ブルー・ブラッドという言葉には「選ばれし者」や「貴族」という意味があるらしく、旧華族の家柄と姓名ともに存在する「蒼」の字からついた、蒼木屋先輩のあだ名。……というよりも称号だね、これは。
マンガとかじゃないんだから、こんな恥ずかしい通り名があるなんて信じられないけど、この先輩はこんな通り名がついてしまうも納得な「学園の王子様」なんですよ、これが。
前出の通り、家は旧華族。名ばかりの旧家ではなく、今でも繁栄し続けてる有能っぷり。
成績は全科目五位以下に落ちたことのない優等生。バカな私からしたら、全科目一位よりも、リアルなところが何となくムカついてしまう。
そしてもちろん、顔が良い。
清潔感があってさわやかで優しそうな、線の細い中性的な美人さん。
っていうか、線が細いのは当然。先輩は結構重度の喘息持ちかつ、これまた重度のアレルギーも複数持ち、心臓が動いてるのか心配になるくらい低血圧な、病弱虚弱体質。
学校の送り迎えは車だから登校はそれなりにするけど、ほとんど保健室で過ごしているような人。
とまぁ、こんな感じでスポーツ以外は万能、唯一の欠点であるはずの病弱体質も、「守ってあげたい、甘やかしたい」という母性本能の刺激剤となっており、あんたはどこの少女漫画の住人ですか? と言いたいぐらいの王子様である。
新聞部に女子の入部が多かったのは、言うまでもなくこの人が原因。
同時に、私以外の皆が去って行った原因でもある。
* * *
「嫌です嫌です嫌ですー!」
無駄だとわかってはいるけど、半泣きで拒否する私を部長は首根っこ掴んで、ずるずると保健室まで運ぶ。
ちなみに、先生は教室で読書続行。助けを求めた私に、文庫本読みながらハンカチを振ってくれました。
うわぁい。あんたも鬼だ。
「山吹? 体力もろくになくて不器用、写真を撮る技術もセンスもなければ、うまいこと他人から話を聞き出す話術もないあんたを、何でうちに置いてるかわかってる?
あんたはあの変態の操作役。その唯一の役目を拒否して、生きていけると思ってんの?」
「新聞部を辞めれば十分生きていけます! お願いですから、私を解放してくださいぃぃっ!」
涙ながらの懇願を部長は拳骨一発で却下する。
うぅ……、何でブルー・ブラッドにたいして興味持ってなかった私が、よりにもよって本人直々に気に入られちゃったんだろう?
泣き叫ぶのは体力の無駄なので諦めてやめるけど、せめてもの抗議に自分からは歩かず、部長に引きずってもらって保健室に到着する私。
いつものことだが、癒しの扉が地獄の門に見える……
「きゃっ!」
「あれ? 朱子? 水辺ちゃんまでどうしたんだ? 蒼澄の様子を見に来てくれたのか?」
部長が扉に手をかける前にがらっと開いて、ちょっとびっくりした。意外に悲鳴が可愛いな、この人。
中から出て来たのは百九十を超える身長、明らかに体育会系の体格、スポーツマンらしいツンツンの髪に、顔は整ってる方だけど、イケメンと表現するより愛嬌があって優しそうのある柔らかい表情と雰囲気が印象的で、大柄な体格が醸し出す怖さを中和させる好青年。わが新聞部唯一無二の良心、桜木先輩だった。
ただし、良心だけどこの人は私の味方にはなってくれない。むしろ、部長よりもある意味、そしてはるかに性質が悪い。
「お、驚かせないでよ、桃也!」
自分でもキャラに合わない悲鳴を上げたとでも思ってるのか、部長は真っ赤になって桜空先輩の脛にローキック。呻いてうずくまる先輩。……避けれたでしょうに八つ当たりを素直に受けるあたり、この人は優しすぎるなぁ。
「大丈夫ですか、先輩?」
「あー、大丈夫大丈夫。それより、二人ともどうしたんだよ? 蒼澄の見舞い?」
「誰が! あいつの! 見舞いなんか! するもんか! 部活よ、部活!」
話を戻したところで部長がキレた。
部長と蒼木屋先輩って、仲悪いんだよねー。犬猿の仲、水と油とはまさしくこの二人のことってくらいに。
「――そうか」
先輩は悲しそうな顔をして、それだけを呟いた。部長が蒼木屋先輩のことでキレた時、二人がケンカしてる時はいつも、この人はこんな顔をする。
やり切れないんだろう。昔を知っているのなら、なおさらに。
たったの一月の付き合いしかしてない私には、想像できないし信じられないことだけど、桜木先輩、朱子部長、そして蒼木屋先輩は、小学校入る前からずっと一緒に遊んで過ごしてきた、とても仲のいい幼馴染み……だったらしい。
「ま、いいか。水辺ちゃんが来てくれたなら。ちょうど今、頼みに行こうかと思ってたところだ」
先輩は曖昧に笑いながら立ち上がり、私に手を合わせて言った。
「水辺ちゃん、頼む。今はあいつ寝てるけど、たぶんそろそろ起きると思うんだ。起きたらちょっとだけでいいから、話し相手になってくれ」
部長と違って腰が低い頼み方なので、ついつい安請け合いしたくなる。けれど私は言葉ではなく、顎に梅干しを作った顔で答える。
顔面に書いた「すげー嫌」というメッセージに先輩は苦笑する。でも要求は引かない。桜木先輩はまた手を合せ、今度は腰を折って頭も下げる。
「気持ちはすげーわかる! けど頼むよ、マジで。あいつの持病って、喘息とアレルギーだから、気を付けてさえいれば発作は起こらないし、気の持ちようで体調が全然違うんだよ。
水辺ちゃんと話した日は、本当に信じられないくらい元気なんだよ。『いつも元気じゃん』って思うだろうけど、水辺ちゃんと会うまではあんなにテンション上がること自体がほとんどなかったし、しかも次の日体調を崩さずに学校に来れるなんて、奇跡みたい確率だったんだよ」
……自覚してんのかどうか知らないけど、この人は卑怯だ。
そんな言い方されたら、断れないじゃん。
情に攻めてくるから、性質が悪いんだよね。この蒼木屋蒼澄至上主義者は。
桜木先輩は蒼木屋先輩の親戚だけど、華族じゃないらしい。使用人の出らしく、生まれた時から蒼木屋先輩のお世話役。
何というか……、ものすごい時代錯誤な話。この人の頭の中は、何時代よ。
でも本人は納得して満足そう、好きで世話焼いてるみたいだし、蒼木屋先輩の方は全然、桜木先輩を見下すとかそういう態度は取らず、普通に友達だと思ってるように、少なくとも私は見える。
そもそも、蒼木屋先輩って誰に対しても、世話してもらったら「ありがとう」とか、「申し訳ない」とかちゃんと言う人だし、自分で出来ることは自力でやるので、友達がお世話係でも問題は特にない。……ないはずなんだろうけど、私は何か、見てて嫌だなぁ。
「……私が本気で嫌がってることをさせようとしたら、止めてくださいよ」
「あぁ、それはもちろん。ちゃんと止めるしあいつにも言い聞かせる」
しぶしぶ了承すると、心底安心した顔で先輩は笑う。
「……話は決まった? ならさっさとどいて。 桃也がでかすぎて入れないんだけど」
無視されるような形で話の外に放り出されてた部長が、めちゃくちゃ不機嫌そうに命令する。
あの、部長。地味に痛いから脇腹をドスドス突くのやめて。何の八つ当たり?
「あ、悪い悪い。後、ついでで悪いんだけど、俺、教室に置きっぱなしの荷物ちょっとそれ取ってくるから、蒼澄の奴を見ててくれ。寝てるから、本当に見てるだけでいいから!」
桜空先輩は言い逃げのように、それだけ言って走って行っちゃった。
「……ふん!」
先輩の背中を見送ってから、不機嫌を塊にしたように鼻を鳴らして部長は、どかどか乱暴に足音を立てて保健室に入って行く。
慌てて私も部長を追って入る。今は保険の先生はいないみたい。
部長は、カーテンに仕切られた三つあるベッドのうち、一番奥にあるベッドに真っ直ぐ向かう。
保健室のベッドはもともと二つだったらしいが、入り浸ることが確定事項の蒼木屋先輩入学と同時に、先輩専用のベッドを設けられたとは噂で聞いていたが、ついこの間、本人から事実だと知らされた。
部長は眉間にしわを三本寄せたすげー嫌そうな顔で、病人だとかそういう気遣い一切なしにカーテンを開けて怒鳴りつける。
「起きろ! 仕事だバカ!」
……もうすぐ起きるから見ているだけでいいって桜空先輩が言ったのに。
私はカーテンの裏に隠れて、頭を抱えた。
「……う……ううん……」
やや寝ぼけた声と、ベッドでもぞもぞ動く音が聞こえる。
「……いきなり、叫ばないで欲しいな、まったく。それに、今は確か放課後のはずだ。私こと学生の義務であり権利である授業は終了しているのだから、私は君にいきなり怒鳴られて起こされる必要はないと思うのだが?」
小声で途切れ途切れの言葉だが、とても寝起きで言うセリフではない屁理屈が、シーツの中でこねられる。
「寝起きすらも可愛げがなくてムカつく奴ね」
カーテンに隠れる私からは見えないけど、絶対に教師も土下座させると言われている、般若のような表情を浮かべていると確信できる声で言い返した部長。
そっと端から覗き見ると、ベッドのシーツがもぞもぞと動いて、サラサラヘアーで青白い肌をした美青年が起き上がった。
「そう言う君は相も変わらず思慮が浅く、短気で粗暴で傲慢だな。
ベッドの主は眠そうな目で優雅にあくびをしながら、部長が何よりも嫌う苗字をあっさりと口にした。
蒼木屋蒼澄が、お目覚めになられた。