【完結】テニスこそはセクニス以上のコミュニケーションだ(魔法先生ネギま×テニスの王子様) 作:アニッキーブラッザー
第27話『最後の砦』
「アスナ~、なんかいい感じじゃね?」
「月詠……ぎゃ、逆に不気味だ……い、一体、お前と切原くんの間に何があった……」
「恋愛にうつつをぬかすとは、哀れなり弦一郎…………いや、哀れではないか……これがリア充というものか」
「あの真田がついに彼女持ちかよ……」
「赤也! テメエは試合にも帰ってこねーと思ってたら、何やってたんだ!」
現れて、そしてようやく事情と状況を察した真田たち。
「なんと、俺たちが居ない間にそのようなことがあったとはな。手塚と跡部も、勝ったとはいえあそこまで追い込まれるとは」
「ちょー、私がゲンイチローとどうとかって噂がなんで流れてんのよ! ち、違うんだから、そんなんじゃないんだってばーっ!」
「刹那センパイ、今まで散々迷惑かけて堪忍な。せやけど、もうウチはあほなことせえへん。なぜなら、うちは、真のダブルスパートナーをようやく見つけたんや」
「ぎゃああああ、すんませんす、センパイたち! でも、真田副部長も一緒だったし、俺だって結構激しい試合してたんすよ!」
その途中で恋愛がらみの話題でアスナがギャーギャー騒いだり、何故か月詠が否定せずに頬を赤らめたりと、「お前ら何があったんだ?」的な状況ではあったが、状況はいつまでもそんな平和な話ばかりをできるものではなかった。
何故ならば……
「くくくく、しっかし、普通にあの真田の野郎が合コンうまくいっているのは、面白いがムカつくじゃねえの。アーン?」
「これ以上は、無粋だぞ。跡部」
「確かに手塚の言う通り、なんだかうまくいってそうだし、そっとしておこう。それよりも、問題は……」
「ああ。麻帆良がこんなにすごいとは思わなかった。そして、まさか、あんな小さい女の子が幸村さんを指名して試合するだなんて」
「周りの奴らの反応から、あの子供が只者じゃないことは分かるが、だからって、あの幸村を指名するとはな……自殺行為だぞ?」
いよいよ開始されるこの最後のシングルスの対決を無視できるはずがなかったからである。
「サーブ権はもらおう」
「分かった、俺がレシーブだね」
ラケットトスを終えた幸村とエヴァ。まだ試合は始まっていないのに場を埋め尽くす緊張感に、いつも能天気なクラスメートたちですら息苦しい空間に感じていた。
「ついに、幸村くんの出番やな~」
「これまでアスナさんや私たちを正面から破った、立海の方々。ましてや切原さんなんて、月詠すらも打ち破った……」
「おまけに、他校の方々は、超殿とザジ殿の強力無比なコンビをもその技術や魔法ごと打ち砕いたでござる」
「そのトップの幸村……う~、どれだけ強いアル!」
ついに現れた幸村精市。この超人軍団立海大を率いる部長。
だが、その雰囲気や体つきはこれまでの選手たちとは違い、どこか普通の優しい青年のように見えた。
しかしその一方で、幸村の力を知っているテニス部員たちにとっても驚くべき光景が次の瞬間に起こった。
「幸村が!」
「試合前から羽織っていたジャージを脱いだ!」
幸村が試合開始前にジャージの上着を脱いだのである。
袖を通さずにただ肩に羽織っていただけのジャージ。
今からテニスをするのだから、それを外して何が悪い?
意味の分からないところで驚愕するテニス部員たちに麻帆良生徒たちは首をかしげた。
「ちょっ、げ、ゲンイチロー。幸村くんがジャージを脱ぐのが、そんなにおかしいの?」
「おかしいのではない。しかし、驚くべきことではある」
堅物のマジメ人間真田ですらこの事態に驚いているようだ。
それは……
「幸村は無駄なことをしない。その強すぎる力ゆえに、大概の敵などジャージを肩に羽織ったまま倒すことが出来る」
「……は、はあ? じゃ、ジャージを肩に……って、それじゃあ、うまくスイングできないし、肩からジャージ落ちるでしょ?」
「確かに全力を出して激しく動けば落ちるだろう。しかし、羽織ったまま倒す……つまり大抵の敵など幸村からすれば、全力をまるで出さなくても勝てるということだ」
「いや……そ、それ、すごい器用だけど、何の意味が……」
今の話だと、とりあえず幸村はスゲー強いという以外のことは分からないアスナ。
だから試しに……
「ちなみに、ゲンイチローとか、立海の人とか……幸村くんと試合して勝ったことあんの?」
そのとき、切原が「うわ~、それ聞いちゃうんすか?」みたいな顔をしていたが、真田は厳しい表情のままハッキリと答える。
「俺たちはただの一度も……幸村に勝ったことはない!」
「「「「「えええええええええええええーーーッ!?」」」」」
本日、超人を誇る麻帆良生徒たちの度肝を抜いた立海テニス部。
それは一般生徒たちが思わず「バケモノ」と呟いてしまうほどの者たちだった。
しかし、その彼らが、あの体もそれほど大きくない、普通の優しそうな男にただの一度も勝ったことがないという。
その事実には流石に驚かざるを得なかった。
「小学生の頃から、そのあまりにも強すぎる存在ゆえにテニス界から大きく注目を集めていた……やがて人は、奴のことをこう呼ぶようになった」
「……ど、どう呼ぶの?」
真田は「皇帝」、跡部は「キング」、手塚は「カリスマ」と、ここに集った選手たちは皆が仰々しい二つ名を持っている。
そんな中学テニス界において幸村につけられた二つ名。それは……
「神の子・幸村精市」
これ以上ない、二つ名の極みともいうべきものが付けられていたのだった。
「か……神の子……は、はは……すご、山本キッ〇みたいなのが付いてんのね……ってか、なんかプロレスラーみたい」
「だが、一方で、幸村は決して相手を舐めたりはしない。ゆえに、幸村がジャージの上着を最初から脱ぐということは……あの幼女! 只者ではないということだ!」
もはや呆れて顔を引きつらせることしか出来なかった一同。
そして……
「こいつらよりスゲーとか……もう、私は……あの野郎が、かめはめ波とか、スタンド出しても驚かねー自信ある……つか、ネギ先生、もう魔法バレても全然よくね?」
この世の信じていた常識というものを全て破壊されたショックで、長谷川千雨はもう項垂れていた。
「いくぞ。そして思い知らせてやる。貴様など、所詮は人の子だということをな!」
「じゃあ、よろしくね、お嬢ちゃん」
「ふん、その余裕の笑みをすぐに歪めてくれる!」
エヴァがトスを上げる。そして、その小さな体をめいっぱいしならせるように、鋭い回転のかかったサーブを繰り出した。
「あ、あのフォームは!」
「それにあの回転は!」
「ツイスト……いや、アレは!」
「あのフォームと回転は……ツイストと言うよりも、キックだ」
エヴァの放ったサーブは独特な回転と軌跡を描いてサービスラインに。そして、本来右利きのものが打てば、右か正面に跳ねるはずのショットが、逆回転に飛んだ。
「キックサーブはどんなに鋭く打っても、跳ね際をライジングで叩けば脅威じゃないよ」
エヴァの初球。それは、普通のサーブではなく逆回転をかけたサーブだった。
しかし、幸村は大して驚くこともなく、ライジングで軽々ベースライン上のエヴァの足元ギリギリにリターンした。
「ふん。ライジングは打点が早い分、ライジングで返されたら次の動作が遅れるだろう?」
だが、エヴァもまた返されたことに驚くこともなく涼しい顔で自らもライジングで返した。
「ライジングをライジングで返すと、急激なチェンジオブペースに対応が難しくなるよ?」
すると、ライジングに対するライジングに対して幸村は、急に相手を翻弄するかのようにスライスボールで流れを変える。
「打球の展開の速いゲームにおいて、スライスは打つ場所を間違えたらオープンに強打を打たれるぞ?」
だが、エヴァは幸村のスライスに体勢を崩すことなく、柔軟なボディバランスでオープンコートに強打。
「その位置からの強打は右サイドに打つしかないよね?」
「だが、追いついたところで、強打で返せまい。スライス回転のボールで立て直すしかあるまい」
「そう思ってネットに出ようとすると、後ろががら空きになるからロブで抜かれやすいよね?」
「しかしせっかくロブを打とうにも、自分の体勢を立て直すために滞空時間の長いロブを打たざるを得ないだろう? ならば無理しなくてもベースラインに戻って余裕で返せる」
互いに互いを指摘し合うかのように一球一球を打つ、エヴァと幸村。
「あの幼女、幸村とラリーを続けている。それに、あの動き、やはり只者ではない!」
「ああ。あいつにあそこまで臆することなくこうも打ち合えるなんて、普通じゃねえ!」
「エヴァちゃんスゴ!」
「あんな小さい体でダイナミックなショットを綺麗に打ててる!」
「ちょっと、ネギ! エヴァちゃんって、封印の力で魔法とか使えない、幼稚園児並みの運動神経しかないんじゃないの?」
「いえ、劣っている体格などをフォームやボールの回転を巧みに操ることでその差を無くしています。それに、超さんが未来から来たおかげで、世界樹にも魔力が満ちています……マスターの体も徐々に元の力を!」
互いにまだ一ポイントも奪うことなく続くストローク合戦に観客は息を呑む。
「……どんなテニスにも動じず波風立たせず、それでいて最終的に勝つ……それが貴様のテニスか……」
そんなラリーの最中の中、エヴァはそう呟いた。
実に、つまらなそうに。
「一つ教えてやるぞ、貧弱小僧」
「何をだい?」
「殺される前に殺す……それがテニスにおいても人生においても真理だ。自ら相手を葬り去ろうとする気概の無い奴などに、ラケットを持つ資格はない!」
その瞬間、いつまでも続くストローク合戦の中で、エヴァの目が大きく力強く見開かれた。
ついに動くかと、誰もが目を見張った。
「今度は、ノーバウンドでジャックナイフドライブボレーッ!」
「あのちっこい女の子、あんな体でなんつう豪快なショットを立て続けに打つんだよ!」
「しかも、ただのジャックナイフじゃない! ドライブボレー独特の強烈なトップスピンがかかっている!」
鋭く強烈なトップスピンボール。バウンドすればそのまま相手を飛び越えて、コート外まで飛んでいくであろう威力が備わっていることを、テニス部員たちは瞬時に察した。
だが、幸村は……
「豪快なフォームとそれに見合ったテクニックで、大人顔負けのショット。いい動きだよ」
「ッ! ほう……」
だが、これにも幸村は顔色を変えることなく、ライジング気味のバックハーフボレーで難なく返した。
「うまいっ! あのスピンボールをハーフボレーで返した!」
「相変わらず冷静だ! まるで揺るがねえ鉄壁だ!」
目の前に来たショットをただ返すだけではなく、常に相手の一歩先、そして一球に意味を持たせるかのような展開が続いていた。
基本に忠実に丁寧に完ぺきで、時折高等技術を織り込んで激しく打つ、王道的なゲーム展開。
しかし、その時、この状況を見ていた長谷川千雨はあることに気付いた。
「あれ? なあ、真田くんさ~、あの幸村くん……スタンド能力使わないの?」
そう、幸村にはどんな力があるのかと思ったが、今の時点では普通。
普通のテニスであることが、長谷川千雨にとっては不思議であった。
「スタンド? お前は中学生でありながら何を言っている?」
「いや、なんか、時を止めたり、飛ばしたり、あとは物質に命を与えるとか……」
「支離滅裂だ。あいつは人間だぞ? そのようなこと出来るはずがなかろう」
ザジと超鈴音の試合を見ていない真田が、時飛ばしなどを「ありえない」というのは無理なかった。
しかし、その言葉が、長谷川千雨をこれまで襲っていた常識と非常識の暗雲を払ったように感じた。
「……じゃ、じゃあ、た、例えば、幸村くんの必殺技は? あんたの風林火陰山雷とかみたいのは……」
ならば、どのような必殺ショット……というより必殺技を持っているのか?
その問いに、真田は小さく笑みを浮かべた。
「必殺ショットか……幸村にはそういった特殊な技法はない。というより、必要としていない」
「え、な、ない?」
「そうだ、基本に忠実で完璧なテニス。それゆえに相手はどのような技法や力も通用しない。それだけで幸村は勝てるのだ」
「じゃ、じゃあ、その、無我のなんたらとか、百錬とか……」
「使おうと思えば幸村も使えるが、余計な体力を消耗するだけと思っているために使わない。そして、それで奴は勝てる。だからそれもまた必要ないのだ」
そう、実際、これまで怒涛のテニスを見せて攻めているように見えるのはエヴァ。
幸村はただ返して、カウンターでポイントを取ろうとしているようにしか見えない。
無論、二人ともまだ様子見の段階なのだろうが、それでもこれまでの立海メンバーたちと比べれば、なんとも静かで丁寧なテニスに見えた。
「そ、そうか……そんなトンデモショットしないやつが、トップなのか……そ、そうか……そうか……」
そんなテニスを目の当たりにして、長谷川千雨はこれまで見せられてきたテニスとは違った感情を幸村に感じていた。
「幸村くんは、将来プロになんのかな?」
「だろうな。奴がプロを目指さないのを、テニス界が許さぬだろうからな」
そして、そんな幸村が常識を凌駕する男たちの、テニス界の頂点に君臨するほどの実力者。
それが分かった瞬間、長谷川千雨は心の底からの喜びと、ある決意が芽生えた。
「よし、決めた。私はこれから幸村くんを応援する!」
「「「「「千雨ちゃん!」」」」」
その言葉に、クラスメートだけでなくこの場に集ったテニス部員たちも思わず驚いて視線を向けるが、千雨は構わずに続ける。
「かめはめ波や元気玉を撃たない! それでいてスタンド能力も使わない! それでいてあんなに普通のテニスするのにトップなんだろうが! そうだよ、これがテニスなんだよ! これが私の知ってるテニスだよ! だから、頑張れ幸村くん! テニスと常識の世界をあんたが守ってくれ!」
今日一日、大声でツッコミ入れてばかりだった長谷川千雨が初めて嬉しそうに声を張り上げた。
それは、普段の千雨を知っているクラスメートたちからすれば信じられないこと。
「ち、ち、ちさめさん……あ、あの、ね、ネギ先生からう、浮気……」
「ちょっと待てロボ娘ーッ! 誰が浮気だ! つか、あんなガキとは何もねえよ! ってか、そういうんじゃねえ! 幸村くんはこの世の常識を守る最後の砦なんだよ! テニスの常識ってもんは彼に委ねられてるんだよ! 応援しねーわけにはいかねーだろうが! だから、頑張れ、幸村くん! トンデモテニスに負けんじゃねえ!」
千雨はネギ先生が好きだったのではと、狼狽してしまう茶々丸を一喝し、幸村を心の底から応援する千雨。
と言っても、彼女がそんな想いを抱いたものの、それが粉々に打ち砕かれるのは、ほんの数分後のこと……
「ほう。なかなか丁寧なテニスをするな。まだ中学生という荒削りな時期に、ここまで完璧で無駄のないテニスをするとはな……」
「お嬢ちゃんは、とても元気で活発だね」
激しいラリーで打ち合う中でもまだまだ両者余裕はありそうだ。
だが、その余裕の笑みが、突如邪悪になったのは、エヴァであった。
それは、何かを仕掛ける合図。
「だが……ウォーミングアップで体が温まった……そして、ここから始まるぞ?」
「?」
「貴様らの底の浅いテニスでは及びもつかぬ、闇の福音式庭球を見せてくれる!」
エヴァの邪悪な笑みに込められた真意は分からなかった幸村。
すると、その時だった!
「私は氷の魔法を得意とする……たとえ、封印によってその魔力が封じられようとも、体質的な属性は……この身から溢れる冷気は人間の比ではない」
「……魔法? 冷気……?」
「そこに、テニスの激しい打ち合いの中で熱気を発散させたらどうなる? 激しい熱気と冷気のぶつかり合いは、やがて、気流を生み出して竜巻へとなる!」
テイクバックと同時にエヴァがその小さな体を捻る。
上体をひねり、ほとんど背中を相手に向けるほどに。
そして、スイングの瞬間そのひねりを一気に解放させることで、目にも見えぬヘッドスピードと共に……
「闇のストロークの始まりだ! くらえ、ダークネスサイクロンショット!」
エヴァが、まるで背負い投げのように下から一気にラケットを鋭角に降りぬいた。
するとラケットがボールを打った打球音はせず、変わりにボールが鋭いドリル回転を描いて真っ直ぐ突き進んだ。
「きゃああああ! な、た、竜巻が急に!」
「ふ、吹き飛ばされる!」
「なんつう風だ! それに、あのボールは!」
「なんだあれは! ボールが渦上になって突き進んでいるぞ!」
「ジャイロボールッ!」
「あの威力! 幸村の細腕じゃ、ラケットどころか、体ごと弾き飛ばすぞ!」
強烈なショットを軽々と放つエヴァにギャラリーが沸く。
たとえ、体格や体重やパワーの軽いエヴァが打ったとはいえ、その螺旋状に突き進むボールは、空間ごと削り取るかのように黒い渦となって伸びていく。
そんなボールを前にして幸村は……
「厄介な打球と風だね。でも……その中心なら安全そうだ」
そう一言呟くだけで、幸村は襲い掛かる竜巻に抗おうとはしない。
その竜巻の渦のど真ん中に自ら飲み込まれた。
「ちょ、ゆ、幸村くん!」
「いや、アレで正しい! 竜巻の安全地帯は渦の中心! 奴はそれを見抜いている!」
僅かな恐怖心や、勇敢な心で竜巻を正面からブチ破ろうなどとすると、返ってその竜巻の渦に肉体を切り裂かれる。
しかし風に流されずにその身を預け、その渦の中心にまでたどり着けばそこは安全地帯。
そして……
「この打球、普通に打ったら難しそうだね。なら、こうするよ」
「ッ!」
渦の中心に辿り着いた幸村は、眼前に迫ったボールに対してラケットを振り抜かなかった。
ラケットを面ではなくグリップの裏でピンポイントにボールをぶつけて返球した。
「ちょちょ、ら、ラケットのグリップで返したア!」
「え、あ、あんなのアリなの?」
「す、すごい! マスターのあの魔法とも言えるショットを普通に返すなんて!」
「特殊能力使わないで普通に返したー! 幸村君、あんたスゲーよ! 流石は神の子ってやつだ! 私は全力であんたを応援する!」
「千雨ちゃん、ちょ、落ち着いてって!」
通常のテニスでは決して見られないであろうリターンにどよめきが走る。
対してエヴァも、まさかそんな風に楽々返してくるとは思わずに、小さく笑みを浮かべた。
「ふん、器用な奴だな。だが、そのような大道芸で、私の多彩な攻めを受けられるかな?」
「ッ!?」
「特殊なリターンを使ったせいで、ラケットも体も態勢が整っていないようだな! まあ、ここまで粘ったことは褒めてやるがなッ!」
グリップリターンによる、独特な回転とホップ気味になって返ってきたボール。
だが、そのボールに対してエヴァは構わず突き進む。
そして、グリップリターンで返球されたボールをダイレクトのドライブボレーで相手コートに叩きつけた。
「まず、先制はもらった!」
ついにゲームが動いた。
これまで何十球と続いた激しいラリー合戦。
エヴァの高等技術から、常識を超えたショットまで繰り出され、それをことごとく返してきた幸村の鉄壁がようやく崩れた。
「くくくく、さあ、ここから始まるぞ! 貴様に恐怖を…………ん?」
自分のショットは決まって幸村を抜いた。その手ごたえは間違いなかった。
だからエヴァはガッツポーズをした。
だが、その時、エヴァは自分の身と意識に何故か違和感を覚えていた。
そして……
「ちょっ、どうしちゃったの、エヴァちゃん!」
「何で急にぼーっとしてるのさ!」
「でも、幸村さんはすごい! マスターがあそこまで攻めたのに、全部返した!」
「すげえよ、幸村君! テニス界にあんたが居てくれてうれしいよ! 私は今日からあんたのファンだ! いけー幸村くん!」
「まず、ワンポイント目は幸村が取ったか」
「だが、あの小娘、侮れねえ!」
「ああ、勝負はこれからだね」
湧きあがるギャラリー。しかし、その言葉の中に聞き捨てならないものがあった。
それは……
「ん? お、おい、ちょっと待て、貴様ら……ワンポイント目は……」
ワンポイント目を幸村が取った? 何を言っているんだ、こいつらは? 今、自分がドライブボレーを叩き込んだだろう?
そのはずが、言葉を失うエヴァ。
するとネットの向こう側に居る幸村は……
「お嬢ちゃん、どうかしたのかな?」
それは優しい語り口調でありながらも、ゾッとするような声で……
「ドライブボレーが決まった夢でも見ていたのかい?」
その瞬間、エヴァは全てを理解した。
「ッッ! き、貴様! ま、まさか、い、今のは……」
どういう訳かは分からない。間違いなく、魔法などという類のものでもない。
なのに、自分は途中から、幻を見ていたということに。
そして、幻を見ていたのは自分だけ。
ギャラリーには、幸村のリターンに一歩も自分が動けなかっただけにしか見えない。
「く、くくくく……あらゆる催眠や幻術を得意とする私が……これほど簡単に引っかかるとは……恐ろしい小僧だ」
エヴァは一瞬寒気がして震えた。
だが、同時に歓喜した。
「もう、痛い目程度では済まさぬぞ? 闇の福音……そして、『コート上の人形使い』とも言われた我がプレーを見せてやろう」
「いっぱいあだ名があるんだね」
この人間を、テニスを使ってとことん叩きのめしてやろうという想いが余計に強くなったエヴァは邪悪さをより鋭くさせて笑った。
そして、このワンポイントで互いの名刺交換を終えた二人の怪物の戦いが激しさを増すことになる。