こちらパガン島鎮守府、本日は晴天なり   作:荒城乃月

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SAVIOR
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 俺が見たあれは、一体何だったのか。

 平凡な大学生な俺は安穏とした日々を過ごしており、その日も特に何事も無くベッドに入って眠りに落ちたはずだった。

 だが突然、夢すら見ない深い眠りの底から、まるでスイッチが切り替わるかのように意識が引きずり出された。

 

 最初に感じたのは浮遊感。

 

 目を開けてみれば辺りは仄暗い闇に包まれており、俺は無限に広がる闇の中に浮かぶ一切れの葦だった。

 まどろみ、とでも言えばいいのか。生暖かい闇の中、これは夢なのか現実なのかと考える。

 現実? と一瞬考え、失笑が漏れた。

 明晰夢以外の何物でもないだろう、と笑っていたが、夢は覚めず闇が晴れる。

 

 突然、パッ、と彼方で光った点のような光明が、膨れ上がるように輝きを増した。

 あまりの眩しさに思わず目を閉じ、次に明けた時には辺りに広がっていたのは広大な銀河だった。

 星のような輝きは渚の砂粒のように小さく、そしてまた渚の砂粒のように無数。

 流れる光砂は俺の体をニュートリノのようにすり抜け、回る万華鏡のように同じ姿を一度としてとらない。

 

 ――いや、流れているのでは無い。

 

 規則性を持って動く光砂の奔流は一点を中心にして渦巻いているようだった。

 まるで台風。上も下も分からないほど広大な空間を天地貫く、光の台風だ。

 そして光に視界を覆われているが、よくよく目を凝らせば台風の目には何か巨大なものが存在するということが理解できた。

 人型のようにも見え、ただの円柱のようにも見えるそれの正体を探ろうと、じっ、と観察していると、それが不意に動いた。

 おそらく目が合ったのだろう。

 急激な重圧に息が詰まり、押し潰されそうになり、俺は無様に崩れ落ちた。

 大気が重さを持ったような、重力が何倍にも跳ね上がったような、そんな根本的な部分から潰される様な重圧だった。

 しかし、感じられたのは何故か歓喜だった。

 俺を見て、それは確かに喜んでいた。何が好かったのか、何に興味を持たれたのか。そんな事も分からないまま、俺は足掻く力を使い尽くし意識を落とし――

 

 

 

 

 

「こうして私の前に立っているって訳?」

 

 裸電球のみが照明という薄暗い部屋の中、俺と相対するのはタイトなボディコンスタイルの服に身を包んで白衣を羽織り、モノクルをかけたとびきりの美人。

 相対する俺は顔を引きつらせて、ハハハ、と乾いた笑いをあげた。

 

 どうしてこうなった!

 自問しても答えなど出ない。何でこんな事になっているのかすら、俺には理解できないのだから。

 

 そも、目の前の美人さん、人間では無い。

 茶色で巻き毛なセミロングの髪と、三角形の髪留め。オレンジのハイネックのセーターに黒のミニタイトスカート。茶色のハイソックスと黒いパンプス。

 ――何より特徴的な白衣と片眼鏡。

 知っているならば見間違える筈も無い。

 

「少なくとも俺程度が貴女を嵌められるとは思って無いさ……大戦艦ヒュウガ」

 

 そう。

 蒼き鋼のアルペジオの主要キャラクターの一人。元東洋方面第2巡航艦隊旗艦、現蒼き艦隊メカニック兼イ401サブ演算装置である大戦艦ヒュウガのメンタルモデルが俺の目の前にいた。

 

 ちなみにメンタルモデルとは、掌に乗るくらいの中枢ユニットユニオンコアを中心に万能金属ナノマテリアルで形成された人間を模した存在である。詳しい説明は端折るが人類が見たことも無いようなレベルのスパコンのような演算能力とターミネーターも裸足で逃げ出す怪力、攻撃の運動エネルギーを閉じ込め無効化するバリアであるクラインフィールドを持ち、可憐な女性の姿のまま特殊部隊を戦車ごと蹴散らすトンデモだ。

 で、それが俺の目の前にいて、油断無く睨め付けて来てる訳だ。

 

 容姿が似てるだけで普通の人間の可能性? 少なくとも人間は、デモンストレーションよ、くらいの気楽さで鉄製の壁を殴って陥没させたりしない。

 そんな不機嫌そうな人型重機が「いきなり私の目の前に現れたあなたは何者なのかしら?」とか聞いてきたら、そりゃあ全部ゲロっちまうしか無いだろう。

 

「ふーん……。私が霧の艦隊の大戦艦だってことまで知っているんだ?」

「蒼き艦隊だよな?」

 

 確かヒュウガがメンタルモデルを構築したのは、イ401に敗北して彼女たちの仲間になってからのはずだ。

 

「そこまで知ってるの。だから最初から全面降伏していたわけね?」

 

 流し目でこっちを見る。

 

「人間、突風くらいなら立ち向かえるけど、竜巻は無理って事だよ」

 

 両手を上げてまさしく降参だ、と言えば、彼女はクスリと笑みを零した。

 

「いいでしょう。先程の話の真偽はさておき、とりあえずはあなたを攻撃しないでおきましょう。その代わり……」

「その代わり?」

 

 彼女は壁にめり込んでいた拳を引き抜き、

 

「色々と話を聞かせてもらうわね? 例えば……どう見ても一般人にしか見えないあなたが、何でメンタルモデルの存在を知っているのか、とか」

「と言ってもなぁ……。君たちの活躍が映像作品になってるって言われて信じるか?」

「ハッ」

 

 鼻で笑われた。さもあらん。

 

「俺が君たちについて知りえている事のソースは、つまりその作品なんだがな。俺が読んでいるのはコンゴウとの戦闘中、君がヒエイと刺し違えたところまでだ」

 

 無言のまま睨まれる。警戒レベルが上がったらしい。

 

「俺としては隠し事は無しにして行きたいと思ってる。君に疑われようとも、俺の知る情報はオープンにするつもりだ」

 

 下手に隠し事をした場合、それがバレたらヒュウガにどうされるか分かったもんじゃないっていう切実な事情もある。

 

「……そうね。今のところは信用しておいてあげましょう」

「いきなりこんな事言われて信用しろってのが無茶なのは分かってるんだけどなあ。虫ケラみたいに手足をもがれようが、豚のようにハラワタを引きずり出されようが、これ以外答えようが無いんだよなあ」

「しないわよ、そんなこと!?」

「コンゴウかイセあたりなら、割と平気でやりそうな気もするが。……ああ、ヒュウガが絡んだ時のイセとか本気でやりそうだな……」

 

 気のせいか、彼女のゴロンという鈴の音が聞こえた気がして、二人ともヤンデレシスコンの恐怖に震え上がった。

 

「……イセのことまで知ってるとなると、少なくとも人類にほぼ知られていない霧のメンタルモデルについて知識があることは認めないとダメね」

 

 思ったよりダメージを受けたのか、ヒュウガの声に元気が無い。そんなにイセが苦手なのか……あまりつついて蛇を出すのもバカらしい。話題変えよう。

 

「……ところで、ここはどこなんだ?」

「さあ?」

「さあって……。ここ硫黄島基地じゃないのか?」

 

 彼女だけ単独でいるから蒼き艦隊が拠点にしている硫黄島基地だと思っていたけど、違うのか?

 

「メンタルモデルって量子通信できたよな? ネットワークに繋げて位置情報取得とかできないのか?」

 

 霧の艦隊製の艦はコア同士が量子通信で繋がっていて、各艦が得たデータをデータベースに蓄えた上でリアルタイムに分散処理している。作中の様子を見る限り量子通信は距離や天候の影響を極めて受け辛く、おそらく地球の裏側相手でも問題なく届くのだろう。

 

「…………」

 

 それに対するヒュウガの回答は沈黙だった。

 繋がらないのか。繋がらないのか! マジかよ!

 

「え、それじゃGPSは? ……それもダメ? マジで!?」

「何よ、その口調? 気付いてからずっと接続を試しているけど、エラーしか返ってこないわ」

「うーむ……。ヒュウガ。君はいつからこの施設にいるんだ?」

「私も気付いたらここにいたのよ。あなたが現れる、ほんの5分前にね」

「と言うことは、ここがどこかもまだ不明ってことだよな?」

「そういうこと。探索に行こうとした矢先にあなたが現れてね」

 

 警戒して当然なタイミングだったのか。有無を言わせず無力化されなくてよかった……。

 安堵に胸を撫で下ろす。ヒュウガが苦笑した。

 

「大げさじゃないかしら?」

「あー……。すまない。悲観的なのはクセなんだ。気をつける」

 

 軟弱とか弱腰とか慎重すぎるとか周りに言われる事、多かったからなあ。

 

「……ネットワークに繋がらない原因なんだが」

「随分急に話題を戻すのね」

「このままだと俺がネガティブスパイラルに入りそうだから、気分を変えるためにもな。で、原因だが、ヒュウガがネットワークから遮断されたというのは考え難い」

「何故そう言い切れるのかしら?」

「詳細は明らかじゃないんだが、イ401がネットワークを統括しているからだ」

「イオナ姉さまが?」

 

 何言ってんだコイツという顔をされた。

 

「真偽は置いといてくれ。少なくとも俺が見た作品だと、そう言われていた。

 彼女がヒュウガをネットワークから遮断する理由は存在しないだろう? 最近は変態行為も慎んでいるようだし」

「それも知ってるのね……」

 

 見知らぬ人間に過去の暗部を暴かれたダメージでヒュウガが頭を抱えたが、気にせず続けることにする。

 

「で、量子通信のスペック上、通信障害というのも考え難いだろう? ここがどこだか分からないけど、通信範囲の空白地帯とか霧が作るとは思えないんだが……それで繋がらないとすると、何がある?」

 

 俺の問いに、ヒュウガがしぶしぶ、といった感じで答える。

 

「……霧の艦隊が存在しない、ね」

「ただ、霧が根絶やしにされたってのは考え難いだろ?」

「それは当然。霧は人類とは比較にならない技術を持っているし、何よりイオナ姉さまと千早群像がいる以上は、そんな事は起こらないわ」

 

 蒼き鋼のアルペジオの主人公である千早群像は、霧と人類の共存を真剣に考えている一人だ。仲間への絶対の自信を込め、笑みさえ浮かべてヒュウガは断言した。

 

「なら、GPSが使えない理由は?」

「ジャミング……は、されたらすぐに分かるわね。となると、GPS衛星が存在しない、という事かしら……」

 

 そうなるよな。

 

「俺と君がここで出会ってる時点で時間も世界も超えてるから、今更驚くことでも無いのかも知れないが……」

「衛星が無いって、今は西暦何年なのかしら?」

「最初にGPS衛星が打ち上げられたのって、いつだっけか? 2000年より前には存在してたって聞いた事はあるんだが」

「データが残ってるわね。西暦1978年に運用が開始されたみたいよ」

 

 1978年以前かよ。白黒テレビが現役だった時代か?

 

「後はこの世界が何なのか、だな……」

「どういう意味かしら?」

「俺の世界の過去なのか、君の世界の過去なのか、そのどちらでも無いのか、だ」

 

 ヒュウガが天を仰いだ。

 

「私は二番目を支持するわ……」

「俺は一番目だといいなあ……」





本日は晴天なり:無線用語。テスト


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