海域から帰還した艦隊を風呂に叩き込み、俺とヒュウガは応接間で麦茶を片手にミーティング。
「……という訳で訓練の結果、改善すべき部分が見付かったのだが……」
「私に作れってことでしょ。ま、仕方ないわよね?」
余裕そうに肩を竦めるヒュウガがマジで頼もしい。
「ソナーは余裕よ。音源が近いなら、音源から離したソナーを用意すればいいじゃない。曳航ソナーなんてすぐ作れるわ」
「ああ、なるほど。背中の艤装からケーブルで繋いだソナーを曳航すればいいのか」
「ついでに吊り下げ式ソナーも作っておくわ。変温層の下まで沈められるヤツ」
蒼の艦隊の唯一にして最大の戦力は潜水艦イ401である。そして今は蒼の艦隊に所属しているヒュウガはかつて敵としてイ401と戦い敗れた経験もある。よって、この艦隊の誰よりも敵にまわした潜水艦の恐ろしさを知っている。潜水艦対策は万全にしたいらしい。
だからと言って、
「後は爆雷を全部撤去してヘッジホッグにしましょう」
そこまでするとは思わなんだ。
ちなみにヘッジホッグとは二次大戦中に開発された『目標に接触するか付近で爆発があると連鎖爆発する小型榴弾』を投網のようにバラ撒く対潜兵器で、当たれば爆発当たらなければノー爆発で命中の判別が容易、投射するので艦首にも積める、爆発深度を設定する必要が無い、榴弾一発一発の爆発規模が小さいのでソナーと併用できる、という英国面が巻き起こした奇跡の兵器の一つである。
「ただ、対空の接近信管はねえ。量産するのはしばらくかかるわね」
「技術的な問題が?」
「妖精が再現できない技術って、量産に向かないのよ。だから彼らに理解できて、なおかつ実戦に出して結果を出せるレベルまでデチューンするか、イノベーションを起こして彼らの知る技術で再現できるレベルになるよう目指すかしないと……」
大変だな……。と言うか、妖精って当時の日本の工業力の化身みたいなものなのか。だから技術体系が違うものは整備や開発が厳しいのか。
「朝言ってた『妖精が頭から煙吹いてる』って、つまりはそういうことか?」
試したな? 霧の技術を教え込めるか試したんだな?
俺のジト目に気付いたヒュウガは視線を明後日の方向に逸らした。
「尊い犠牲だったわ……」
さいですか。
「と言うか、ワンオフ物じゃなくて大量に量産しないといけないものは妖精に頼まないとダメなのか?」
砲弾とか魚雷とか。
「そういうこと。ヘッジホッグの榴弾なんかは簡単に作れそうなんだけどね」
はあ、と二人してため息をつく。
航空機の存在は艦艇にとって脅威以外の何者でもない。対空ミサイルやレーザー機銃で武装して防御もクラインフィールドで万全な霧なら大量の航空機を撃ち払うのも容易いんだろうけど、艦娘は太平洋戦争の艦艇がベースだ。大和、武蔵の最後を上げるまでもなく、航空機は艦艇の天敵そのものと言っていい。
「とりあえずは接近信管の量産を目指しつつ、艦娘たちは艦隊運動も含んだ対空戦闘を中心とした訓練ってところか」
「私はその間に、実戦練習になりそうな弱い敵艦隊を見繕っておくわ」
とは言え。
「まず必要なのは後ろ盾だな……。当面の戦闘は敵戦力の把握だからいいにしても、戦略目標を定めず演習気分で戦うのは資材の無駄に近い」
「後ろ盾ねえ……」
「後ろ盾になってくれそうな国ないし組織の付近の深海棲艦をこっそり掃討して、それが話題になって来たあたりで対象に接触。その後はこちらの戦力や技術を提供するのと引き換えに、対象に俺たちの後ろ盾になってもらうのが理想だ」
「そう都合よく行くかしら?」
理想を言う俺に対して小ばかにしたような笑みを向けるヒュウガだが、
「都合よく行かすのも視野に入れている」
という俺の言葉を聞いて真顔になった。
「あなた……」
「それが提督とやらになった俺の責任ってヤツだろ。俺は自分が餓死するつもりも無いし、艦娘たちを餓死させるつもりも無い」
押し付けられた責任だとしても、彼女たちを建造という形で呼び出したのは俺だ。なら、俺は責任を果たす義務がある。
「そのために大勢の無関係な人間が死ぬ事になっても?」
「無駄な犠牲は出さない」
必要な犠牲は出す。
ヒュウガは目を瞑り嘆息した。
「艦娘たちと出会って一晩でそれ?」
「天秤に載せるのは砂時計じゃなくて、彼女たちからの信頼なんだよ」
『今のところ俺が感じた限り』という但し書きは付くが、彼女たちは人間と比べて圧倒的な力を持っているにも関わらず、何もできない俺に対して子が親を慕うかのように無垢な信頼を向けて来ている。
つまり、一人では何一つ状況を好転させられないだろう俺は、現在進行形で彼女たちの好意によって命を明日に繋がせて貰っているに等しい。
そんな俺が彼女たちに返せる事は、提督……と言うか一つの組織を指揮する指令官として、全霊で俺たちの状況を好転させるための策を練り、実行する事くらいだろう。
「……あなた、生まれて来た時代を間違えてるわよ」
失礼な。
「ちなみにヒュウガがオススメする接触する組織はあるか? 俺はオーストラリアとニュージーランドを考えているんだけど」
「どうしてその二国なのかしら?」
「地理的にこの島に近くいざという時に逃げ込めて、資源国家で、島国で頼れる国が近くに無く、おそらく強力な艦娘がいないから制海権の維持が困難か不可能っていう理由。後、日本から割と遠い」
フィリピンやインドネシア、タイ、南アフリカにマダガスカルあたりも候補ではある。
「つまり、自分たちを高く売りつける事が可能で、その見返りに資源が確実に手に入る国、というのが前提なのね」
「それに色々とオプションを付けると、あの二国かな、と」
特にオーストラリアは鉄もアルミも石油も出る。ついでにウランも出る。人類に必要な資源の大半は一国で賄える。その代わり真水に苦労するけど。
加えて二次大戦時には大した海軍兵力を持っていない。確か米英と共同作戦を取ってたと思うのだが、記憶に残るような事が何も無いという。アイアンボトムサウンドで重巡だか軽巡だかが一隻沈んだくらいしか知らないぞ、俺。
ただ、米英と共同作戦を取っていたと言う事は米英に縁があるということで、米英の艦娘をオーストラリアが呼び出している可能性もある。そうなると売り込む俺たちの価値が低下するので、場合によってはニュージーランドに売り込むという事になるかも知れない。
「いいでしょう。とりあえずはオーストラリアの状況を探ってみましょう」
俺の考えはヒュウガの眼鏡に適ったようだ。
「情報を探る手段は極力隠密に。霧の技術を活かして、ハッキングや盗聴をドローンやロボットで行う。そんなのでよかったかしら?」
「それで頼む。軍関係だけじゃなく民間のニュースや政府の発表、特に統計なんかも分析できるか?」
データだけじゃなく民意も知っておいたほうがいい。国民があまりに過激なことを言っていると政府がそれに引きずられかねない。
「片手間になるけどやっておくわ。ただ、一瞬で情報を抜いて終わり、という訳にはいかないから、多少時間は貰うわよ」
「その間に俺は提督として艦隊指揮の勉強をしておくさ。ついでに艦娘とのコミュニケーションも取らないとな」
何が出来るのかとか、どんな戦い方が好きなのかとか、何が好きなのかとか。パーソナリティーを把握しとかないと、受けた艦娘が反発する指示とかを出しそうで怖い。
「相変わらず無駄に慎重なのね……」
呆れられた。解せぬ。思わず憮然とした表情をしてしまう。
それを見たヒュウガがクスッと笑いを零したタイミングで、扉がノックされた。
「提督ー。入渠終わったぞ」
「ああ。入ってくれ」
湯上りで頬やうなじが薄っすら桃色に色づいた摩耶たち6人が部屋に入って来た。思い切り動いた後に風呂に入って超サッパリ! といった雰囲気が表情からダダ漏れしている。
艦娘生活満喫中といった様子で、思わず見ている俺まで嬉しくなって来た。
彼女たちに空いている椅子を勧めると、あらかじめヒュウガに記録して貰っていた訓練のデータをそれぞれの前に投影されたディスプレイに表示させる。
それぞれの対水上、対空の命中率、対潜索敵から敵潜水艦撃沈までの所要時間、一目で分かる時間経過と艦隊運動、戦闘速度と燃料の減り具合と言った様々なデータが互いに関連付けられて、グラフなども多用されて見やすく表示されていた。
すげーなヒュウガ。頼んでおいて何だけど、ここまでキッチリとデータ纏めるとは思わなんだ。
「これは……見やすいですね。ヒュウガさん、凄いです」
データを眺めながら白雪が呟く。君、兵器関係とかデータ関係とかになると発言増えるね?
「あたし的には、対水上砲撃は過剰に訓練する必要は無いと思います。それより対空が気になります」
「そうだな。対空の命中が目に見えて低い」
やはり艦娘たちも気になっているようだ。
「時限信管の限界ってヤツだな。その対策として、接近信管の量産を視野に入れてヒュウガと相談していたところだ」
「……接近信管が量産できるのか」
摩耶が感慨深げに呟いた。防空巡洋艦として改装された摩耶は、特に対空の重要さが理解できている。
「量産できるかどうかは妖精次第。とは言え、今の命中精度でも二次大戦の時の命中率と比べると頭おかしいレベルなんだがな」
フェイズドアレイレーダーで正確な敵機の動きと飛行高度のリアルタイムデータが得れるのもあって、時限信管にセットする起爆タイミングは最も効率のいいものが常に選択されている状態だ。しかし起爆タイミングは機械式タイマーで設定されており、機械式である以上は結構な誤差がある。弾は一秒間に700mとか進むのに起爆タイミングに僅かでも誤差があると、爆発半径に敵機を収めるのは非常に困難になるのは言うまでも無い。
それでも敵機の正確なデータがあり各砲台の統制が取れれば、爆発が連続する面を敵機の進路上に構成する事ができる。対空射撃の有効打が訓練後半になるにつれ増えていったのは、個別に対空射撃をしていた各艦の砲台を摩耶の指示の元で連動させ、弾数に物を言わせた統制射撃を行っていたからのようだ。
「ま、防空巡洋艦に改装されて誰よりも対空を重視していたアタシのなせる技ってやつかな」
得意げに胸を張る摩耶。デカい。
「対潜は~、どうかしら~?」
「そっちは改善策が提示されてるから問題無し。装備の付け替えするぞ」
「付け替え~?」
山雲が人差し指を唇に当てて、んー? と首を捻った。あざとい。
「曳航式ソナーと吊り下げ式ソナーを追加して、爆雷発射装置は撤去してヘッジホッグ対潜榴弾砲を取り付ける」
ついでに装備の概要を説明。
「ほな、今までと同じ感覚で対潜攻撃を出来るっちゅーことやな」
「使用後にソナーを巻き上げる手間が増えるくらいのものだと思う。本当はヘリコプターと連携する装備なんだけど、二次大戦時にはヘリなんて無いからな……」
ヘリコプターって? 垂直に離着陸が可能なオートジャイロの事よ、と横で若葉とヒュウガがやり取りしてる。
「それでも今よりずっとキレイに音が聞こえる筈だ。正式に配備されてから、また詳しく説明するな」
「了解や。で、指令。この後はどないするんや?」
今は昼の12時少し前である。
「とりあえずは昼食だな。その後はどうするか……」
訓練すると出撃システムを動かす必要があるので、ヒュウガの手が止まってしまうという欠点がある。
「それやけど、畑作らへんの?」
「畑をか」
黒潮が思ったより乗り気だ。言われてみて、確かに、と思う。こういうのは早いほうがいい。
ちなみに食料庫には日持ちする野菜が少数ながらあった。ジャガイモは無論、乾燥させたトウモロコシがあったのには吹いたが。姿のままの乾燥モロコシとか高千穂くらいでしか見た記憶無ぇよ。なお、乾燥モロコシは軸から粒を外して塩で炒めるとポップコーンになる模様。
「でも鋤ってあるのか?」
流石に備品に無いと思うのだが。スコップで畑は耕したくない。
「そのくらいなら妖精が作れるでしょ。トラクターも作ってもらったらどうかしら?」
「トラクターか。このカルデラ全部を畑にするつもりは今のところ無いけど、もしそうなったら手押しの耕運機だと絶対に間に合わないし、いずれ必要になるかもな……」
ついでに重作業用にユンボも作ってもらうか。
俺は露天風呂を諦めない。
「今、すごくどうでもいい決意を固めたでしょ」
「何故分かる……」
答えの代わりに鼻で笑われた。何故だ。
屋上に湯船を作るのは強度的に不安だから施設の屋上から火口の外輪山まで橋を渡して、外輪山の山頂を一部平らに均してそこを掘って湯船にする計画まで立てているというのに。
外輪山山頂付近は不認識結界(今命名した)の範囲に入っているようなので建物を作っても大丈夫。西向きに景観の開けた露天風呂になる予定だから、水平線に沈む夕日がきれいに見えることだろう。
湯は施設の温泉から分配して引いてくればいい。建物は伐採した松を材木にすれば水に強いから好都合云々。
「提督。考え込んでないで昼食にしよう」
若葉に袖を引かれて我に返った。DIYとか好きだから、つい考え込んでしまうな。