ほとんどの新入部員が去って行った原因は確かに、この人の特殊性癖のせいだけど、王子様の正体がドMの変態だとばれてドン引かれたからではなかったりする。
っていうか、この人がマゾだと知ってるのは、たぶん学園では新聞部の現メンバーのみじゃないかな。
ならば何故、新入生が去って行ったかというと、蒼木屋先輩は罵倒されると悦に入るだけではなく、普通の人とは逆に褒められると気持ちが萎え、優しくされると気分が悪くなる、筋金入りの変態だからだ。
ここに、新入部員のほとんどは先輩目当てという情報を加えれば、予想がつくはずだ。
部員は先輩が来ればキャーキャー騒ぎ、部活の時はずっと先輩を追っかけまわして、部に来なければ保健室に殺到。そして四六時中、先輩格好良い、素敵、大好きと言われ続け、体調を崩せば私が保健室に連れ添う、私が看病するとヌーの大群のように群がってくる。
ごく普通の感性を持っている男なら天国のハーレムだけど、マゾの先輩にとっちゃこれは地獄も同然だった。
初めの方は若干青ざめた顔で苦笑しながら、「私にそういうことを言うのはやめて欲しい」と何度も訴えてはいたんだけど、そんなの普通は懇願じゃなくて謙遜だと思う。後輩たちは「ストイック~」と言ってさらに加熱したのは、言うまでもない。
次第に先輩が新聞部に来る頻度は減っていくが、新聞部に来なければ保健室に行けばいいじゃない! と恋する乙女、または獲物を狙う暴走肉食獣達は考え、哀れ先輩は安息の地を失う。
で、新入部員入部してから約三週間後、ついに先輩はキレた。
私は王子様を精力的に追っかけ回すほどの興味はなかったから知らないけど、何でも保健室のベッドの周りを取り囲む自分のファン達に土気色の顔で見渡し、隈のできた血走った眼で睨みつけ、ドスの利いた低い声で言い放ったらしい。
「……断言しよう。私にとって君たちは迷惑でしかない。悪気のない好意だとわかっていても、もはや何一つとして嬉しくない。全てが完全に不快だ。不愉快だ。
頼むから、私に関わらないでくれ。用があっても、出来る限り私の存在に頼らず、他の者で何とかしてくれ。それが無理ならせめて、桜木桃也を間に挟んで接してくれ。
言っている意味がわかるだろう? 私は今後、いやこの瞬間から絶対的なまでに、君たちとは直接的な関わりを一切合財、持ちたくないんだ」
……ここまで言われたら、はしかのような恋は一気に冷める。本気の恋であったとしても、身を引かざるおえんだろう。
たいていが言われたその日に腹を立ててか、傷ついてか、もしくは素直に反省して退部していった。
「ライバル減った。ラッキー!」と思い、図々しく部員を続ける奴も何人かいたけど、蒼木屋先輩は本当に話しかけられても間に桜空先輩を入れて、直接的な関わりを完全に断った。
結局、ブルー・ブラッド目当ての部員は全て去り、新聞部には私だけが残った。
この王子様に興味を持っていなかったゆえに、残ってしまいましたよ。
* * *
「あぁ……。やはりいいな、水辺山吹の罵倒は。
ついつい演技過多で変に凝った罵倒を望んでしまうが、君のシンプルで本気なところが素晴らしい。これで、足蹴もあれば完璧だ」
長い回想は、うっとりと悦った先輩の声で現実に引き戻されて終了。凄く嫌な終わらせ方だ。
「本当に気持ち悪いな、あんた!」
「ありがとう! もっと言ってくれ‼」
「嫌だって言ってんでしょーが! 礼を言うなー! マジで消え失せろ‼」
喜ぶだけだとわかってはいるんだけど、ついついあまりの気持悪さでさらに罵倒してしまう。
本当にマジでキモい。考えてもみてよ。私はあまり興味を持ってなくて騒がなかったけど、多少は憧れてたよ。私だって、健全な年頃の女の子だもん!
でも、その憧れで美形の先輩が、罵られるたびにもの凄く嬉しそうに悦に入られたら、千年の恋も冷めるどころか凍る。凍って爆散する。
もう、何で私は部活するたびにこんなSM行為を強要されるの!? SかMかでと訊かれたら、少なくともMじゃないけど、S行為に興味なんて一切ないよ!
誰か助けてよ!
「いつまでもいちゃついてないで、さっさと本題に入れ」
「痛い!」
部長が短気を起して、私の頭をバコンと叩いた。
あの、全然まったくこれっぽっちもいちゃついてなんかいません。むしろ、罵っていた私が虐められていました。
「大丈夫かい? ……押芽朱子。人に何かを頼んでおいて、その態度は最低最悪なものかと思うが? 君は、礼儀知らずや恩知らずという言葉の具現化か?」
「うるさい! あんたが初めから協力的なら頼まずにすんでるのよ! この変態社会不適合者!!」
「朱子! 言いすぎだ!」
私の罵詈雑言には、困ったように笑って流していた桜木先輩だけど、部長の発言は許せなかったらしく、眼を釣り上げて注意した。
ベッドの上で二人の口論を私はちょっとハラハラ困りながら、蒼木屋先輩は部長に殴られた私の頭を撫でながら、呆れた顔で観戦。
「……いいんですか? 止めなくて」
「押芽朱子は桜木桃也には比較的素直で弱い。口論以上には発展しないから問題はない。それより、水辺山吹。無駄話をしていたせいで殴られる羽目になって申し訳ない」
ぺこりと丁寧に先輩は頭を下げて言う。
……何でこの人は、私の天敵でありながら、新聞部で唯一かつ最大の味方なんだろうなぁ? ドMでさえ、……本当にマゾでさえなければ!!
「もぉ、いいですよ……。ところで先輩。先輩は部長の罵倒では喜びませんけど、何で私はやたらと気に入ってるんですか?」
何かに色々と諦めつつ、前から疑問だったことを訊いてみた。
この人は私だと何言われても大喜びなのに、何故か一番罵ってくれるはずの部長に何か言われると、普通に怒ったり機嫌が悪くなる。先輩、訳がわかりません。
私には永遠に理解できないであろう疑問を、先輩は少し心外そうな顔をして答えた。
「……水辺山吹、さすがにその発言は喜べないな。素直に傷つく。
私は、君の罵倒が好きだが、罵倒してくれるから君が好きなんじゃない。君が好きだから、罵倒して欲しいんだ。
そんな、誰彼構わずの節操なしのような認識をしているのなら、訂正してくれないか? 私は、好意を向けている相手からの愛のこもった罵倒だからこそ、この上なく喜び、至福に浸れるだと」
「罵倒に愛なんてきしょいものはこめてません。節操があるのならその性癖をどうにかするか死んでください。選ばれし至高のドM貴族」
先輩のセリフの中の「罵倒」を、「笑顔」あたりに変えたら、まさに少女漫画の名セリフになりそうなのに、本当にこの人の性癖はすべての美点を台無しにするな。
「私の忌まわしい『
気持ちいいって言っちゃった! っていうか「ブルー・ブラッド」ってあんたにとっては忌まわしいの!? どんだけ真正の変態なんですか!?
「そこまで言ってくれるのならば、私の方も礼を尽くさねばならないな」
いつもは青白い顔色をほんのり紅潮させて、すげー満足そうな顔で先輩はようやく桜空先輩が持って来た鞄に手を伸ばした。
あ、ちなみに桜木先輩はまだ、拗ねてむくれてる部長の説教をしてます。
鞄から出てきたのは、A4サイズのリングバインダー。バインダーには「三年A~D組」とラベリングされており、限界までルーズリーフが詰まっている。
これこそ、存在を知る者は生徒はおろか教師陣さえも恐れると評判の、ブルー先輩秘密情報ファイル。何故、今時バインダーで整理してるかというと、それはただこの人が百年前の人間か? というぐらいに機械オンチだから。
本人も言っていたけど、満足に学校生活を送れない先輩が少しでも学校のことを知りたいという可愛らしい好奇心だったものが変な方向に曲がっていき、結果、プライバシーという概念をブチ壊して、生徒や教師の簡単なプロフィールはもちろん、住所、電話番号、メアド、個人サイトやブログ、家族構成、好みのタイプ、恋愛経験、成績、志望校、誰を嫌っているか、誰をひいきしているかまで事細かくこの分厚いバインダーには詰まっているらしい……。
怖っ!
誇張があったとしても、このファイルの存在も、そこまで調べ上げたこの王子様も怖い!!
幸いなことに先輩は、本当に知ったらそれで満足しているので、得た情報は悪用どころか今日みたいな可愛らしい頼まれごとでも、めったに開示しないのが救い。
先輩は重そうなファイルを膝に乗せて、ペラペラ捲っていく。
「あぁ、あったよ。三年B組、出席番号五番、
成績は平均順位十六位の優等生。すでにスポーツ推薦で進学先が決まっているも同然らしいな。恋人は現在過去含めてなし。好みのタイプは、可愛らしいく、何事にも一生懸命に頑張る人」
「ほうほう。変態という最大の欠点がある先輩よりも、ずっと少女漫画の王子様ポジションな人ですね」
「そんなに褒めないでくれ。照れてしまう」
「一言たりともあんたを褒めた覚えはありません」
先輩とアホなやり取りをしていたら、部長が何かに気づいたように声を上げた。
「……ちょっと待って、今、三年B組って言った?」
「? 言いましたよ。それがどうか……ってそういや部長が三年B組でしたね。ってことは、檻口先輩って知り合いですか?」
だとしたらずいぶん遅い反応だなと思っていたら、顔に出てたのか部長に頬をつねられた。
「いだだだだだっっ!!」
「悪かったわね? クラスメイトの名前もろくに覚えていない、友達のいない部長で!」
「朱子、やめんか! 水辺ちゃんは一言もそんなこと言ってねーだろうが!」
「……実際、すぐに気付きたまえ。割と珍しい名前なのだから」
桜木先輩に止められて、呆れたような眼で自分を見る蒼木屋先輩を睨みつけながら、部長は言い訳を叫ぶ。
「しょうがないでしょ! ただでさえクラスが一緒なだけで親しくない相手なのに、この手紙の内容であいつと結び付けられるか!」
「まぁ、確かに。気持ちはわかる」
「そうだな。俺も名前聞いた時、『あれっ?』って思ったしな」
……? 珍しく蒼木屋先輩が部長に同調してるけど、何で納得してるのかがわからない。っていうか桜木先輩、もの凄く遠い眼してどこ見てんの?
どういうこと? もしかして、私は檻口先輩とやらを爽やかなスポーツ好青年だと思ってるけど、実際は凄く性格が悪いとか、顔の作りが残念だとか、そういう意味?
考えてもらちが明かないので尋ねようとしたら、部長に先手を取られた。
「つーか、それなら正岡だっけ? 無理じゃない! 勝率ゼロじゃない! 初めに言っときなさいよ!」
はい?
「そうだよな~。可哀想だけど、この子には無理だからあきらめろって説得するか」
え? ちょっ、どういうこと?
何で部長と桜木先輩は、そんなにも簡単に諦めて、あり合えないって語るんですか?
正岡さんとやらは確かに、本来自分ですべき努力を怠って、他力本願なことをした人ですけど、……もしかしたら努力を怠ったんじゃなくて、どうしても勇気が出なかったのかもしれないのに。
恋人がいないとわかれば、チャンスがあるとわかれば、その人の好みのタイプになる努力を、告白する勇気を持てるのかもしれないのに。
――どうして、他人であるあなた方が、簡単に他人の「
「……押芽朱子。桜木桃也。それは偏見に満ちた余計なお世話だ。勝手に正岡千帆の可能性を否定してやるな」
私の心を代弁するように、蒼木屋先輩は静かに言った。
けれど、部長はわがままな糞ガキを見るような眼で、桜空先輩は困ったような曖昧な笑みを浮かべて、蒼木屋先輩に言った。
間違いを諭すように。
お前は愚かだと、言い聞かせるように。
* * *
「はぁ? 可能性が一割以下のものなんてゼロとカウントするべきでしょうが。あたしが偏見なら、あんたは無責任よ!」
「……蒼澄。確かにお前の言う通り、余計なお世話だと思うよ。……でも、朱子の言う通りだよ。失敗の可能性が高くて、しかも失敗したらこれは相当ダメージを食らう。止めておくのが優しさだよ」
「いい加減にしてください!!」
叫んだ。
自分でもびっくりするくらい、訳もわからず突然叫んでしまった。
蒼木屋先輩や桜空先輩、部長までもがポッカーンとして、私を見てる。訳のわからない変なものを見る視線が、ごくごく普通で小市民な私にはかなり恥ずかしくて辛い。
「……どうして、あり得ない扱いするんですか?」
でも、言葉が溢れだす。
「どうして、幸せの可能性を諦めさせることが、優しさなんですか!?」
心の奥から湧き上がる、私のものかもわからない言葉が溢れて止まらない。
「そんなの優しさじゃない! 1%の可能性はゼロじゃない! 同じなんかじゃない! 成功する可能性があるのなら、応援してあげるべきでしょう!?
可能性が低いから諦めるのは、ただ面倒くさいだけだ! そっちの方が、無責任です‼」
私の自分でも青臭いと思える言葉に、部長は馬鹿を見るような、桜空先輩は困り果てたような眼をする。
わかってたよ。こんな青春ドラマみたいなこと言っても、ドラマみたいに賛同してくれる人なんて、普通いないって。
凄いわがままで乱暴で短気だけど、時代錯誤な主従関係に捕われている人だけど、「変人クラブ」とか言われてる要因の人たちだけど、部長も桜木先輩も、感性は普通の一般人だ。
この反応は、普通だ。
けれどここには、普通じゃない人がいる。
蒼木屋先輩はただ一人、優しく微笑んでいた。
悔しいことに、天敵なのに、私は普通で向こうは一番の変人なのに、……この人はどうしようもなく、私にとって嬉しい味方だ。