【完結】テニスこそはセクニス以上のコミュニケーションだ(魔法先生ネギま×テニスの王子様)   作:アニッキーブラッザー

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なんか、別の作品を間違えて最初投稿していましたので、急ぎ訂正します。申し訳ないです。


第16話『天使降臨』

 地獄の攻防が繰り広げられていた。

 

「神鳴流庭球術・百花繚乱打ち!」

 

 一瞬その花びらが舞い散るような光景に目を奪われるも、その花びらの一つ一つが肉体を切り刻まんとする刃。

 無数の剣閃に囲まれるように打たれたボールに対し、切原は刃の一つ一つを器用に回避していった。

 

「ひゃはははははははははははははははははははは! なんすか、このちゃっちい風は!」

「ほお、反応速度が上がりましたな」

 

 悪魔化した切原の反応速度は、もはや常人の域を遥かに超えていた。

 勿論、まともな戦闘能力で言えば、月詠やこの場にいるアスナたちよりは遥かに劣る。

 しかし、アスナたちは切原の動きよりも、むしろその異常性にゾッとしていた。

 

「ちょ、な、なんなのよ、切原くん、完全に壊れちゃってるみたいに。ねえ、ゲンイチロー!」

「目が充血して、肌が赤黒く、髪も白髪化・・・どうされたのですの? 彼は」

「魔法じゃない。気を使ったパワーアップじゃないね。言うなれば・・・・・天賦の才か?」

 

 龍宮が言った。天賦の才。その言葉に、真田は目を閉じて微妙な表情を浮かべた。

 

「確かに赤也はテニスのセンスや素質、そして強者を喰らおうという向上心に加え、常人を遥かに上回る集中力を持っている。それこそ奴の才能とも言える。しかし、今の悪魔化は・・・・・そのあまりにも高い向上心から、やがてどのような手段を使ってでも相手を倒そう・・・例え相手を傷つけても勝利しようという意思へと繋がり、向上心と集中力という二つの才が歪み果てた先の境地だ」

 

 立海大テニス部に入部し、中学最強を目指して邁進してきた切原赤也。

 しかし、その野望は入部直後に打ち砕かれる。

 同じ部内に、彼が逆立ちしても勝つこともできない化物が居たからだ。

 真田弦一郎もその一人。

 いつか倒す。必ず倒す。どんな手段を使ってでも。たとえ、相手を殺してでも・・・

 

「ひゃははははは、ヒャーハッハッハッハッハッハッハ! ぶっ潰す!」

「くくく、あははは、ふふふふふふふふふふふふふふふ! ええですわ、ええですえ! なんや、そんな顔できるんやないですかい。少しだけ、興味出てきましたわ!」

「レッド・ショート・スネーク!」

「ほ〜、パワーもスピードも飛躍的に上がってますな。ええですな〜、もうちょっとギア上げてきましょか?」

 

 切原赤也の悪魔化は決して魔法ではない。

 壊れたような思考の下で繰り出されるラフプレーは、一見ただの暴力的にも見えるが、攻められれば的確なディフェンスとカウンターで相手を切り崩し、相手を打ち砕く。

 それは極限の集中力の中で、常にプレーをしていることの現れ。絶対に負けられないという意思とプレッシャーで、白髪化してしまうほどに。

 そして、赤黒くなった肌もそう。

 

「あれは、自力で血流を加速させているのだ。言ってみれば薬を使わぬドーピングのようなもので、肌が赤黒く変化している」

「ちょっと待ちな、真田って言ったね。もしそれが本当だとしたら・・・・・・心臓が張り裂けるほどの高血圧と高負荷がかかる。それは・・・」

「龍宮と言ったな。察しの通りだ。悪魔化は諸刃の剣。肉体と脳に多大な影響を及ぼし、結果、寿命を縮める結果になるであろう」

 

 その言葉を聞いて、アスナとあやかは一瞬呆然としてしまったが、アスナはすぐに真田の胸ぐらを掴んだ。

 

「ちょっと、ゲンイチロー! そこまで分かっているなら、なんで止めないのよ! なんでやめさせないのよ! あんた、あいつの先輩なんでしょ!? つまりあいつ、ゴム人間じゃないのに、ギアセカンドやってるようなものなんでしょ!?」

 

 だが、真田は真っ直ぐ切原のプレーを見ながら答えた。

 

「赤也が自分で選んだ道だ」

「は、はあ?」

「命を懸けてでも超えたい者が居る。そう願ってあいつが手にしたものだ」

 

 意味がわからない。たかがテニスだろ? 寿命が縮まる? こいつら馬鹿なんじゃないのか?

 

「あんたは・・・あんたってやつは・・・」

 

 心無い真田の言葉に、アスナはショックを受けていた。

 面白いやつらだと思っていた。結構気に入っていた。

 それなのに、この冷たい言葉に失望していた。

 今すぐにでも真田を殴ってやりたいとすら思った。

 だが、その時、思い出した。

 

「なんでよ・・・・・・・」

「神楽坂?」

「なんで・・・・なんで・・・ネギの顔がチラつくのよ・・・・・・・・」

「ネギ? お前たちの担任か?」

 

 アスナは、今この場に居ない一人の少年のことを思い出していた。

 

「あいつは・・・力が欲しいって・・・そのために、命を縮めるかもしれない闇の魔法・・・なんでよ、なんであんたらは、なんなのよ!」

 

 アスナは自分でも何が言いたいのか整理できていなかった。

 だが、これだけは分かった。

 どうしても、真田を殴ることができないと。

 全く理解できない連中なのに、何故か、自分がいつも後押ししてきた少年の顔がチラついたからだ。

 

「さあ、真っ赤に染まってくれよなー!」

 

 その時だった。切原が仕掛けた。

 

「ッ!?」

 

 ネット際にボールを落とし、月詠が前へと出た瞬間、自身に流れる血を飛ばして、月詠のメガネにかけた。

 一瞬だけだが視界を奪われた月詠。だが、その一瞬で十分。

 

「隙みっけ。ヒャーーーーーーーーーーハッハッハッハッハッハ!」

「あっ・・・・・・」

 

 近距離から月詠の顔面めがけて渾身の一撃。

 

――――ナパーム!

 

 切原赤也がこれまで幾多の選手を葬ってきた殺人ショット。

 それこそ相手を殺す気で打つショットを、迷いなく女の顔面めがけて切原は打ったのだった。

 

「神鳴流・斬魔打ち・弍のショット」

 

 しかし・・・・・・

 

「なるほど・・・・・・殺す覚悟はあるようですな」

 

 月詠は滅んでいなかった。

 

「ッ!?」

 

 それどころか、血の付いたメガネを拭きながら機嫌よさそうに笑っていた。

 

「雑魚であれ、本気の殺意はエエもんでしたわ。退屈しのぎにはなりましたわ♪」

 

 そして、聞こえてくる。

 

「うぐ、が、は、あ、が・・・・・・・・・・・・・」

 

 悪魔のうめき声が。

 ヨロヨロとフラつく悪魔は、やがて嗚咽し、そしてついにはその真下に、大量の血を吐き出した。

 

「いっ!?」

「なっ! い、いやあああああ!」

「赤也!」

「切原くん!」

「あの、ガキ!」

「なんてことだい!」

 

 そう、ダメージを受けていたのは切原の方。

 切原は大量の血を吐き出し、奇声を上げてのたうちまわった。

 

「うがああああ、ぐあ、アガアアアアアアアアアアアアア!」

 

 一体何が起こった? 攻撃したのは、切原の方だ。

 本当は、月詠がこうなってもおかしくなかったはずである。

 しかし、現実は、大ダメージを受けたのは切原の方だった。

 

「ボールとプレーヤーを包み込んだ悪しき魔を消滅させる力。悪意に包まれたボールを無効化して打ち返し、同時にあんた自身を覆っていた悪しきものを切り裂きました。ほんまは霊体相手にするときに、人間を傷つけずに背後の魔を断つために使われるんやけど、まあ、テニスで打ったら多少の物理的ダメージがあったようですな〜」

 

 カウンターショット。月詠は視界奪われたことすら何ともなかった。

 視界を奪われる展開などいくらでも経験してきた。

 そんな彼女に、身を投げ出すほどの渾身ショットを無闇に放てば、その打った直後は隙だらけ。

 

「悪魔化? それがどうしましたか? 魔を狩り取る神鳴流の敵ではありませんえ」

 

 メガネのレンズに、目潰しで浴びせられた切原の血を、月詠は舌で舐め取りながら言う。

 その狂気のように恍惚とした笑みは、見るもの全てに同じ印象を与えた。

 

 ―――お前の方が、悪魔だ

 

 と。

 

「赤也くん!」

 

 耐え切れずに駆け寄る一人の女生徒。それは、那波千鶴だった。

 彼女は、まるで傷だらけの我が子に駆け寄る母親のような血相で、倒れる赤也に触れようとした。

 だが、

 

「来るんじゃねええええええ!」

「え・・・・・・・・・・・・」

 

 激痛に苦しんでいた切原が、立ち上がった。

 

「く、くるんじゃ、ねえ・・・・こ、ここで、第三者が俺に手を差し伸べたら、反則になっちまう・・・・・」

 

 この後に及んで、こいつは何を言ってるんだ?

 そのあまりにもバカみたいな言葉に、千鶴どころか、アスナたちも一瞬呆けてしまった。

 

「俺は・・・まだ・・・やれる・・・・・・」

 

 だが、それでも切原は立ち上がった。

 止まることのない血を流し続け、自身の体が真っ赤に染まろうとも、その眼光は死んでいなかった。

 

「先輩たちが卒業するまでに・・・あの三人の化物を倒して・・・来年、立海の王座を取り戻すこの俺が・・・・・・負けるかよォォォォ! それを妨げるテメエは、ぶっ潰す!」

 

 悪魔は死なず。更なる憎悪という負の感情を纏い、殺し合いをやめない。

 

「バ、バカじゃないの、あんた! もう、それどころじゃないでしょ!」

 

 アスナの言葉。百も承知だ。

 しかし、悪魔は人間の言葉に耳を貸さない。

 そんな切原に、千鶴は悲しそうな表情を浮かべて訪ねた。

 

「赤也くん・・・・」

「あ゛?」

 

 それは、制止の言葉でも、非難の言葉ではなく、千鶴の一つの問いかけだった。

 

「テニスは楽しいですか?」

「・・・・・・・・・・・・・・はっ?」

 

 その問に、切原は一瞬呆けてしまい、だが、返答することができなかった。

 

「ッ、・・・だから・・・んなのどうだっていいっしょ!」

「赤也くん!」

「邪魔すんじゃえね! ヒャハハハハハハハハハハ! 潰す潰す潰す! 真っ赤に染めてやるァ!」

 

 赤也は千鶴に背を向け、悪魔化を継続したまま、ボールが潰れるほど強く握りしめてトスを上げる。

 その動作に、真田たちが気づいた。

 

「あれは、ナックルサーブか!」

 

ナックルサーブ。切原赤也の必殺サーブの一つ。

 

「ひゃははははは! このサーブはどこに跳ねるか分からねえ! 俺、以外はな!」

 

 不規則な動きを見せて月詠に・・・・

 

「どこに跳ねるかわからないと言いながらも、結局顔面狙う当たり、芸がないですな」

 

 月詠はライジングで難なくリターンエース・・・いや、サーブを打った直後の切原の膝を目掛けて鋭いショットをぶつけた。

 

「ぐああああああああああああ!」

「ふふ、男が膝の皿にヒビ入った程度で、そないに痛がるのは情けないですえ」

 

 もう、テニスでも、殺し合いでもない。

 ただの嬲り殺しだ。

 それほどまでに、両者の力の差は歴然だった。

 

「くっ、ぐ、く、そ、つ、つぶ、す」

 

 だが、それでも切原が死なずに立ち上がるからこそ、ゲームは終わらない。

 そして、月詠もまた、切原が気を失わない程度の痛みを与えて弄んでいたからでもある。

 しかし、それもそろそろ飽きてきたのか、月詠も締めに入ろうとしていた。

 

「ふふふふふふふ、まあ、そこそこ楽しめましたわ」

「な・・・なめんじゃねえ! まだ、試合は終わってねえ」

「ええ、ですから、終わらせますわ」

 

 ユラリと二本のラケットを鞘に収めるような態勢で、月詠は静かに構えた。

 その静けさは、まるでさざ波ひとつ立たない水面のような静けさ。

 

「冥土の土産に見せてあげますえ。別次元のテニスを」

 

 その異常なまでの佇まいに、真田弦一郎はゾッとした。

 

「い、いかん! あの娘、幻視の人斬りテニスを繰り出す気だ!」

「はあ? なによ、それ! 一体、何をやろうってのよ!?」

 

 次の瞬間、切原赤也は目を疑った。

 放たれたボールがまるで刃のように繰り出され、自分の四肢を切断した。

 

「ひっ、い、ぐ、あああああああああああああああああああああああああああ!?」

 

 いや、実際には切断されていない。

 ただ、月詠の鋭いショットを刃と錯覚し、その鋭さがまるで自分の手足を斬ったと錯覚してしまったのだ。

 

「赤也! 心を保て! それは狂気が見せる幻に過ぎん!」

 

 真田が叫ぶが、冷静でいられるはずがない。

 

「い、言わんこっちゃないわ! 龍宮さん、私たちで止めるわよ!」

「ああ、この試合はこれまでだ!」

「加勢しますよ、真名さん!」

「あのメガネ、調子こきやがって!

 

 テニスをしているだけで、何故、両手足が切り取られる?

 なぜ、首が跳ね飛ばされる?

 もはや、何が嘘で何が現実かも分からず、ただ、切原は真っ暗な世界の中で恐怖に怯えていた。

 

(なんで、なんで、俺が、こんなことに・・・・・・)

 

 もはや、目も潰された。全身がズタズタに切り裂かれた。

 意識だけの世界。自分は死んでしまったのか?

 何も分からず、ただ、恐怖だけが切原を襲った。

 

 

 ―――切原テメェ! なんて卑怯なことを!

 

―――ひどい、なんでこんなことを!

 

 ―――橘さん! よくも、よくも橘さんを!

 

 

 その時、切原の脳裏に走馬灯のように、怨念のような声が響き渡った。

 それは、かつて自分が傷つけてきた選手たちやそのチームメイトからの非難の声。

 そんなもん、何ともなかった。くだらないと思った。

 だが、今は違う。

 

(お、俺も潰される・・・殺される・・・今まで俺がやってきたみたいに・・・・俺も! こんな気持ちだったのか? 俺が潰してきた奴らは、みんな・・・・)

 

 こんな気持ちだったのか? 潰される恐怖というものは。

 

(そんな、くそ、くそ、なんで・・・・なんで俺が・・・・なんで俺はこんなことを・・・)

 

 今になって後悔がよみがえる。

 何故、自分はこんなテニスをしてしまったのか?

 それは、どんな手段をとっても勝ちたいと思うようになったからだ。

 なら、何故自分は勝ちたいと思った?

 

「ふふ、ゲーム、5―0。チェンジコートですえ、ワカメくん。まあ、そこから立ち上がることが出来たらの話ですが」

 

 その時、切原はハッとなった。

 気づけば天井を見上げていた。

 自分は、まだ生きている? 切断されたと思った四肢や首はつながっているが、感覚がない。

 

「切原くん!」

 

 虫の息で倒れる切原に、アスナが駆け寄ろうとした。

 だが、その時、月詠は笑みを浮かべた。

 

「ええんですかえ? お姫様」

「はあ? どういうことよ!」

「今、彼に手を触れたら、その時点で彼は失格になりますえ? それを分かってのことですかえ?」

 

 この状況下、そのあまりにもズレた言葉に、アスナはとうとう怒りが爆発した。

 

「ふっざけんじゃないわよ! こんな状況で失格もクソもないでしょ! 今すぐあんたをとっ捕まえてやるんだから!」

 

 今すぐにでも食ってかかりそうな形相で、その手に巨大な剣を携えていた。

 だが、

 

「待たんかー! 神楽坂アスナ!」

「ッ、ゲ、ゲンイチロー!?」

 

 真田がアスナの手を掴んだ。

 

「は、離しなさいよ、ゲンイチロー! そもそも、あんたが止めないから、こんなことになったんでしょ!」

「たわけ、落ち着かんか。あの娘はテニスのルール内で戦ったに過ぎん。相手の体にボールをぶつけてはならんというルールもない。お互い様だ」

「ちょっ・・・あんた・・・・・なにを・・・・何を言ってんのよ」

「そして何よりも、赤也が本物になるかの瀬戸際だ。邪魔をするな」

 

 その時、これまで一歩も動くことのなかった真田が、前へ出て、虫の息で倒れる切原に告げる。

 

「赤也。己の限界が見えたか?」

 

 浴びせるのは、声援でも、制止でもない。

 厳しい現実の言葉。

 

「俺や、柳や、幸村だけではないだろう。強いのは」

「ッ!?」

「手塚や跡部、不二、越前、全国には、世界には更なる猛者が居る。今日のようにな。殿上人知らずの世界には、お前以上の狂気すらも存在する。しかし、限界も立ちはだかる壁も越えるためにあるものだ」

「真田・・・ふく・・・ぶちょう・・・」

 

 遠ざかりそうな意識の中で、真田の声だけが切原の頭の中に響いた。

 キリがないほどの天井知らずの世界。

 そんな怪物ばかりの世界に、どうして自分は居るのかと。

 

「赤也。お前は、何のためにここにいる?」

 

 今まさに、自身に問いかけたことを、真田も告げた。

 何故、自分はここに居るのだろうと。

 

(なんで、俺がここに・・・・)

 

 その時だった。

 

「赤也くん・・・・」

 

 薄れゆく意識の中、千鶴の声を聞き、赤也は一つ思い出したことがある。

 それは、千鶴と初めて会った直後に言われた言葉。

 

 ――テニスはスポーツ。スポーツを憎しみの生み出す道具にしてはいけませんわ

 

 聖母のような温かい光の中で、千鶴は言った。

 

 ――赤也くん、テニスは楽しいですか?

 

 その言葉だけが何故かチラつき、気づけば切原は立ち上がっていた。

 

「切原くん!」

「赤也くん!」

 

 立った? でも、立ってどうする気だ?

 一体何ができるんだ?

 切原が何をやったところで、月詠にはダメージ一つ与えられないというのに。

 しかし、立ち上がった切原の様子は、何か少し違っていた。

 それを実際に感じ取ったのは、ほかならぬ対峙していた月詠であった。

 

「ほ〜、なかなかしぶといですな。死ぬまでやるというなら、それもよろしいでしょう。ほな、終わらせましょか」

 

 トドメ。

 月詠がふらついている切原目掛けてサーブを放つ。

 だが、ずっとうつむいていた切原が顔を上げ、ラケットを振りかぶって渾身のリターンをクロスに放った。

 

「ほう、まだこないな力がありましたか。ですが、これではウチは・・・・・・ッ!?」

 

 それは、たった一度の月詠の油断。

 切原の打ったボールはただのクロスボールではなかった。

 バウンドした瞬間、高速回転をしながら、月詠から遠ざかるように死角へと飛んだ。

 

「な、い、今のは・・・・・・・」

 

 誰もが目を奪われた、完全なるリターンエースだった。

 だが、驚いたのは、切原がまだ奥の手のショットを残していたことではない。

 

 

「・・・・・・ファントムボール・・・・」

 

 

 己の必殺ショットの名を告げる切原は悪魔の姿から人間に戻っていた。

 その瞳も充血していなかった。

 

「ぼ、ボールが消えた!? ファントムって、なによ!?」

「驚きましたね。あの切原くんが・・・・こんな技を・・・・・相手の体を目掛けて打っていた彼が・・・・」

「あの野郎。相手の体から遠ざかるボールを打ちやがった。今のは俺でも反応できなかった」

 

 同じテニス選手の木手や亜久津ですら感嘆する、見事なショットを放った切原。

 切原は自分でも少し戸惑った表情を見せながらも、どこか感念したように、千鶴に振り返った。

 

「千鶴さん・・・・俺、言ったっすよね。俺のテニスは最強を目指すテニスだ。邪魔する奴は、全部真っ赤な血に染めて潰す。それが俺のテニスだって」

「赤也くん・・・」

「でも、なんで俺が最強目指してんのか言ってなかったすよね・・・・・・それは・・・負けるのが嫌だったからっすよ・・・・テニスで・・・・」

 

 なら、なんでテニスで負けるのが嫌だったのか?

 簡単だ。テニスが好きだからだ。

 

「テニスが・・・俺にはテニスしかないっすから・・・だって、俺・・・テニス・・・好きっすから」

 

 なら、なんでテニスが好きなのか?

 簡単なこと。

 

「やっぱ、テニスは楽しいっすよ、千鶴さん」

 

 それは、まるで子供が初めてテニスラケットをもって、目を輝かせてワクワクしているような表情に見える。

 先ほどの残虐性などまるで消え失せ、純粋無垢な子供のような笑顔。

 

「な、なんや・・・・・・なんや、その笑顔は! つまらん! つまらんですえ!」

 

 血みどろの狂気のぶつけ合いに興奮していた月詠には、その興奮を冷めさせるほどの怒りがこみ上げてきた。

 その笑顔を再び苦痛に歪めてやろうと、月詠は切原の顔面めがけて強烈なストロークを放つ。

 だが、

 

「おお、こえーこえー、このスリル、たまんねえっすね♪」

 

 切原はそのボールに対して怒りをこみ上げることなく、片足のスプリットステップで対応し、返球した。

 ジェットコースターのようなアトラクションを無邪気に楽しむような笑顔を見せて。

 

「な、なんやて!?」

 

 切原の動きが明らかに変わった。

 コートの中をはしゃぐ様に走り回るその姿は、見ている者たちは気づけば微笑ましそうに温かい眼差しを送っていた。

 

「切原くん・・・どうしちゃったの? なんで、急に?」

「ああ、それに・・・・」

「まあ、まあ、まあ!」

「赤也くん・・・とても楽しそうね」

 

 そう、月詠の殺人ショットすら楽しそうに打ち返す赤也。

 真田は拳を強く握った。

 

「赤也・・・本当にお前には驚かされる。どうやら、進化したようだな。悪魔の心が浄化され、純真無垢な心を取り戻し、疲れや痛みも忘れてただ楽しむ。それは、まるで天真爛漫」

 

 その瞬間、ラリーを続けていた切原の全身が眩いばかりのオーラに包まれて発光した。

 髪が逆立ち、全身に輝く光を纏った切原の姿はまるで・・・

 

「赤也くん・・・・綺麗・・・・まるで翼が生えているみたい・・・・」

 

 輝くオーラを翼と化し、自由に動き回る。

 疲れも痛みもない。そこにあるのは、テニスに対する純粋な気持ちだけ。

 

「俺ですらたどり着けなかった境地。『天衣無縫の極み』・・・・・・いや、今のお前がたどり着いた境地は・・・・・・『天使爛漫の極み』!」

 

 地獄を突き抜けて、切原は天界の扉を開いた。

 天使の光と白い翼が、真っ赤に染まったテニスコートを浄化していった。

 


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