こちらパガン島鎮守府、本日は晴天なり   作:荒城乃月

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 さて。一時間ほど待って来たニュージーランドの艦隊だが、来て最初に何をしたかと言うと、真っ先に摩耶たちに砲を突きつけることだった。

 見ようによっては生存者とクィリアムたちを囲って人質にしているようにも見えるから理解できる部分もあるのだが、向こうの重巡らしき艦娘が摩耶に砲を向けて命令口調で武装解除して降伏しろってのは、ねえ?

 

 しかしそれに慌てたのはクィリアムたち。サーッと見る見るうちに顔色が悪くなるのは少し気の毒だった。そしてローマが「あ゛?」と眉間に皺を寄せてカッターの影から出てくれば、今度は重巡がクィリアム以上に顔色を悪くした。世界の戦艦主砲の中でも最高クラスの初速を誇る15インチ50口径と至近距離で殴りあうかい?

 

 微妙な空気のお見合いは、クィリアムたちの真心のこもった説得によってすぐに解消された。事情を聞いた重巡は二重の意味で顔色を更に悪くしていたのが笑える。強さで自分たちを上回り、しかも自軍に加勢に来て敵を撃滅した勢力に対して砲口突きつけるのはヤバいよなあ?

 

 ちなみにうっかり重巡はカンバーランドと言い、沈められた練習巡洋艦アキリーズと艦時代に艦隊を組んでいたらしい。なのでアキリーズ沈没と聞いて頭に血が上っていた……と聞いて、艦娘たちに同情的な空気が流れ出した。あまり突き過ぎるとカンバーランド一人が責任をおっ被せられて処分されそうなんで、チラつかせる手札程度にしておこうかと思う。

 

 問題を起こしたカンバーランドだが、現在は「I am deeply rethinking things over(私は深く反省しています)」と書かれた札を首から下げ、ニュージーランド艦隊旗艦の一番主砲の上で正座している。艦隊司令はなかなかスパルタな模様。

 そんなあちらさんの艦隊は艦としての軽巡2と駆逐3。それに艦娘の重巡1と軽巡2と駆逐3という、ニュージーランドが動かせる戦力の中では最大に近い代物だった。

 

 しかし本当に救難要請から三時間でこれだけの艦隊が来るのか。演習中に連絡を受けて急行したのか? したんだろうな……オークランド基地からここまで400kmはある。第四戦速27ノットでカッ飛ばしても8時間はかかる計算だ。

 

 艦隊はカッターとゴムボートを回収し、現在はニュージーランドへと移動中。艦隊の周囲にはニュージーランド艦娘が展開し、万一のために警戒態勢を取っている。摩耶たちは旗艦の艦内に案内されて、会議室らしき部屋で艦隊を代表して足柄と艦隊司令が会話中。俺はこっそりとそれを聞いている最中だ。

 艦隊司令の名前はホース・カニング少将で、59歳の初老の男性だ。日に焼けた肌と白いものが混じった金髪。手入れされた口ひげが、いかにもな軍人感を演出していた。

 着ている服は白いズボンと肩章付き半袖カッターシャツ。白地に黒い唾のついた帽子には金の二本線が光っている。

 

 伝えるのに問題の無いこちらの事情は、既にクィリアム越しに艦隊司令に伝わっている。彼女が俺たちをどう認識して、艦隊司令がそれを聞いて俺たちをどう認識したのかは知らないが、摩耶たちに対して丁寧な対応をしているので、今のところ悲観はしていない。

 上空をこっそり飛んでいるドローンも艦隊が変な動きをする兆候は捉えていないし、少なくとも今は何か仕掛けるってつもりは無いようだ。

 

『――そちらの事情は理解しました。今回は幸いにも最悪の結果は免れましたが、一歩間違えれば不幸な勘違いから大惨事になっていたでしょう』

『貴艦の仰る通りだ。カンバーランドには後で私からも言っておく。……で、貴艦たちは我が軍に雇って欲しいと。そういうことでよろしいか?』

『少し違うわ。雇用では無くビジネスね』

『ビジネス、か』

 

 組織に組み込まれるつもりは無い、商売相手として対等にやる、というこちらの意思を明確に示した足柄の言葉に、あちらさんが若干語気を鋭くする。

 

『我々はあなたたちとビジネスが出来る力を持っている。それは駆逐艦クィリアムを通して伝わった筈よね』

『うむ。我々では、あれだけの敵機を撃墜するのは困難だろう』

 

 困難、か。立場上不可能だとは言えないよなぁ。

 

『我々は貴方たちが必要とする力を持っていて、貴方たちは我々の必要とする資材を持っているわ。よって我々の提督は、貴方たち有意義なビジネスが出来ると考えているわ』

『それは理解できる。お互いが損をしない取引になるだろうが……』

『心配事でも?』

『……率直に言って、素性の知れない武装勢力を相手にビジネスなど、軍が呑むと思うかね?』

 

 道理である。とは言え、その道理を蹴っ飛ばすために色々と調べたり用意したりしている訳で。

 

『こちらには呑ませるだけの魅力がある、と言えば?』

『魅力……かね』

『例えば……そうね。私たちは大日本帝国海軍の艦艇より生じた艦娘よ』

『存じている』

『そして私たちは、提督によって艦娘として呼び出される存在』

『それも存じている。……何が言いたい?』

『提督は帝国海軍の艦娘を建造できるわ。貴方たちが欲しがっている戦艦でも、渇望している空母でもね』

『…………』

 

 前述した通り、ニュージーランドには空母も戦艦もいない。そして戦艦空母は、オーストラリアですらごくごく少数しか保持していない。俺はそれを、資材さえあれば好きに用意できる。

 

『加えて、彼女』

 

 ローマを視線で指す。

 

『彼女も提督に建造されたわ。つまり我々の艦隊の提督は、建造する艦娘の国籍を問わない、という力がある訳ね』

 

 普通の提督は自分と別国籍の艦娘を建造する事は不可能で、ごく一部の提督が、建造のサポートに回った艦娘で呼び出す艦の国籍をある程度選択できるらしい。

 対して俺にはその制限は非常に薄くかかっているそうだ。妖精曰く、俺の建造する艦娘の大半は帝国海軍のものだが、低確率で普通に他国のものも建造可能だとか。例えばビッグE。例えばウォースパイト。そういった武勲艦すら建造の可能性がある。

 

『それは……何とも……』

 

 二の句が告げなくなる艦隊司令。相手が何よりも欲しがる物をチラつかせてブン殴るのは交渉の基本である。ニュージーランドが特に空母を熱望していたのは、ヒュウガの情報収集で判明していた。

 

『…………貴艦らの話は理解した。その上で聞きたいのだが、何故我々ニュージーランドに話を持って来た? 同じ話を持って行くなら、資源国であるオーストラリアのほうが都合がいいのでは無いかね?』

『簡単な話よ。私たちの提督は日本人なの。白人じゃなくて、ね?』

 

 それだけでピンと来たらしい。

 

『白豪政策か……』

 

 吐き出す声には苦々しいものが含まれていた。

 

『ええ。私たち日本の艦娘も外見の人種的には日本人、オーストラリアに行けば面白くない目に合いそうですし。幸いにもニュージーランドは人種差別政策を取ってはいないのでょう?』

『うむ。我が国は多民族国家だ。アジア人も乗組員にいるし、あの駆逐艦の艦長はマオリ族出身だ』

 

 少数民族出身者が駆逐艦艦長になっているのか。

 

『貴方の一存で決めれるような話では無いのは、こちらも理解しているわ。ただ、我々は貴方たちが必要とする物を持っていて、貴方たちとビジネスをする用意がある。それを覚えておいて下さいね?』

『心得た。上官にも責任持って話しを通しておこう』

 

 釣れたかね? 少なくとも彼は乗り気になったようだ。

 

『有意義な時間になったかしら?』

 

 彼女としても手ごたえがあったのか、足柄が業務用ではなく自然に笑いながら艦隊司令に尋ねる。

 

『有意義すぎて考える事が多くなりそうだ。軍本部はしばらく頭痛薬が手放せなくなりそうだな』

 

 それだけインパクトを与えたなら、色々と手札を切った価値はあったようだな。

 こちらにどれ程の値を付けるのかはまだ分からないが、もう一枚くらい切っておくか。

 

「足柄、聞こえるか? そろそろ帰還してくれ」

 

 彼女は艦隊司令に一言断ってから通信に出る。

 

『帰還? ひょっとしてアレを見せるつもりなのかしら?』

 

 当然アレとは出撃装置が作り出す空間の捩れ(ワープゲート)の事だ。出撃にあれを使うのだから、帰還にもあれを使う。別におかしな事ではない。が、あれを見せるということは、その気になれば俺たちがどこにでも戦力を展開させる事が可能だという事を示すことになる。

 

「本当にいいのかしら?」

 

 ヒュウガからも確認の声がかかる。

 

「戦場級、大きくても戦術級だったはずの俺たちの価値が一気に戦略級に跳ね上がるのを危惧しているんだろう?」

「少なくとも一部隊が得る評価としては過剰ね。高く売りつけたつもりが、売値が高すぎて雁字搦めになるって可能性もあるわよ?」

「言いたい事も分かるが、いずれバラさなきゃならないんだ。なら、一番驚かせられるタイミングでバラすか、一番高く売れるタイミングでバラすか、だろ?」

「今がその時だとでも?」

「むしろ今以外のタイミングだと、過剰に警戒を買ってしまうんじゃないか? 突然出現した援軍、頭のおかしい対空砲火、空母交じりの敵艦隊を無傷で撃滅。それにワープゲートで帰還するってのも付属するだけだ」

 

 つまりショッキングな出来事でインパクトを飽和させてしまおうという事だ。

 

「加えてだが、状況から考えるにニュージーランドは俺たちの手を取るだろう。ならば事前にバラしてしまって、面倒な要素は一気に潰した方がいい」

 

 そうでないとビジネスを開始した後に再度契約の見直しとかをするハメになるだろう。それは非常に面倒くさい。

 一度纏まった交渉を再度纏め直す面倒を考えたのだろう。しばし沈黙したヒュウガだが、

 

「いずれバレることなら、仕方ないわね……」

 

 ため息混じりにそう言った。

 

「ヒュウガからもOkが出た。足柄、艦から下りてくれ。捩れ(ゲート)を開く」

『了解。提督の判断に従うわ。……カニング少将、提督から帰還命令が下ったから一度帰還するわね』

『帰還? オークランド=デボンポート基地で歓待の予定だったのだが……』

 

 困惑した様子の艦隊司令。

 

「後日、こちらから艦隊司令宛てに連絡を入れると伝えておいてくれ」

 

 俺の指示通りに足柄が言い、艦隊司令が困惑を深める。

 ヒュウガのスパイロボットはニュージーランドのあちこちにいる。そいつらを介して量子通信を普通の電波に変換して軍事無線に割り込むとか余裕である。

 

「規格のクッソ古い無線に余裕で割り込むヒュウガ、マジヒュウガ」

「人の名前を勝手に形容詞にしないでくれないかしら……」

 

 そのうち霧の技術で超強化する、をヒュウガする、と略そうかと思っている。

 

「ウチにも分かるで。あれは司令はんがロクでもない事を考えとる時にする目や」

「形容詞の次は動詞でしょうか」

 

 駆逐艦二人にそんな事を言われた。

 俺がショックを受けている間にニュージーランド艦隊は停止し、足柄たちは海面に立っていた。見送りに来た艦隊司令も、周囲を警戒しているニュージーランド艦娘も、全員が一様に困惑している。

 

『それじゃ、また今度ね』

 

 足柄たち一同が敬礼し、困惑しつつ艦隊司令以下ニュージーランド勢が返礼する。

 

『って、まだカンバーランドは正座中なのね。かわいそうだから、そろそろ許してあげて』

 

 彼女が正座を申し付けられてから、結構な時間が経っている。水兵の一人が主砲の傍まで走って行き声をかけ、カンバーランドがプルプル震えながら立ち上がろうとして失敗して崩れ落ちた。

 

「さて、ヒュウガ。やってくれ」

「はいはーい」

 

 ヒュウガの操作に従って足柄たちの背面が捩れ、黒い闇と紫の雷光が渦巻き、空間の捩れ(ワープゲート)が固定される。

 あんまりな現象に混乱するニュージーランド勢を尻目に若葉と山雲、阿武隈、摩耶、ローマが捩れ(ゲート)を潜り、最後に振り返ってニュージーランド勢にウインクを飛ばした足柄が潜ると動じに捩れ(ゲート)は消滅した。

 上空のドローンは、捩れ(ゲート)が消えた後も硬直し続ける彼らの姿を映し続けている。

 

「びっくりしてるわね……」

「そりゃそうだろ。アタシも最初にアレを見た時は目を疑ったぜ」

 

 艤装を解除した摩耶と足柄が小さく笑う。ドッキリ大成功! とでも言ったところか? ともあれ……

 

「全員傾注」

 

 俺の号令一声で、8人はザッ、と一糸乱れぬ動きで俺の前に整列した。

 

「皆の働きによって、ニュージーランドに借しを押し付けつつ繋ぎを作るという難事が達成できた。ありがとう。後は政治屋との交渉が残っているが、少なくとも食料の問題は大幅に改善されるだろう」

 

 捩れ(ゲート)を通ることによって細胞が崩れて食べ物がぐちゃぐちゃになるなら、ジュースや挽肉の類を持ち込めばいいじゃない。ゼラチンと粉末ジュースを持ち込めばゼリーくらいなら作れるし、牛乳やバターや砂糖が手に入れば作れるものの幅も広がる。

 

「今までの戦闘は前哨戦だ。一方的に殴れる状態で殴り倒したに過ぎない。が、今後はニュージーランド艦娘との共同歩調を取る作戦もあるだろう。そうなった時には至近距離での戦闘や、乱戦の可能性すらある。

 今の我々の強みは命中が望めない超遠距離からの一方的な攻撃だ。お互いに命中が望める距離での殴り合いになると、優位性は非常に薄くなると言わざるを得ない。よって今後は回避訓練や回避運動も含んだ複雑な艦隊運動の訓練も追加するから、よりいっそう奮起して欲しい」

 

 うへぇ、という顔を何人かしたが、見なかったことにする。彼女たちも回避の重要性を理解しているからだ。

 俺たちが圧倒的なアドバンテージを持っているのは航空機だろうが水上艦だろうが近付けさせる前に全滅させているからであり、艦の攻撃力や防御力や速力は相応にしか無い。近代化改修で強化しようとも構造的(艦娘的には概念的)な限界はある。

 駆逐艦の砲は戦艦に弾かれるし、戦艦の砲は駆逐艦の装甲をベニヤ板のように貫く。一方的に攻撃できる、という前提が崩れると何があってもおかしくないのだ。

 故に回避訓練であり、敵に狙いを絞らせないための艦隊運動訓練。この二つは絶対に必要になる。

 

 幸いにしてヒュウガ謹製のフェイズドアレイレーダーによるリアルタイムで更新される三次元マップによって、自軍敵軍含めた海域のデータは手に取るように分かる。通信もモールスや無線のように交互通行では無く、常時繋いでおける。衝突や誤射の危険性が極めて低いのは、俺としては多少気が楽になるポイントだった。

 

「まあ、お固い話はここまでにしよう。ささやかながら、今日は宴会だ。酒も食料も好きなものを出して構わない」

「提督! みつ豆の缶詰も開けていいですか!?」

 

 お前本当にみつ豆好きだな阿武隈。

 

「デザートも含めて、だ。缶詰や保存食を使ってのアレンジとか料理とか、何をやっても構わない。ありものを使っての景気付けしかできなくて悪いが、楽しくやろう」

 

 駆逐艦たちと阿武隈の「はーい!」という元気のいい返事が唱和した。摩耶と足柄はニコニコしながらそれを見守っていて、ローマは呆れたようなため息を吐く。

 ちょっと凸凹しているけど、いい感じに纏まってるんじゃないか? ヒュウガと一緒に彼女たちを見ながら、俺はそんな事を考えていた。

 

 

 

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