【完結】テニスこそはセクニス以上のコミュニケーションだ(魔法先生ネギま×テニスの王子様)   作:アニッキーブラッザー

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第7話『テニスだけは負けねえ』

 ただ、テニスのやり方を変えた。

 それだけで超人的強さを発揮していた、楓とクーフェが振り回されることになった。

 

「アウト・ゲーム・ジャッカル・丸井ペア・2—3! チェンジコート!」

 

 ただのチェンジオブペースで、相手のミスだけでスコアを追い上げてきた。

 

「こんなもんだろい」

「ああ。基本スイングもできてねえ。素質は超一流とはいえ、舐められたもんだぜ」

 

 まだ1ゲーム負けてはいるが、完全に自分たちの思惑通りになっている。

 丸井とジャッカルは笑みを浮かべて軽く互の拳をコツンとぶつけ合った。

 

「油断するな、二人共。追い上げているとはいえ、動きが悪すぎる」

 

 ペースは握っていても、余裕がある状況ではないだろうと、幸村が念のため釘をさす。

 だが、百戦錬磨の二人も、それぐらいのことは分かっている。

 

「当然だろい」

「んなもん、この夏に痛いほど分かった。高い授業料を払ってまでな」

 

 何より、敗北の痛みを知っている二人だからこそ、油断がどれだけタチの悪いものかぐらい理解している。

 

「よし、ならばこのまま、勝ちにこだわるんだ」

「まかせろい」

「おう」

 

 このまま一気に勝ちを手に入れる。

 幸い、超人二人組の楓とクーフェも、ベンチに座りながらもその表情は冴えない。

 

「ん〜、困ったでござる。テニスとは難しい競技でござるな。パワーやスピードのみでなく、技術力が占める割合が大きい」

「う〜、思いっきりバコーンと打ち返したいアル! でも、アウトになるし、だからといって手を抜けば叩き込まれるし、ど

うすればいいアルか!?」

 

 自分の方がパワーがある。スピードもある。身体能力もある。しかし、それで勝てるわけではない。

 単純に、テニスの技術がない。それだけで、こうもいいようにやられてしまうものなのか?

 楓は頭を悩ませ、クーフェはフラストレーションが溜まっていた。

 

「なんか、テニスって奥が深そう」

「せやなー、魔法世界でもあんなにすごかった二人が、テニスの世界やとこうなってまうんやなー」

「う〜、楓ー、負けんなー!」

「クー老師、負けないでください! あんたの負けるとこは見たくねえ!」

 

 麻帆良ベンチ側も、形勢が既に逆転されていることを悟り、焦りの表情を浮かべながら二人に声援を送る。

 だが、こればかりはテニス素人の彼女たちに単純な打開策が思い浮かぶはずなく、ただ時間だけが過ぎようとした。

 しかし、その時だった。

 

「くっくっくっく、お困りのようだな〜、お前たち」

 

 凶悪で妖艶な笑みを浮かべる一人の金髪ロリ娘が、途方に暮れる楓とクーフェの前に降りた。

「エヴァンジェリン殿!?」

「ぬぬ、どうしたアルか?」

「エヴァちゃん、どうしてそこにいるの!?」

「エヴァちゃん、試合中にコートに降りるのはダメだよー!」

 

 少女の名はエヴァンジェリン。

 

「やかましい! それに、試合では一人ベンチコーチを置くことを許されているみたいだ。向こうの男どもも、ナヨっちい男を置いているだろう?」

 

 見てくれは十歳程度の少女。

 しかし、その正体は麻帆良最強、いや、世界最恐の一人に数えられる生きた伝説。

 今は、皆と同じテニスウェアにリストバンドに白キャップに、サングラスというとてもやる気を出した格好だ。

 

「おお、拙者らのベンチコーチをしてくれるでござるか。しかしどういう風の吹き回しでござる。おぬしはたいていこれまで、こういうクラス行事にはかかわらなかったはず」

「うむ、やる気に満ち溢れているアル」

「なに、簡単だ。それは・・・テニスだからだ」

 

 テニスだから? 聞き返そうとする前に、エヴァが二人に顔を寄せる。

 

「私が打開策を教えてやる。私が顧問を務める白き翼のメンバーが、あんなつまらんテニスに負けるなど、許さん」

「だ、打開策があるでござるか!?」

「ああ。まずは、あのネット際での小ワザがウザイ、あの丸井という男の必殺技を潰す」

 

 言葉に力強さが有り、そして自信に満ち溢れている。

 この自分の腰元ぐらいの身長しかない少女が、とてつもなく大きく感じ、そして頼もしく感じる。

 彼女が言うのであれば、間違いないだろう。

 不思議とそんな信頼をさせる存在感があった。

 

「私はこんな身体になる前からテニスをやっていた。宗教の儀式や貴族の遊戯だった時代からスポーツに至るまで、テニスの

根源から関わってきた・・・そう・・・テニス歴600年の極みをみせてやろう!」

 

 チェンジコート後のウォーターブレークも終わり、次のチェンジコートには逆転してみせる。

 意気揚々と自分たちのポジションにつく、丸井とジャッカル。

 すると、

 

「・・・・・クー」

「任せるアル」

 

 こういう目をしてくる連中は、たいがい何かをやろうとしてくるものだ。

 

「・・・おい、ジャッカル」

「ああ。分かってる。目の色が変わってやがる。何か腹をくくったらしいな」

 

 どうやら、何かを思いついたのかもしれない。

 本当に勝ちにこだわるなら、それを出させる前に勝つところだが、ここはあえて出させることにしよう。

 これは油断でも慢心でもない。王者としての義務だ。

 

「来やがれ!」

「見せてみろい!」

 

 ブン太がサーブを打ちながらネットに詰める。

 サービスダッシュだ。

 対する楓とクーフェは・・・

 

「よっと」

 

 何の変哲もない緩いボールのリターン。

 アウトになることとネットになることを恐れた実に中途半端なリターン。

 だが、これでは前と何も変わらない。

 

「それじゃあ、意味ないだろい!」

 

 ブン太がボレーの態勢になる。打てば高確率でポイントを奪うウイニングショット。

 

「妙技・綱渡り」

 

 丸井の妙技が冴え渡る。同時に観客からも悲鳴に似た声があがる。

 

「また、あの技だ!?」

「ネットの上をコロコロ転がって決める技!?」

「あんなの返せるわけないよ!」

 

 そう、丸井ブン太の綱渡りは、ボールがネットの上に転がって落ちる技。

 一見、ただの曲芸に見えるかもしれないが、まともに返球するのが非常に困難な技。

 まず、ネットの上を転がっているボールを打つことはできない。ラケットがネットに触れた時点でポイントを失い、少しでもラケットがネットを越えればオーバーネットという反則になる。

 一度決まった綱渡りを破るには、ネットからの落ち際を拾うしかない。

 しかし、ネットから落ちてきたボールを拾ったところで、まともな強い球が返せるはずがなく、大抵、ボールがロブ気味に浮かんでしまい、そうなればスマッシュを決められる。

 なら、どうするか?

 

「綱渡り? くだらん。600年もテニスをやっていれば・・・貴様らのテニスなど私は500年も前に通過している!」

 

 ベンチで不敵に笑うエヴァンジェリンが授けた打開策。

 それは・・・

 

「はああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 突如クーフェが唸り声を上げ、地面を力強く踏みつける。

 

「ッ!?」

「うおっ!?」

 

 その瞬間、コート全体に振動が伝わり、思わず丸井とジャッカルはバランスを崩す。

 そして・・・

 

「あっ・・・」

 

 丸井のボールは相手コートに落ちることなく、自軍コートに転がっていた。

 

「震脚による振動で、ボールを押し戻す。ネット上に転がったボールもこっちのコートに落ちなければポイントにならない・・・な? 簡単にやぶれるであろう?」

 

 ドヤ顔のエヴァンジェリン。

 誰もが思いつかなかった返し技に絶句していた。

 

「・・・ろ・・・テニス歴600年で思いつく返し技がそれかよ!!?? 地面踏んだ振動でネットの上を転がってるボールを相手コートに押し返すって、ふざけんなッ!!」

 

 長谷川千雨が唯一真っ先に声を上げてエヴァンジェリンに抗議の声を上げるが、次の瞬間・・・

 

「うおおおおおおお、クー老師があのボレーをやぶったー!」

「クーちゃん、すごい! エヴァちゃんも頭いい! あんな簡単な返し技があるなんて思いつかなかったよ!」

「これで、もう、ブン太くんのボレーは怖くない!」

「二人共、反撃返しや!」

「いやいやいや、いいのか? お前ら、アレ、いいと思ってんのか?」

 

 どうやら千雨以外は、抗議どころか賞賛の声を上げ、むしろエヴァの授けた作戦に目からウロコといった様子だった。

 更に立海も・・・

 

「柳ペディア・・・しんきゃく? ってのはどういうことぜよ?」

「震脚・・・中国武術などで取り入れられる、地面が震えるほどの激しい踏み込みのことだ。力強い踏み込みによる歩法への活用。拳を打ち込む時の動作などに用いられるらしいが・・・」

「なるほど、その踏み込みで地面を揺らし、丸井君のボールを逆に押し返したというわけですか」

「ネットの上を転がるボールを、振動で逆に押し返すか・・・そんな破り方は思いつかなかった・・・あの金髪の小さい子・・・やるね・・・」

「おいおい、お前ら、何で「その手があったか」的な顔してショック受けてんだよ」

 

 もはや我慢できずに立海メンバーにすらツッコミを入れる千雨だった。

 だが、技を破ったことには変わりない。

 

「ちっ、こんなやぶられ方なんて初めてだろい」

「ブン太・・・」

「わーってる。取り乱したりなんかしねーって。だが、もう綱渡りは使えなさそうだろい」

 

 自分の代名詞とも言うべき妙技を破られた。

 口では落ち着いているとは言うものの、丸井の心境は穏やかではない。

 

「0-15!」

「だが・・・取られたら、取り返すんで、シクヨロ!」

 

次のポイントでも、丸井は構わずにサービスダッシュをする。

 

「ブン太くん、技をクーちゃんに破られたのに、またネットに出とる! 何でなん? もう、通用せえへんやろ!?」

「お嬢様、あれは、意地です! ボレーでは負けないという意地が、彼を突き動かしているのです」

 

 ボレーを破った? まだ自分は負けてはいない。

 ボレーのスペシャリストと呼ばれた丸井ブン太を舐めるなと、丸井は構わず前へ出る。

 

「ならば、受けて立つでござる!」

 

 楓は、その粋を受け取って、自らもリターンと同時にネットへ詰める。

 両ペアともにネットに詰めて、ボレー対決をしようというのか?

 いや・・・

 

「妙技、鉄柱当て」

 

 ネットとは明後日の方向へ行くボール。どう見ても完全なアウト。

 しかし、そのボールはネットを支える鉄柱にあたる。

 ここから丸井の妙技は始まる。

 絶妙なスピード、鉄柱に当たる角度、全てを計算し尽くして打たれたボールは、鉄柱にあたって相手コートに落ちる。

 しかし、

 

「はっ!!!!」

「ッ!?」

 

 腰が抜けるぐらいの振動で、ボールと鉄柱の当たるポイントが微妙にズレ、丸井の打ったボールは鉄柱当っただけでそのままアウトになった。

 

「ッ・・・・にゃろ・・・」

「残念アルね。もう、そのボレーは通用しないアル」

 

 伝家の宝刀・綱渡りと鉄柱あての二大妙技が完全に破られた。

 

(・・・・・俺のボレーが・・・・・破られたのか・・・・・・素人女に・・・・)

 

 丸井は言葉を失い、ただ転がるボールを見ているだけだった。

 

「うおおおお、クーフェ、無敵すぎ!?」

「クーちゃんすごい!」

「このまま一気にいけー!」

 

 再び大歓声を上げる麻帆良ベンチ。

 丸井のいつものような軽口はなく、ただ、悔しそうに唇を噛み締めた。

 

(ブン太・・・あの女ども、・・・こんな破り方があったとはよ・・・)

 

 目の前で、パートナーの妙技を破られて、ジャッカルもショックを隠せない。

 そしてなによりも、パートナーであるからこそ、丸井のショックが誰よりも分かるジャッカルだった。

 

「さあ、いくでござるよ!」

「もうボレーを打てなくなったなら、私たちが前に行くだけアル!」

 

 丸井の妙技を破ったことにより、楓とクーフェは更に積極的に前へ出るようになった。

 

「くそ、あいつら素人のくせにダブルポーチばかりしてきやがって! 俺たちにプレッシャーを与える気か!?」

 

 普通、テニスを始めるときは、素振りから始まり、ストロークの練習をして、ボレーの練習に入る。

 だからこそ、ストロークのフォームもメチャクチャな素人がいきなりボレーに出るのは難しい。

 だが、

 

「ボレーは大まかな基本として、ラケットの面さえ作れば、ボールはスイングしないで押し出すだけでいい。あとは、ボールを見極める動体視力と反射神経があればいい。それならお前たちにも簡単だろう?」

 

 エヴァの授けた作戦その2。余計なショットはしなくていいから、ネットギリギリにつめて、ボレーで攻めろ! だった。

 動体視力と反射神経は超人クラスの二人なら、難しいことではない。

 そして、クーフェが独特な構えからボレーを放つ。

 

「爆裂寸勁ボレー」

 

 寸勁という技がある。

 近距離から相手に衝撃を与えることで、外面ではなく内面に強いダメージを与える技。

 打撃ではなく衝撃。それをクーフェが放てば岩をも砕き、中国武術の達人たちも裸足で逃げ出すほどの威力。

 クーフェはその技をボレーに応用。

 発勁による衝撃がボールに加わり、そのボールはスピードやパワーというよりも重さをまとった威力を秘めていた。

 

「ちっ! めんどくさいボールだろい、だが、返すことぐらいは・・・」

 

 見ただけで分る。まともに返球しようとすれば、手首が壊れるだろう。

 丸井は咄嗟に先ほどもやったようにインパクトの瞬間にボールの威力を殺しつつ、ラケットから手を離して衝撃をやわらげようとした。

 しかし・・・

 

「いっ!?」

 

 衝撃を吸収? そんな都合よくいかなかった。

 クーフェのボールをラケット面で触れた瞬間、ラケットが内面から破裂した。

 グリップも残らず、テニスコートには粉々になった丸井のラケットが散らばった。

 

「なっ・・・・・・・・」

「おい・・・・やりすぎだろい・・・」

 

 ガットが切れる、ラケットが折れる、それぐらいは日常茶飯事だ。

 しかし、ラケットが破裂するなど、前代未聞だ。

 

「な・・・なんつうバカげたパワーだ・・・いや・・・技だよ!」

「ゲーム・長瀬・クー、ペア! 4—2」

 

 クーフェたちはテニスの技術では敵わないかもしれない。

 だが、テニス以外の肉体を使ったアビリティや技術や潜在能力は楓とクーフェが圧倒的に上。

 さらに、丸井は妙技ボレーを返されただけでなく、相手のボレーでポイントを奪われたのだ。

 粉々になったラケットは丸井自身の心をも表していた。

 

「うおおおお、さすがです、クー老師! 中国四千年の極みを見せてもらいました!」

「クーちゃん、すごいよ! ボレーの天才のブン太くんからボレーでポイント奪った!」

「発勁をテニスに応用するとは・・・さすがだ、クー!」

「このまま一気にイケー!」

 

 麻帆良ベンチはたいへん盛り上がりを見せるが、立海にとってはこれがどれほどの衝撃なのか分るはずもない。

 

「ちっ・・・審判、ラケット変えるっす」

 

 ブン太はベンチに戻ってラケットバッグから予備用のラケットを出す。

 通常、テニスプレーヤーはガットやラケットの破損や、気分を変えたりなどで、予備にラケットを3本は持っている。

 だから、試合中のラケットの交換は珍しくもないのだが、こんな形でラケットを交換するとは思わなかった。

 さらに、使い込んだラケットはまさに自分の分身そのものでもあるのだ。

 風船ガムを膨らませて落ちつけようとしているが、丸井の表情は沈んでいる。

 

「丸井」

「なにも言うなって、幸村。俺は大丈夫」

「・・・手首は?」

「大丈夫って言ってるだろい」

 

 部長である幸村の言葉すら頭に入らない。

 

(くそ・・・なにやってんだろい、俺は・・・)

 

 完全に集中力が切れかけて、丸井の動きに精彩が見られなくなってきた。

 

「「「「「カーエーデ! カーエーデ! カーエーデ! カーエデ!」」」」」

「「「「「クーフェ! クーフェ! クーフェ! クーフェ!」」」」」

 

 ペースが再び相手に流れてきた。

 麻帆良ベンチはお祭り騒ぎで、二人の名前を大コール。

 

「やった、またポイント取った!」

「すごい・・・相手の攻撃を封じると同時に、攻撃にも変えた」

「あれ・・・でも、さっきまでジャッカルくんたち、緩いボールを打ってクーフェたちを自滅させてたよね? 何で、また打たないの?」

「いや、打てないんでしょ? だって、ネットに出てる相手に緩いボール打ったら、叩き込んでくださいって言ってるようなもんじゃん」

 

 そう、ストロークで緩い球を速く打ち込むことと、ボレーで緩い球を強く叩き込むのではワケが違う。

 これでは緩いボールで相手のミスを誘うこともできない。

 仮に・・・

 

「バカが。そんなに何度もネットに出たら、後ろがガラ空きだろ! このロブで流れを引き戻す!」

 

 ジャッカルは冷静に二人の頭を越す、高く絶妙なロブを上げる・・・が・・・

 

「ふっ!」

「なっ、あの細目女!?」

「残念だったでござるな。拙者の瞬動は・・・前後左右・・・そして上下に対応できる!」

 

 高々と上げたはずのロブに追いつき、上空から叩き落とすように放つ。

 

「球影分身の術!!」

「くそっ!?」

 

 再び息を吹き返した楓の忍打が炸裂する。

 しかし、

 

「くそっ、ふざけんな! ファイヤー!」

「・・・むっ!?」

「どうした、16分身球を打たねえのか!? 今のは4球程度の分身だったぜ! 4球程度なら俺でも一度に打てる! 後ろには通さねえYO!」

 

 完全に決まったと思ったボールだったが、ジャッカルが初めて返した。

 その光景に楓は顔をしかめ、エヴァンジェリンは小さく舌打ちした。

 

(さすがに何度も影分身を打っていれば疲れるか・・・影分身は通常の分身より体力を消耗するらしいからな・・・)

 

楓の頬に少しだけ汗が流れる。

 

(うーむ、少し体力の温存のつもりだったが、甘かったでござるか? なら・・・)

 

 楓は神経を集中させ、一気に力を解放する。

 

「球影分身の術!!」

「「「「「16分身キターッ!!!!」」」」」

 

 打てば100%決まる楓の全力の必殺ショット。これは絶対に返せるわけがない。

 いかに、全国でも有名な守備のスペシャリトとはいえ・・・

 

「うらあっ!!」

「ッ!?」

 

 しかし、ジャッカルはそれでもスペシャリスト。

 

「か・・・」

「返したッ!?」

「うそっ、一発で本物を見抜いた!?」

「まぐれ!?」

 

 そう、ジャッカルは何と楓の16分身のボールの本物を見抜き、見事打ち返したのだ。

 これには楓も言葉を失い、エヴァも無言でベンチから立ち上がった。

 

「言ったろ! 通さねえってYO!」

 

 流れが再び楓とクーフェに変わると誰もが思っていた。

 だが、流れをジャッカルが押しとどめた。

 ジャッカルはダブルポーチに出る楓とクーフェのボレーをとにかく拾い続けた。

 ただ、拾い、相棒の帰りを待った。

 

(ブン太・・・あんな素人女に技をやぶられてショックだろうよ・・・綱渡りも鉄柱当てもお前の代名詞だからな・・・)

 

 コートを走り回るジャッカルに対し、丸井は言葉少なく、あまり動きがない。

 まだ、技を破られたショックが残っているのだろう。

 だが、ジャッカルはそのことに対して何も言わない。

 ただ、無言でボールを拾う。守る。ポイントを取らせない。

 

「すご・・・あのスキンヘッドの兄ちゃん」

「さっきから一人でカバーしてるよ」

 

 ジャッカルの言葉はなくとも、その気迫はコートの外にまで伝わった。

 これがジャッカルなりの檄なのだ。

 

(つれーだろうな・・・屈辱だろうな・・・だがな、甘ったれんな! テメエで這い上がってこいよ! 少なくとも・・・どんな絶望に叩き落とされても・・・青学は・・・あいつらはそうしていただろうが!)

 

 あいつらのように。

 その気持ちが、ジャッカルを走らせた。

 

「その精神力は見事でござる。だが、マグレは続かぬでござる! 球影分身の術!」

「もうきかねえよ! テメェの技は見切った!」

「ッ!?」

 

 再び16分身を打つ楓だが、またもやジャッカルは的確に本物を見抜いて打ち返した。

 どうやって?

 それは、ジャッカルが『鉄壁の守護神』とまで言われる所以だ。

 コートを走り回る足? 四つの肺を持っていると言われるスタミナ? 違う。

 守備をするには、相手が打つコースを見抜く力も重要になる。

 

(見えるぜ・・・どれだけ分身を作ろうとも・・・テメエは自分で打った本物のボールを無意識に目で追っちまう! テメエの目が追いかけるボールが本物だ!)

 

 球影分身の術をジャッカルは攻略したのだった。

 そして、

 

「ならば、これはどうアル!」

 

 楓の技を返したとはいえ、まだクーフェが待ち構えている。

 触れればラケット丸ごと破裂させてしまう、爆裂ボレー。

 

「いくアル! 爆裂寸勁ボレー!」

 

 これは返しようがない。無理に返そうとすれば、腕を破壊されかねない。

 だが、ジャッカルは大きくテイクバックをして、振り子のようなスイングで、真っ直ぐ飛んでくるボールに対して強烈なサイドスピンを掛ける。

 

「あの学校のように這い上がる・・・思い出せねえなら、こいつで思い出しな! ブン太!」

 

 ジャッカルがバックハンドを大きく振り抜く。

 だが、それは見当違いの方向に飛び、ポールの真横を通過する。

 完全なアウトだ。

 ダブルポーチに出ていた楓とクーフェはホッと一息。

 だが、

 

「気を抜くな、馬鹿者! ポール回しだ!」

 

 エヴァが叫ぶ。

 

「ちい、あのスキンヘッドめ、ポール回しを打てたのか! これでは、ダブルポーチに徹することが出来んではないか!」

 

 ポール回し。

 ジャッカルの打ったボールは軌道を変えてブーメランのように戻ってきて、ベースライン深くに突き刺さる。

 

「ジャ、ジャッカルくん、すご!?」

「あんなショットありかよ!?」

 

 これには、たまらず麻帆良ベンチも唸る。

 

「そうか! 寸勁は完全なる直線の動き! 真正面から打てば砕かれるが、横の力には弱い! サイドスピンをかければ、衝撃を軽減できる!」

「考えましたね、ジャッカル君」

「あいつ、まだ、全然折れてないぜよ。・・・心が・・・まるで、奴らみたいぜよ」

 

 あの学校のように諦めない。そのジャッカルの想いは、コートサイドにいる立海メンバーには痛いほど分かった。

 

「しまった、く・・・間に合え!」

 

 楓が瞬動で後方へ即座に飛ぶ。

 その速度はボールに追いつき、何とかラケットに当てて返球することができた。

 だが、その浮いたボールに、あの男が飛んだ。

 

「別に・・・俺は来るべき時に備えて待機してただけだろい!」

 

 丸井ブン太が飛んだ。

 

「おせえよ、相棒・・・プレゼントだ・・・ぶちかましてやんな!」

 

 ジャッカルが相棒の帰りに笑みを浮かべて吠える。

 

「ぬっ・・・来るアル! 綱渡りも鉄柱当ても、通用しないアル!」

 

 丸井の復活にクーフェが身構える。また、丸井のボレーを破ろうと、震脚の態勢に入る。

 だが、ボレーを打つかと思った丸井は何と空振りをした。

 これには、完全にクーフェのタイミングがズラされ・・・

 

「妙技・時間差地獄!」

 

 一度空振りしたボールを時間差で打つ。

 これには完全に虚を突かれたクーフェは反応できず、丸井とジャッカルがポイントを奪った。

 

「どう、天才的?」

 

 お決まりのセリフも決まり、いつものように得意気に笑う丸井だった。

 

「ちっ、俺もたまには来るべき時に備える役をやりたいもんだぜ」

 

 これまでたった一人で丸井の分もカバーをしつづけて疲労困憊なジャッカルだが、相方の復活に笑みを浮かべて、お互いに拳を軽くぶつけあう。

 

「こ、これは・・・完全にやられたでござるな」

「ううう〜、騙されたアル!」

 

 完全にしてやられた。悔しさを滲み出すクーフェと、丸井たちに脱帽した楓。

 エヴァも自分の予想を超えた二人のダブルスに、イラついて爪を噛む。

 

「ワリーな、この夏の高い授業料で教えてもらったのさ。絶望からも足掻き続けて這い上がることを・・・そして・・・」

「ダブルスには無限の可能性があるって・・・そういうことだろい!」

 

 今この瞬間、立海のダブルスが初めて完成したのだった。

 

「二人共・・・少しは動きがよくなったじゃないか」

 

 戦友の成長ぶりに嬉しそうに幸村が微笑んだ。

 今、この瞬間、ジャッカルと丸井のテニスは完全に、楓とクーフェの上を行った。

 

「認めてやるよ、お前たち」

「ああ、認めるしかねえな」

 

 激しい打ち合いの中で、丸井とジャッカルの口から素直な言葉が出た。

 

「多分、他のスポーツで戦ったら俺たちの全戦全敗だろい」

「スピードもパワーも身体活用法も、俺たちとじゃ天と地だ!」

「認めるよ」

「すげーよお前ら」

 

 しかし・・・

 

「「だが、テニスだけは負けねえ!!」」

 

 他の全ての敗北は認めよう。

 だが、テニスだけは負けない。

 いや、テニスだけは負けられない。

 テニスだけは認められない。

 

「決めろ、ジャッカル!」

「ファイヤー!」

 

 だから、この勝負だけは死んでも負けられなかった。

 

「ゲームアンドマッチ・丸井・ジャッカルペア・6—4!」

 

 まるで長いトンネルから抜けたような心地だった。

 夏の全国大会で敗北してから初めての、彼らのガッツポーズがそこにはあった。

 

「ふっ・・・完敗アル。同じ歳で私より強い男、初めてアル。凄いアルね、二人共」

「世界は広いでござるな」

「テメェらもな」

「もう、こりごりだろい」

 

 最後は両者笑顔で、ガッチりと固い握手を交わしたのだった。

 


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