「言いません。
部長たちと同じように、可能性なんてゼロに等しいと思っても、あきらめた方がいいんじゃないかと、不安になっても、諦めろとは言えません。
せめて、告白が出来るように、告白をさせてあげたいと思う。せめて、自分の気持ちを誤解させず、伝えさせてあげたいと思います。正岡先輩がどんな人かを知ったのなら、なおさらに」
初め、蒼木屋先輩は正岡先輩を他力本願だと言った。私も、そう思った。
実際、他力本願だったと思う。
けれど、調べたら檻口先輩というのは女性であることはすぐにわかる。部長なんて同じクラスだったのだから、本来なら調べる必要もなかった。
それでも、目安箱に入れた。新聞部に、依頼した。
ろくに調べてももらえず、偏見に満ち溢れた目で見られ、尾ひれの付いた噂を流される可能性くらい、思いつかないわけがない。
それは、自分で調べるよりも恐れることだったはず。
それでも、あの人は期待した。
自分じゃ調べてもわからないこと、気付けないことに、私たちが気付いてくれるかもしれない。
自分の恋慕が、叶うかもしれないという淡く、残酷なくらい小さな可能性に、希望に縋って、あの人は目安箱に望みを託した。
……いや、そんな前向きなものじゃなかったかもしれない。
むしろ、第三者である私たちに、「諦めろ」と言われることを、期待していた可能性の方が高い。
けれど、それだって結局は、期待の裏返し。赤の他人に「諦めろ」と言って後押ししてもらえないと、諦めきれなかった未練。縋ってしまう希望。
何にしても、あの目安箱に入っていた手紙は、勇気だ。
振り絞った勇気と、諦めきれなかった気持ちを、希望を、簡単に諦めろなんて言っていいわけがない。
せめて、檻口先輩がどんな人か、そういうマイノリティな恋愛対象の人に偏見がある人なのかどうかを調べるくらい、ちゃんと調べるべきだ。
もしも、偏見があるのならその偏見をぶち壊したい。
正岡先輩と付き合えなんて、強制するつもりはない。そんなの同性異性関係なく、最低な押し付けだから。
正岡先輩自身に何の不満もなくて、けど同性という一点がどうしても受け入れられないのなら、仕方がないこと。私だって、あの人はいい人だって知っても、告白されたら、悪いが絶対に無理だって言っちゃう。
けど、気持ち悪いとは思わない。思いたくない。
告白が受け入れられなくても、せめて部活の先輩後輩という仲が、壊れないで欲しいと望む。失恋という、きっと誰もが経験する痛み以外の痛みなどいらない。
それ以外の傷を負わないように守りたい。
そう、思った。
* * *
「……私は、初めから彼女たちの恋愛対象が同性だと知っていた。だから、可能性を否定するなと簡単に言えた」
一度、先輩は頭上を仰ぎ見てから、答えた。
卑怯な私の問いを、今更。
「水辺山吹。君は、今日のことを後悔しているのかもしれない。結果として良い方向に向かったが、その結果を出したのは私であり、自分ではないと思っているのかもしれないが、それは違う。
言っただろう? 私は、正岡千帆の為にしてやろうと思えることは、何もない。しかし、可愛くて大切で愛しい後輩の為なら、何でもしてやりたい。……あんなにも、一生懸命に誰かのハッピーエンドを望むような子ならば、なおさらだ。
だから、今日のこの結末、彼女たちの幸せは、誰が何と言おうとも、君のおかげだ。君が、可能性を否定せず、ただ純粋に応援したからこそ起きた奇跡だ。
もしも、君が檻口伊草の性別を知ってから行動していたのなら、彼女たちが結ばれることはあっても、ああやって祝福はされなかったはずだ。何も悪いことなどしていないのに、ただ愛しただけなのに、二人は隠れて、傷つきながら、本来得られて当たり前の幸福を取りこぼし、傷ばかりが多い恋路を歩んだだろう。
もちろん、彼女たちを祝福していた部員たちが皆、本心から祝っていたのかなんてわからない。内心は嘲っているのかもしれない、障害の多い恋を応援する自分に酔っているだけかもしれない。
けれど、今日、恋しくて愛おしい相手と思いを通じ、そして祝福された。そこにわざわざ、隠された悪意や悲劇の種を見つける必要はない。ただ、与えられた幸せを噛みしめて、大切な宝物にすればいい」
そこまで言って、先輩も私の元に歩み寄る。
若干危なっかしい足取りで、桜空先輩はもちろん、思わず私も駆け寄って支えなくっちゃって思ったけど、危なっかしくても、それでも自分で歩くその姿を見ると、踏み出したこちらの足が止まる。
この人は、一人では生きていけないけど、十分に、誰よりも強い人だ。こんなに強い人に、手を貸そうとか考える方が身の程知らずだ。
先輩は、私の頬に手を伸ばす。
青白い顔。青い血。そこから連想されるよりもずっと、温かくて柔らかな手。
「だから、誇っておくれ。水辺山吹。君は正しい。君がいたからこそ、幸せになれた者がいると。
そうでないと、私も自分を誇れない。君の力になれたことを。君が、好きだということを」
さらりと、誤解のしようがない言葉を落とされる。
いや、この人に「好き」と言われたことは初めてじゃない。何度も何度も伝えられている。
けれど、あんな普段の美形だとか学園の王子様とかそういう要素がすべて裏目に出る変態全開の時に言われるのと今では、破壊力が桁違いだ。
今はまさしく、学園どころか本物の王子様だ。
助けて欲しいときに助けに来てくれる、王子様。
ただ、私は残念ながら可愛いお姫様にはなれなかった。
「な、何言ってんですか!? そんなの、全然自慢になることじゃないでしょ!
自慢どころかそんなの自嘲みたいなもんですよ!」
真っ赤になって先輩の言葉をごまかし、否定する。そんな反応しかできない。
先輩は、私がいたからこそ自分は協力したって言うけど、それは私だって同じだ。
先輩が私の味方になってくれたからこそ、私は部長にケンカを売るような真似が出来たんだ。
桜木先輩が謝って、部長が私を肯定してくれたのは、この人のおかげだ。
……部活は面倒くさい。顧問の先生は無責任だし、先輩たちは乱暴だったり、卑怯だったり、嫌な思いをいつもして、すごく疲れる。
それでも、毎日部室に向かうのは、いまだ退部届を叩きつけてないのは、無駄で無意味な私の意地だけじゃない。
それは、とても小さくてか弱い、意識しないと気付けないようなしがらみ。
気付いてしまうのが、とても癪に障る理由。
私を、平凡で、面倒くさがりで、貶す部分はいっぱいあっても褒められるようなところはほとんどなくて、人ごみに紛れて混ざって消えるような、どこにでもいるような凡人である私を、評価してくれるこの人がいるから。
だから、辞められない。
辞めたくないと、思ってしまう。
* * *
紅い顔のまま先輩の言葉を思いっきり自虐的に否定するけど、先輩は真っ直ぐに私を見て、私の両手を掴んで言い切った。
「そんなことはない。むしろ、君が私なんかに好かれても自慢になんかならないと言ってくれ!
私のような下劣な愚図に纏わりつかれて最悪だとか、何故この男は自分の許可もなく生きているのだろうとか、もっと思う存分私を罵って痛めつけて蔑んでくれ!!」
「やっぱりそこに行きつくんかぁぁーっ!!」
しんみりとした私が本気でバカだった!!
やっぱりこいつは王子様じゃなくて変態だ! 変態と言う名の紳士を極めた、変態王子だ!
私がうっかり変態王子と口走ると、やっぱり顔を赤らめて悦に入るし! 何で私が罵るたびに、顔色がどんどん良くなるんだよ!
「あぁ、やっぱり水辺ちゃんはすげえな。蒼澄があんなにしゃべっても、まだこんなに元気だなんて……」
悦る先輩に引いてんのかと思ってた桜木先輩が、感動したようにそんなことを口走る。
あんたも喜ぶなぁぁーっ!
腕白でもいいからたくましく育ってほしいとでも思ってんだろうけど、せめて人間として正しい方向で腕白になって欲しいと願え! 着実に変態の道に突き進む親友兼主人に感動すな!
「あぁ、もう! 目を輝かすな! 顔色良くなるな! 喘息の発作を止めるな! 回復すなーっ! 病弱なのかどMなのかどっちか片方にしろーっ!!」
「出来るのものなら間違いなく病弱をやめているさ! 健康なら、それこそ言葉攻めだけではなく肉体的な、たとえば足蹴も縛りも……」
「それ以上語んなぁぁぁっ‼」
あぁ! やっぱりこいつは敵だ! 天敵だ! 怨敵だ!
絶対絶対絶対に、新聞部なんてやめてや!!