一方的に言いたいことを言って通信を切った相手の司令官に対して私が感じていたのは、率直に言って不信感と怒りだった。
軽薄そうな言葉使いも司令官と言うには若すぎる声も気に入らないが、何と言っても自分の指揮する艦娘たちを行かなくてもいい死地に追いやったことが腹立たしい。
私、Q級駆逐艦クィリアムを旗艦とした第6駆逐隊三人は士官学校所属だ。
このニュージーランドの未来を背負って立つ若者たちを教育し、守り、艦娘というものが、軍人というものがどういうものなのかを教えることが責務であり、誇りである。故に、指揮官のセンチメンタリズムで部下を死に追いやるようなことは厳に慎むべき行為と常日頃生徒に説いているが、あの司令官はそれをやったのだ。
ヴェンデッタは船を庇って魚雷の直撃を受けて大破したので動くことは出来ないが、対空射撃は可能だ。後は中破止まりの私とアランタが動き回って時間を稼ぎ、その間に所属不明の艦娘たちがカッターの数隻でも曳航して退却すれば、まだ多少でも生き残る人も出ただろう。
このままたった9人で150機を超える航空機を迎撃しなければならないとなると、おそらく誰も生き残れない。もし運よく数人が生き残れたとしても、傷つき速度の落ちた足で敵本体から逃げ切れるとは思えなかった。
「……クソッ!」
思わず悪態が口をついて出る。
「……なあ、あの司令官の命令を無視して、今からでも撤退はできないのか?」
旗艦をやっていると思わしき重巡に打診をするが、
「撤退をする必要が無ぇよ」
と、けんもほろろに拒否される。こっちはお前たちの心配をしているのに!
「お前さんの気持ちは分かるけどな。今はアタシたちに任せておきな」
彼女はそう言って、腰の艤装から胴体後部上に円盤のようなものが付いている水上機を発進させた。
「ほらほら、無理せずアタシの後ろに隠れてな。防空巡洋艦とアタシたちの提督の名にかけて、お前たちは守ってやるからさ」
「…………そうだな」
本当はもっと苦情を言うなり撤退するよう説得するなりしたいが、敵機が来るまで時間が無い。これ以上無駄に会話をしていては、起こるかもしれない奇跡の芽を完全に摘んでしまうことになる。
私は私と同じようなことを金髪の軽巡に言っていたアランタに声をかけ、共に見知らぬ艦娘たちが作る輪形陣の中に入った。
輪形陣の中心には大破したヴェンデッタがいて、その周りに浮遊物に掴まる漂流者。彼らを囲むようにカッターが数隻浮いている。私はカッターの脇をすり抜けて輪形陣の奥に行き、ヴェンデッタに声をかけた。
「調子はどうだ?」
黒に金ボタンや金の縁取りというのは私たちイギリスに由来がある駆逐艦に共通の特徴だが、旧型のヴェンデッタは特に時代がかかった服を着ている。が、不意打ちの魚雷を食らったためにタイツやスカートはボロボロ、上着も焦げてほつれ、ブラウスから下着が見える有様だった。ブーツ型の艤装は完全に吹き飛んでおり、背面の艤装や手持ちの砲台も黒煙を吹いている。いつもは華麗に整えている蜂蜜色をしたセミロングの髪も煤で汚れ、いつもは優しい光を湛えた黒紫の瞳は今は涙目になっていた。
「何とか浮くことは出来てますけど、動くのは無理ですねー」
僅かに生き残った機銃を確認していた彼女は私の姿を見ると、幼さを感じさせる声で返事をする。動けないのは致命的だが、少なくとも浮力を保てなくなるほどのダメージでは無かったのは不幸中の幸いと言ってもいいだろう。
「クィリアムちゃんはどうですー?」
「煙突が破損して煙が缶へ逆流しているから速力は半減、魚雷発射管と三番主砲はダメだ。機銃も結構な数が使用不能と言ったところだな」
説明しながら自分の体を見る。ニーソックスは片方が足首近くまで破けているし、膝丈のスカートも爆弾の破片で穴だらけ。自分で確認は出来ないが、背面艤装の煙突と備え付けの主砲は大きく破損している。両手の主砲が無事なのが唯一の救いと言えばそうだった。
「アランタ……は、聞くまでも無いな」
「主砲は2番4番が破損。対空機銃も30%が沈黙」
赤みの強い髪をボブカットにし、いつも不機嫌そうな顔をしているアランタが不機嫌さ50%アップといった顔で言う。迎撃しきれなかった魚雷から船を庇ったために片足の偽装は吹っ飛んでおり、その余波で左手の主砲と左背面の艤装が大幅に破損していた。
「で、そっちの話していた軽巡……アブクマだったか。彼女は何と言っていた?」
「大丈夫だ、任せろの一点張り」
むすっと頬を膨らますアランタ。顔つきが幼い彼女がそんな顔をすると、ますます幼く見えてしまう。
「あちらもマヤと同じ事を言うのか……」
「本当に?」
嘘をついてどうなる。余程自信があるのか、余程バカなのか。
そもそも彼女たちはどこの所属だ? 深海棲艦艦載機の襲撃による混乱のさなか、気付けばそこにいた、という自然さでいつのまにか私たちを援護していた。艦載機は雲に隠れて奇襲をかけて来たため発見が遅れたが、水上の見晴らしはよかった。今まで深海棲艦が現れたことの無い海域だから油断があったと言われれば否定はできないが、少なくとも全周囲が水平線まで見渡せる状態で接近してくる艦隊を見逃すというのは考え辛い。水中からという可能性も考えたが、艦娘を運用する潜水艦がいたとして、浮上して艦娘を展開して潜行するなど、空襲の間にやるにはリスクが大きすぎる。突然戦場に出現した、としか考えられない不自然さが不気味だった。
それに艦娘も日本の艦娘だ。しかし日本がここまで来るか? インドネシア近海の制海権を深海棲艦と争っている日本は、南半球まで来るルートを確立させていないというのに。
いや、日本の艦娘だけがいるのでは無いが。あの戦艦は……
「敵機、距離40000! いけるか?」
私の思考を遮り、マヤが声をあげる。それに片手を挙げて応え、戦艦娘……白いケープに赤いミニスカート、白いカチューシャに茶色でウェーブのかかったミディアムボブの髪、ついでに眼鏡をかけている白人の女性……が、主砲9門の仰角を上げた。
「最初の実戦が対空戦というのが少し因縁を感じるわね……。ま、いいわ。戦艦ローマ、主砲を発射する!」
爆音。
海面を歪ませる衝撃が連続して硝煙が吹き上がる。
発射の終わった主砲の仰角が下がり砲弾を再装填、仰角を上げて順次発射が続いた。
「距離40000、主砲で対空戦闘だと……?」
普通はそんな遠い距離で砲撃をしない。単純に弾が敵機に当たらないからだ。距離40000、しかも航空機に有効弾が出るものなのか? そもそもローマと言えばイタリアの戦艦だ、何故日本の艦娘と共にいる?
私の内心の疑問に答えが見つかる事も無く、最初の主砲の発射から40秒ほど過ぎたところでローマが砲撃を休止した。砲身からは陽炎が立ち上っており、かなりの高温になっている事が見て取れる。
「……こんなものかしらね」
「訓練通りってところか。まあ、想定通りに被害を与えられれば大丈夫だろ」
ツンと澄ました、しかし内心得意げな声で彼女が呟けば、マヤが上出来だと笑いだす。既に砲撃の結果が分かっていたかのような会話だが、こちらのレーダーには何の変化も……?
「あれ? レーダーが……」
レーダーに捕らえていた敵航空機群が、次々に消えだした。タイミング的に……まさか? いくら対空砲弾を使ったとは言えど、戦艦の主砲がこの距離で有効弾になるだと?
「フェイズドアレイレーダーとFCS、近接信管様々ね。これがあれば、あの化け物相手でも……」
ローマが暗い顔でブツブツ言っている。艦時代のトラウマを思い出したのだろうか。
「接近信管? そんなもの日本は開発してない筈……」
アランタが首をひねる。が、時限信管で三次元の動きをする航空機に対してこれほど有効弾が出るとはとても思えなかった。
最初は不鮮明だった敵影も、距離が近付くにつれ明確にレーダーに表示される。セオリー通りなら塊で一定距離まで近付いてから散開するが、ローマの対空砲撃で算を乱した敵機は無秩序に編隊を崩していた。
「うし。ローマ、副砲準備。主砲は冷却が終わったら攻撃続行! 阿武隈、足柄!」
「はーい! あたしもいいとこ見せないとね!」
「任せなさい! 狼は獲物を逃しなんかしないわ!」
「ちっぽけな航空機だからと侮るなんて事はしないわ。全力で潰すわよ……!」
距離30000で重巡、軽巡も動く。これも私たちの常識で考えると遠い。が、彼女たちの目には迷いなど一欠片も無かった。この距離でも有効弾が確実に出せると自信のある目だ。
マヤとアブクマが両手の主砲を突き上げ、もう一人の重巡……アシガラが両肩と右腕の主砲を構える。ローマは左右艤装の主砲脇にある副砲を稼動させた。
「全艦データリンク開始! 目標指定はアタシが行うぞ! いくぜぇ!」
中口径の砲弾が空に撒き散らされる。中口径とは言え炸薬量は私たち駆逐艦の比ではない。何より四人分の物量だ。戦場がにわかに騒がしくなる。右に集中したと思えば左に数人が打ち込み、正面、高さを変えてまた右左と砲撃音は途切れる事がない。思わず言葉を失ってしまうような錬度だった。
「……ねえ、クィリアムちゃん。わたし、怖いことに気付いたんだけどー……」
「……アランタ。お前はどうだ?」
「……僕もたぶん二人と同じ」
――信じられないことに、彼女たちは射撃データをやり取りしているようだ。指示を横から聞いた推測だが、四人が一つの意思で統制されていなければここまでキビキビと動けるものではない。目標は広い範囲に散らばり高さも距離もバラバラだというのに、複数人が同じ目標をターゲットしないように目標選定を淀み無く行っている。こんな大量の情報を四人……もう少し距離が詰まれば駆逐も動き出すから6人か、それだけの人数でやり取りするなど、口頭でできる訳が無い。
つまり、こちらとは……いや、私たちの知る艦娘とは比較にならない技術を持っているという事だ。私たちはモールスや手旗、通信機でやり取りをするだけで、射撃データをやり取りするなんて高度なことは出来ないのだから。
……水平線の向こうに小さく敵機が見え出した。しかし日本の艦娘たちに焦りが無い。駆逐艦が連装砲を構え、射撃を継続している戦艦たちは撃ち方はそのままに機銃や高角砲を起動させる。戦艦の主砲、巡洋艦の主砲と戦艦の副砲、巡洋艦の副砲と駆逐艦の連装砲、機銃という四枚の防衛ラインか。
「黒潮、白雪! 距離20000で攻撃開始!」
「はいな!」
「分かりました!」
駆逐艦二人が砲撃を開始した。再び主砲を動かし始めた戦艦やあちこちに弾を発射する巡洋艦の立てる轟音の合間を縫って、私たちにも馴染みの深い砲音が響く。装填の早い小口径砲が忙しくなく弾を吐き出せば、空の彼方に新しい爆発の花が咲いた。
この距離になれば、はっきりと分かる。敵機が物凄い勢いで撃墜されていっている事が。
高度を落としたり逆に高度を上げたり、大きく回り込もうとしたりと必死に回避行動を取っているが、対空砲弾の巻き起こす爆発は敵機を執拗に追い続ける。爆発の嵐を抜ける幸運な機体も僅かにあったが、それらは対空機銃の火線の前にバラバラに引き裂かれ、腹にかかえた魚雷や爆弾と共に爆散した。
その有様は、まるで闇の中で篝火に飛び込む虫のようだ。出来の悪い映画のように現実感の乏しい光景に、背筋が寒くなる。
「……冗談や過信ではなく、本当に無傷で全機撃墜するというのか……」
やがて動くものが無くなった空の下、砲の廃熱をしながら笑みを交し合う艦娘たちを、私たちは呆然としながら見ていた。いざという時のために構えていた連装砲や機銃の出番は一切無かった。教本に載せたいような、徹底した統制射撃のお手本だ。
海の上には、ぽつぽつと敵機の残骸が浮いている。それが水平線まで続いている。異様な光景だった。
「言ったろ? アタシたちに任せておけってな!」
胸を張りマヤが笑いかけてくるが、どうしても警戒心が先に立ってしまう。ヴェンデッタの、アランタの、巡洋艦に乗っていた人の、そして私の命を救ってくれた彼女たちに対して、私は情けないことに恐怖心を持ちつつあった。
何より辛いのが、彼女たちが私のそんな様子を気にしていないことだ。正確に言えば「私たちにこんな態度を取られて内心傷ついているようだが、努めて外に出さないようにしている」。命の恩人に対してそんな態度を取るべきではないと理性は言っているが、恐怖心という本能がこの身を竦ませている。それが我が事ながら何より情けなかった。
「EWAC機から敵本体を確認したぜ。距離52000に大型艦2、中型艦3、小型艦1。大型艦はたぶんどっちも空母だな」
「大戦力……!」
アランタが絶句した。横を見ればヴェンデッタも顔色が青い。たぶん私も顔色が悪いだろう。だが、マヤたちはいっそ憎らしいほど平然としていた。
「んー、想定してたよりはマシだな。戦艦混じりとか全部中型艦以上とか来られるとちょいと面倒だったからな」
彼女たちならちょいと面倒という程度で住むのか……。この戦力を我々ニュージーランド海軍が相手にするならまず真っ先にオーストラリアに救援を求めるし、もし彼らが間に合わないなら最低でも部隊の半壊は覚悟する必要があるのだがな……。
「おっと。回頭して逃げようとしてやがるな。んじゃ、ちょいと潰して来るわ。お前らはそこで待ってな」
まるで「隣町まで買い物に言ってくる」とでも言うような軽い口調でそんな事を言い出すマヤ。
「あのー……。先程の対空戦から連戦になりますけど、大丈夫なんですかー?」
「へっ、余裕だぜ。んじゃ、パッパと終わらせてくるからまた後でな」
ヴェンデッタの頭を笑って一撫でして、マヤが敵機の飛んできた方向へ進み出す。何も気取らない、自然体の笑顔だった。
彼女と、それに続き縦列陣を取る艦娘たちを見ながら、私は思う。我がニュージーランド海軍に、あれだけ濃密な対空戦闘をこなした後にあんな顔で笑って出撃できる艦娘はいるのだろうかと。
彼女たちは敵艦隊を打ち破り、何事も無かったかのように戻ってくるだろう。私は過程を素っ飛ばして結論のみを直感した。
同時に、彼女たちがニュージランドのみならず、もっと広く……場合によっては世界に大きな波紋を広げることも、直感してしまっていた。
ニュージーランド側のキャラはオリキャラ祭りになります。
悪しからずご了承ください。