こちらパガン島鎮守府、本日は晴天なり   作:荒城乃月

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 対空戦闘の後のことは、特別語るまでも無い。

 

 レ ー ダ ー 射 撃 、 相 手 は 死 ぬ 。

 

 以上一行で事足りる惨事が巻き起こっただけだった。

 

 高性能レーダーで戦況を把握することを目的としたEWAC水上機が上昇限界高度から敵艦隊を偵察、編成を把握した上で射程だけなら大和の46cm砲を上回る15インチ50口径というレイピアのようにクソ長い主砲を持つローマが釣瓶打ち。敵さんの空母は艦載機を全部撃墜されているので置物に過ぎず、と言うか艦載機が全機撃墜されて泡を食って逃げ出そうとしたところで大砲の弾が雨あられ。

 盆踊りみたいな回避行動を取りつつでは速度を上げられる筈も無く、射程圏内まで距離を詰めた摩耶、足柄、阿武隈の砲撃も始まって敵艦隊は大混乱。

 随伴艦の重巡も軽巡も駆逐も吹っ飛び、全速力で主機をブン回した黒潮と白雪にも追いつかれ、彼ら深海棲艦は何ら成す術無く水底に叩き返されたのだった。

 後、空母と重巡は赤いオーラを纏っていたんだけどアレ何? ん? エリート? 普通より強いの? 強くてあの有様なの?

 

『死者の位牌に灰を投げつけているのです』『この艦隊がおかしいんだっちゅーねん』『死体蹴り止めーや』

 

 妖精たちに呆れられるが、だってなあ? 想定外の事態が何一つ起こらなかった、と言うか起こせなかった相手だし、なあ?

 

「あれだけアウトレンジ戦法と対空戦闘を徹底して訓練しておいて、よく言うわね」

 

 最初に戦闘に介入するならそのどちらか、という意気込みで訓練させたからなあ。

 

 ちなみに混戦や退却戦、至近距離での対空戦といったものの訓練は後回しにしている。必要なのは分かるのだが、そのシチュエーションに巻き込まれた段階で戦略的には負けている可能性が高い、という事で、あえて切っているのだ。

 

 色々なリソースに限りがあるため、防という選択肢を切って攻に活路を見出した形である。と言うか攻という能動ならともかく、防という受動だと少人数だというのがモロにマイナス方向に効いてくる。兵站の目処が立たず下手に人員を増やせない現状だと、攻勢防御ならともかく本格的な防御は最初から選択肢に入っていなかった。

 

『ヒュウガ、増援の反応はあるかい?』

 

 念のためレーダーを注視しているらしい摩耶が、無線越しに聞いて来る。今までEWAC水上機を含む艦隊全体の莫大なデータを平然と解析して艦隊に送っていたヒュウガは、

「北西520kmに反応があるけど、こちらには気付いていないわね。黒潮と白雪のソナーにも感は無いわ。今のところは安全ね」

 あっさり戦闘の終了を確認した。

 

 思わず安堵の息をつく。

 

 もし処理しきれないほどおかわりがいっぱい来た場合、この施設へ撤退する事となっただろう。だとすれば、捩れ(ゲート)の移動に耐えれるニュージーランドの艦娘たちはともかく、生身である巡洋艦乗組員の生存者は諦めなきゃいけないところだった。

 艦娘たちが出撃に使っている捩れ(ゲート)は艦娘くらい耐久力があれば問題無いのだが、生身の肉体だと組織が崩壊してしまう。妖精からの説明を受けて危険性を知ってはいたが、実際に訓練時に現地で食べようと缶詰を持っていった皆が「中身がぐちゃぐちゃに溶けていた!」と悲鳴をあげていたから間違い無い。

 

 なのでもし捌ききれないほど大量に増援が来た場合、ニュージーランド艦娘はここに避難させ、人間の生存者は見捨てる算段だった。たぶんニュージーランド艦娘どころかウチの艦娘たちにも非難されるとは思う。命の取捨選択なんてロクなものじゃないが、しかし0より1は必ず多い。センチメンタリズムな死は心を満たすかもしれないが腹を満たさないのだ。

 

「全員、お疲れ様。ニュージーランド艦娘たちの所に戻って敵を警戒してくれ。黒潮と白雪は山雲と若葉と交代。二人にはゴムボートを持たせておく」

『了解!』

 

 労われたのが嬉しかったのか、少し弾んだ声で返事が返ってきた。摩耶って一見不良チックだけど、意外と子供っぽいよな……。

 転送装置が低い唸り声をあげれば空間が捩れ、潮でちょっと湿った黒潮と白雪が帰って来る。入れ違いに山雲と若葉がガス圧で展開する緊急用ゴムボート複数を両手に出撃して行った。

 

「二人とも、よくやってくれた。上出来だったぞ」

 

 艤装を外して伸びをする二人の頭を撫でる。するとまるでよく懐いた猫のように頭を摺り寄せて来た。かわいい。

 

「これも日々の訓練の賜物っちゅーやつやな!」

「ヒュウガさんのおかげでもありますね」

 

 腕試しではなく、初の明確な作戦行動での勝利が、二人を高揚させているようだ。いつもの三割増しの笑顔を至近距離で向けられて、柄にも無く少し照れてしまった。

 

「本当は風呂に入って潮を落として来いって言いたい所だが、不意の出撃があるかも分からん。休憩所ででも休憩しといてくれ」

 

 部屋の脇の扉を指差すが、彼女たちは揃って首を横に振る。

 

「ウチらもここで皆の帰りを待っとるわ」

「何があるのか気になりますしね」

 

 子供のナリだが責任感が強い。とは言え、立たせっぱなしというのも何だ。妖精に部屋の隅に立てかけてあったパイプ椅子とスチール机を持ってきて貰って部屋の隅で展開し、二人にはそこに座っておいてもらう事にした。

 

 テーブルの上には乾パンとスキムミルク砂糖マシマシのコーヒー。知ってるか? スキムミルクって脱脂粉乳なんだぜ? 食料扱いされたのか食料庫の隅にこっそり大量にあったんだぜ……? しかも湿気て固まらないように小分けした袋に入ってる念の入れよう。ありがたいけど、こんなに使い切れない。それを知った艦娘たちの間では、コーヒーの苦味を和らげるために大量にスキムミルクを投入するのが流行していた。

 

 喉が乾いたので、俺もコーヒーを淹れる。ついでにヒュウガにマグカップを渡すと、「ん」と言って受け取りちょっとずつ飲み出した。最近は先の見通しが立ってきたのもあって、ヒュウガも食事に参加している。ガッツリ食べず軽食を摘む程度だが、一緒に食事を取るというのは連帯感を強めるのに非常に効果的なようだ。最初から積極的に話しかけていた白雪だけでなく、他の子たちも声をかけるようになっていた。

 

 で、コーヒーを渡すついでに、ふと気になった事をヒュウガに呟いた。

 

「……疑問なんだが」

「何かしら?」

「何で40kmとか離れた人間サイズの目標に命中弾が出るんだ?」

「……そういえばそうね」

 

 霧の技術力とかがあれば当てられるのだろうが、普通の艦載主砲でそんな芸当は無理だと断言できる。大砲から撃ち出された砲弾は風、ジャイロモーメント、湿度、気温、地球のコリオリ力、地球の自転速度などによって距離が離れれば離れるほど着弾点がバラつき出す。いわゆる着弾散布界というものだが、キチガイじみた訓練をする帝国海軍が長さ200m幅30mとかある戦艦相手ですら命中率5%とか、そんなものである。何で人間サイズの相手に対して普通に当たるんだ?

 

『それはオカルトの力なのです』

 

 妖精の回答に、俺たち二人は「またかよ……」という顔をした。

 

『もうちょっと詳しく言うと、わだつみの加護なのです』

「わだつみ……海神か?」

『海神でもあるし、わだつみでもあるのです』

 

 言い回しが難解だ……あれ、ひょっとして。『きけ、わだつみのこえ』の事か? 帝国海軍の海での戦没者って事か?

 

『それよりもっと広義的で、全ての海で死んだ戦没者の魂の欠片が海神信仰と混ざって神格を得たものなのです』

「全ての海でって事は、何かを贔屓する訳ではないって事か……ひょっとして深海棲艦にも加護を与えてるのか?」

『海によって立っているものは全て加護を受けるのです。艦娘も深海棲艦も、それによって人間サイズなのに確率も含めておおよそ船と同じ挙動をするのです』

 

 神と言う名の世界法則かよ。それ加護じゃなくて呪いって言わないか? しかしこれで納得がいった。常々「人間に持てるサイズの火砲で軍艦を沈められる艦娘って何だよ?」と思っていたからだ。

 

『とは言え、船と比べると艦娘は質量の都合上、運動性能は大幅に向上しているのです。そうじゃないと接岸で減速を失敗した艦娘は波止場にめり込む事になるのです……』

 

 ギャグ漫画かよ。もしくは最低続編賞を受賞したスピード2。

 

『それと艦娘や深海棲艦がいる海の付近は、余程時化てない限りは波が大幅に低くなるのです。じゃないと波高5メートルとかよくある外洋で戦えないのです』

 

 駆逐艦娘の三倍近い波高だと戦闘にならないな。おあつらえ向きな波高に自動調整してくれるのか。なんかわだつみが艦娘と深海棲艦で殺しあえって言ってるようで背筋が寒くなる。

 

「…………理解できないわ」

 

 ヒュウガが物凄く難しい顔をした。

 俺も何も理解できないが、あるがままに「そういうものだ」と受け入れるっきゃないよなあ……。

 

 

 

 敵と交戦する事も無くニュージーランド勢の所に戻ってみれば、沈みかけていた巡洋艦は沈没しており、海面に浮く木材や油のみが痕跡を残すのみだった。

 浮いている人たちが油に撒かれてはマズいと艦娘たちは早速ゴムボートを展開、派手なオレンジ色のゴムボートが複数浮かぶ。

 艦娘たちの手で冷たい海中から引き上げられた巡洋艦の乗組員は、ホッとした顔をしていた。夏とはいえニュージーランドの海は寒い。低体温症になりかけている人も数人いたが、それそのもので致命的な状態になっている人はいないようだった。

 

 後、敵艦隊を無傷で撃破して戻って来たウチの艦娘たちに対して、ニュージーランド艦娘たちが畏怖した視線を向けてる。それと駆逐の面子が変わってることをすげぇ不思議がってるっぽい。まあ実害は無いから放置だが。

 

 救助艇が来るまで、しばらく情報収集も兼ねた世話話をさせる。これで俺が情報の公開について何も考えておらずこの時を迎えたのならお笑いだが、事前にバラしてもいい情報とバラさない情報の選別は終わっており、艦娘たちも質疑応答は勉強済みなので、見ている方は多少気が楽である。

 

 ちなみに艦隊としてのリーダーは摩耶だが、交渉担当官としては足柄を任命している。何せ足柄はイギリスまで観艦式に行った事があるので、外交に補正がかかるっぽいのだ。

 と言うか、有名なエピソードとか著名な人物が艦に乗った事があると、対応したものに補正がかかるらしい。観艦式を記事にするために新聞記者が乗ったので取材も可能、天皇陛下の名代として秩父宮殿下が乗っていたので礼儀作法完璧、皇族を乗せるってことで下手な料理は出せなかったからか料理もできる、軍楽隊を乗せたことがあるので音楽もできる、画家の中村研一氏を乗せたことがあるので絵も書ける、と文化人っぷりが半端無い。観艦式一つでガッツリ補正を稼いでいる。

 

『やっと落ち着いて話ができるわね。私は妙高型重巡洋艦足柄。この艦隊の交渉官だと思ってくれていいわ。あなたたちは?』

『私はニュージーランド海軍仕官養成所所属、Q級駆逐艦で嚮導艦のクィリアムだ。後の二人はアドミラリティV級のヴェンデッタとトライバル級のアランタ。貴艦隊の救援に感謝する』

 

 交渉官と聞いて身を硬くしたな、あの旗艦。まあ、分からんでもないが。

 

『その、貴艦らの所属を教えて欲しいのだが……』

 

 ほほう。ローマを除き日本の艦娘だから日本所属かと聞いてくるかと思ったが、どこの所属か教えて欲しいと来たか。

 

『我々は虹の艦隊(アルコバレノ)。後ろ盾を持たない、早い話が独立した武装集団ね』

 

 艦隊のネーミングは意外なことにローマ。虹はイタリア語でアルコバレーノと言うそうだ。

 無国籍に艦が増えそうな俺たちの現状を詩とユーモアを交えて名付けたと得意げに言って、その後一人のときにこっそり照れていた。かわいい。

 

『独立した武装集団……』

 

 一歩引くクィリアム。確かに字面だけ見ると野蛮である。

 

『取って食う訳じゃないから、そんなに身構えなくてもいいわよ。ま、不審がるのも分かるけどね。この艦隊を助けたんだし、あなたたちに危害を加えない事くらいは信じて貰えないかしら?』

『うっ……。そうだな、すまない。……それで、貴艦隊は何故我々を助けてくれたんだ?』

 

 そりゃあ当然疑問に思うだろうな。

 

『詳しくはあなたの上官に話すけど、簡単に言えばビジネスのためね』

『ビジネス? ……武装集団、と言う事は……売り込みか?』

『そういうこと。デモンストレーションの機会は伺っていたのよ。あなたたちを助けることで私たちの腕を披露する事になったのは、こちらとしても予想外だったけどね?』

 

 足柄の言葉で少し考え込んだ彼女だが、小さくため息をついた。

 

『やめよう。考える事は私の担当ではない。貴艦らが敵ではない。私にはそれだけでいい』

 

 割り切ったな。もっと色々聞いてくるかと思ったが。

 

『それと、貴艦らに感謝を。貴艦らが助けに来てくれなければ、確実に我々は全滅していた。……そちらの司令官にも失礼なことを言ってしまったな。クィリアムが謝罪していたと伝えてくれ』

『提督は気にしてないでしょ。あの人、いつも私たちと軽口叩き合っているんだもの』

「だそうよ? 少しは自重したら?」

 

 クスクスと笑いながらヒュウガが言って来る。

 

「だが断る。打てば響くとばかりに反応する子もいるし」

 

 摩耶とか摩耶とか、たまにローマとか阿武隈とか。

 

『そ、そうか……。気にしてないならいいのだが……』

 

 思い切り戸惑った声が無線機越しに聞こえる。内心では「切羽詰って相手の実力も知らず色々言ったが後になって思い返してみると格上相手になんて口効いてたんだ私!?」とでもいったところか。

 

 まあ足柄の言うとおり気にしてないし、ビジネスパートナーになる可能性の高い相手だから突っついたりもするつもりも無い。

 ただし非常にいじりやすそうな性格なので、その時が来れば覚悟して貰おうか……!

 

「司令はんがゲスの極みみたいな顔しとる……」

「ヒュウガさん、止めなくていいんですか……?」

「手の施しようが無くなったら侵食魚雷で雷撃処分するわ」

 

 やめてください しんでしまいます

 

 普通の魚雷では無くタナトニウムの重力崩壊によって原子レベルで目標を粉砕する侵食魚雷を持ち出すあたり、ヒュウガの本気度が見て取れる。そんなもの打ち込まなくても人は死ぬよ!

 

 そんな俺たちはさておき、足柄とクィリアムと会話は続く。

 

『ところでアシガラという名前に聞き覚えがあるのだが、貴艦は観艦式でイギリスに来たあのアシガラか?』

『ええ、あなたは……確か観艦式にはいなかったわね?』

『私が建造されたのは1942年だからな。観艦式は1937年だ』

『という事は、あなたは清霜朝霜の一つ年上ね』

『アサシモとキヨシモ? 艦の時の部下か?』

『部下じゃなくて同僚ね。その作戦の時の旗艦は駆逐艦の霞がやっていたわ』

『駆逐艦が重巡を従えて旗艦をやるのか!?』

『あの子は優秀だったからねー。艦娘になって、どんな姿になっているのかしら。ヒゲとか生えてたりして』

『ヒゲで有名な艦長だったのか? それでも艦娘にヒゲは生えないだろう』

『付け髭くらいはしているかもしれないわよ?』

『いや……いやいやいやいや、それは流石に……』

 

 盛り上がってるな。……しかし二人ともよく喋る。

 いや、これは。んー……。

 

「……どうしたの? そんな苦い顔をして」

「二人ともよく喋るなーと思ったんだけどな。その理由に気付いてな……」

 

 浮いているカッターとゴムボートに目を向ける。

 

「ああ、そういうことね」

 

 彼らの顔に浮かぶのは、安堵よりも悲しみの色が強かった。若い人の中には泣いているのもいる。

 無理にでも言葉を続けるクィリアムの姿と、彼女が言った「仕官養成所所属」という言葉を合わせて考えれば、大勢の士官候補生が死んだのだろうという事が推測できた。

 口を閉じれば気分が沈み、ふとすれば泣いてしまいそうになるのではなかろうか。そして足柄はそれに気付いたから、何気無い振りをしつつ会話に付き合っているのだろう。

 

「ウチの予想やけどな」

「黒潮?」

 

 いつのまにか俺の傍にいた黒潮が、呟くように言う。

 

「彼女らは、あんま人死にに慣れて無いんやないかな」

「いや、元軍艦である以上は……」

 

 俺の言葉は、少し強い言葉で遮られる。

 

「元、や」

「……元、か」

「それにウチは欧州の戦史は詳しゅう無いけど、大きな海戦は1940年あたりまでしか無いんやろ? 艦時代にも僚艦を失うっちゅう経験はあんましとらんのやないかなぁ?」

 

 ……そうか。有名なビスマルク追撃が起こったのって日本が開戦するより前なのか。と言うか、一つの戦争で一度あるかどうかという規模の海戦が頻繁にあった太平洋戦線が控えめに言って頭がおかしいのだが。

 

 足柄とクィリアム以外に、他の艦娘の声も混じる無線。全員が意図して明るく振舞っている。

 何とはなしに言葉が口から出てこず、ニュージーランドの艦隊が来るまで俺は静かに無線から流れてくる会話に耳を傾けるのだった。

 

 

 




>虹の艦隊(アルコバレノ)

属性別で使える双剣

  無:破
  火:岩
  水:双
  雷:刃
  氷:ア
  龍:ル
  毒:コ
麻痺:バ
睡眠:レ
爆破:ノ、超硬質ブレード
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