【完結】テニスこそはセクニス以上のコミュニケーションだ(魔法先生ネギま×テニスの王子様)   作:アニッキーブラッザー

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第31話『死闘の果て』

 極限にまで高め合った二人のテニスプレーヤーのぶつかり合いは、果てしなく続いていた。

 

「し、信じられん……」

「この試合……いつ終わるんだ?」

「こんなタイブレーク……見たことない」

「もう……この一試合で何時間やってんだ?」

 

 思わず呟いた誰かの声が良く響く。それだけテニスコートの回りは静寂に包まれていた。

 

 

「363—363」

 

 

 もはや駆け引きすら通らぬ持久戦のシーソーゲーム。

 テニス界の常識を破壊する未知の領域へと達していた。

 

「はあ……はあ……はあ……」

「ッ……まだ粘るか……全く……恐ろしい男だ……」

 

 魔法使いも、神の子も、男も女もテニスの技術も、五感も六感も最早関係ない。

 執念と執念のぶつかり合いだ。

 

「幸村……奴があそこまで追いつめられるとは……それでいて、まだ立ち上がるか……恐ろしい幼女だ……エヴァンジェリン」

「マスター……あのマスターがあそこまで追いつめられるなんて……それでいて、マスター相手にまだ立ち上がるなんて……なんて恐ろしい人なんですか……幸村さん」

 

 幸村の六感剥奪。

 エヴァンジェリンの能力共鳴。

 互いの能力を駆使した試合は、ゲームカウント6-6からのタイブレークが何時間も続いていた。

 タイブレークは相手に2ポイント差を付ければ勝てる。

 しかし、互いに何度もマッチポイントになりながらも、2ポイント以上の差がつくことなく、カウントは既に前人未到の世界であった。

 既にギネス級のポイント。

 見ているだけでもすでに疲労が出ているというのに、その中で試合をしているこの二人は一体何なのだ? もはや、感心を通り越して恐怖すら感じる二人の執念を目の当たりにし、誰もがこの場から立ち去ることは出来なかった。

 

「うおおおお、ブリザードアクセルスピンショット!」

「その打球に纏った氷は……発動しないよ」

「ッ、くそ、貴様ァ!」

 

 氷を纏った乱回転ショット。しかし、その氷が途中で解除された。

 幸村の六感剥奪だ。

 その結果、エヴァの必殺ショットをただのショットとして幸村は処理。

 しかし、魔力を奪われても素のテニスの実力も超一流のエヴァから簡単にはポイントを奪えない。

 

「ならば、高速ライジングで貴様を打ち崩す」

「持久戦では焦って攻めた方が自滅するよ?」

「はん! この期に及んでセオリーもくそもあるか! 滅びるのは貴様の方だ!」

「別に構わないよ。この身が滅びようとも、勝利は我ら立海だッ!」

 

 既に二人とも体力の限界をとっくに超えている。

 尋常ではない汗、疲弊しきった表情がそれを物語っている。

 しかし、二人の目はどちらもまだ死んでいない。

 互いの打球の力はまだ死んでいない。

 

「ッ……エヴァンジェリンの覚醒した力に……ここまで対抗するとは……何者じゃ? な、何者なのじゃ……あの青年……幸村精市くんとは……一体何者じゃ!」

 

 この地球上、闇の福音エヴァンジェリンと正面から戦うことが出来る人間が果たして何人いるか? いや、そもそも存在するのか? 仮にいたとしても、その者たちは、魔法世界における大いなる大戦にて名を上げた英雄たちぐらいだろう。もしくは、人を遥かに超えた種族や怪物。

 しかし、この男は違う。

 魔法も使えない。魔法を知らない。戦争も知らない。平和な世界に生きる日本の中学生だ。

 その、ただの中学生が、世界最強のエヴァンジェリンとここまでの死闘を繰り広げている。

 その事実に、学園長を始めとする魔法先生たちは打ち震えていた。

 

「このドライブボレーで完全に息の根を止めてくれるッ!」

「……ふう、はあ、はあ、はあ、……打てるかな?」

「ッ! 視界が……ッ、ここにきて魔力ではなく視覚を奪うか! ……だが、触覚と聴覚はある……なら問題ないッ!」

「その分……コースが丸分かりだよ!」

「ちっ! ちょこざいなァ! ならば、最後まで返してみるがよい!」

 

 本来であればエースを取れるウイニングショットとカウンターショットの押収。

 

「うおおおおおおおおおッ!」

「はあああああああああッ!」

 

 更には二人の間でしか分からぬ感覚の奪い合い。

 正に真っ向勝負だった。

 

「あの、とことん勝利にこだわる幸村部長が真っ向勝負を……いつもは相手の強引な攻めを受け流すのに……」

「退いたら負ける……二人とも分かっているのだ。だからこそ、受け流さずに、自分も攻めに転じている」

「アーン? 手塚、気付いてるか? 幸村の野郎、ここにきて、六感の剥奪だけでなく、五感の剥奪も織り交ぜてやがる」

「ああ。あのエヴァンジェリンという娘はイップスを最初は克服していたが……この極限の攻防の中でのプレッシャーはやはりあるのだろう。五感の剥奪もここにきて有効になっている」

 

 互いにネットへ出る。ゼロ距離からの高速ボレー合戦が繰り広げられる。

 まるで互いに近距離からマシンガンを撃ち合っているかのような攻防。

 どちらも一歩も下がらない。

 既に中学生の体力の限界を超えても動き続ける幸村。

 対して、魔力や五感を奪われてもそれでも動き続けるエヴァンジェリン。

 

「だから、五感も六感も知ったことかァ! この私を誰だと思っているッ!」

「君が何者であろうとも、俺は勝つよ!」

 

 ここにきて、二人のギアが更に上がった。

 その限界を超える打ち合いは、やがて、見る者の目を錯覚させた。

 

「な、なにこれ!」

「ちょ、なんか……ぼ、ボールが増えてる!」

 

 そう、あまりにも高速で打ち合うゆえに、ついには一つのボールが複数に見えるまでに達していた。

 その数は二個や三個ではない。

 

「八……九……十……な、何だこの二人は……」

「へっ、俺らのダブルスで……あの糸目の女が打った分身ショットでは、俺は一度に四球打つのが限界だったが……幸村の野郎、ハンパねえ」

「そして、その領域にともに踏み込んだあのエヴァンジェリンって奴も、信じられねえ」

 

 ボールが増えているかと錯覚するほどの打ち合い。しかしそれでも終わらない。どちらも抜かれない。どちらもミスすらしない。

 しかし、その攻防の中で、六感を一時的に剥奪されていたエヴァだが、その感覚が戻った。 

 

「ッ、戻った! 魔力ッ! 氷河時代に飲み込まれるがいい、幸村精市! アイスエイジショットッ!」

 

 そして即座に氷魔法を纏わせたショットを幸村に放つ。

 しかし……

 

「させないっ! 例え発動されたとしても、ネットを超える前にッ!」

「ッ、また魔力をッ!」

 

 一度奪ったものが元に戻っても、それでも奪い返す。

 雪崩のような氷が後押しをしていたボールだが、その後押しが消え、ただのパッシングショットに。

 ただのショットであれば幸村は抜かせない。

 エヴァの渾身のパッシングショットをボレーで打ち返す。

 角度のついたボレーはがら空きのコースに。

 

「くそ、いい加減に朽ち果てろッ!」

 

 だが、エヴァはそれにも食らいつく。ダイビング気味にボールに飛び込み、ラケットを下から弧を描くように振り上げて、鋭角なアングルショットを土壇場で放つ。

 

「アレは、菊丸のアクロバットダイビングボレーの態勢で、海堂のスネイク!」

「この攻防の中でアクロバットバギーホイップショットを打つなんて……」

「幸村、抜かれるッ!」

 

 逆サイドを完全に突かれた。だが、幸村はあきらめない。懸命にラケットを伸ばして、何とかフレームに当ててコートに返した。

 しかし、エヴァも反応。

 

「滅しろと言っているだろうが!」

 

 エヴァンジェリンが飛ぶ。とどめのスマッシュを叩きつけようと渾身の力を込めて……

 

「まずい、後ろを……」

 

 幸村は前に出ていたために、今、ベースライン上は完全にがら空きだ。そこにスマッシュを打ち込まれたら負けてしまうと、幸村は慌ててバックステップで戻ろうとする。

 しかし、その一瞬をエヴァは見逃さない。

 

「かかったな!」

「ッ!」

 

 スマッシュを叩きつけるかと思ったら、そのボールをエヴァはスルーした。

 そして、体を捻り、落ちてきたボールをそのままダイレクトでドロップボレーに切り替えた。

 

「アレは、聖ルドルフの奴がやっていた……」

「スマッシュフェイントドロップ! ここにきて、なんて冷静なッ!」

 

 これは完全に幸村の裏をかいたショット。

 ネット前ギリギリにドロップを落とせば、確実に……

 

「ッ、しまっ、しょ、触覚が……」

 

 その時、繊細なドロップショットを決めようとしたがために、エヴァの体と心に走った緊張がまたしてもイップスを引き起こした。

 ネット前に落とすはずのドロップがミスで浮いてしまった。

 バックステップで戻りかけた幸村だが、これなら取れる。それどころかチャンスボールだ。

 更に……

 

「なっ! こ、ここにきて……魔力が、触覚が、聴覚が、嗅覚が、視覚が……体の全感覚がッ!」

 

 幸村が最後の勝負に出た。

 エヴァンジェリンの全ての感覚の剥奪。

 

「チャンスボールだ! いけー、幸村部長!」

「決めんかー、幸村ァ!」

「精市!」

「幸村さんッ!」

「エヴァちゃんッ!」

 

 浮いたボールに幸村がジャンプ。

 

「これで終わりだよ! 我ら立海の勝利に……死角はないッ!」

 

 体の全感覚を奪われたエヴァンジェリンは既に身動きどころか反応もできない。

 これが最後の一球だと誰もが思った。

 しかしその時……

 

(くっ、狼狽えるな! イップスは……心の弱さゆえのもの……私はもう克服した……この暗黒の世界はもう怖くない。なぜなら、青空の世界をもう知っているから!)

 

 エヴァはまだあきらめていない。

 自分の心と脳を落ち着かせ、イップスから這い出そうとしている。

 もう自分は既にこれを克服した。

 恐れるものなどない。

 惑わされるなと、自分に言い聞かせた。

 

(そうだろう? トータ……お前が教えてくれたんだ……だから私は最後の最後まで楽しんでみせる)

 

 暗闇の中で一人の男を思い浮かべる。

 その男こそ、この世界から抜け出す鍵。

 

 

(……青空の下にも地獄はある……それでもこの世界を歩き続けないとダメか?)

 

―――ダメに決まってんだろ! しっかりしろよキティ! 何、しょげたこと言ってやがる!

 

(フッ、そうだな……お前はそう言ってくれる……だから、安心しろ! 私は……歩くさッ!)

 

―――ああ、それでこそ、魔王様ってやつだぜ!

 

(やかましい!)

 

 

 エヴァの脳が覚醒する。

 その瞬間、奪われたはずの全ての感覚が再びよみがえったのが自分でも分かった。

 

「終わるのは貴様だ、幸村精市!」

「ッ!」

 

 幸村のスマッシュに反応するエヴァ。

 全ての感覚を取り戻したエヴァのラケットに光が宿る。

 その宿った光がボールとのインパクトの瞬間、ボールをも包み込み、光るボールが幸村へと襲い掛かる。

 

「エクスキューショナーショット!」

 

 それは、死を執り行うボール。

 物質を固体・液体から気体へと無理やり相転移させるエヴァの必殺技。

 打たれたボールを打ち返そうと幸村がラケットを振り抜くも、そのボールはラケットを消滅させる。

 まるで蒸発したかのようにラケットが消失してしまい、幸村のテニスは……

 

 

「はあ、はあ、はあ……ゲーム……7-6……はあ、はあ、ウォンバイ……つっ」

 

 

 その瞬間、エヴァの全身から全ての力が抜けた。

 全てが終わったのだ。

 何時間にも及ぶ死闘。

 この600年の中でも最上とも呼べる戦いが、今、終わったのだ。

 その事実に歓声も上がらず、エヴァ自身も勝ち名乗りができないほどであった。

 だが……それでも……

 

 

「はあ……はあ……勝った……私の……かっ……ッ……やったぞ……トータ……」

 

 

 勝ったのは自分だ。拳を握ることすらできないまでもそれがハッキリと自覚出来た瞬間、エヴァはそのままコートに倒れこみ……

 

 

「おい……しっかりしろよ、キティ!」

 

「………………………………………………………………へっ?」

 

 

 しかし、その時だった。

 コートの上に倒れそうになったエヴァだが、誰かに抱きとめられた。

 一体誰が? そして、エヴァは心臓を鷲掴みにされたかのような衝撃を受けた。

 

「よっ!」

 

 自分を抱きとめた人物の顔を見るエヴァ。

 そこに居たのは、中学生ぐらいの一人の黒髪の少年。

 その男、その声は……

 

「……と……コノエ……トウタ……」

 

 エヴァが心の中で支えとした一人の男だった。

 

「なんで……お前が……ど、どうして……ここに」

 

 状況がまるで理解できないエヴァ。言葉もうまく出ず、頭もまるでは働かない。

 すると、そんな混乱状態にあるエヴァを、現れた黒髪の少年は力強く抱きしめた。

 

「そんなの、どうだっていいじゃねえか、キティ」

「……へっ? あ、あの、えっ? と、トータ?」

「俺はあんたのすごいカッコいい姿をちゃんと見ていたぜ! 惚れ直したぜ、キティ! 本当にすごかった!」

「ちょっ! えっ、ほ、惚れ? え、あの、えっと、お、おい!」

 

 突然の抱擁。突然の告白。

 あまりの事態に顔を真っ赤にさせて慌てふためくエヴァだが、少年は続ける。

 

「そして、これからはずっと一緒だ。俺は、あんたと永遠を生きていく!」

 

「ッ!」

 

 

 胸に響く、その熱き言葉。

 エヴァの心は驚きと同時に、言いようのない幸福で満たされていた。

 しかし、状況はそれで終わりではなかった。

 

 

「ちょっと待ったーッ! 俺だってその女に惚れてんだ! 抜け駆けは許さないぜ!」

 

 

 その場に、なんともう一人の男が割って入ったのだった。

 あまりにも突然のことでびっくりして顔を上げると、そこには赤毛の若い男が立っていた。

 

「……えっ? ななななな、ナギッ!」

 

 そう、ネギの父親でもあるナギ・スプリングフィールドであった。

 さらに……

 

 

「お父さんこそ待ってください!」

 

「は、はへ? ぼぼ、ぼーや? えっと、これは一体、何が……」

 

「僕は……実はマスターがずっと好きだったんです! 僕の本命はマスターなんです!」

 

「ちょえええええええ! ぼぼぼぼ、ボーヤまで何を?」

 

 

 なんと、突然のナギの乱入に加えて、ネギまで加わってきた。

 突如、エヴァの前に現れた三人の男は……

 

「何言ってんだ、俺が一番キティに惚れてんだ!」

「ちげーぜ、俺だぜ!」

「違います、僕です!」

 

 あろうことか、エヴァを取り合うという謎の事態が勃発してしまった。

 

 

「な、なんだこれは? トータに、ナギに、ボーヤが、こ、この私に惚れて奪い合うなど……なんの逆ハーレムだ?」

 

 

 混乱するエヴァ。しかし、まんざらでもないのか、自分を取り合う男たちの姿に恍惚な表情を浮かべていた。

 だが……

 

「まったく。なんなんだ? こんなまるで………ッ!」

 

 その時、エヴァは気付いた。

 こんな。「まるで――――」と思ったとき、全てを理解した。

 

 

「ああそうか……そういうことか」

 

 

 それは、想い人との再会に混乱し、思わぬ告白で慌てていた様子とは打って変わり、今度はとても切なそうな顔をエヴァは浮かべた。

 その表情は、全てを悟った表情だ。

 

 

「そういうことか……こういう……あまりにも都合の良すぎるありえぬ光景……こういうことは……たいてい……」

 

 

 そう、ありえないのである。こんな状況など。

 それはエヴァンジェリンが一番理解している。

 しかし、ありえないのならこの光景はどう説明する?

 そんなの簡単だった。

 現実ではありえないのなら、この光景は――――――

 

 

 

 

 

 

 

「敗北と引き換えに……せめて幸せな夢を見るといいよ……一人でね」

 

 

 幸村が、最後のボールを決めた瞬間、エヴァンジェリンはコート上に倒れた。

 その表情は、とても幸せそうにして、完全に気を失っていた。

 

「え、エヴァちゃん! ちょ、どうして! いきなり倒れちゃってどうしたの!」

「マスター! マスター! ……だ、ダメです……ね、寝ちゃってます……こ、この状況ってど、どうすれば?」

 

 起き上がらぬエヴァに必死に声をかけるも、エヴァは起き上がらない。

 完全に寝ているようだ。

 そして、ただ寝ているだけではなく、何やらニヤニヤとしているのが分かり、それが皆にとっては非常に不気味であった。

 だが、そんな中で……

 

「し、信じられません……こんなことが……」

 

 ただ一人、ザジ・レイニーデイは、戦慄した表情で幸村を見つめ、小さく呟いていた。

 

「エヴァンジェリンさんが何の夢を見ているかは分かりませんし……幸村くんも分からないでしょう……しかし……あのエヴァンジェリンさんが夢に囚われて起き上がらない……そしてあの幸せそうな表情は……恐らく、エヴァンジェリンさんの願望からもっとも幸せな夢を見せているとみて間違いないでしょう……」

 

 エヴァンジェリンが夢から起き上がらない。それは、エヴァが夢と自覚してないほどの精巧なものであり、そしてたとえ夢だと気づいても目覚めることを躊躇ってしまうほど幸せな世界なのだろう。

 それはすなわち……

 

「恐ろしい人です、幸村精市くん。彼は……テニスのプレーを通じて、エヴァンジェリンさんを『完全なる世界』に近いほどの幻想世界に入れてしまった……」

 

 六感剥奪。そして、この最後のギリギリで幸村がエヴァに与えた幻。

 その二つを受けては、エヴァにはもはやどうすることもできなかった。

 

 

「はぐっ! くっ……はあ、はあ、はあ……ッ、試合は? 試合はどうなった!」

 

 

 その時、倒れてから数分の後にようやくエヴァが目を覚ました。

 あたりをキョロキョロ見渡すと、ネット前で幸村が優しく微笑んでいた。

 

 

「夢はもういいのかい? 全てが終わったのだから……もっとゆっくりしてもよかったのに」

 

「ッ! ……そうか……」

 

 

 幸村の言葉を聞いて、エヴァは理解した。

 夢ではない。

 現実はもう終わっていたのだと。

 

 

「……負けたのか……私は……」

 

 

 そう、エヴァは自分が勝ち、更には想い人と再会するという幸福な世界を見ていた。しかし、それはただの幻だった。

 現実の世界では、勝敗は逆であり、想い人もこの場に居るはずもなかった。

 

「つ~~~~、全く、この私に最後の最後に幻を見せるとは……恐ろしい小僧め……しかも、あんなものを……」

「そうなのかい? 内容は分からないけど……それはすまなかったね」

「……ふん、まあいい。久々に……懐かしい奴に会えたしな……それに……」

 

 夢から覚めた現実と敗北の事実に一瞬悔しそうな顔を浮かべたエヴァだが、しかしすぐにその表情はどこかスッキリとしたものに変わっていた。

 

「久々に全力を出し切って……それに……楽しかったしな……テニス」

 

 負けたが、悔いはない。自分の長い人生の中で初めての感情だった。

 しかし、それは偽りのないものであり、エヴァは心底満足していた。

 そんなエヴァはニヤリと笑みを浮かべて手を差し出す。

 

「誇るがよい。この私に勝ったのだからな」

 

 その笑みと握手に、幸村も微笑み返して応える。

 

「ああ、誇りに思うよ。そして、ありがとう、お嬢ちゃん」

 

 互いに互いの健闘をたたえ合い、最後はガッチリと握手を交わす二人。

 極限までに達した死闘の終わりに、未だに実感の湧かないギャラリーはしばらく静まったままだったが、それでも二人が握手を交わした瞬間は、敵も味方も学校も魔法使いも関係なく、戦った二人に盛大な拍手が送られたのだった。

 

 

 ゲームカウント・7-6。ウォンバイ・幸村。

 

 

 こうして、麻帆良で繰り広げられたテニスの試合が幕を下ろしたのだった。

 


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