王子様は跪きたいらしい   作:淵深 真夜

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恋愛相談
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 第一の誤算はこの高校、私立彩苑高等学校の部活動が義務だったこと。

 

 この高校は帰宅部という存在を認めず、学生は全員何らかの部活に入らなければならない。それは、偏差値と通学の利便性、そして制服のデザインで志望校を決めた私には初耳だった。

 

 私こと水辺(みなべ)山吹(やまぶき)は、運動嫌いで不器用、平々凡々な今時の女の子ですから、部活動は帰宅部以外に選択肢など考えてもいなかった。

 だから慌てて、部活動見学やら仮入部をしまくった。

 

 結果は惨敗。運命的な何かを感じる部活動なんてある訳もなし、もちろん中学三年間帰宅部だった私が才能を発揮できるような部活もない。そもそも、私にはやる気というものがなかった。

 そんなこんなで適当に部活巡りするだけで時間は過ぎて行って、入部届けの締め切り当日、私は友達に誘われる。

 

「私、新聞部に入るんだけど、山吹もどう?」

 

 この誘いは、当時の私にとっての天啓だった。

 新聞部!

 そうだ、そこなら真夏に太陽の下とか真冬の雪の中で運動せずに済み、パソコンで文字打ってレイアウトするくらいなら、手先の器用さはあんまり関係がない!

 

 さらに友達の話によると、新聞部が学園新聞を発行するのは年に一回あるかないかで、ほとんど活動なんてしていないらしい。

 つまり、実質帰宅部! なんて私の理想的部活だろう!

 

 何故、私はその部活を見学しなかったのかが不思議に思ったが、思い返してみると新聞部の部室はやたらと女子が殺到していて、面倒だったから避けていたんだった。

 女子が殺到していた理由、そして友達が新聞部に入った理由は同じだった。

 

 そのことを知るのは、彼女と入部届けを出して、初日なので一応新聞部に顔を出した時。

 蒼木屋(そうぎや)蒼澄(あおずみ)という、やたらと縁起の悪い苗字をした先輩と出会った時だ。

 

 * * *

 

 入部してはや一月。

 私はいつものように、大きなため息をつき、肩を落としてとぼとぼと、部室である元三年F組の教室へと向かう。

 

 部室の扉を開けると、ポツンと顧問の先生が一人だけ、椅子に座って文庫本を読んでいた。

 

「あれ? グリーン先生だけですか? って言うか、先生がいるって珍しいですね」

 

 私が声をかけると、先生は軽く手を上げて、「ん」とだけ言ってまた視線は文庫本に。どんだけその本を読みたいのさ。

 

 グリーン先生こと俵藤(ひょうどう)美登里(みどり)先生。二年B組担任の現国教師で、この新聞部の顧問。

 本人が初日の自己紹介で、そう名乗ったからそのまま呼んでるけど、ミドリだからグリーンって、何つー単純なあだ名。しかも似合ってない。いい意味で。

 

 だってこの人、文庫本を読む姿がこの上なく似合う文系の美人さんだもん。カタカナって時点で、このあだ名は違和感がある。

 三十路目前なんて思えないくらい若々しいし、小柄な方だけど姿勢のいいスレンダーな体型が格好良い。しかも胸はしっかりあるという、同性から見て羨ましいことこの上ない人。

 

 けれど、変な人だ。自分のことをグリーンと呼べなんて言い出したくせに、基本的に生徒に対して積極的に関わらない。親しくしようとしない。

 一年は担当してないので、どんな授業してるのかはわからないけど、少なくとも部活動にはぶっちゃけ、興味ないと思う。この人、活動は全部生徒に丸投げで、部室に顔出す方が珍しい、来たって、今みたいに本を読んで我関せずがほとんど。

 

 とりあえず私は、教室の適当な机の上に鞄を置き、前後の黒板に他の部員からの伝言とかはないか、確認してみる。

黒 板には何も書いてないが、他の机にはボストンバックが一つ置いてあるので、少なくとも一人は来ているらしい。

 

「先生、先輩たちから何かしろとかそういうの聞いてませんか?」

 

 何かしたい訳ではない、むしろとっとと帰りたいくらいだけど、そういう訳にもいかないので、先生に確認を取る。

 先生は、私の頭の右側にひっつめてあるサイドポニーよりはるかに長い、そして綺麗な黒いポニーテイルを揺らして、読んでいた文庫本から顔を上げる。

 

「レッドは今、目安箱の中身を見に行ってる。イエローは待機してろだって。ちなみに、ブルーは保健室。ピンクはその付き添い」

 

 淡々とそれだけを言って、また先生は文庫本に目を落とす。

 いつものことだが、ここの部員は何戦隊だよ。何レンジャーだよ。確かにみんな偶々、名前に色が入ってるけど。でも、私がイエローは苦しいよ。山吹色は確かに濃い黄色だけどさ。

 

 ちなみに、グリーン先生は本人が呼べって言うから、大体の生徒が呼んでるけど、私らを色の英名で呼んでるのは、この人だけだ。

 本当に変な人だなぁ。まぁ、これくらいじゃないと、この部活の顧問はやってられないんだろうな。

 

 ……そう、やってられない。

 レッドこと、三年の朱子(あかこ)部長。

 ピンクこと、同じく三年の桜木(おうぎ)桃也(とうや)副部長。ブルーこと、二年の蒼木屋蒼澄先輩。そして、イエローこと私、一年水辺山吹。

 これで、新聞部は全員集合。

 ……そう、これで全員。

 

 一月前まで新入部員は二十人近くいたというのに、私を残して誘った本人である友達さえもが他の部活に移って行った。

 ちょっと恨みたくなる気持ちは止められないけれど、仕方がないと思える。っていうか、一年はもちろん、三年も二年もほとんどいないのに、本当に何で私は辞めてないのかが、我ながらに不思議。

 

「……目安箱、今日は何も入ってないと良いですね」

「それはそれで困る」

 

 グリーン先生の前の席にとりあえず座って呟くと、先生は顔も上げずに答えた。

 

「だって、入ってたって告白するのを手伝ってくださいとか、明日の小テストのヤマかけとか、壊れた教卓の修理とか、新聞部に関係ないことばっかりじゃないですかー!

 うちは便利屋じゃないんですよ! もー、何で目安箱なんて作ったのかねー、三代前の部長さんは」

 

 私の誤算その二は、目安箱という存在。

 校舎に入ってすぐの来客用靴箱の端っこにある、募金箱のような箱。その存在は、入学当初から気になっていた。

 

 それは何でも三代前の新聞部部長が、文化祭や体育祭などイベントがある時期以外あまりにも新聞に書くようなニュースがなく、したくてもろくな部活動ができなかったので、苦肉の策として置いたらしい。

 この箱に入れられた頼み事や悩み事を新聞部が解決して、それを記事にしようといった目論見だったらしいが、ものの見事に外れた。当たり前だ。

 

 その部長さんとやらはマンガのように「いじめから助けて欲しい」という内容でも待っていたの? そういう内容が来たとしても、新聞部がどう解決するのさ?

 

 幸か不幸か、そういうヘビィーな案件が来た事はないけれど、新聞の記事に出来るような案件などこれまで一度もない。

 さっきも言ったように、告白の手伝いやら先生・用務員さんのお手伝いばっかりで、こりゃ駄目だと気付いた時にはもう遅く、新聞部は便利屋と学園内で認識され、目安箱は廃止したくてもできない状態になって、今に至るというわけだ。

 

「目安箱は新聞部の部活として公認されてる。私たち教師にとっても便利だから、廃止は許可できないわね。何より、この少人数で部活動と認められている最大の理由が目安箱なんだから、やめたとたんに新聞部が廃部になるわよ? 案件が入らなくなっても同じ」

「わかってますよ。でも、目安箱の案件片付けるのに忙しくって、本来の新聞発行って仕事ができないじゃないですか。その辺のことを、先生たちは考慮して欲しいですよ」

 

 心にもないこと言うなー、私。ほとんど活動なくて楽そうだと思って入ったのに、偉そうなこと言ってるよ。

 

 目安箱という存在の誤算が、ほぼ帰宅部という私の幻想を打ち崩した。めちゃくちゃ忙しいよ、新聞部。

 毎日毎日、先生に雑用を押し付けられるし、他人の砂糖吐くような恋愛の手伝いをしなくちゃならないし、心身ともに休まることがまるでない。

 

 下手な運動部よりもハードで、次はどんな無理難題が来るかわからない部活動に疲れて一週間で辞めたのが三人。私はこの三人と一緒に辞めておくべきだったと、今になって思う。

 

 ただ、私は面倒臭がりなくせに変なところが負けず嫌いなもんだから、せめて一月は頑張ってやると意地になってしまった。

 このくだらない意地のせいで、私はやめたくてもやめれない羽目になるとは、この時は確か想像してもなかった。

 

「あーあ、せめて部長が手伝ってくれたら、少しは楽なんですけどねー。あの人、偉そーに命令するだけで何もしてくれませんから。

 ったく、あんまり動かないと胸だけじゃなく腹にも脂肪がつくぞー」

 

 机に突っ伏して、鬼の居ぬ間にさんざん愚痴ってみる。

「そーいや部長ってこの間、一年に子に勉強を教えてくれって言われて、手も足も出てなかったんですよね? この時期の一年の問題なんて中学の復習みたいなもんだっていうのに、本当にあの人って脳筋ですよね」

「……イエロー」

 

 クールにアホなあだ名で呼ぶ先生。心なしか、いつものクールさに加わって神妙さがあるような気がする。

 

「レッド、帰って来てる」

「…………マジですか?」

 

 コクリと頷いて、死刑宣告は下された。

 

 私は机に突っ伏した姿勢のまま、教室の入り口に首を向けた。

 モデルのような高身長とスタイルだけどその素材を生かす気はないのか、髪はベリーショート、恰好は万年ジャージスカートという運動部ルックな我らが新聞部暴君女王、朱子部長が笑ってそこに立っていた。

 

 * * *

 

「……や~ま~ぶ~き~? いい度胸してるな、あんた。え? 誰が脳筋ゴリラだこら」

「……ご、ゴリラは言ってませんが、すいません! 心にもない嘘八百です! 部長の美しさに嫉妬しました、ごめんなさい! 割れる! 頭が石榴のように割れて中身出るからやめてください、スタイル抜群の朱子部長!!」

 

 ギリギリとアイアンクローで頭を締め付けられながらも、美辞麗句を練り上げて謝り倒すことで何とか解放してもらった。

 ……先生や。唯一の一年が先輩からパワハラ受けてるっていうのに、優雅クールに読書を続行しないでくださいな。

 

 アイアンクローからは解放されて地べたに座り込んで頭を抱える私に、部長は足でぐりぐり踏みつける。この人、マジでサドだ。

 

「あたしはねぇ、山吹。あんたたち一年が部活に早く慣れるようにと思って、わざと手伝わないであげてるの。

 三年、二年がレギュラー、一年は雑用しかやらせない陰険な部活とは違って、入ってすぐにスタメン扱いよ? 嬉しいでしょ?」

「――はい。部長の優しさは骨身に染みいります」

 

 染みすぎて痛いです。泣くどころかショック死しそうな痛みです。

 

 誤算その三は、この部長。この人、性格悪い。っていうか、怖い。

 私以上に面倒臭がりなのに負けず嫌い、すぐに口が出る手が出る足が出るという短気さで、部活が本格開始した

 

 初日に新入部員を殴って、そのせいで殴られた本人含めて五人が次の日に辞めたという伝説を叩きだした。

 ちなみに殴った理由は、部長を苗字を笑ったから。部長の苗字は、小学生男子が喜んでからかいそうな苗字で、たぶん実際からかわれてトラウマなんだろう。

 

 だから部長は、苗字を笑う奴どころか苗字で呼ぶ奴だって誰であっても本気でぶん殴る。

 先生相手にはさすがに殴らないけど、ものすごい目つきで睨むし、部長が我慢するのは呼ばれることだけ。

 笑ったり馬鹿にするなら先生相手でも容赦しないで殴るから、先生たちも基本的に名前で呼ぶらしい。

 

 なので、部長を朱子と呼ばない相手は、事情を知らない新入生や新任の先生以外ではただ一人だけ。

 

 殴りたくなる気持ちはよくわかる苗字だし、あの笑った子達はすっごく陰険にコソコソ部長を嘲笑ってたからあんまり同情はしないけどさぁ……。

 それでも、マジで椅子も机も吹っ飛んぶいきおいで女の子の顔を殴るのはどうよ?

 

「わかってくれて嬉しいわ、山吹。じゃ、早速だけど仕事よ」

「あだだだッ!!」

 

 部長はニコニコ笑いながら私のサイドポニーを引っ張って立たせ、目安箱に入っていたであろう手紙でぺちぺち頬を叩きながら命令してきた。

 

「今から蒼澄の所に行って、必要な情報をもらって来なさい」

 

 それは私の誤算その四であり、最大の誤算して天敵。

 

 新聞部の最終であり究極であり秘密兵器、情報通で情報マニアな部員。

 

 

 

 ブルー・ブラッド。蒼木屋蒼澄。

 

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