃない。恐らく俺たちの想像も及ばない世界でいくつもの修羅場を乗り越えて身につけたものなんだろうね」
幸村ですら、刹那に感服した。こんなプレーヤーがいるのかと。
それはすなわち、誰もがこの試合の結末が見えたということでもあった。
だが、
「ちっ・・・じゃけん、最後に勝つのは俺ぜよ」
既に結末は見えた。しかし、仁王の瞳に諦めはなかった。
「マッチポイント!」
審判より、ラストを告げるコールがされる。
「よし、この試合、もらった!」
「うん、せっちゃん、あとちょっとや!」
「刹那! 最後の一本まで気を抜くなでござる!」
「立海は追い詰めても追い詰めても何をしてくるか分からないアル!」
あと一ポイントで、勝敗が決まる。
「もう、何も聞こえません。何も見えません。応援も、お嬢様の声も。ただ、目指すは勝利のみ!」
「はあ、はあ、・・・どうかな? あんまり俺をナメたらあかんぜよ!」
仁王のサーブが放たれる。もう、力もない。
「斬岩フォア!」
目と耳を封じているとは思えないほど、的確なタイミング、フォームで打ち返される強力リターン。
だが、リターンエースは取らせない。
「ぷりっ!」
「この空気の流れ・・・・・・力のなさ・・・・・・どうやら限界のようですね!」
「ッ!」
「はあ!」
刹那は返って来たボールを綺麗に左右に振り回す。
目も耳も封じた状態とはいえ、正確性、コントロールは的確だった。
ボールの気配のみでプレーをこなしていた結果、全神経が異常なほどに冴え渡っていた。
しかしだからこそ、刹那はこの状況に違和感を覚えた。
(おかしい・・・)
もはや、仁王は木乃香にイリュージョンする意味はない。
仁王は素の力だけで今、粘っている。
「「「「あと一球! あと一球! あと一球!」」」」
あと一ポイントで勝利できる。このまま何事もなければ、勝利は間違いない。
何事もなければ? この男を相手に?
(おかしい・・・これまで予想もつかないプレーをして来た仁王さんの最後が、何の変哲もない普通のプレーで終わる?)
仁王が静かすぎる。
勝つも負けるも、最後の最後まで仁王のようなタイプは予想外の行動をしてくるはず。
だが、木乃香のイリュージョンが封じられてから、仁王は静かにポイントだけを失っていた。
それは、仁王の打つ手が全て無くなったから。刹那も、ギャラリーも、立海メンバーもそう思っている。
だが、刹那はそこでハッとする。
(この人は・・・詐欺師・・・決して、本当の自分を悟られない人・・・)
刹那は思った。
仁王は打つ手が全て無くなった。そう思わせることが、既にペテンへの布石だとしたら?
「ボールが浮いた!」
「せっちゃん、チャンスボールや!」
「いっけーーーーー!」
力のないロブが浮いた。これを叩き込めば勝てる。今の仁王なら簡単に決められるはず。
刹那は翼を広げて飛んだ。
「雷光スマッシュ!」
落雷の如きスマッシュが、がら空きのスーペースに向けられる。
これで、刹那の勝利だと誰もが確信したとき、
(かかったぜよ!)
仁王は笑みを浮かべた。
その笑みを、スマッシュを打つラケットがスイートスポットにボールを捉えた瞬間、刹那は見逃さなかった。
(チャンスボールで、勝利を決めるウイニングショットを放つとき、プレーヤーは勝利を意識して全力でショットを叩き込む。だが、逆に言えばそれさえ返せれば隙だらけぜよ!)
流れを変えるには、単発でポイントを奪うだけではダメだ。
一度勝利を確信した相手の予想を裏切るぐらいのインパクトを与えなければならない。
それが、今この瞬間。
「Never give up!」
仁王の姿が、無我のオーラを纏った越前に変わった。
「なっ!?」
「うそっ!? あれって、さっきのおチビちゃん!」
「お、おい! もう、越前にイリュージョンできねえって・・・」
「あの野郎・・・それすらもペテンだったってことだろい!」
「もう、越前にイリュージョンできない・・・そう思わせた瞬間に、やるとは・・・」
「完全に裏をかかれました!」
麻帆良も立海も、誰もが仁王のペテンにかけられた。
そして、越前はあの技をやる。
「空を飛んでても、ぶっとばしちゃえば関係ないでしょ?」
越前はスマッシュを迎え撃つ前に、全身の気を一点に凝縮して、刹那に向けて放つ。
その技は、
「あれは!? 確か、真田くんがアスナをぶっとばした技!?」
「確か、ばん・・・ばんゆー・・・」
「あの男、あんなものまで隠し持っていたのか!? いかん、大技を打った瞬間の刹那では持ちこたえられんぞ!」
「仁王のやろう! 越前流の万有引力!」
「この土壇場まで隠し持ってたのか!」
万有引力だ。相手が自由に空を駆け巡るのなら、翼もろともぶっとばせばいい。
越前の万有引力が刹那に向けて放たれる。
刹那の放ったスマッシュと万有引力の壁は入れ違いになるように交差し、越前と刹那互いにボールと気の壁が襲いかかる。
「あとは、このスマッシュを・・・叩き返すよ!」
刹那に向けて万有引力を放った直後、休む間もなく越前は体勢を整えて、その場で高速回転でぐるぐると回り、竜巻を発生させる。
「ななななな、何アレ!?」
「か、風が!?」
「ひゃーーーーー、なんやコレー!?」
「ユエー!?」
「のどか、伏せるです!」
「これは、まずいでござる!」
「あの技は・・・四天宝寺のスーパールーキーの!?」
「遠山金太郎が使った技!」
「しかも、百錬のオーラも纏っている!?」
「まずいです! 全員、今すぐ伏せて下さい!! この破壊力は想像を絶します!」
コート全体を包み込む竜巻。
舞い上がる粉塵。
遠心力と百錬の力で何乗にも上乗せされる破壊力。
柳生の大声の警告とともに、ギャラリーや麻帆良生徒たちは頭を抑えてその場で身をかがめる。
「超ウルトラグレートデリシャス大車輪山嵐!!!!」
爆撃のごとき打球が麻帆良学園テニスコートに発生する。
返球など不可能。なにより、刹那は万有引力でふっとばされ・・・
「なるほど、そういう作戦でしたか」
「ッ!?」
粉塵舞い上がるテニスコートの中で、爆撃砲の正面に刹那がちゃんと立ち構えていた。
そう、刹那は万有引力で吹っ飛ばされてはいなかった。
何事もなかったように、スマッシュからコートに着地し、いつの間にか、耳栓を外し、瞳を開けて構えていた。
「おま・・・・なん・・・それはッ!?」
「神鳴流絶対防御・四天結界独鈷錬殼!!」
「けっかい・・・?」
「あなたの万有引力は全てこの結界で消しました。あなたなら、予想もつかない手を必ず打ってくる。私のウイニングショットの瞬間こそ、必ず実行すると・・・ペテン師のあなたを信じていましたよ!」
その時、越前は・・・いや、仁王はようやく理解した。
(あのスマッシュ・・・やけにインパクトが軽いと思っていたが・・・奴は次の動作に素早く動けるようにワザと軽く打ったダニか!?)
仁王がペテン師としての極みを見せたからこそ、刹那はそれを信じていた。
そして、結界の中から刹那は大車輪山嵐の打球に対し、盾のようにラケット面を構える。
(想像を絶する破壊力・・・正に、常人のテニスにおける最大最強ショット。これを打ち返すには・・・)
刹那の気がウッドラケットに流れ、ラケットが光り輝く。
「神鳴流・桜楼月華!」
ウッドラケットの面で正面から盾のようにして突き出し、ボールに凝縮されていたすべてのエネルギーが刹那の洗練された高密度の気と相殺されて弾き出され、その瞬間、コートを覆っていた粉塵も竜巻も全て拡散した。
「なっ・・・」
「これまでです、坊や・・・いえ、仁王さん! 誰かになりすました技で超えられるほど、私は甘くありません!」
「ッ・・・」
テニスコートには、越前とボレーの態勢の刹那と、ボレーで打ち返されるボールがゆらゆらとネットの白帯にぶつかった。
「せっちゃん!?」
「自分の気で相手のショットを包み込むように相殺させた!」
「か、返したの!?」
「いや・・・」
「コードボールだ!」
刹那は、返した。仁王の全てをかけたペテンを読み切り、正面から破ったのだ。
だが、それでもコードボールがやっと。
「くっ、今度こそ決めろ、越前!」
「ドライブBでもう一度切り崩せ!」
「いや・・・しかし、仁王は・・・」
「もう、それをできる力は・・・」
コードボールでボールが若干浮いた。まだ、チャンスボールだ。
幸い、刹那も今の反動で態勢が整っていない。
越前がドライブボレーで切り崩せば、ポイントを奪える。
だが、その時・・・
「っ・・・」
イリュージョンが解けた。
疲労は嘘ではない。
これで、仁王はもう本当に越前にイリュージョンできなくなった。
「普通のドライブボレーで構わねえ! とにかく、決めろ、仁王!」
「死んでもこのポイントを取れ!」
「今なら決められる可能性、89%!」
「仁王くん!」
だが、もはや贅沢は必要ない。
とにかく、このポイントを奪うのなら、仁王の素の力でも十分にチャンスはあった。
そう、贅沢はいらなかった・・・
だが、仁王の中で何かが変化していた。
(まったく嫌になるナリ。こっちは嘘に嘘を固めてここまで来たというのに、桜咲・・・お前さんは隠していたであろう真実をどんどんさらけ出すぜよ・・・なら・・・俺も今の自分の力を曝け出すぜよ!)
仁王がテイクバックをする。それは通常のストロークを打つ時とはまったく構えが違う。
(お前に勝つには、コピーではなく、自分自身の力で打ち砕かないと、お前は折れないぜよ!)
そのフォームを見て、立海メンバーはハッとした。
「あれはまさか!?」
「ちょっ、待て、仁王!」
「あの技は・・・まだ未完成のはず! 決まる確率は、わずか2%!」
「待ちなさい、仁王くん! そんなものを使わなくても!」
だが、仁王は止まらない。
おおきく振りかぶってボールを・・・
「全国大会で、青学の不二に敗れた技・・・『星花火』。その悔しさからか、仁王が密かに練習していた・・・何故ここで・・・」
幸村は目を瞑る。
仁王が放った技を見ようとはしなかった。
「ッ、なにを!?」
刹那は予想外の仁王の行動に反応が一瞬遅れた。
大きくテイクバックした仁王は、ボールを前ではなく、真上に打ち上げたのだ。
そして、真上に打ち上げられたボールは、完全に視界から消えた。
「ボールが消えた・・・」
ボールが消えた。だが、気配は感じる。落下する音も聞こえる。空気の流れも感じる。
しかし、捉えられない。
「メテオドライブ」
ラケットを真上に掲げた仁王が、そう呟いた瞬間、地も裂けんばかりの轟音と共に刹那の背後に隕石のようなものが落下した。
「あっ・・・・」
それは、ボール。
「仁王の『メテオドライブ』。原理は、不二の『星花火』と同じ。コードボールを上空へ強烈に打ち上げ、打球を視界から消す。そしてすり鉢状に吹く風が、高速落下する球に不規則な回転を与える・・・・・・でも・・・それは・・・」
幸村はゆっくりと閉じた瞳を開け、その結末を見る。
「それは、風を読み切れる不二だからこそ使える技。どんなにフォームやタイミングを真似ても・・・仁王・・・君ではその技を扱いきれないんだ・・・たとえ、イリュージョンしてもね」
刹那が一歩も動けなかったメテオドライブ。その落下したボールの跡は、ベースラインより僅か外にあった。
つまり・・・
「アウト!」
後一歩。紙一重の差であった。
しかし、その紙一重が決定的な差を生み出し、
「ゲームセット・ウォンバイ・桜咲! 7—6!」
この死闘の幕を下ろしたのだった。
「勝った・・・せっちゃんが勝った・・・」
試合は終わった。勝者も敗者も、誰もが感動するほどの死闘を演じた。
両者は完全に出し切って、悔いなど何もないはず。
しかし、そこには意外な光景があった。
「終わった・・・・・・負けたぜよ・・・・・・」
清々しい表情で己の負けを認める仁王。
「・・・ッ・・・っ・・・私は・・・」
勝者でありながら、まるで敗者のように悔しさと複雑な表情を浮かべる刹那。
まるで、逆の結果のような表情をそれぞれが浮かべていた。
「ねえ、何で桜咲さん・・・あんな複雑そうな顔をしてるの?」
「うん・・・せっかく・・・せっかく・・・」
本来なら刹那の勝利を喜び、両者を称える歓声を上げたいところだ。
だが、勝者である刹那の浮かない表情が、それを阻んだ。
「おい、桜咲、俺の負けぜよ」
試合後の挨拶と互の健闘を称えるための握手を仁王が求める。
だが、刹那は震えながら、なかなか手を差し出そうとしなかった。
「ま、待ってください・・・仁王さん・・・あなたは・・・敗者ではありません」
「ぷり?」
そして、悔しさを滲ませながら、刹那は今の気持ちを告げる。
「あなたに偉そうなことを言っておきながら・・・私が使ったのは、技術でも何でもありません。翼も・・・結界も・・・テニスで使うなど許されるものではない・・・そんなものを使った私が・・・」
無我夢中だった。翼も、そして結界も。
だが、勝利を手にしたはずの刹那の心には、歓喜も誇りもなかった。
これほどの死闘を穢した。その申し訳なさが表情からにじみ出ていた。
しかし、仁王は言う。
「翼も結界も・・・使っちゃいけんとテニスのルールブックには無いぜよ」
「えっ・・・ま、まあ、それは・・・」
「なら、これはテニスダニ。俺はテニスで戦った。そして、負けた。それだけぜよ」
「し、しかし、ルールがどうのではなく、・・・私は卑怯なことを・・・」
「卑怯で何が悪いぜよ。勝つために自分の持ってる引き出しから勝つためのものを懸命に絞り出した。俺が羽持ってたら、迷わず使ってるぜよ」
「仁王さん・・・」
当たり前だ。ルールブックに書いているはずなどがない。
だが、それならこれはテニスだ。テニスで戦った以上、勝敗は既に決している。
刹那が勝って、仁王が負けた。
「ほれ」
仁王はもう一度、握手を求める。
それに対し、刹那も色々と思うところはあるが、仁王が自分を敗者として認め、試合の結果が出ている以上、それを覆すことはできない。
「今度は、翼を生やすイリュージョンするぜよ」
「ふっ・・・・・・・ふふふふ、もう二度と仁王さんとは試合したくないですね・・・・・・精神がいくらあっても足りません」
だから、刹那も苦笑しながらも手を差し出し、ガッチリと握手を交わした。
再び破壊されて荒れたテニスコートの中央で、二人の死闘に決着がついた。