王子様は跪きたいらしい   作:淵深 真夜

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恋愛相談3

「あたしを苗字で、っつーかフルネームで呼ぶなって言ってるだろうがーっ‼」

 

 ブチ切れてベッドを部長が殴りつけると、スプリングが思いっきりはずんで、ベッドの上の先輩が体勢を崩す。

「どう呼ぼうが私の勝手だ。悪意ある蔑称で呼ぶというのなら、それは恥ずべき最低な行為だが、私はごくごく普通に君の本名を呼んでいるだけだ。

 別に君のことを『オシメの取れない赤子』という意味で呼んだ訳ではない」

 

 うわ―、言っちゃった。部長が自分の名前大っ嫌いな理由まで、余すところなく言っちゃった。あぁ、部長が怒りでブルブル震えてるよ。やばいよ、部長がキレて先輩に殴りかかったら、先輩リアルに死ぬかも。

 桜木せんぱーい! 早く戻ってきてー! 私じゃ部長は止められません!

 

 私の心の救助要請にもちろん誰も気づきはせず、蒼木屋先輩はいつもの通り、具体的に変なところはないんだけど何か妙に古くさいと言うか、冗長と言うか、芝居がかった独特の言葉使いで、部長の挑発を続ける。

 

 そしてこの人、別に部長への嫌がらせの一環なんかじゃなくて、本当に他意なくデフォルトで他人の名前を常にフルネームで呼ぶ。この部、顧問も部員も変人揃いだけど、断トツは間違いなくこの人だ。

 ……私は、「変人揃い」の中に入らないよね? 普通だよね?

 

「まったく……、いい加減姓で呼ばれることに慣れようとは思わないのか? まさか君は社会に出ても暴力を持ってして、自分に都合の悪いことはすべて排除しようと思っているのか?

 忍耐というものを学びたまえ、押芽朱子」

 

 ブチッと、何本目かはわからないけど、一番太い堪忍袋の緒がキレる音が確かに聞こえた。

 おもむろに部長は先輩の胸ぐらを掴み上げて、拳を振り上げた。

 

「部長、ストォォーッップッ!!」

 カーテンから飛び出して私が部長にしがみついたので、間一髪で部長の鉄拳は先輩に落ちることはなかった。

 

「離せ! 山吹!」

「落ち着いて、部長! 死んじゃう! 先輩相手に部長が本気で殴ると先輩がマジで死ぬ! この人一応病弱虚弱属性持ち!」

「水辺山吹!」

 

 まだ部長に胸ぐらを掴み上げられたままだというのに、嬉しそーな声をあげてる場合か、先輩。あんたは今、冗談抜きで殴り殺されるところだったんですけど? それとも、それすらも望むところだったっていうんすか?

 ……まったく、本当にあんたって人は――

 

「何だ来てくれていたのか、水辺山吹。どうして初めから出て来てくれなかった? 君がいるのなら、押芽朱子と無駄な会話などせずにすんだのに!

 それにしても、ずいぶんと久しぶりだ。実に久しぶりだ。君が私の為に保健室に来てくれるなんて、かれこれどれくらいたつだろう?

 ふふふ……、いや実に嬉しい。君がいてくれるだけで目覚めの不快感が綺麗に払拭されたよ。これはいつも眠りに落ちる前に、『目覚めた先に水辺山吹がいてくれますように』と祈っている甲斐があったな」

「……さいですか」

 

 なんかすごく熱烈なことを言われてるような気がするんだけど、先輩の言葉は意味を把握する前に私のHPをぐんぐん削る。

 部長と話していた時は眠そうで不機嫌だったっていうのに、私に気付いた瞬間目を輝かせないで欲しい。

 

 学園の王子様たるこの先輩にここまで気に入られるってことはたぶん、女子の中で最高の名誉だとはわかってはいるんだけど、やっぱり全然嬉しくない。

 

 つーか、先輩。久しぶりをやたらと連呼してますが、つい四日ほど前に同じように仕事頼みに保健室に来たし、平日は毎日部活で顔合わせてますよ?

 

「……そーよ、山吹よ。あんたの大好きな山吹よ。ほら、これを好きにしていいから、情報を教えなさい!」

 

 先輩を殴り殺すことには諦めてくれたけど、部長は私の意志とか人権とかすべて無視した許可を出して、目安箱に入っていた手紙ごと私をベッドに放り投げた。

 

「わふっ!」

「大丈夫かい? まったく、本当に押芽朱子には困りものだよ。

 昔から短慮で己の激情を全くコントロール出来ていない。高校三年生にもなってこれでは本当に、社会に出た時どうなるかが心配を超えて呆れかえる。

 そろそろ、幼馴染みの縁を切ることを真剣に考えなくてはならないな」

「お気になさらず! そんな縁、とっくの昔に腐り落ちてるから‼」

 

腐れ縁が腐って落ちたのか。すごい表現だ。

 

「おい……。廊下まで聞こえてるぞ、朱子。見てるだけでいいって言っただろう」

 

 いつの間にか帰って来た桜木先輩が、保健室の入り口で困った顔をしていた。よかった……。これで蒼木屋先輩が部長を挑発しても、先輩も止める私も死なずに済む。

 っていうか、先輩。結果はわかってるんだから、頼むから部長を挑発しないでください。

 

「さっさと仕事を終わらせてたいから起こしたのよ! 見るのも嫌だからね!

 山吹! さっさとその変態から情報を引き出しなさい‼」

 

 完全八つ当たりで命令しますけど、私は何を聞けばいいのかすらまだ知らないんですが。

 

「あー、はいはい。で、今日の案件は何なんだよ?」

「えーと、ちょっと待ってください」

 慣れた調子で部長の怒りを流して桜木先輩もベッドの方にやってきたので、ベッドに乗ったまま私は、手紙の内容を音読した。

 

「『剣道部三年の檻口先輩に恋人がいるかどうかを調べてください。もし、いなければ先輩の好みのタイプもお願いします。二年D組、正岡千帆より』……だそーです」

「断る」

 

 さっきまでやたらと饒舌で無駄にベラベラしゃべっていたのとは打って変わって、蒼木屋先輩は一言で却下した。予想してたけどね。

 

「……ダメですか?」

 一応念押しで訊き返すが、先輩は仏頂面で同じ答えを返す。

 

「あぁ、ダメだ。お断りだ。

 水辺山吹、知っていると思うが、私は他力本願な人間が大嫌いだ。嫌悪する。そしてこれは他力本願の見本のような頼み事だ。

 

 恋人がいるかいないかというだけなら、自分一人でどうとでも調べられるだろうが。しかも、恋人がいなければ好みのタイプを教えて欲しいなんて、片腹痛い。

 恋人がいるとわかった時点で諦めるのは潔くて好ましいが、ならばなおさら自分で調べるべきだろう。他人からの報告で恋人がいると知って諦める程度の気持ちで、好みのタイプを知って、何の意味がある?

 正岡千帆とやらが、檻口伊草の好みどおりの人間になる為に努力するとは、到底思えんな」

 

 厳しい。が、正論だ。

 そうだよねー。恋愛は自分で動かなくっちゃ意味ないよねー。協力を頼む相手が友達なら、許容されると思うけど、赤の他人に手紙一枚入れて好きな人の情報をくださいって言うのは、それは確かに甘えだよね。

 

「そのガキが甘えてようが努力しようが振られようがストーカーになろうが、こっちは知ったことじゃないけど、目安箱に入ったからにはうちの仕事なのよ! それこそ、あんたの好き嫌いなんて知ったことじゃない! いいからとっとと檻口って奴の情報を教えろ!

 第一、他力本願が嫌いって、あんたこそ他人の力を借りっぱなしで生きてるくせにかっこつけるな!」

「朱子!! いい加減にしろ!」

 

蒼木屋先輩のストライキを困ったような顔で見ていた桜木先輩が、部長のセリフのどこかでキレた。

 

「……何よ? 何か文句あるの?」

 部長は比較的、桜空先輩に弱いので、ちょっとだけたじろく。でも、引く気は一切ないらしく、気の強そうな眼で睨みつける。

 

「ちょ、部長、落ちついて! 先輩も部長の口が悪いのはいつものことですし……」

「朱子……、お前、言っていいことと悪いことぐらいわかってるだろう? どうしてそんな……」

「やめなさい、桜木桃也。後輩を怯えさせたあげく、フォローされるとは情けない」

 

 桜空先輩の言葉を最後まで言わせず、蒼木屋先輩は凛とした声で止めた。私の歯止めなんて耳に入ってなかったのに、蒼木屋蒼澄の言葉は絶対なのか、桜空先輩は文句も言わず、唇を噛みしめて黙った。

 その様子を、押し黙った本人よりも部長が不満そうに顔を歪めて、蒼木屋先輩を睨みつけるけど、先輩は部長の視線なんか痛くもかゆくもないと言わんばかりの涼やかな顔で、部長に視線さえ向けずに言葉を続けた。

 

「……確かに、私は押芽朱子の言う通り、他人の力を借りなければ生きていけない、脆弱で、迷惑で、非生産的な人間だ。

 だからこそ私は、自分で出来ることは絶対的なまでに人の手を借りたくないと思い、努力を積み重ねる人間を誰よりも敬愛し、棚からボタ餅が落ちてくることだけを期待し続ける人間を何よりも軽蔑する。

 

 押芽朱子。君が開示しろという情報は、ろくに学園生活も送れない私が少しでも学園のことを知りたいと思い、集めた趣味の産物だ。

 コレクションだ。コレクションは人に見せたいと思うものだ。だから、開示することに不満はない。むしろ人助けの為ならば、私はいの一番に持てる限りの力を持って、情報を捧げよう。

 

 しかし、自分ですべき労力を怠って、他人に任せる態度は許しがたい。端正に育てた花を無遠慮に切り取られる気分だ。アルバイトで稼いだ給料をひったくられたら、きっと同じ思いをするのだろう。

 そんな気分に、自分からなれというのか?

 バカバカしい。お断りだ。何と言われようが、私は正岡千帆の為に情報を開示しようとは思わない」

 

 顔は涼しげだけど、声音に不愉快さを明確に滲ませながら、一部の反論も許さない正論を長々と語った。

 そして、一泊の間を置いて先輩の眼が私の方に向いた瞬間、背筋に悪寒が金メダルも夢じゃない全力疾走をしだした。

 

「……しかし、正岡千帆の為にしようと思える行動は何一つとしてないが、可愛い可愛い後輩の為ならば、大切な大切な後輩の頼みごとならば、喜び勇んで何でもしてあげたくなるものだ」

 

 ベッドの上で体育座りになり、膝の上で頬杖を突いて先輩はにっこりと微笑み、そんなことを言い出した。

 

 部長は「さっさとやれ! やらなきゃ殺す!」って目で睨む。

 止めてくれるって言ったはずの桜空先輩に視線を向けても、目で「ごめん、無理」って言いやがる。

 チクショ―! わかってたけどやっぱり四面楚歌だ! 新聞部、私の敵ばっかり!

 

 ベッドの上で先輩と向き合って、私は運命を呪いながらとりあえず、まずはごく普通に頼んでみた。

 

「……えっと、蒼木屋先輩。新聞部の活動に必要なので、檻口先輩の情報をどうか教えてください。お願いします」

 

 ぺこりと下げた頭の上で、盛大な溜息が聞こえた。

 

 

 

 

 

「……水辺山吹、君はものの頼み方をわかっていない。残念だよ。

 私に頼みを乞う時は、『虫にも劣るごみくずの分際で、この私に情報を献上できる事を涙が枯れる程ありがたく思いなさい!』と言ってくれ!」

「誰がそんなキモい事を言うか! この真正ドMの変態王子! いいからさっさと教えろ!」

 

 

 

 

 

 ――――そう。

 これが、新聞部から私以外の新入部員が去って行った原因で、私が気に入られた理由。

 

 

 

 ブルー・ブラッドの王子様は、罵倒が何よりも好きなマゾだった……

 

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