【完結】テニスこそはセクニス以上のコミュニケーションだ(魔法先生ネギま×テニスの王子様)   作:アニッキーブラッザー

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第17話『きれいな赤也くん』

 進化を止めることは不可能。

 

「神鳴流・拡散斬魔閃ショット!」

 

 ポイントもクソもない。

 狂気に飲み込まれた月詠から放たれた幾重もの光線。

 しかし、赤也は臆すことなく、オーラで形作られた翼を羽ばたかせた。

 すると、天使の翼が巻き起こす風が、月詠の放った光線を全てかき消し、ボールの効力を無効化した。

 

「いくぜ! エンジェル・ファントムボール!」

「そ、そないなことが!?」

 

 全ての気を天使の光に払い落とされてむき出しになったボールを打ち返す赤也。

 この現実に、初めて月詠が狼狽えた。

 

「すごい、赤也くん、綺麗! なんて楽しそうなんでしょう! かっこいいです、赤也くん!」

 

 先程までの凄惨な光景から一転して、見るものを暖かくする天使のテニスを繰り出す切原。

 千鶴は両手を上げて飛び跳ねながら、切原を絶賛し、その声に切原も照れくさそうにしながら笑顔を向けた。

 

「赤也くん、あなたの言うとおり、テニスはとても楽しそうです。今度、私にテニスを教えてください」

「ええ、いいっすよ。お安い御用っすよ。千鶴さんのクラスメートたちも、みんな筋がいいっすからね、みんなでテニスやりましょうよ」

 

 爽やかでキラキラスマイルで微笑む切原赤也。

 彼を前から知る者は、誰もが言う。「あれは本当に切原か?」と。

 

「神様は、この世にテニスっつう最高のスポーツを与えてくれた。そう、テニスがあれば戦争なんていらねえ。争いをするならテニスをやりゃいいんだ。ラケットとボールとコートがあれば、無限に人との繋がりが広がっていくんすから! テニスこそが、人と人とをつなぐ世界共通のコミュニケーションなんだ!」

 

 いや、あれ、マジで切原じゃねえだろ! 比嘉中メンバーと亜久津はもはや白目むいて卒倒しそうだった。

 

「げ、ゲンイチロー、どうなってんの? あいつ、もはや大空翼くんみたいになってんだけど!?」

「ふっ、赤也が進化したのだ」

「だから、その進化が何かもう、マインドコントロールされたみたいに人が変わってるって言ってんのよ! きれいなジャイアンみたいよ! つか、なによ! 天使の羽とか、あんなのテニス界ではあることなの!?」

 

 どこからツッコメばいいのか分からず、真田に頼ってしまうアスナだが、真田は腕組んだまま冷静に現状を分析していた。

 

「赤也の天使の翼・・・あれは恐らく莫大な無我のオーラのようなものが溢れ出し、それが具現化されているのだろう。そしてその翼は、羽ばたかせて生み出した風で相手の必殺ショットを無効化し、カウンターを打つ。コートを血に染めた赤也が、血を一滴も流させぬ戦いをするとはな・・・・・・」

「だから、それ、説明になってねーって言ってんのよ!」

「勝て、赤也! そして失った立海の王座をお前が来年取り戻すんだ!」

 

 切原が月詠に痛めつけられていた時も、決して止めようとせずに厳しい表情で見守っていた真田が、初めて後輩の成長した姿を見て嬉しそうに笑った。

 切原ならきっと乗り越えられる。そう信じていたからだ。

 

「でも、アスナさん、確かに切原さん・・・楽しそうですわ」

「ああ、何だか見ているだけで、私までテニスをしたくなってきたよ」

 

 細かい説明が全然できていないが、今の切原を見ているとそれもどうでもいいとすら感じてきてしまい、委員長や龍宮も、ただ純粋に試合を楽しんで見ていた。

 数分前の光景が嘘のように、ギャラリーも目を輝かせていた。

 たったひとりを除いて・・・

 

「認めへん認めへん認めへん! 何が天使のテニスや! そないなもん、生ぬるい虚仮ですえ!」

 

 月詠だ。

 打つ技全てが天使の羽の前に無効化され、あれから何本もポイントを取られていき、形勢はすっかり逆転してしまった。

 しかし、それでも切原のテニスを否定し続け、ただ殺意を込めて何本もショットを打ち続ける。

 

「テニスとは、ネットを挟んだ殺し合い。ボールとラケットを用いた殺人スポーツのはずや! コートにあるのは血と憎しみのみ! こないな、爽やかな偽物テニスに負けるわけあらへん!」

 

 認めない。こんなものがテニスだとは認めないと強烈なショットを無我夢中で打ち続ける月詠に、もはや達人の冷静さや落ち着きは見られない。

 取り乱した小娘のテニスだ。

 しかし、そんな取り乱した娘に、天使は優しく微笑む。

 

「あんたのテニスは、洗練されていて、ほんとキレーだぜ」

「ッ!?」

 

 それは、これまで殺意と憎悪をむき出しにしていた少年から送る、素直な賛辞の言葉だった。

 

「エンジェル・ファントムボール!」

 

 手を伸ばしても、まるで幻のように消え失せる。後に残るのは美しい羽のみ。

 切原の鋭いクロスボールに対し、月詠は反応してラケットを振りぬこうとするも、ボールは予想もしないバウンドで死角へと消えて捕らえられなかった。

 

「ぐっ、あ、あかん・・・回転が鋭すぎて捉えられんですな〜・・・・」

 

 天使爛漫の極みに達した切原はここぞとばかりにキレのある天使のボールでエースを取る。

 悪魔化していた時は、どれだけ月詠に渾身の力を込めたショットを放ってもいなされていたのに対し、逆に体から遠ざかるショットを打ち出したら面白いようにポイントが積み重なっていた。

 

「エンジェル・ファントムボール・・・・・・素晴らしいショットですね〜。真田くん、あのショットの原理はご存知で?」

 

 月詠をキリキリ舞いにさせる切原の新技を前に、木手が真田に尋ねると、真田は「無論だ」と言って解説を始めた。

 

 

「あれは、打ち際に高速のサイドスピンをかけ、相手の対角線にクロスボールを打ち込む。反射的にプレーヤーがクロスに走り込むも、ボールはバウンドと同時に高速で逆に跳ねる。原理を言ってしまえばそれまでだが、対峙しているあの娘からしてみれば、一瞬視界から消えたように感じるということだ」

 

「「「「いや、ショットの原理じゃなくて、天使化の原理は説明してくんないの?」」」」

 

 

 麻帆良生徒たちのツッコミは無視して、なるほどと木手は頷いた。確かに言ってみれば簡単な原理ではある。

 しかし、単純だからこそ、効果的ということもある。

 

「亜久津仁よ。お前は赤也のエンジェル・ファントムボールをどうやって返す?」

「あ゛? ・・・・・・・ふん、まあ、あんだけの回転とバウンドだ。まずは何本か見て角度を見極めねえとな」

 

 それは、プライドの高い亜久津ですら、初見では返せないと言っているようなものでもある。

 死角へと消える幻影を掴むには、その消えるタイミングと角度を見極めることが重要である。

 だが、そこは月詠も承知の上。

 一見、取り乱したように見えても、ちゃんと何度も打たれたエンジェル・ファントムをしっかりと分析していた。

 

(ふっ・・・・・・もう、角度は見切りましたえ。剣士に同じ技を何度も見せるのは、天使どころかサルのやることですえ?)

 

 小さくほくそ笑む月詠。そして、反撃のタイミングを伺う。

 

「ほれ!」

「おっ、まだまだショットにキレがある。さすがじゃねえか!」

「くくくく、その余裕はすぐに消し去ってみせますわ。その天使の羽をもぎ取り地へと落とす! ほな、打ってみなはれ!」

 

お前の必殺ショットを打ってみろ。そう挑発する月詠のリクエストに、切原はスマイルで答える。

 

「OK! じゃあ、いくぜ! エンジェル・ファントム!」

「ここや!」

 

 月詠が飛ぶ。切原のショットのバウンドの方角を先読みして。

 だが・・・・

 

「ッ!?」

 

 ボールは、ただのクロスボール。

 エンジェル・ファントムのバウンドをしなかった。

 

「な、こ、これは・・・ま、曲がらない・・・・」

「へへ」

「ッ・・・フェイント・・・くっ、お、おちょくってくれますな〜」

 

 ただのクロスボール。しかし、月詠にはそれだけには見えなかった。

 無邪気に笑う切原を見て、思わず呟いてしまった・・・

 

「天使のイタズラ・・・・ちゅうやつですかい・・・・」

 

 同じフォームから繰り出し、しかしそのショットの球種を読み取ることができない。

 たとえ、エンジェル・ファントムの軌道を見切ったと思っても、そのボールはフェイントを織り交ぜることで弱点を解消。

 そして何よりも・・・

 

「ほら、もっといくぜ!」

「もう、もう騙されませんえ! 今度こそ、見切ってみせますわ!」

 

 再び、切原のエンジェル・ファントム。今度こそ本物だと確信した月詠は、これまで打たれたショットのバウンドから軌道を読み切りジャンプ。

 しかし、そのバウンドは月詠の想像していた角度とは違う方角へと跳ねた。

 

「なっ!?」

「へへ・・・・・・天使のイタズラに続き・・・・天使の気まぐれってやつかな?」

「・・・・・・・バウンドの角度もコントロールできるんですかい?」

 

 顔面を蒼白させる月詠。

 試合はもはや、完全に切原が支配していた。

 

「うわ・・・すご、切原くん。あの、月詠を完全に手玉に取ってるよ」

「ああ、スナイパーからしてみれば、厄介極まりないショットだね。的を絞れないんだから」

「ふふ、そうですわね」

「赤也くん、その調子です! 頑張って!」

 

 もはやここまでくれば、お見事と言うしかなかった。

 魔法世界の滅亡を左右させる戦いで、世界の脅威として立ちはだかった、世界最強クラスの剣士。

 その剣士を、ただのテニス部の中学生が、月詠に一滴の血も流させずに圧倒しているのである。

 この状況を、果たして大戦を知るものたちが見たらどう思うか?

 

「完全に一方的になってきましたね〜、しかし妙ですね。切原くんの動きが活発になったものの、ショットの威力や身体能力はあの女性の方が上。特に彼女の体の使い方は、我ら沖縄武術家が唸るほどのものです。それが、なぜこうも急に差が?」

「木手永四郎、確かにお前の言うとおりだ。だが、今の赤也はただ単純にパワーやスピードや反応速度が飛躍的に向上しただけではない。進化し、なお成長しているのだ」

「進化し・・・成長・・・?」

「テニスにおいて、ボールのスピード、タイミング、高さ、回転数、角度、それは毎回違う。それは、真の意味でまったく同じショットというものは二度と打てないということだ。よって、テニスの練習とは同じ様なショットを反復して練習するのも大事だが、重要なのは、どのコースやスピードや変化にも対応できるようにすることだ。周囲を完全に警戒して待ち構え、ボールが来れば反応し、そうすれば返せないボールはない。しかし、今の赤也相手には、それができないのだ。なぜなら・・・・ボールが来ても反応できないからだ」

 

 月詠が動く。これまでのラリーやショットの中から想定した切原のショットを予測して待ち構える。

 しかし、そのボールは月詠が予想していたのとは全く別の角度へと飛んだ。

 

「己の想定を完全に外れたスピードとコースには、反応することができない。どれだけ反応速度や身体能力が優れていても、反応することすらできなければ、対応できんのだ」

 

 切原自身も自分の変化に気づいていた。だが、そんなことは気にならなかった。

 目の前の感覚や視界に、それどころではなかった。

 

(ああ、すげ・・・ボールが遅く感じる・・・相手の考えや動きが手に取るように分かるから、フェイントも入れられるし・・・・ガキの頃、初めてテニスラケットを持ってから、数え切れないほど打って来たショットの全てが俺の頭の中に・・・・ああ・・・楽しいぜ・・・・ちくしょう、楽しすぎるぜ・・・・テニス!)

 

 千鶴に対してハッキリと告げたテニスへの思い。

 正直、今更という気もしないでもなかったが、自分のテニスの思いに対する気持ちを再確認したことから、ふっきれた。

 もう、ボールを追いかけて打つのが楽しくて仕方なかった。

 

「はあ、はあ、はあ、あかん・・・・・・・なんでや・・・ウチよりも遥かに劣る力なのに・・・打たれたら全く返せる気がせえへん・・・・」

 

 月詠が息を切らし始めた。それは疲労からくるものではなく、精神的なもの。

 

「ねえ、ゲンイチロー、月詠が・・・なんか・・・すごい、探り探りっていうか・・・萎縮してるように見えるよ」

「ああ。あの女は今、どこに打っても打ち返され、どこに打たれても返せないことから、しだいにそのイメージが頭にこびりつき、イップスに近い感覚に陥っているのだろう」

「いっぷす?」

「幸村に近いテニスだ・・・いや、それ以上か・・・・ふっ、天使がたどり着くのは神の子のさらに先の領域か・・・・・行け、赤也! この大空をどこまでも羽ばたくが良い! 天の頂きへと飛び立て!」

 

 強く、美しく、そして楽しそう。

 対戦相手からしてみれば、これほど屈辱的なことはない。

 そして、月詠はもはや覚悟を決めた。それは、どんな手段を使ってでも勝つことを。

 

「・・・・・もう、ええですわ・・・ワカメくん・・・・」

「おっ?」

「もう、これはただの殺し合いやない・・・・・・テニスの最終的な姿・・・・それは虐殺や!」

 

 次の瞬間、月詠は二本のラケットを放り投げ、代わりにどこから取り出したのか、一本の真っ黒いラケットを取り出した。

 今更ラケットを変える?

 

「黒いウッドラケット?」

 

 だが、そのラケットはただのラケットではない。

 禍々しい黒い瘴気のようなものが溢れ出ていた。

 

「『妖刀ひな』と同種。『妖庭球具らぶてに』や。あんさんを葬り去るウチの奥の手や!」

 

 闇の瘴気が月詠に吸い取られていく。肌と瞳が漆黒に染まり、魔に身を委ねた怪物が現れた。

 

「いかん! 妖具だ! あの女、闇と魔の融合で力を増幅している!」

「ちょっ、龍宮さん、それってまずいんじゃ!」

「まずいどころではない! 全員、この場から離れろ! 出来るだけ遠くに逃げるんだ! この食堂塔が・・・いや・・・麻帆良が廃墟になるぞ!」

 

 テニスの試合で、そんな忠告が飛び出るものか?

 しかし、クールビューティー龍宮は、真顔でこんな冗談は言わない。

 まさか、本当なのか? 木手たちの表情が青白く染まる。

 

「はあ! 黒打斬岩ショット!」

「う、お・・・こいつは、なんて威力だ!」

 

 漆黒のショットが切原に襲いかかる。

 切原はボールの回転をうまい具合にいなし、返球するが、腕の痺れ、何よりも両足が地面にめり込んでいた。

 

「赤也! あの、女。なんというたまらんショットだ!」

「切原くん!」

 

 しかし、試合は止まらない。

 赤也の天使化に対抗するように、深淵の魔の領域まで落ちた月詠の動きが一段とキレた。

 

「秘打・一瞬千打・黒打五月雨ショット!」

 

 疾さも威力も桁違い。

 なんと、月詠の打ったショットが衝撃波を生み出して地面を、床を、壁を、机や椅子を激しく飛ばした。

 

「赤也! 翼で己の身を守れ!」

 

 荒れ狂う衝撃の中で飛んだ真田の声を聞き、切原が己の身を天使の羽で包み込み、衝撃波から身を守る。

 同時に襲いかかる月詠の必殺ショットに正面から応える。

 

「うおおおおおおおおおお!」

「無駄や無駄や。そないなまやかしの羽など全てむしり取ってくれますわ! ああ、ああ〜! ああ! この瞬間や! 果実を摘み取る感覚! あんまり期待しとらんかったのに、百円ショップに売っとった果物が美味やったのと同じ感覚や! ああ、ああ! 心ゆくまで美味しくいただけましたわ! 楽しかったですわ!」

 

 狂喜乱舞する月詠。

 光と闇。相反する二つの力が交差する瞬間、切原は翼の中で小さく笑った。

 

「な、なんや・・・なんやその顔は! なんで絶望しないでんすかい!?」

 

 何故それでも笑う?

 その月詠の言葉に、切原は「お互い様だ」といった表情で・・・・

 

「俺も楽しかった。・・・・やっぱテニスって楽しいぜ」

「ッ!?」

 

 今の月詠は、溢れんばかりのラケットの闇を吸収することにより力を増幅させた。

 しかし、この攻防の中で、切原の放つ光に触れることで、真っ黒い深淵の世界の中に一筋の光が差し込んだのだ。

 どれだけ深く深く落ちようとも、その光は決して途切れない。

 

「やめ・・・そんな・・・そないな穢れのない瞳で・・・ウチを見んといてや! ウチは・・・こんなに・・・こんなに醜いんやから・・・」

「大丈夫だぜ。十字架はもう完成した!」

 

 切原の純粋無垢な瞳に写る自分が耐え切れず、月詠は錯乱したように頭を振る。

 だが、そんな月詠に天使は救いの手を差し伸べる。

 

「十字架・・・? むっ、あれは! 月詠の背後に!」

「切原くんがエンジェル・ファントムを打ってバウンドしたボールがそのまま壁に突き刺さり、十字架の形に!」

 

 壁にいくつものボールの穴ぼこで作られた十字架。

 それを見て、真田はハッとした。

 

「あれは! 全国大会準決勝で、名古屋星徳の留学生、リリアデント・クラウザーが、赤也を張り付けにした必殺ショット、サザンクロス!」

 

 対戦相手に捧げる十字の墓標。

 強烈で回避不能な分裂するホッピングショットを相手にぶつけ、十字架に張り付ける殺人ショット。

 しかし、天使が扱えば、それは殺人ショットではなく・・・

 

「いくぜ! ホーリークロス!」

 

 聖なる十字架として、相手に後光を照らす。

 

「よけ、きれへん・・・」

 

 よけきれない。そう感じた月詠が同時に感じたのは、暖かい光。

 まるで、天使の羽根に包まれて、抱擁を受けているような感覚。

 美しいと、暖かいと、心が安らぐと感じた。

 狂気こそが自分の最大の武器。しかしその狂気が薄れていく。

 

「あれは・・・ばかな・・・月詠の闇が浄化されていく・・・・・・」

 

 痛みはなかった。むしろ、安らいだ。

 聖十字に張り付けになった月詠の闇が全て払い落され、目を見開いた月詠の瞳はバトルジャンキーだった者とは打って変わり、幼い少女のような無垢な瞳だった。

 

「ウチは・・・なにをしてたんやろ・・・・これまで・・・ほんまに・・・」

 

 己の人生に後悔したように涙を流す月詠は、ただ嗚咽を漏らしていた。

 その姿を見て、切原はラケットを床に置き、張り付けになった月詠まで歩み寄り、その体を抱きしめた。

 

「ッ!?」

「・・・・・・また、いつでもテニスしようぜ」

 

 再戦の約束。そして、

 

「ゲームカウント5—5。でも、ゲームはこれまでだ。俺はこれ以上、試合はしねえ」

 

 相手がギブアップするか戦闘不能になるまで試合を続ける切原の口から、試合の中止を申し出た。

 

「赤也、お前らしくもない。試合を途中で放棄して勝利を捨てるとは」

「すんませんっす、真田副部長。俺はもう、こいつとこれ以上はできねーっす。それに、勝敗以上に大事なことってのも、あると思うんすよ」

 

 目をキラキラさせて、相手を気遣う様子を見せながら告げた切原の言葉に、真田は複雑な表情を浮かべた。

 

「まったく、天使化にも弱点があったか・・・・テニスを楽しむあまりに、勝敗に執着がなくなるか」

 

 だが、たまにはこういうのも良いだろうと、真田も渋々頷いた。

 

「わか・・・め・・・くん・・・・・ッ、う、ううう!」

 

 月詠は自分自身の涙の意味を理解できなかった。

 だが、一つだけ分かったことがある。

 もう、自分は、この切原赤也に夢中になってしまったと。

 この男との次のテニスが、刹那と剣を交える時以上の楽しみになってしまった。

 そして、誓う。

 

「わかめくん・・・いや・・・赤也はん」

「ああ」

「ウチ・・・しつこいですえ・・・もう、ずーーーーーっと、付きまといますえ」

「ああ。望むところだ。いつでもかかってきやがれ」

 

 天使のスマイルに、月詠は、顔を赤らめて思春期の女性らしい可愛らしい笑顔で頷き返したのだった。

 

「す、すごい、すごいよ、切原くん! これ、引き分けとかもうどうでもいいよ! あの月詠相手に!」

「ああ、お見事としか言いようがないね。魔を払うショットなんて、見たことも聞いたこともないよ」

「最初はどうなるかと思いましたが、テニスとは何とも美しいスポーツなのでしょう! 私、感動で涙が止まりませんわ!」

 

 途中、あまりの凄惨さに何度も止めようとしたり、言葉を失っていたギャラリーたちも気づけば二人に惜しみない拍手を

送っていた。

 そして、

 

「赤也くん、お疲れ様です」

「千鶴さん・・」

 

 赤也覚醒のきっかけとなった千鶴が、暖かい笑顔で迎える。

 千鶴に対して赤也は、姿勢を正して、立海メンバーでもあまり見れないビシッとした赤也の礼を見た。

 

「ありがとうございました! 千鶴さんのおかげで、俺、テニスがもっと好きになったっす!」

 

 その礼に対して、千鶴は、赤也をやさしく抱きしめた。

 

「赤也くんは、とっても強くてカッコよかったです」

「ッ・・・・・」

「私に、テニスを教えてくださいね。約束よ?」

 

 大人のお姉さんな雰囲気のウインクに、赤也も照れくさそうにしながらも頷いた。

 

「・・・・・・・・・・ん? なんや、この感じ・・・」

 

 聖母と天使の抱擁に、何だか複雑な気持ちになった月詠。

 彼女がその気持ちに自覚して、再戦を口実に切原に付きまとうのは、すぐのことであった。

 また、切原の天使爛漫の極みの発動条件が、近くに千鶴が居ることだと発覚するのも、すぐあとのこと。

 これにより、なんやかんやで、巨乳聖母とストーカーが、今後も切原赤也の傍にいることになった。

 

 

 

 

 

 

 そして・・・・・・

 

 

 

 

「学園長ッ! また・・・・・・・・また、テニスで!」

 

 学園長室に飛び込む血相を変えた教員。

 その慌てぶりに学園長はビクッとなった。

 

「なんじゃ!? まさか・・・・まさか、またテニスでテニスコートが破壊されたとか言うのではないだろうな!?」

 

 学園長の嫌な予感に対して教員は・・・・

 

「いえ・・・その・・・今度は・・・・テ、テニスで食堂塔が破壊されました!?」

「ほへ?」 

 

 学園長、しばらく硬直して、根本的な疑問を口にした。

 

「のう・・・ワシ、ひょっとして何かと勘違いしているみたいじゃ。テニスってなんじゃ? ワシは、スポーツのテニスを指し取ると思っておったが、何かの隠語かのう?」

 

 テニスってなんだ? 学園長の疑問はすぐに解けなかった。

 


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