こちらパガン島鎮守府、本日は晴天なり   作:荒城乃月

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 五日後。

 

 けたたましく緊急アラームをがなり立てるインカムを手に、俺は施設の廊下を全力疾走していた。

 途中の廊下を歩いていた妖精がギョッとしてこっちを見るが、それに応える余裕は俺に無い。うっかり踏みつけないように足元に最低限の注意をしつつ廊下をドリフトしそうな勢いで曲がり、階段を二段跳ばしで転がるように下る。

 

 目指す先は転送施設。艦娘たちは既にそこにいるってーか、訓練の最中に非常事態が発生したらしく訓練は即座に中止して帰還しているらしかった。

 それどころか火急の事態なので、ヒュウガが詳しい事情も説明せず俺に艦隊の出撃を要求。本来は「俺が行くまで待て」と言うべきなのだろうが、そこら辺はわきまえてるはずのヒュウガがそんな事を言い出すあたりただ事ではないと思い無線越しに出撃を許可した。

 

 地下三階に下りて階段から廊下に出れば、転送施設の外で山雲が手を振っている。

 

「司令さ~ん。はやくはやく~」

 

 分かってるっちゅーに。

 ずざざざざ、と靴裏を削る勢いで減速しながら転送施設室内に滑り込む。既にプロジェクターは起動しており、薄暗い室内にはヒュウガと若葉がいた。

 

「いらっしゃい。手短にだけど事態を説明するわ」

 

 いつもと同じ様子のヒュウガに少しだけ安心し、息を整えながら頷く。少なくとも訓練に出ている艦娘が奇襲を受けて大怪我をしたとか、そういう手合いの緊急事態では無さそうだ。

 若葉は艤装をフル装備しており、いつでも出撃が可能な状態。『待機』と書かれたパネルの上でプロジェクターをじっと見ている。山雲が艤装を装着する音をBGMに、ヒュウガが投影ディスプレイを表示した。

 

「今から10分ほど前に、ニュージーランドの船に潜り込ませていた諜報ロボットから緊急連絡があったわ。深海棲艦の艦載機に襲われている、ってね」

 

 言われてプロジェクターを見てみれば、現場のかなり上空から撮影した上でコンピューター処理をしていると思われる映像が映っている。画面の端には船が横転して沈みかけており、その周囲は艦娘の表示やら人間の表示やらがゴチャゴチャしている。摩耶たちは海難救助中か。そこから画面の反対側までラインが続いているのは、敵機の帰投ルートの表示だろう。

 確かに大事であり、同時に待ちに待った瞬間でもある。危ないところを助けて恩を売るのが当初のプランだからだ。

 

「襲われた船は軽巡アキリーズ。問題なのがその用途で、この船って今は軽巡じゃなくて練習巡洋艦として使われているのよ」

「つまり、士官候補生が乗っていると?」

「そういうこと。候補生の中には提督になれる子が三人含まれていて、もし死んだらニュージーランドにとって大打撃よ」

 

 ニュージーランドにいる提督は22人しかいないのだ。それを鑑みると、一人失うだけでもとんでもない被害になる。それで無くても海からの脅威に対抗するために若い軍人が一人でも多く欲しいだろう状況で、士官候補生全滅とか悲劇以外の何物でもない。

 

「巡洋艦には当然護衛の駆逐艦娘も三人ついていたんだけど、航空機の発見が遅れて一人は魚雷の直撃で大破。もう二人もその後の爆撃や巡洋艦を庇ったりで中破。艦娘たちの動きが鈍った所で巡洋艦の横っ腹に魚雷が直撃して、今この瞬間も巡洋艦は沈みつつあるわ」

 

 滅茶苦茶大事じゃねーか。

 

「幸い出撃が間に合ったから、被害が広がる前に航空機を追い払えたわ。もしあなたが来るまで待って事態を説明してから出撃していたら、今頃巡洋艦は乗組員諸共海の下ね」

「で、乗組員の避難は?」

「浮き輪と言わず木材と言わず浮くものがバラ撒かれているし、カッターも何隻か降ろすのが間に合ったみたいね。付近で爆発でも無ければこれ以上の死者は出ないでしょう」

 

 付近で爆発っていうと水中衝撃波か……二次大戦中もあれで海に落ちた水兵さんが大勢無くなったみたいだな。

 

「今はウチの艦娘たちが、ニュージーランドの艦娘と生存者を沈んでいく巡洋艦から離してる途中よ」

「ああ、危ないんだよな」

 

 大型の物体が沈む時、近くに浮いてるものは沈むという。たぶん潮の流れとかじゃなく大量の泡で浮力が死ぬからだと思うが、それ以外にも浮かび上がってくる木材(浮力で加速している。直撃すると骨くらい折れる)だの油(人体に有毒なものも)だのといった危険も一杯だ。船から離れるに越したことは無い。

 

「敵の艦載機は?」

「北東102kmで反応が消えたわ。おそらく敵艦隊がいるわね。ちなみに第一波は90機で、うち28機は撃墜済み。摩耶たちが対空戦闘を開始したら、あっという間に引き上げたわ」

 

 ふむ。彼我に結構な被害が出ていて、あっさり引き返したか。

 

「となると……第二波及び艦隊の追撃はあると思うか?」

「そりゃ、あるでしょうね」

 

 当たり前のように返される。まあ、そうだろうなぁ。敵としちゃ練習巡洋艦一隻沈めただけで与えた人的損害はそう大きくなく、護衛についてた艦娘も中大破こそいるものの沈められてはいない。対してあちらさんの被害は艦載機28機が撃墜されただけで本隊は無傷。不明艦隊(俺たち)が突然護衛に現れたけど、あちらから見れば足手纏いが一杯でとても守りきれるとは思えないだろう。もし俺があちらの指揮官なら追撃かけて最低でも艦娘を沈めるわ。

 

「……と、レーダーが敵編隊を感知したわ。北東98kmで数は152機ね」

 

 また大層な数が来たな。そして近付いて来ている、と。

 

「ヒュウガ、向こうの艦娘と繋げる?」

「構わないわよ。翻訳もかけといてあげる」

 

 カッターや浮遊物に掴まる漂流者と一緒に白雪に護衛されている、艤装から黒煙を上げているニュージーランドの艦娘に通信が繋がった。

 

「こちら君たちを護衛している日本の艦娘たちの司令官だ。いくつか聞きたいことがあるんだが、構わないかね?」

 

 無線の向こうから戸惑った気配が漏れて来る。声だけとはいえ俺が若すぎるので戸惑っているのだろう。

 

『……こちらニュージーランド海軍駆逐艦クィリアム。救援には感謝するが……』

 

 何かゴチャゴチャ言おうとしたのを遮る。

 

「手短に言うが、敵艦載機152機が接近中だ。後20分ほどで接敵するが、悠長に話している時間はあるか?」

『…………ッ。こちらのレーダーでも確認している。クソッ!』

 

 舌打ちした。無線越しに絶望的な気分になっているのが伝わって来る。俺がその気持ちを汲んでやる義理も無いがな!

 

「では質問だが、このくらいの戦力の襲撃は多いのかね?」

『そんな事があるか! 来ても精々50機程度だ!』

 

 その4倍近い数を動員していると。となると、よほどこの艦隊を潰したいと深海棲艦は考えている訳か? なんかロクでもない可能性がいくつか頭を過ぎったが、楽しい楽しい考察は後に残しておくとしよう。

 

「で、ニュージーランドからの援軍は?」

『襲撃を受けた時に報告は入れたが、いくら急いでも到着まで後3時間はかかる……』

 

 という事は、俺たちが戦わにゃこの子たちは全滅確定か。

 

「さて、摩耶。艦載機152機を魚雷一つ、爆弾一つ投下させる事無く全て叩き落せるか?」

『無茶苦茶だ! 今いる倍の数の艦娘でも難しいぞ!』

 

 反射的に悲鳴じみた声を上げる駆逐艦娘。お返事ありがとう、お前には聞いてない。

 一方摩耶は、ハッ、と鼻で笑うと

 

『提督。お前、誰に聞いてやがる? アタシは摩耶様だぜ?』

 

 自分の錬度に絶対の自信を持って言い切った。まあ、分かっていたことではある。訓練の対空戦闘でのシチュエーションは、こんなものじゃなかったのだから。

 

 近接信管と対空レーダーを使いこなし迎撃効率が上がるにつれ、どんどん想定されるシチュエーションがマジキチになっていた。最近ではおかわり回数無限、前方180度全方位から攻撃機と爆撃機が波状攻撃、油断すると後方や直上から奇襲ありで足の止まった貨物船を護衛しつつ何時間耐え切れるか、という訓練をしていた。

 訓練でのベストタイムは3時間18分。レーダーで敵編隊を完全に把握した上で迎撃順を最適化し、射程に入る敵をバリバリ撃って、不意に来る奇襲に対処して徐々に押し込まれ……という状況でこのタイムだ。それと比べて今の状況は鼻で笑うくらい楽だという事なんだろう。

 

「艦隊、輪形陣。対空戦闘用意! 空からのお客さんを総攫いした後は海からのお客さんに安眠を提供しなきゃならん。ぬかるなよ?」

 

 無線から様々な声が入って来た。おう! と気合を入れる摩耶の声もあれば、俺の言い回しに呆れてのため息もある。付き合う必要は無い、早く退避しろと叫ぶ駆逐艦娘の声は無視だ無視。つーか航空機に補足されているから艦艇がいくら頑張っても逃げ切れる訳が無い。

 

「さてさて。どうなる事かね」

 

 賽は振った。後は成るように成るだけだ。俺は、じっ、とプロジェクターが映し出す画面を見つめた。

 

 

 

 





荒城乃月は、こちらショ島大須賀原鎮守府をこっそりリスペクトしています(設定的に)
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